他区の女王、総帥へ謁見を求める
「……ねえ、本当に私たちは生きて帰れるのかしら」
一ノ宮総本山の、大理石でできた長く厳かな廊下
普段なら各区で神の如き権力を振るっているはずのトップクランの女王たちが、今は揃って真っ青な顔でベンチに身を寄せ合っていた。
一人は、5区を支配する「氷結女王」の異名を持つ才女、エレナ。
もう一人は、11区の武闘派集団を力でねじ伏せてきた「剛腕女王」こと、バルバラ。
いつもなら周囲を威圧するはずの彼女たちだが、今やそのプライドは消え失せていた。
なぜなら、自分たちよりも戦闘力が高かったはずの2区のレイラが、さっき大号泣しながら「総帥のカレー……美味すぎ……しゅき……」と呟きながら、魂を抜かれたような顔で帰っていくのを目撃してしまったからだ。
「噂は本当だったのよ……。18区の新総帥は、戦闘力だけでなく、人間の脳の報酬系を直接ハッキングして『犬』に変える精神汚染兵器を開発しているわ……。私たちの胃袋が狙われている……っ!」
バルバラが鍛え上げられた拳をワナワナと震わせる。
「……拒否すれば、4区の本家のように特捜部に売られて社会的に抹殺される。食べるしか道はないけれど、食べれば最後、私たちは一ノ宮ひじりの終身奴隷(社畜)になるのよ……!」
エレナもメガネをクイと上げながら、冷や汗を流していた。
彼女たちにとって、新総帥との謁見の間は、もはや生還不可能な処刑台と同義だった。
――その頃、処刑人(と誤解されている男)は、お布団の中でガタガタと震えていた。
「嘘だろ……カレー奢っただけなのに、なんで2区を支配下に置いちゃってんの俺……!? 軍門に降るって何だよ!! 意味がわからないよ!!」
ひじりは、スマホに届いた「2区クラン、一ノ宮総本山の傘下へ」という公式通達を見て頭を抱えていた。
これではまるで、俺がカレーという名の特殊な毒を使って他区のトップを洗脳したみたいではないか。
しかも、廊下にはさらに5区と11区のトップが「品定め」のために待機しているという。
絶対に部屋に入れたくない。これ以上、関わる人間を増やしたら、俺の小市民ライフが完全に崩壊してしまう。
「……いや、待てよ。俺は元デパ地下のチーフだぞ。理不尽に怒鳴り込んでくる厄介なクレーマーや、他店からの偵察を穏便に追い返すノウハウなら、嫌というほど身体に染み付いているはずだ!」
パニックの最中、ひじりの脳内に電撃が走った。
前世のブラック企業で、数々の修羅場をくぐり抜けてきた『お客様相談室直伝・クレーマーシャットアウトマニュアル』。それを今こそ発動する時だ。
ひじりはすぐに内線で、受付と警備を担当しているカレンとジークリンデを呼び出した。
「カレンさん、ジークリンデさん。廊下にいる5区と11区の代表なんですけど……面会は拒否します。今から言う『三つのルール』を徹底して、彼女たちを傷つけないように、丁重にお引き取り願ってください」
『……! 面会拒否、ですか?』
受話器の向こうで、カレンの声が緊張に跳ね上がった。
「そう。まず第一に、『相手の要望(謁見)に対して、絶対にその場で即答せず、全て本部預かりの書類対応にすること』。第二に、『こちらの過失は一切認めず、終始一貫して、無表情かつ機械的な一礼のみで対応すること』。そして第三に、『お詫びの品は、在庫切れのため今後一切支給しないと伝えること』。いいですね? 穏便に、事務的に追い返すんですよ」
ひじりとしては、「俺はただの一般人なので、お偉いさんとの面会は全部書類ベースの官僚的な手続きでシャットアウトし、カレー目当ての奴には『もう売り切れです』と言って諦めてもらおう」という、完璧な引きこもり防衛策のつもりだった。
だが、このマニュアルを受け取ったカレンの脳内は、再び驚天動地の超解釈を起こしていた。
(……なんという恐ろしい絶対防衛陣でしょう……! 謁見すら許さず書類のみで処理する(※お前たちなど私の前に立つ価値もないという最上級の蔑み)。非を認めず無表情で一礼する(※あらゆる交渉や命乞いを受け付けないという鉄の意志)。そして、2区を瞬殺したあの神の兵糧を今後一切与えない(※従わぬ者には兵糧攻めによる完全なる滅びを告げる死刑宣告)……っ!!)
受話器を置いたカレンは、冷酷な暗黒監査官の顔へと戻り、隣のジークリンデを見つめた。
「ジークリンデ。ひじり様からの御神託よ。あの哀れな女王たちに、我がクランの『鉄壁の絶対拒絶陣』を執行します」
「御意。総帥の覇道に仇なす者に、絶望を」
厨房や応接室を飛び出し、受付の全職員が「ひじり式・クレーマー対応マニュアル(※暗黒の精神破壊陣)」を引っ提げて、廊下で怯える女王たちの前へと進み出るのだった。
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