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ある令嬢の場合

 「お前がそんなに醜く太っているから、俺が浮気をするのだと分からないのか?」


そう言いがかりをつけて来たのは、婿入り予定の男爵令息、シルバ・ザンネーンである。そして私はシルバの婚約者 (になるかもしれない)グリーン。ベネスト・リルバリン子爵の長女である。


私の家は商会から成り上がった子爵位。

元は平民であり、貴族になった歴史は浅い。

私の下にいるのも妹なので、婿養子の話があがっていたのだ。


はっきり言うと、私はシルバが好きではない。彼は青みがかった黒髪でサファイアのような瞳を持ち、鼻梁もスッキリ通った美形である。でも頭には鈴でも入っているような残念さだ。


ただザンネーン男爵がめちゃくちゃ良い人で、人に騙され過ぎて心配になった私の父が、家の繋がりを作ってサポートしようとし婚約の話が出ていたようだ。

父は父で親友の息子なら、知らぬ仲ではないから安心だと話を進めていた。


しかし私の母は反対していた。

商売のことには間違いない父だが、男爵のことを大事にし過ぎて目が曇るようなのだ。

「あの天使のような友の息子なんだ。きっと彼も天使に違いない」なんて、平気で言う。恋愛的に好きなのかと勘ぐるほどだ。そうなら嫌だなぁ。

まあ本当に40才を越えても、パッと見は20代後半にしか見えない可愛らしさだ。ドレスを着れば女性にしか見えないし。



さておき。

私の体型は標準より少し多いけど、醜いとは言われる筋合いはない。私の容姿は美しい部類の母似である。亜麻色の艶々髪に、オレンジの瞳で、幼い時はお人形みたいねと言われていた。


その後に重い病気にかかり、炎症を抑える薬を飲んでいる。今は殆ど良くなっているのだが、副作用でむくみが酷く、デブだの豚だの言われて引きこもっていた時期もあった。


その期間に気晴らしに始めたのが、栄養を十分に取れるダイエット料理の研究だ。父も落ち込む私の為に、自分の商会から材料を集めてくれた。存分に料理人と共に創意工夫し、出来たレシピを伝手を利用してレストランにも出して貰えるほどになった。ヘルシーメニューは、多くの女性の心に刺さったようだ。レシピ集を店に売ったり、その後の創作料理も研究中である。


それとは別に引退したバレエ団の先生に教えを乞い、素人にもできる体操を作っていった。


それもこれも、私の体型を戻す為であった。病気で安静にしていたこと + 薬の作用により、すっかりなくしていた自信を取り戻せるように。


幼い時のことを知るシルバは、そのことも知っているのに傷つけようとしてくるのだ。そんな奴より、私はいつも一緒にメニューを考えてくれた、料理長の息子メシアの方が好きだ。いつも真剣にアイディアを考えてくれて、私が気にしない低カロリーの美味しいデザートを作ってくれるのだ。はっきり言って大好きだ。茶髪茶目で地味だと彼は自分の容姿を卑下するが、奥ゆかしくて優しくて私のことを考えてくれるところは、誰にも真似できない良い部分である。


「お嬢様、これを試食してみてください」

そう言って差し出されたのは、レモンと寒天、ハチミツでできたゼリーだ。寒天は最近この国に入ってきたもので、動物からできたゼラチンよりもカロリーが低いらしい。それにハチミツは滋養強壮で、レモンの酸味が効いているので多く入れなくても味わい深い。


「わぁ、すごく美味しいよ。ありがとうメシア」

「喜んで貰えて、僕の方が嬉しいです」


はにかむ様は、私の心を癒しまくる。ああ、好きだな。


どうやらそれを母は知っていたようである。


私はバレエの先生と作った体操を、使用人達と一緒に毎朝行っていた。行った使用人からも、便秘が解消し肩も軽いと好評価だ。

そして私は新たな料理のレシピ集を、レストランへ持って行くことになり、大人の使用人ジローとメシアと3人で町へくり出した。


歩いて行くと道の途中で、化粧の濃い胸が服からはみ出しそうな衣装を着た女性とシルバが、ピッタリとくっついて歩いていた。向こうは気づいていないが、こっちは3人で確認した。


「恋人がいるなら、婚約なんてしない方が良いわよね。まだお父様が言ってるだけで、正式なものではないし」

「ええ、勿論ですよ。さっそく奥様にご連絡いたしましょう」

「あまりにもグリーン様に失礼です。あんな人相応しくありません!」


ああ、私の為に怒ってくれるメシアが格好良い。好き。

バレてないと思っていたけれど、気がつくとジローが呆れ顔で私を見ていた。だ、大丈夫かな? と少し焦る私。


まあそんな感じで、レストランに寄ってから家路に着いた私達。速攻で母に相談した。目撃者もいるしね。


母は嘆息し、「公に見られるようでは駄目ね。もう婚約の話はなしにしましょう」と言ってくれた。

夕食の時、母から父へその話をしてくれた。


「ちょっと待ってよ。その女性は友人かもしれないだろ?」

そう言う父に私は尋ねる。

「お父様は、溢れんばかりの胸を組んでいる腕に押し付けて、男の方も胸を見てデヘデヘしているのを友人と言うのですね? いったい何人のそう言う友人がいるのですか? 私ならそんな男性は信用できませんわ」


