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お茶界のお茶会

あたり一面、茶畑、茶畑、茶畑。

どこを切り取っても茶畑がうつるような、そんなところに、事情によって羽高琥珀は暮らすことになった。


「ここが、家…?」

琥珀は新居を目の前にして圧倒されていた。

家、というか━━━━━━

「屋敷?」

「『屋敷風の家』かな。ここには〝茶葉室〟もある」

琥珀の隣にいるのは、琥珀の叔父の羽高悠仁。

叔父といっても琥珀の4歳差で、悠仁は現役大学生である。

茶葉室……?

聞き慣れない部屋の名前に琥珀は混乱した。

学校に湯茶室があるのはわかるけど、〝茶葉室〟は聞いたことがない。

「茶葉室って…?」

琥珀は初めて悠仁に質問をした。

「お茶専門の部屋だよ。さぁ、入った入った」

「うわっ」

ちゃんとした答えがもらえないまま、あおいバックを持った琥珀は悠仁に押され、なされるがまま家の戸を開けた。

開けた瞬間、慣れない匂いが漂ってくる。

線香、茶葉、畳、そして埃の匂い━━━琥珀にとって全てが新鮮だった。

中に入って歩いていくと、左側の部屋の奥に扉があり、その扉の隙間から仏壇があるのが見えた。

写真は影になってて見えなかったが、その時の琥珀にとっては気になることではなかった。

右側には大きなリビング。

ここは動きやすくするためか床はフローリングで、奥に進むと檜の扉があり、庭に出れる仕組みになっていた。

「広っ……」

「琥珀の部屋は2階だよ。疲れただろうし、荷物を置こう」

悠仁が琥珀の反応に笑いながら階段の手すりを掴んだ。

重い足を上げながら2階に上がると、『琥珀』とプレートが下がったドアノブに手をかけた。

躊躇していると、悠仁がどうぞと琥珀に開けるように促した。

ガチャリ。

ドアノブが半回転すると、ドアが開いた。

「え…。バ、バルコニー?」

はじめに目を奪われたのは入り口の向かいにある大きなバルコニーだった。

壁のほとんどが窓で、ウッドデッキが伸びている。

その上には小さなテーブルと琥珀が座れるくらいの椅子。

そのバルコニーは広く、ハンモックが垂れ下がっていた。

バルコニーからは茶畑が見渡せて、遠くの山もよく見えた。

「広すぎ……」

「すごいだろう?ここでティータイムを楽しむのさ。空き部屋だから、今日からここは琥珀の部屋だよ」

驚きすぎて声が出なかった。

こんなところで暮らせるなんて。

来る前は内心複雑だったけど、案外いいかもしれない。

「お金持ちだね」

「表向きは、ね」

短いやりとりをして、笑い合った。

少しだけ緊張がとけた気がする。

その時、悠仁のポケットがブルブルと震えた。

悠仁はスマホ━━━━ケースがほうじ茶のデザインの━━━━を取り出した。

悠仁はスマホを見て顔を顰めてから、琥珀に向き直った。

「ちょっと、用事ができたから、家の探検でもしといてくれ」

「え?」

よほど急ぎなのか、琥珀に有無を言わせず悠仁は部屋を出て行った。

広いバルコニー付きの部屋に、琥珀はただ1人残された。


「探検…か。そうだ、茶葉室」

琥珀はつぶやいた。

誰もいない時は独り言を言うタイプで、小学校からはそれを隠していた。

ずっと気になっていた茶葉室。

あそこに行ってみよう。

階段を降りてすぐそこに、〝茶葉室〟はあった。

そこのドアだけは他の材質でできているようだった。

ドアから微かにレモンの香りがした。

ドアにはレモンと茶葉の彫刻が彫られている。

重々しそうなドアを開けると、琥珀は目を見張った。

上から垂れ下がる古風のランプ。

両サイドを囲むダークオークの本棚にぎゅうぎゅうに詰められた茶葉の瓶たち。

どこからともなくお茶の香りがして、琥珀は少しだけ不安になった。

瓶には手作りのラベルが貼ってあった。

『和紅茶』と書いてある瓶を見て、興味をそそられた。

『和紅茶』って、なんだろう。

手を伸ばすと、指先が届く程度だった。

背伸びをして少しずつ瓶をたぐり寄せて、後少しのところまできた。

あとは取るだけ━━━━━━。

もう一回手を伸ばすと、急に便が落ちてきた。

がつん。

おでこに思いっきり無機質なガラス瓶が打ちつけられる。

だけど、痛みを感じたのはおでこではなく足首だった。

どうしてだろう。

こんな状況でも頭が回った。

