018 『想い(ソォート)』
018になります。
※15/10/4 本文修正
黒い画面を黙って凝視していた。
陽気だった雰囲気が嘘のように反転し重苦しい空気が漂う。
「動画は以上です……。もう一度、ご覧になられますか?」
リリィは感情を押し殺して動画のリプレイを尋ねた。
「動画サイトを落とくれ」
「かしこまりました」
リリィは指を動かして宙に具現化させていた動画サイトのブラウザを閉じようとしているが、上手く閉じられないでいる。
「あれ……おかしいな。あれ?」
これまでリリィはスマートフォンを簡単に扱っていたのに手間取っている。よく見なくてもわかる。リリィの指は小刻みに震えているのだ。言いようのない動揺と焦りと恐怖に押しつぶされそうなのだ。
「リリィ」
「はい……すみません、すぐに閉じます」
しかし、リリィは焦りを増して関係のないブラウザまで立ち上げてしまった。
「そんな……どうして……なんで」
「リリィ」
僕はもう一度、彼女の名前を呼ぶ。僕が『Relic』の開始当初から一緒にいてくれた妖精リリィ。その名前を名付けたのは僕だ。
「僕はリリィを裏切らないよ。だから、落ち着いて。ね?」
「真悟さまを疑うなんてこと、このリリィはいたしません……でも、おかしいですよね。作り物の体と精神なのに、余計なことを考えてしまう機能まであるんです。あのカーニヴァルと名乗った男が行おうとしたことが、ひどく怖いのです。こんなことを適正者である真悟さまにお伝えすることすら不要なはずなのに……この口が止まらないんです。真悟さま、リリィはお仕えしてもよろしいのですよね?」
「当たり前じゃないか。僕がカーニヴァルのような男と同じだと思うかい?」
リリィはぶんぶんと頭を振った。
「あんな男と真悟さまが一緒なはずがありません。真悟さまは勇敢でお優しくて、リリィがお仕えする最高の適正者さまです」
「褒め過ぎだよ」
「足りないくらいです。もっと……もっとリリィのお気持ちをお伝えしたいです」
「言わなくても伝わるさ。君はリンクする前からずっと僕をサポートしてくれた。リリィがいてくれたから、僕はあの適応者とも戦えた。命の恩人でもあるんだ。そんな君を大切に思わないわけがないだろう」
「勿体無いお言葉。とても嬉しいです」
リリィは固く握りしめた両の手を胸の辺りに押し付けた。
「落ち着いたら、たくさん出てしまったブラウザを閉じようか」
「はい!」
平常心を取り戻したリリィは手間取っていたブラウザを一瞬にして閉じた。
「シンちゃんってば見せつけてくれるね。いいコンビじゃん。あたしらもそんな信頼関係を築かないとね? シャム?」
スマートフォンとともに食卓に現れたシャム。
「今更だね。わたしら十分信頼しあってんじゃないの?」
「聞くだけ野暮ってやつね」
虎猫さんはシャムと同時に微笑みあった。
ポニテさんはというと、両手でガッチリとスマートフォンを掴んでいた。
「ツインテ。あの動画みて怖くなった? 不安に思った?」
ツインテがスマートフォンのディスプレイから上半身だけを出してポニテさんを見つめる。
「そんなことを言っているポニちゃんが一番不安になっているじゃない。私たちも死んじゃうって知ったのは、びっくりしちゃったけどね。でも、安心して。私たちは敵対する適正者には殺されはしないんだもの。適応者と戦った時のこと覚えている?」
「うん、あなたたち妖精は彼らを適正者と誤認して表にでることはなかった」
「そこが重要なの。私たちの世界で適正者さまたちが争った時、私たちは何の力になれない。けれど、使える適正者さまが著しい危機に及んだ時だけ、私たちは現れることができるの。真悟さまの妖精は加護の円陣を出したよう、盾となるの」
盾となるか。
ルイガに殺されそうになった時のことを思い出す。ゲームだった頃、プレイヤー同士の戦いにおいて、妖精のサポートがあったとしても、ルイガのレリック練度であれば加護の円陣などすぐさま破壊できたはずだ。
それなのに攻撃をしてこなかったのは?