娘にそう言われ、「俺はそんな男ではない!」と怒るが、母もじっと父の方を睥睨していた。


「貴方にそのような友人がいたなら、離婚しようと聞き入っていましたのよ。私なら町の真ん中で、貴方がそんな女性と歩いていたなら、即生家へ戻りますわ。その時は弁護士を行かせますから、慰謝料たくさん下さいね」


いつも朗らかな母が低い声で話すことは、冗談には聞こえなかった。

父も凍りついたようだ。

「嫌だ、別れない。そんな友人いないから!」


ザンネーン男爵父子に甘い父も、やっと諦めてくれた。向こうは相当ごねたらしい。


どうやら男爵の騙された話は、全部女性関係らしい。昔はその美貌だけで満足していた女性達も、今は普通のおじさんにはそれほど執着はしない。そんな者より舞台俳優を追っかける方が健全で楽しい。男爵ばかりが昔の栄光に執着し、同じように過ごしていたことで騙されていたようだ。それを利用した美人局にも合っていたらしい。

奥様は、浮気する夫に愛想を尽かして離婚したらしい。これは初耳だった。てっきり借金のせいだと思っていた。



さすがの父も、母の調査した書類を渡され諦めた。今後の援助は、母の認可が必要になったそうだ。


私は危うく、不良債権父子から逃れられたのだ。

母からはもっと早く解決できなくてごめんねと謝ってくれた。私はそんなことないよと、母を抱きしめた。何だかんだ言っても、男性の発言権が強い世の中だ。母も離婚覚悟で言ってくれたのだ。


「婿はメシアで良いからね。彼の父の料理長は元貴族なのよ。駆け落ちして料理人になったそうなの。もし貴族籍が必要なら、彼の両親に養子にして貰えるんですって。良かったわね」

「え、そうなの? でも私はメシアのこと………」


もうバレてる。

料理長にもすっかり。

これならもう、メシアにも気づかれているわよね。

恥ずかしい。

でもこれだけ公認なら、大丈夫だと思って良いのかな?


そんな感じで暢気に過ごしていたら、シルバが乗り込んで来た。


「お前のような女でも婿に来てやろうと言うのに。お前が俺と婚約したいと言って、婚約を元に戻せ!」


彼の父親にでも頼まれたのだろうか?

それか今さら、男爵家の経済状態を知ったのだろうか?


答えはノーに決まっている。

でもそれを言おうとしたら、妹のリノが来てくれた。


「当人同士だと冷静に話せないわ。ここは私の出番よ」

「ああ、そんな。貴女にそんな役をさせられないわ」

「大丈夫よ、お姉様。私にもうま味があるから!」

「? え、じゃあ、お願いね」

「任せて!」

自信満々なリノに場を譲り、私はメシアと新作メニュー作りをしに厨房に訪れた。


「あ、お嬢様、いらっしゃい」

「うん、今日も頑張りましょうね」


心なしか顔の赤いメシアに、私の顔も熱くなるのが分かった。私は幸せね。



◇◇◇

少し遡り、シルバが応接室に通された時。

お茶を持ってきたリノへ悪態を吐いた後、シルバは静かに帰ったらしい。どうやったのかは分からない。

けれどその後、2人は付き合い出したのだ。

私もビックリする。


あんなに横暴なシルバが、リノに気を使っているのだ。


「え? 貴方、本当にシルバ?」

「馬鹿にするな、俺は「コホンッ」……何でもない」


リノの咳で途端に大人しくなる彼。



◇◇◇

あの応接室で、リノは彼にこう囁いたのだ。

「ねえ、シルバ。私聞いたのよ、貴方がこっそり付き合っていたミカリアンに。ドMなんですって、貴方?」


顔を真っ青にするシルバに肯定を確認する。


「彼女はもう結婚するのよ。代わりに私が鞭を打ってあげるわ。縄も必要?」

その問いにシルバは驚愕し、そしてうっとりして頷いた。


「内緒にしてくれる? リノ?」

そう問う彼は、とても美しかった。彼にとってはバラされるリスクも快感なのだろう。

グリーンに強く当たっていたのは、バレないように虚勢を張っていたのかもしれない。



◇◇◇

それなりに幸せそうな2人に、グリーンとメシアは微笑んだ。やっぱり相性って大切ね。


その後グリーンは薬を飲まなくても良くなり、適正体重に戻ったが、ヘルシーメニューは続けている。


終わり

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