第十二話:機械仕掛けの赦し、心の解剖
スポットライトが、最初の一組を照らし出した。 俺でも、神楽坂でも、三上でもない。恐怖に顔を引きつらせた、二人の男女のペアだった。どちらが罪人で、どちらが聖者か、そのやつれた顔からは判別もつかない。 やがて、男の方が、震える声で「罪」を告白し始めた。 内容は、会社の金を使い込んだ、というありきたりなものだった。女は、マニュアル通りに「神は赦したもう」と、か細い声で囁く。 茶番だ。 魂のやり取りなど、そこにはない。ただ、罰を恐れて、当たり障りのない役割を演じているだけ。案の定、蒐集家の声は、温度のない嘲笑を響かせた。 『――つまらん。実に、つまらん告白と、薄っぺらい赦しだ。魂が、少しも震えん』 彼らの足元に、赤いデジタル数字で『12点』という、屈辱的なスコアが映し出された。聖者役だった女は、その場で泣き崩れる。敗北と、その先の罰を確信して。 最初の生贄は、決まった。 このゲームの本質は、安全な嘘では、決して生き残れないという、残酷な見せしめだった。
『では、次だ』 ライトが移動し、神楽坂怜とそのパートナーの、気の弱い青年を照らし出す。 神楽坂は、聖者を選んでいた。その表情は、能面のように静かだ。だが、彼女の前に座る青年は、すでに精神の崖っぷちに立たされているのが、見て取れた。顔面は蒼白で、呼吸は浅く、まるでこれから死刑判決を受ける罪人のようだ。神楽坂は、このゲームが始まる前の、わずかな時間で、彼を完全に解体し、掌握し終えていたのだ。 「さあ、話しなさい」神楽坂は、医者が患者に語りかけるように、静かに促した。「あなたの罪を」 青年は、絞り出すように、語り始めた。 それは、いじめの記憶だった。 彼には、唯一の親友がいた。だが、クラスのリーダー格に目をつけられた親友は、執拗ないじめのターゲットになった。青年は、次のターゲットになることを恐れ、助けるどころか、いじめの輪に加わってしまった。親友が、屋上から飛び降りる、その前日まで。 「僕が……僕が、彼を殺したんだ……!」 青年の告白は、嗚咽に変わる。ありふれた、しかし、魂に深く突き刺さった、臆病という名の罪。
ラウンジが、息を呑む。 神楽坂は、どう、この救いようのない罪を赦すのか。 彼女は、表情一つ変えなかった。ただ、その氷の瞳で、泣き崩れる青年を見据え、そして、言葉のメスを振るい始めた。
「あなたの罪は、『彼を殺した』ことではないわ」 その声は、冷徹なまでに、論理的だった。 「あなたの罪は、ただ一つ。『弱かった』こと。それだけよ。生存本能という、生物として極めて合理的なプログラムに従い、より強い個体に追従し、弱い個体を切り捨てた。そこに、善も悪も介在しない。それは、ただの現象よ」 彼女は、青年の罪悪感を、まるで不要なデータであるかのように、解体していく。 「あなたは、彼を裏切ったことに苦しんでいるのではない。裏切るしかなかった、自分の弱さに絶望している。だが、それもまた、あなたの遺伝子情報と生育環境から導き出される、当然の帰結に過ぎない。あなたは、そうなるべくして、そうなっただけ」 赦し、というより、それは分析であり、定義だった。 「だから、赦す。いいえ、赦すという概念自体が、あなたには不釣り合いよ。私は、あなたの罪を『無効化』する。あなたは、罪人ではない。ただの、エラー値を出す、欠陥品。それだけのこと。欠陥に、責任能力はないでしょう?」
ラウンジは、凍りついていた。 なんと、恐ろしい赦しだろうか。 それは、罪を許し、魂を救済する行為ではない。罪悪感という人間的な感情を、「非効率なバグ」として処理し、相手を人間以下の「欠陥品」と定義することで、その苦しみから解放するという、機械仕掛けの救済。 青年は、泣き止んでいた。 ただ、ぽかんと、口を開けて、神楽坂を見つめている。その瞳からは、罪悪感と共に、人間としての尊厳もまた、綺麗さっぱり消え去っていた。彼は、救われた。そして、壊された。
『……ハ、ハハ……ハハハハハ!』 蒐集家が、初めて、腹の底から笑っていた。 『素晴らしい! なんという知的で、冷酷な赦しだ! 魂の解剖! 人間の脆弱性を白日の下に晒し、その上で無価値だと断ずる! これぞ、新しい救済の形だ!』 神楽坂ペアの足元に、叩き出されたスコアは、『98点』。 圧倒的な勝利だった。
俺は、背筋に流れる冷や汗を感じていた。 勝つための、二つの道が示された。 一つは、最初のペアが示した、敗北への道。 もう一つは、神楽坂が示した、人間性を捨て去ることで得る、勝利への道。 俺は、この壊れた王様を使って、どんな劇を演じればいい? 神楽坂の、あの完璧な論理を超え、なおかつ、ギャラリーを満足させるだけの、感動的な劇を。 俺の武器は、論理じゃない。 俺の武器は、嘘だ。 人の感情に寄り添い、共感させ、心を揺さぶる、極上の嘘。
思考を巡らせる俺の耳に、蒐集家の、次の指名が突き刺さる。
『さて、次は、どの罪が見られるかな?』
スポットライトが、移動する。 その光が捉えたのは、血のように赤いライトで結ばれた、あのペアだった。 三上弥生と、彼女の“罪人”。 男は、すでにガタガタと震え、まともな思考ができていないようだった。 三上は、静かに、彼を見つめている。 その瞳は、聖者のそれではない。 これから始まる儀式が、「告白」でも「赦し」でもないことを、ラウンジにいる全員が、予感していた。 あれは、ただの、断罪だ。 三上弥生による、公開処刑が、今、始まろうとしていた。