「適応者は適正者の妖精に攻撃ができないから?」
「どういうこと?」
僕の独り言をポニテさんが拾い上げた。
「ルイガに殺されそうになった時、リリィのおかげで助かったんですけど、加護の円陣はさほど強い結界魔法ではないはずです。それなのにルイガは攻撃をしなかった」
「黎王も早く殺さないからだと非難していたね。冷静な振る舞いがすっごいムカついたけどさ」
「妖精を失うことと、攻撃できないことに、なにか因果関係があるのかもしれない」
妖精を殺すことで適正者から適応者へとなれる。そして、黎王が見せた妖精を介さずにアイテムが使えたこと。それは妖精の力をそのまま自分にフィードバックされているからと予想ができる。
そういった向こう側のシステムみたいなものは想像で補うしかなさそうだ。
情報も実戦もこちらの世界に侵攻してきた黒の創造主側が有利に決まっている。そもそもNPC扱いの妖精を殺すなんていうこと自体、チートなのだから。
「適応者の存在がレリックモンスターよりも厄介なのは、先の戦闘で既にわかっていたことですし、不愉快だけど成り立ちはわかりましたからね。いまはそれで満足しておきましょう」
そこに大きな足音を立てながらハンプティさんが戻ってきた。注文の品が出来上がったということだ。しかし、彼の手には料理らしいものはなかった。
「お待たせ。って、空気重いぜ? 何があったんだよ」
今度ばかりは空気を呼んだハンプティさんに、僕はカーニヴァルが上げた動画について手短に話をした。衝撃こそ受けていたが、しかし彼は「ありえねぇなー」と鼻で笑った。
「適応者になるのはチートといえばチートだわな。俺にはそんな裏技みたいなことをやって強くなることに、なんの面白味も感じないけどな。しかもだぜ? 一緒に冒険したラビットを失うなんて、俺には到底出来ない真似だね」
平然としている彼をみて、なんとなく安心した。口は悪いし短絡的なところはあるけれど、一本の筋をちゃんと持っているのは好感が持てる。出会いが悪かっただけに、いいところが見え始めると好感の上がり方は鰻登りだ。
「この様子だと、この話を蒸し返すとあれだから、俺の作った弁当を渡すとするよ」
「って、どこにもないじゃない!」
虎猫さんが漫才師みたく手を使ってツッコミを入れた。
「もう忘れたのか? 妖精が作ったものはアイテムリストに保管できるんだぜ?」
ハンプティさんはラビットを呼び出して、アイテムリストを開かせた。
「じゃあ、ラビット、三人に例の弁当を渡してくれ」
「わかりました。お三方、これから仕えている妖精たちにアイテムを贈ります。どうぞ、受け取って下さい」
数秒と経たないうちに、僕ら三人に仕える妖精たちが送られてきたアイテムを受け取るかと訪ねてきたので承諾した。
アイテムリストには『シンくん弁当』と表示されていた。どの弁当にも名前をつけているとは思うけれど、同性が作った弁当で、しかも名前つきというのが複雑な気分にさせられた。自分でお願いしておいて失礼かもしれないが、できれば異性から手作り弁当を頂きたいものだ。
そう、例えば僕の目の前にいる女性から。いかん。そういうベタな発想はするもんじゃない。
「ちなみにですけど、中身は何ですか?」
「それは開けてからのお楽しみだ。弁当の中身を知らないのも一興ってもんさ」
遠足に行くわけでもないのにと、少し呆れてしまったが彼の言葉も頷けた。
「では、そろそろ行きますか」
「待って。いま残りを食べ切っちゃうから!」
虎猫さんが急いで僅かに残っていたフルーツヨーグルトを食べきった。
「ふー、美味しかった。ハンプティ、ごちそうさま!」
「次はもっと作りがいのあるものを所望してくれよ?」
「そうね。次は妖精じゃなくて、ハンプティ本人が作った料理でもいただこうかな? ラビットよりも惜しくなかったら、とことん責めてやるんだから」