瓶が落ちる音がし、琥珀は耐えきれず倒れ込んだ。

次の瞬間、感じたのは木の硬さではなく、ティッシュペーパーを積み上げたような柔らかさだった。

おそるおそる目を開けて確認すると、手の中に何かがあることに気がついた。

「お茶っぱだ」

琥珀の手に握られていたのは数枚のお茶っぱだった。

琥珀はようやく、自分がおかしい状況に置かれていることがわかった。

自分の下にあるのは大量の茶葉。

お茶の香りがする花畑があり、花畑のほとりには紅茶の小川。

木の葉は普通の葉ではなく、茶葉。

空は不思議な黄緑色で、明らかに棚が並ぶ〝茶葉室〟ではない。

「どこ、ここ?夢の中?いや、異世界?そんなことあり得るのか?」

琥珀はいつものくせでブツブツとつぶやく。

「ねぇ、ずっとなに言ってるの?」

琥珀の背後から、声優のようなまろやかな声が聞こえた。

少し低めの、少年の声。

興奮状態になっていた琥珀は体を跳び上がらせた。

心臓の位置がわかるほどにバクバクしている。

しばらくしてから、琥珀は改めて話しかけてきた少年の姿を見つめた。

身長は琥珀と同じくらい。

肩に付くかつかないかの黒髪のロングヘアーに、現実離れした黄色い瞳。

白いシャツを着ているが、右腕だけが埋め合わせで縫ったようなカラフルな生地の袖になっている。

ズボンはピシッとしたサラリーマンが着ているようなもので、革製のサスペンダーで止められている。

「驚かせてごめん。〝お茶界〟へようこそ」

「お、茶界?ここは?君は?」

琥珀は頭の中で渦を巻いていた疑問をスルスルと口にした。

お茶界?頭でも強く打ったのだろうか。

「うわ、王道の質問」

少年は耳が痛い、というふうに首を振った。

「僕はリツ。ここは、お茶の世界────お茶界だ。君はなんらかのはからいがあってきたんだね」

「お茶界?異世界ってこと?」

リツが微笑むと、ふわりとお茶の香りがした。

「《《君からしたら》》そうだね。ようこそ、琥珀」

名前が知っていることが不思議だったけど、異世界ならあり得るのかもしれない。

っていうか。

すんなり受け入れてしまってるけど───────。

「俺、帰るよ」

その言葉に、リツはキョトンとした。

「俺、帰るよ」

琥珀は復唱する。

「どうして?」

「俺、お茶が怖いんだ」

それは本当だった。

いつしか、そうなっていた。

あの時のほうじ茶は仕方なく飲んだけど。

「なにそれ。『まんじゅうこわい』みたいなこと?」

ふふ、とリツは笑った。

ほうじ茶の匂いが、鼻を刺すような匂いに変わる。

笑ったリツに、琥珀は腹がたった。

サラサラと揺れ続けるロングヘアーを見ていると、目の前が赤くなった。

一方的に怒るのも、責められるのも嫌いだ。

だから、立ち去るのが一番いい。

あの時だって、そうだった。

お茶の芝生に一枚そびえたっている重厚な扉。

そこから戻れるはずだ、と琥珀は思っていた。

「帰るな」

「…?」 

不思議な少年から発せられた声は、ひどく威圧感があった。

琥珀が振り返ると、2人は鏡合わせのような状態になった。

「このままだと、ほうじ茶が消えてしまうんだ。救って欲しいんだ」

リツの声がほうじ茶のようなまろやかな声に戻る。

知らない。消える、とか。救う、とか。

そんな、子供じみたこと。

「ねぇ────」

リツが何か言い出すのを待たずに、琥珀は扉を開けた。

これでよかったんだ。

そう、言い訳しながら。


次に見えたのは、階段だった。

琥珀の部屋へと続く階段。

緊張の糸が切れて、琥珀はその場にへたり込んだ。

左の足首に違和感を感じる。

ズボンを捲り上げると、不思議な紋様が琥珀の脚に刻まれていた。

茶葉が足首から伸びゆくデザインで、色は黄緑色。

その茶葉はサワサワと揺れていて、どんどん伸びているようにも見える。

…この茶葉、止まってない。少しずつ、肌の奥に入ってる…?

堪え切れずに琥珀は階段を駆け上がり、ベットにダイブした。

仰向けになって、蛍光灯を見つめる。

──────「帰るな」。

謎の少年の言葉が頭を這いずり回る。

お茶の匂いがして、琥珀はベットに顔をうずめた。

悠仁が帰ってきても、起き上がる気にはならなかった。


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