010 『思惑(スペキュレーション)』前半
みんなが同じ表情をしている。露骨に恐れ、怯え、拒絶している。適応者からの殺意よりも目の前にいる僕を最も畏怖している。
中でもいちばん怯えていたのは虎猫さんだった。両手に持った杖を胸に抱えながら小刻みに震えている。
「怖いですか?」
目を逸らしながら尋ねた。彼らが僕を恐れるように、僕もまた彼らの視線が怖かった。
右手に残る心臓の感触が生々しく残っている。ルイガの血肉すら残っていない右手を眺める。適応者が復活できるとはいえ、僕はこの手で人を殺したのだ。
心が淀む。ルイガの心臓を潰してからあまり綺麗ではなかった心に一滴ずつ墨汁が注がれ続けている。
「そんなことないよ。真悟くんがああしなかったら、私も無事じゃなかったもん」
「そうだよ、シンくんが倒してくれたからこうやって生きてる」
ポニテさんとハンプティさんはルイガという少年を殺したのではなくて倒したと言い換えている。
「怖いよ」
虎猫さんだけは正直に答えた。
「殺さなかったらシンちゃんが殺されていたのは頭でわかっている。だけどさ、あんな殺し方……怖すぎるよ。それに……ゲームじゃないだよ? 本当に……本当に人を……シンちゃんが」
「待ってください!」
リリィがスマートフォンから飛び出してきた。
「あの適応者と呼ばれる者たちは死んでいません。彼らは黒の創造主によって肉体の復元と復活ができるのです」
「そう……なの?」
虎猫さんが疑心を抱きながら呟いた。
「ルイガという少年が消える間際に認めました。でも、復活が出来るからといって、人を殺したのは事実です」
虎猫さんがどういう顔をしているのか気になったけれど、まともに見る勇気がない。
「ごめん、納得することは、あたしには難しいよ」
「納得できなくて当然です。怖がるなという方がむしろ難しい。あの時、ルイガに抱いた感情が、腕を切り落とされたことの怒りなのか、憎んでいたのか……」
「シンちゃん」
「でも、僕にはそれ以上の感情がありました。生き延びたい。助けたい、それだけでした。みんなが僕のことを恐れても構いません。僕と共に行動することも嫌かもしれない。どう思われていようとみんなを守り助けます。そのためなら進んで適応者を殺します。だから……せめてこのリンクした世界を解放するまで耐えてくれませんか」
ようやく僕の本心が言えた。虎猫さんを説得するつもりで言ったわけじゃない。納得してもらえなくていい。
「耐えるなんていい方……やめてよ」
大剣を地面に突き刺し、その空いた両手で僕の手を掴んだ。
「私も本心を言う。怖かった。私の知っている真悟くんじゃなかった。ルイガって子の殺し方がともて残酷で怖かった。でも、わかったんだ。黎王ってヤツと戦おうとしたのは、私にあの人を殺させないためでしょう? 人を殺すのは自分だけでいい、そんな風に考えたんでしょう。真悟くんは私達の命だけじゃなくて、心も助けようとしているって、わかったんだ」
「……考えすぎですよ」
図星だった。進んで適応者を殺すなんて言わなければよかった。
「怖くないって言ったら嘘。だけどね? 真悟くんは優しい人だから、私は一緒にいられるよ。それに私だってあいつらを殺すことだってできる」
ありがたい言葉ではあるけれど、ポニテさんに同じ思いをしてほしくない。もう墨汁は一滴ずつではなく滝のように落ちている。ろ過できないほどの汚れ。
こんな苦しみは僕だけで十分だ。
「じゃあ、俺も本心を言うよ」
殴られた箇所を抑えながらハンプティさんが立ち上がる。
「ぶっちゃけすげー怖かった。この人、鬼畜だわって思った。あいつらを殺さなきゃいけないのもわかっちゃいたよ。だから、怖いと思う反面すげぇって感心もした。俺は……いざ適応者を殺すとなったらビビる。きっと殺せない。都合良すぎるかもしれないけど、シンくんを頼りたいんだ。卑怯者だと思ってくれていい。これが俺の本心だ」
カッコ悪くて、みっともないけどさと小声で付け加えた。
「あ、あたしは……あたしはシンちゃんが怖いと思うのは変わらない」
ひどく悩みながら、言葉を選びながら、虎猫さんが続ける。
「ごめん、もう本当に頭の中ぐちゃぐちゃなの。あの殺し方がどうしても目に焼き付いて、シンちゃんが怖いの。だけど、リンクしたここをなんとかしたい気持ちは同じ。一緒に行動はできるよ? でも……あたしもハンプティと同じで適応者を殺すことは、できない」
「ふざけんな!」
