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ヒトの値段  作者: 窓末
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第十三話:憎悪の代弁者、赦されざる罪

スポットライトが、三上弥生とそのパートナーを、無慈悲に切り取った。 男は、もう人間としての原型を留めていなかった。恐怖という名の酸で、顔のパーツが溶けてしまったかのように、ただ、ぶるぶると震えている。 どちらが聖者で、どちらが罪人か。 そんな役割は、この二人の間では、もはや何の意味もなさない。 三上は、ただ静かに、その男を見ている。まるで、実験動物の生態を観察するように。 やがて、彼女は、静かに口を開いた。 「さあ、告白なさい」 その声は、聖母のようでありながら、冥府の女王のようでもあった。 「あなたの、罪を」


男は、壊れたブリキの人形のように、ぎこちなく口を開いた。 だが、そこから発せられた言葉は、俺たち全員の度肝を抜いた。 「わ、私は……」男は、自分の声ではないような、甲高い声で言った。「私は……才能が、妬ましかった……」


違う。 その言葉は、この男自身の罪ではない。 それは、かつて、三上の心を折った、あの親友だった少女の言葉。 男は、三上の憎悪をその身に憑依させ、彼女の絶望を、自らの罪として語り始めたのだ。 「あいつだけが、特別扱いされるのが、許せなかった......! だから、私は、あいつの未来を、その手ごと、壊してやったんだ……!」 男の口から、次々と、忌まわしい言葉が紡ぎ出される。カッターナイフの冷たい感触。引き裂かれるキャンバスの音。周囲の、冷たい嘲笑。それは、第八話で俺たちが見せられた、三上の記憶の、完璧な再現だった。 だが、映像で見せられるより、遥かに悍ましかった。 なぜなら、加害者の罪を、怯える被害者自身が、自らの言葉で、告白させられているのだから。 これは、懺悔ではない。魂の冒涜だ。 三上は、この男を、自分の憎悪を語らせるための「スピーカー」として、完全に支配していた。彼女は、この場で、自分の受けた仕打ちを、加害者の口を通して、もう一度、世界に告発しているのだ。


やがて、長い、地獄のような告白が終わった。 男は、抜け殻のように、がっくりと項垂れている。 ラウンジは、水を打ったように静まり返っていた。神楽坂の冷徹な論理劇の後とは、また質の違う、畏怖と嫌悪に満ちた静寂。 さあ、三上弥生。 お前は、この、お前自身の絶望を代弁させた男を、どう「赦す」?


三上は、ゆっくりと立ち上がった。 そして、項垂れる男の頭に、そっと、手を置いた。 その仕草は、一見、慈愛に満ちた聖者のようだった。 だが、彼女の口から放たれた言葉は、その場にいる全員の魂を、凍てつかせた。


「――あなたの罪、確かに、聞き届けました」


「そして、その罪は、決して、赦されることはない」


断罪。 それは、赦しとは、正反対の。 絶対的な、拒絶の言葉だった。


「あなたのような、他人の才能を妬み、暴力で踏みにじることしかできない、価値のない人間。そんなあなたに、救済など、与えられない」 彼女は、聖者の役割を、完全に放棄した。 いや、彼女は、このゲームのルールそのものを、足元から否定したのだ。 「私は、あなたを赦さない。私は、あなたを、永遠に、断罪する。それが、私の下した、判決よ」


ラウンジが、爆発したような衝撃に包まれた。 ルール違反だ。明らかな。 だが、蒐集家は、それを咎めなかった。 モニターに、スコアは表示されない。ただ、ノイズが走るだけ。 このパフォーマンスは、もはや点数で測れる領域を超えていた。 三上は、この「スケープゴート」というゲームを、ハッキングし、自分の復讐のための儀式へと、完全に作り変えてしまったのだ。


俺は、呆然と、その光景を見ていた。 神楽坂の論理も、俺の嘘も、彼女の、この純粋な憎悪の前では、子供の遊びだ。 彼女は、ルールの中で勝とうとしていない。 ルールそのものを、自分の望むように、書き換えている。 俺が、壊れた獅子堂を操り、感動的な嘘の劇を演じようとしていた、その計画が、ひどく、陳腐で、バカバカしいものに思えた。 この女には、小手先の嘘は通用しない。 この地獄では、より大きな、真実さえも飲み込むような、世界のことわりを書き換えるほどの「嘘」でなければ、勝てない。


長い、長い沈黙の後。 蒐集家の声が、響いた。その声色には、もう、楽しむような響きはなかった。 畏れと、そして、抑えきれないほどの、危険な好奇心が、満ちていた。 『……見事だ。実に見事な、反逆だ。ルールは、破られるためにある、か』


『ゲームは、壊れた。ならば――』


スポットライトが、まるで生き物のように、ギロリと向きを変え、俺たちを捉えた。


『――次の者。この壊れた舞台を、どう立て直す? あるいは、さらに、粉々に砕いてくれるのか?』


光の円が、俺と、俺の隣で小さく震える獅子堂剛を、容赦なく照らし出す。 順番が、来た。 三上弥生という、規格外の嵐がすべてを薙ぎ払った、その直後に。 最高の舞台であり、そして、最悪の、舞台。 俺は、ゆっくりと、息を吸った。 腹の底で、道化の仮面の下で、一つの、途方もない嘘が、形を成し始めていた。

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