009 『堕落(フォーリングダウン)』 前半
初めは白だった。次に黒が来て、最後に赤くなった。
視界に飛び込んだ色の変化は斧術士が放った斬撃から見えた視界の色だ。
気が付くと僕らは原型を無くしたワゴン車の中に立っていた。斧による斬撃はワゴン車を炎上させることなく外装内装のほとんどを吹き飛ばした。
斬撃を受けた時、爆風の衝撃はあったが体はもちろん、衣類すら無事だった。レリック武器のおかげだと思い当たると、僕はすぐさま後ろを振り向きながら叫んだ。
「ポニテさん!」
大剣を小さくした状態が本当に装備していると言えるのか不安になったのだ。後部座席だった場所には、元のサイズに戻った大剣を盾にしているポニテさんがいた。
「平気平気。しっかしマジでビビったー。くっそー、なにアイツら!」
突然の攻撃にポニテさんは怒りを露わにしている。どうやら無事のようだ。彼女の隣にいる虎猫さんは目を瞑ったまま杖を胸の近くに引き寄せながら縮こまっている。
「虎猫さんも大丈夫です?」
僕の声を聴いてようやく目を開いた。
「よかった。生きてる。うん、あたしは大丈夫だよ。つか、みんなも平気そうじゃん? やっぱりレリックはすごいね!」
怯えていると思ったが大丈夫そうだ。
「シンくん。あいつらどうするよ。こんなことされてなにもしないとか言わないよな?」
ハンプティさんは腰に下げた短剣に手を添えている。
リリィたち妖精は姿を消している。レリック武器の攻撃はさすが耐えられないと判断したのかもしれない。
向こう二人は初撃だけして動こうとしない。きっとこちらの出方を伺っているのだ。
「真悟くん、まだ動いちゃダメなの? 私、さすがにムカついてるんだけど」
ポニテさんは冷静を装っているけれど口調が乱暴だ。
確かに戦うことは簡単だ。けれど僕らが襲われた理由を知りたい。万が一、彼らのレリックを破壊して過剰攻撃をしたらどうなる?
ゲームだった頃の『Relic』と同様にプレイヤーを殺すことだって考えられる。白の創造主から恩恵が失われている今、プレイヤー同士の戦闘はただの殺人行為だ。
「あの……」
弱々しい少年の声が聞こえた。
彼らは会話が出来るほど近づいていた。斧術士の少年は声色通りの若さだった。十代半ばだろう。発育途中で体の線が細く、顔には幼さが残っている。『Relic』では遺伝子情報を読み込むため未成年者は保護者の同意を得られなければ登録ができなかった。
「早く戦ってくれません? 挨拶程度の攻撃で戦意喪失されたとかだったらかなりがっかりなんだけど」
「ちょっと待ってほしい。僕らに戦う理由がない。もし詳しい事情を知らないのなら簡単に教える」
「戦う理由がない? 事情?」
「この現実とゲームを繋がった状況を打開する方法があるんだ。こんな所で適正者同士が戦っても無意味だ」
「ボクとあなたが適正者同士? ずいぶんとおかしなことを言う人だなぁ」
「ルイガ。事情を知らないのは向こうのようだ」
僕らを一瞥しながら剣術士の男が言う。レリック武器はポニテさんと違って通常サイズの剣だが、がっちりとした体格だ。
「可哀想っていうか残念だな。ボクらは鞍替えして正解だったかも」
鞍替え……か。リリィの反応と彼らの口ぶり。適正者と認識されない存在。そして僕らと敵対する理由があるとすれば、理由は一つに絞られる。
「僕らと同じレリックを所持しているにも関わらず否定するのは、君たちが黒の創造主へ寝返ったからか」
ルイガと呼ばれた少年は「へぇ」と感銘しながら小さい拍手を僕に贈った。
「ずいぶんと理解が早い。ボクらは適応者。黒の創造主の力と恩恵に適応をした者です。さぁ、この現実の世界でボクと殺し合いましょう」
薄く笑う口元が背筋を凍らせる。
ルイガが両手持ちした巨大な斧を振りかざしながら高く跳躍した。
こちらの心構えなど気にせずルイガは攻撃を仕掛けてきた。僕を襲う前に見せた彼女の顔は敵意ではなく快楽を求めている表情だった。
