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居候と猫の彼女  作者: 小高まあな
第四幕 逃走猫の帰巣本能
21/28

5−1

「だから、俺は逃げて、茜から。嘘ついて、卑怯だろ?」

 俯いたままぽつぽつと言葉を紡いでいた隆二はそこで初めてマオの顔を見た。そして、

「ちょっ」

 慌てる。ぽろぽろと、こぼれ落ちている涙を見て。

「待て待て、何故マオが泣く?」

『だってぇ』

 マオは掌で目をごしごし擦りながら、

『隆二、辛かったよね』

「別に俺は卑怯者だから辛いとか」

『そうやって、自分のことまだ許せないでいる。そういうの、辛いよね』

 赤くなった目でまっすぐ見られる。

「……俺を許していないのは、茜だよ」

 それに耐えられなくて視線を逸らす。

『茜さんは、隆二が逃げたからって隆二を恨むような人なの?』

 まっすぐに投げられた言葉に、視線をまたそちらに向ける。

『もし、茜さんがそれで隆二を恨むような人なら、隆二はそれを気にする必要はない、と思う。だっておかしいもん。あたしは、隆二が嘘つきでも卑怯でも今更そんなの気にしない。茜さんは隆二のこと好きなんでしょう? だったら、そんなこと気にしないと思うの。だって隆二が死ななくて、茜さんが人間なこと、茜さんだってわかっていたんでしょう?』

 好きなら許せるから、とマオは躊躇わずに言い放つ。

「……そんなに簡単に、決められたらいいな」

 愛しているから、恨む。そういう感情を、この幼い居候猫はきっとまだわかっていない。愛していたからこそ、恨まれる。

「でも、ありがとう」

 それでも、マオのその言葉が、気遣ってくれているのがわかって、珍しく素直に礼を言った。

『あたしね、隆二のこと、軽蔑、したりしないよ。だって、隆二にとっての茜さんは、あたしにとっての隆二と同じなんでしょう? どうしたらいいかわからない時に、優しくしてくれた人。世界みたいな人。大好きで、大事な人』

 小さく首を傾げるマオに、少し躊躇ってから一つ頷く。そうなのか。マオにとっての自分が特別な存在であることは認識していたが、そこまでも、特別で大きな存在なのか。自分にとっての茜ほどに。

『あたし、今もし隆二がいなくなっちゃうとか言われたら、そんなの耐えられないもん。怖くて、どうしたらいいかわからなくなって、逃げちゃうかも。それ、わかるもん』

 だから軽蔑したりしないよ、とマオは小さく笑った。

「……うん、ありがとう」

 受け止めてくれて。

『でも、どっちにしても隆二が後悔してることに代わりはないんだよね』

 もう一度ごしごしと目を擦り、マオは隆二の顔を正面から捕らえた。

『だから、隆二。だったら、茜さんに会いに行こう?』

「……会いに?」

『お墓参り。お墓参りは死者のためじゃなくて、生きている人間が自分を慰めるためにもあるって、テレビでみたよ。隆二、それもまだ行ってないんでしょう?』

 そしたらきっと、隆二は自分のこと許せるよ、と屈託なくマオは笑う。

 それを見て、すっと腑に落ちた。ああ、誰かにこの話をしたかった本当の理由は、誰かにこうやって言って欲しかったのかもしれない。謝りに行くきっかけを作って欲しかったのかもしれない。

「……一緒に、きてくれるか?」

 尋ねた声が小さくてかすれていて怯えていて、自分でもびっくりする。ずっと謝りに行きたかった。ずっとずっと。だけど、一人じゃ怖いから。勇気が出ないから。だから、誰か背中を押して、そして一緒に。

『うん!』

 マオは当たり前のように頷いた。

「やあ、話は終わったかい!」

 絶妙のタイミングでドアを開けて入って来たのは、京介だった。こいつ、タイミングを測っていたな。どうせ全部聞いていたのだろう。

『京介さん、お買い物は?』

 手ブラの京介にマオが不思議そうに尋ねる。

「買い忘れたのは気のせいだった」

『あらら、うっかりはちべーねー』

「本当だよねー」

 だからどうしてそんな見え透いた嘘を信じ込んでしまうのか。

「茜ちゃんのとこ行くんだろ? せっかくだし俺も」

「お前は来るな」

 全て言い切る前に言葉を被せた。なんで連れて行ってもらえると思うのか。

「隆二、お前、一人で行けるのか?」

 少し唇の端をあげた京介が、揶揄するように言う。

「う……」

 返す言葉が見つからない。

 確かに、過去あの場所に行った時は一人で歩いて行った。だから、そこそこの時間がかかったはずだ。今回はマオも連れているし、それは避けたい。疲れはしないだろうけど、ぶーぶー五月蝿そうだし。

 しかし、極度の機械音痴であり、社会にかかわらないで生きている隆二には、交通手段の目安がつかない。新幹線? 新幹線の切符って何処で買うんだ? そもそも、どれに乗ればいいんだ?

「……まあ、電車とか手配してくれるなら一緒に来ても良いけど」

 しぶしぶそう言うと、

「おう、まかせろ」

 良い笑顔で京介は請け負った。

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