ポニテさんが突き刺した大剣を勢い良く引き抜く。
「あんたたち、それでいいの! 嫌なこと辛いことを全部、真悟くんに押し付けて自分たちは安全な場所で見ているだけで!」
「あたしらはポニちゃんと違うの! 助けてくれるなら縋りたいの!」
「自分勝手なことを」
大剣を片手にしたポニテさんの肩を掴む。
「真悟くん。離して! あいつら殴らないと気がすまない」
「ダメです」
「なんで!」
「二人の言っていることは正しいからです。相手が生き返るとわかっていてもここはゲームじゃない。現実です」
ポニテさんは僕の掴んだ手を乱暴に振りほどいて、両襟を掴んだ。
「それで真悟くんが汚れ役をやるなんて、私には納得ができない。せめて、真悟くんの気持ちくらい理解してほしいもん!」
「わかっているさ!」
ハンプティさんが怒鳴りながらポニテさんに詰め寄った。
「シンくんの気持ちなんて痛いほどわかる! だから辛いんだ! 頼むよ……あんたも俺たちの気持ちを理解してくれよ」
最後は涙声になった。
場が重くなる一方だが、こんなところで油を食っている場合ではないと言い聞かせる。このパーティーリーダーは僕だ。
「時間がありません。いまは棺へ向かうべきです」
「真悟くん! このままで良いっていうの!」
「僕らの目的はリンクしたここを解放することです。どのオンラインゲームでも同じじゃないですか。誰がパーティーに参加していようと目的が同じなら共に攻略する。それに僕はパーティーから誰かを蹴りだすような行為はしません。クリア出来ない人がいるのなら、手を差し伸べるべきだ」
参加パーティーからの追放はよくある話だ。
僕も足手まといという理由で一緒に遊ばせてもらえなかった。
中学生の頃からオンラインゲームを嗜んできた。当時、オンラインゲームに潜む独特の雰囲気を知らなかった僕は弱いまま、無知のままパーティーに参加して、よく弾かれた。求められる装備品を持っていなかった、レベルが低かった、プレイヤースキルが悪い、攻略情報を持たずにクエストに参加した……とか……とか。
僕は普通に遊んで楽しみたかっただけだ。けれど、オンラインゲームで遊ぶ人達が求めている水準に達していなければ一緒に遊んでくれない。
学校でも一人にさせられた。ゲームに逃げようとしたのにダメだった。ゲームって楽しいはずなのに全く楽しくなかった。ゲームには強い武器、強いモンスター、魅力的なキャラクターたち、物語があるのに手に入らない。僕は物の見方を切り替えることにした。楽しそうなゲームの世界を誰かと共有するのではなく一人で楽しむ、そう決め込んだ。
それから、ずっとオンラインゲームでは一人だ。ソロプレイヤーとなった僕はゲームを楽しみ、一人で考え、強くなれるようにと装備を整え、練習を重ね続けた。
ゲームの進行上、どうしても一人ではクリアが出来ないクエストが存在する。その時は必死だった。極力会話は避ける。誰もこれもモニターの前で何を呟いているのかわからない、信用なんてするだけ損をする。パーティーから外されないように彼らが求めている強さと情報を万全にして挑んだ。
こんな僕を周りが見たら、そこまでしてゲームをしたいのかと疑問を抱く人がいるだろう。
僕はゲームをして、遊んで、楽しみたかった。協力する楽しみを知らなくてもゲームは面白い。それだけで十分だった。モニターの外にある世界は、常に僕を一人にさせていた。現実がクソゲーなら、せめて本物のゲームの中だけでも楽しい思いをさせてくれてもいいじゃないか……そんな偏屈な子供がそのまま成長してしまった。
パーティーに入れてもらえず、先に進めない悔しさ。そういった辛さが身に沁みているからこそ、何かが出来ないくらいでパーティーを弾くことなんてできない。
適応者が殺せないだけの話だ。
どんな風に思われていようとも構わない。カズさんが一人で遊んでいた僕にしたように、今度は僕が彼らに手を差し伸べる番だ。
クリアさえしてしまえば、僕らはまたソロに、本当の現実に戻るんだ。本当の名前と職業で生活をする。それだけのことだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
010後半は明日投稿します。
また、作品タイトルと明日から変更いたします。
変更後のタイトルは『異世界化した現実世界を救済します』です。
わかりやすいタイトルにしたほうがいいと考えてのことです。
今後ともよろしくお願いします。