太陽を背にしているせいか逆光によりルイガの姿はシルエットしか見えなかった。けれど、確実に少年が手にしている斧は僕に振り下ろされている。このまま受けるのは危険だと判断して、両手甲に闘気が纏わせた。代々木公園へ出る前に白虎から内気功・金剛に変更していたのが幸いした。
斧と手甲がぶつかり合う。弾けるような金属音。
両手で斧の刃を受け止めるが……重い。斧と僕を支える両足が地面に落ちる。塗装されたアスファルトがビキビキと音を立てながら割れていく。本気で僕を、僕達を殺しにかかってきている。
「これは驚いた……ボクの攻撃をまともに受けて真っ二つにならなかったのは初めてです。闘術士さん、とても強いんですね」
「褒められても嬉しくないよ」
反撃に転じる。僕はがら空きになった相手の腹部に蹴りを入れる。かなり強く蹴ったのにレリックモンスターみたく吹き飛んだりはしなかった。せいぜい二、三メートル突き放した程度だ。
「真悟くん、大丈夫?」
僕の後ろにみんなが駆け寄ってくる。
「大丈夫です。でも、あのルイガという斧術士。レリック練度はかなり高いです」
「人数だけならこっちが多いんだから! あんな情緒不安定手前な少年に舐められてもいいわけ?」
「ははは、言うことがきついな」
でも、気持ちは切り替えられた。向こうは近接武器のみ。利点があるとすれば杖の虎猫さんがいることだ。だが、ハンプティさんのレリックレベルでは一対一の戦闘をさせてはダメだ。剣術士の方もルイガの攻撃と機動力を持っていると考えたらなおさらハンプティさんを戦わせては駄目だ。
「ハンプティさんと虎猫さんの二人は後方支援を。ポニテさんは剣術士。僕はこのままあの斧術士と戦います」
僕の指示通り、三人は行動に移した。
「嬉しいなぁ。あなたがボクの相手をしてくれるなら願ってもない。ボク、弱い者イジメは嫌いなんです」
「おおおおらー」
ポニテさんが怒号と共にスキルを放った。大剣に集めた闘気を分散し複数の斬撃を繰り出す。スキル名は『いっぱいでるヤツ』だ。凝った名前を考えるのが面倒だからといつも適当にスキル名をつけている。名前はいい加減だが、一つ一つの斬撃は強力だ。そうとう頭に来ていたんだろう。
そんな火力あるスキルを適応者の剣術士は簡単に回避している。おそらく回避スキルが優秀なのだ。
「ボクらもあんな風に楽しまないといけませんね。そうは思いませんか? 闘術士さん?」
巨大な斧を疾風のごとく捌いてみせた。彼はどれほどのレリックレベルなのだろう。攻撃の重み、スキルの強力さからしてもレリック武器の練度はカンストしていると思ったほうがいい。
「来ないのなら、ボクから!」
消えた? いや、僕の懐に潜り込んでいる。突き上げられる斧の刃が早過ぎる。避けるのは不可能。右の手甲が斧の刃が触れた。
そう、これでいい。
カウンタースキルの空蝉が発動する。相手の攻撃が当ると同時に死角に移動して自動的に闘気が込められた打撃を与える。
脇腹にはいった右拳のカウンターがルイガの体を吹き飛ばす。自分の攻撃ダメージを二倍にされて貰ったのだ。この結果は当然だ。
ビルの壁にのめり込んだルイガは動かなくなった。
ふと、右の拳に熱さを感じた。ワゴンが燃えていた時も熱さなんて感じなかったのにと思って、右手を見ると血を流しぱっくりと開いた傷口があった。
視認したことで痛みが込み上げてくる。喉が潰れるほどの悲鳴を上げた。
「あああ! 手が! なんで……」
ありえない。『Relic』において肉体のダメージは絶対に起こらないはずなのに、右手が傷を負っているんだ。
空蝉で右拳を斧に当てたから傷ついたのか───
ああああ! 痛い痛い痛い!
声にもならない……駄目だ……痛みが思考を奪っていく。左手で開いた傷口を押さえる。誰か、誰でもいい、僕の右手を治してくれ。両目から溢れ出る涙がアスファルトを濡らしていく。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
009後半は19時ごろに投稿します。
明日以降の投稿についても、009後半の後書きにて記します。