「いいぜー。人に作るほうがやりがいあるってもんだ」
ハンプティさんは右拳で胸を叩いた。
「さぁ、シンくん。パーティーリーダーとして俺たちに指示を出してくれ」
僕は立ち上がり、みんなを見回す。
「さっきの作戦の通り、僕らは棺破壊へ向かいます」
「どこの屋上から移動する?」
ポニテさんが力を込めた目で僕を見つめる。
「そうですね。どこの屋上から飛び移っても変わらなさそうですし、いっそのこと、ここから行きましょうか」
この提案に、みんなは快く同意してくれた。
ファミリーレストランから出て最上階まで上がり、関係者通路使って屋上に辿り着いた。
平たい地面があるのかと思っていたのだけれど、屋上には各階に繋がっているエアコンのファンが並び、何に使われているかわからない機器でいっぱいだった。
目の前は狭苦しく感じるけれど、上に視線を向ければ突き抜けた青空があった。
透き通るような秋晴れ。やや強い風が吹いて肌寒さがあるけれど、気分は良かった。
「うわー、ノリで飛び越えちゃおうと思っていたけれど、この高さに来るとかなり怖いね」
虎猫さんは屋上から見下ろす景色をみたことで弱腰になった。
「適正者になっているから、怪我もしないし死んだりもしないんだぞ?」
ハンプティさんの軽口に虎猫さんが噛みつく。
「そんなこと百も承知よ。気持ちの問題よ、気持ちの!」
「でも、魔導術士の身体能力ってどうなんだろう。僕らは近接ですから闘気を脚に溜めてさらに身体能力を向上させますが、魔導術士の筋力ってどこまで向上してますか?」
「正直、わかんないよ。肉弾戦なんてゲームでしかやったこと無いし、肉体に闘気を溜めると言われてもなぁ」
ここに来て、新たな問題発生かと危ぶまれたが、ハンプティさんの一言で解決した。
「じゃあ、俺が虎をおぶさってやるよ。女の一人や二人、どうってことないぜ?」
いつも言い争っているのに、嫌味のない物言いに僕らは面食らってしまった。実に男らしい言葉だ。
「そ、そぉ? じゃあ、お言葉に甘えよう……かな」
「甘えろ甘えろ。女はちょっとくらい頼られるくらいが可愛いんだって」
「わ! わかった。頼るよ」
生まれて初めて、女性が男性に心惹かれる瞬間を目撃してしまった。この行為の後に、なにが残されるかは二人だけにしかわからない。
「シンくん、俺、先に虎を連れて移動するわ。とりあえず文化村通りの前までいけばいいかな?」
「そうしてください。そこから妖精たちを使ってトラップがあるかないか、確認させましょう」
「了解。虎、お前もつったってないで俺の背中に乗れよ」
ハンプティさんが虎猫さんに背中を見せつける。
「急かさないでよ。すぐに乗るから」
「へいへい」
「あと、重いとか思うのもダメだからね」
「それくらいのエチケットくらい俺にもあるよ。ほら、遠慮せずに」
「うん……じゃあ」
虎猫さんは自身の体をハンプティさんの背中に委ねた。そして彼女の両腕がハンプティさんの首周りにそっと添えられる。
「行くぞ」
ハンプティさんは虎猫さんの返事を待たずに高く跳躍して前のビルに飛び立っていった。
「私たちも行こうか」
「ええ」
僕は両脚に闘気を溜めた。どれくらい溜めるかは感覚で決めるしかなかったけれど、これまでの戦闘で調整は可能だった。
「真悟くん」
「なんです?」
「一緒に、戦ってね?」
「もちろん」
「ずっとね」
ポニテさんは軽く微笑んで僕を残して飛び立った。
僕は顔が熱くなるのを自覚しつつ、ポニテさんの背中に向かって跳躍した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回、急いで書き上げたので誤字脱字が目立つかもしれません。
後程、修正していきます。
明日も投稿します。
よろしくお願いします。




