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謝罪の代償は、全国総本山への強制格上げ

――おかしい。ベーコンは、最高に美味く焼けたのに。


日曜日、夜19時。


 一ノ宮クランの食堂で、俺――ひじりは、自分で作った厚切り自家製ベーコンエッグを口に運びながら、目の前で繰り広げられている異様な光景に遠い目をしていた。


サクラとヒッコリーのチップで燻され、肉汁がこれでもかと溢れ出る極上ベーコン。


 それを一口食べるごとに、隣に座っているジークリンデと職員たちは「これぞ聖母の血肉……っ」「涙が止まらない、こんなに美味いものがこの世にあるなんて……!」と、やっぱり大号泣しながら貪り食っている。コンビニ弁当やチェーン店の味に慣れきった彼女たちの胃袋は、デパ地下チーフ直伝の本格燻製によって完全に破壊されたらしい。


だが、俺が遠い目をしている理由はそこではない。


 食堂のテレビに映し出されている『緊急ニュース』のせいだ。


『――臨時ニュースをお伝えします。本日朝、4区の一ノ宮本家に対し、国家重要文化聖域への恐喝未遂容疑で本庁による一斉捜索が敢行されました。幹部の一ノ宮レイ容疑者を含む上層部全員が逮捕され、一ノ宮本家は事実上の機能停止、組織解体へ向かう模様です』


テレビの中では、昨日俺にマウントを取りにきたはずの高級リムジンのお姉様レイさんが、ガサ入れの特務部隊に両脇を抱えられて連行されていく姿がバッチリ映っていた。


(いやいやいやいや、おかしいだろ!!)


 俺は心の中で、持っていたフォークをぶん投げた。


俺はただ、「1,000万は僕が横領したんじゃないんです、クビにしないで、全額返金します!」ってマニュアル通りの平謝りをしただけだ。


 それがどうして、翌日の夜に本社が丸ごと物理的に潰れる結果になるんだ。前世の百貨店でも、クレーマーのせいでテナントが一つ撤退することはあっても、本社が警察の強制捜査で更地になるなんて聞いたことがない。


ガタタッ! と派手な音を立てて食堂のドアが開いた。


 入ってきたのは、今朝「聖母の煙」を本庁に中継した張本人、冷泉カレン監査官だった。彼女は一分の隙もないスーツ姿で、だがその表情はかつてないほど高揚している。


「ひじり様! 朗報です! 本日、ひじり様の聖煙のバフ……ゴホン、国家の正義の元に、腐敗した4区の一ノ宮本家を完全に粛清いたしました!」


「あ、カレンさん……お疲れ様です……。なんか、大変なことになってますね……」

 俺は引きつった営業スマイルを浮かべた。もうツッコむ気力もない。


「はい! 本家が解体されたことにより、全国に数百ある一ノ宮グループの全男子保護クランが、現在トップを失って大混乱に陥っております。本家の銀行口座も全て凍結されました」

「うわぁ……。じゃあ、全国のクランの運営、これからどうなっちゃうんですか?」


俺は(可哀想に。本社のエリアマネージャーがやらかしたせいで、全国の地方支店クランが一斉に路頭に迷うのか……。チェーン店の倒産連鎖みたいで胃が痛くなるな)と、純粋に同情していた。


しかし、カレンはフッと不敵な笑みを浮かべ、懐から一枚の【国家最高決定議決書】を取り出した。


「ご安心ください、ひじり様。本庁の上層部および総長が、先ほど満場一致で決定いたしました。――本日より、この18区一ノ宮クランを、全国の一ノ宮グループを統括する新たな【全国総本山グランド・クラン】に指定します!」


「……は?」


 俺の手から、今度こそフォークがポロリと床に落ちた。


「さらに、本家が持っていた全国のクランの管理権限、およびグループ全体の莫大な運営予算(国家補助金を含む)は、全てここ、18区のひじり様の個人口座へと一元化されることになりました! おめでとうございます、ひじり様。本日より貴方は、名実ともにこの国の全男子保護組織の頂点――『総帥』です!」


「総、総帥ぃいいい!!???」


 俺の絶叫が食堂に響き渡る。


ジークリンデや職員たちが、一斉に立ち上がって拍手を送り始めた。


「流石はひじり様! 18区の弱小クランから、わずか数日で全国の頂点へ上り詰めるとは!」


「昨日のあの平謝りは、『私に全額返金(上納)するか、さもなくば滅びるか』という、本家への最終通告だったのですね……! 恐ろしいお方だ!」


違う、絶対に違う。


 俺はただ、税金が怖くて、クビが怖くて、お布団の中で白湯を飲みながら引きこもりたいだけの、しがない元デパ地下派遣社員だぞ。


それなのに、マルサ(監査)対策で掃除をしたらクランが【国家聖域】になり。


 本社のエリアマネージャーに謝ったら本社が【強制解体】され。


 気づけば、全国の支店を束ねる【最高経営責任者(総帥)】に祭り上げられている。


「いや、あの、僕そんな全国のトップなんて絶対に無理です! 管理とか運営とか責任重大ですし、何より普通に働きたくないですし!」


 俺は必死に総帥の座を拒絶しようとした。


だが、カレンはどこまでも優しい、すべてを見透かしたような聖母を見る目で微笑んだ。


「ふふ、どこまでも謙虚なひじり様。お気持ちは分かります。実務は全て、この私と本庁、そして一ノ宮の優秀な職員たちが命に代えて行います。ひじり様はただ、この最も安全な『聖域』の奥深くで、美味しいベーコンを食べ、お好きなだけお布団の中でゴロゴロしてくだされば、それで日本中のクランの士気が爆上がりするのです。それが、我らの総帥の『お仕事』ですから」


「……え? 実務ゼロで、お布団の中でゴロゴロしてていいの?」


「はい、それが国家の願いです」


ひじりは、口元をワナワナと震わせた。


(……待てよ? 実務は全部丸投げできて、責任も本庁が持ってくれて、俺は非課税の国家聖域で一生ゴロゴロしてていい……? これ、前世の社畜時代に夢見てた【究極の不労所得・引きこもりライフ】が完成しちゃったんじゃないか……?)


「よ、よし、分かった……。そこまで言うなら、総帥、やってやらないこともない……!」


ついに「引きこもりたい」という保身の欲望が限界突破し、祭り上げられた神輿にどっかりと座ることを決意したひじり君。


 しかし、彼が「これで一生安全に引きこまれるぞ!」と確信したその裏で、全国のネット民や他区のクランの女性戦士たちは、【18区に君臨した若き天才総帥】の覇道に、さらなる大狂乱を起こし始めていた――。

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