トラップ
ボス戦と聞いて一時はテンションの上がった晴人だったが、三日もすればまたふてくされはじめた。
正亜に恨みがましい視線を向ける。
「おーい。あれから僕なんもやってないぞー。食べ物見つけてるだけやぞー。貴様もなんもやってないぞー」
批判を向けられた正亜はけろりとしている。
火鼠討伐宣言のあとも、はたからみたら正亜は工作しかしていない。
紐を作り、石器を作り、弓矢を作る。晴人も晴人で、狩猟採取を行うだけ。
が、実際にはそうではない。
正亜は工作をしながらも、ブラックハウンドに指令を送り続けていた。今では手作業をしながら、三日間で新たに召喚した6匹を加えた15匹全員を正確に動かすことができる。
ブラックハウンドを使って調べていたのは二つ。火鼠の習性と、巣および湖周辺の地形だ。
正亜の頭の中にはすでに周辺の地図ができあがったいた。とくに火鼠が通れる道幅の獣道は一本残らず把握している。
もちろん、もっと詰めれる部分はある。だが頭の中で考えてばかりいてもキリがないのも事実。
「わかったよ。じゃああとひとつだけ条件がある」
「なに?」
答える代わりに、晴人に弓と矢筒を投げつけた。晴人はそれをキャッチする。
「弓、ちゃんと当てれるようになれ。そうしたら作戦開始だ」
「お前は当てれるんか?」
「ここ一週間は四時起きで弓の練習と筋トレしてるよ。そのあとブラックハウンドを使っての偵察、陽が出てる間は道具作り……。過労で死にそうだ」
「ふうん。やるな貴様」
「あそこに炭でバツ印つけた木がるだろ。あれ的にしていいから、練習してろ。俺はちょっと寝る」
「おおお、準備がいい」
晴人は木を見つけるやさっそく矢をつがえた。
正亜はあくびをし、テントの中で横になる。
「ソ ゲ キ」
なにその掛け声、と突っ込もうとしたが、眠いのでスルー。
「当たった!」
スルーできなかった。正亜はゾンビのような足取りでずるりとテントから這い出る。
バツ印のど真ん中に、矢は突き刺さっていた。晴人がドヤ顔で正亜を見てくる。
腹が立つので殴っておいた。
「いたっ。なんで殴られるん?」
「顔腹たったから。偶然じゃねえの?」
正亜がいちゃもんをつけると、晴人は人差し指を左右に振る。
「見てなさい」
「なぜオネエ口調」
晴人が射た二矢目は、一発目の矢の尻に突き刺さった。
「……は?」
続く三矢、四矢も狂いなくバツ印の範囲内に命中。
「…………お前どんな運動神経してんだよ。四時おきで練習してたのバカみたいじゃん」
言うと、晴人はなぜかシャツを脱いだ。
ポーズをとり、背中の筋肉を見せつけてくる。
「ソ ゲ キ に必要なのは、広背筋!!」
「筋肉ですべてを解決しすぎだろ…………」
「あと、僕視力2.0」
「身体能力お化けめ……っ! わあったよ。じゃあ今日ケリをつける」
「うほっ」
「けど、どの道やるのは夜だ。そのためにも、今のうちに眠って休んでろ。俺も寝る」
「寝るのは得意だ」
晴人は半裸のまま寝転がる。
「やっぱお前、バカだよなあ」
正亜はぼやき、テントに入った。
ーーーーーーーーーー
夕方、2人は起きた。食事をとるや支度をはじめる。
弓と、矢が20本入った矢筒、晴人は槍も持つ。
武装した2人は、湖のそばで息を潜める。
「で、どうするんだ?」
「火鼠の習性を利用する」
「わからん」
「あいつらは夜行性だ」
「昼にも見たぞ」
「ああ。けど昼は活発じゃない。獲物を見つけても深追いはしない。逆に夜は執拗に追ってくる。狩をするのはだいたい10匹前後、おそらくメスだろうな。今、ブラックハウンド5匹をメスどもの狩場にうろつかせてる。これなら確実に狩れる数だから、逃げればどこまでも追ってくる。…………お、言ってる間にもかかった」
正亜は目を閉じてブラックハウンドの視界に集中する。火鼠は11体。いつものように炎を吐きつつ、仲間内で連携してブラックハウンドを追い詰めようとしてくる。
だが、正亜は地形を知り尽くしている。
岩や巨木を盾にして炎から身を守りつつ、抜け道を通って包囲網を抜ける。だがあまり逃げ足が速くても諦められる恐れがある。火鼠たちと距離を空けすぎないよう、調整しながらブラックハウンドを走らせる。
「そろそろ来るぞ」
正亜が言った直後、ブラックハウンドが2人のいる方へ走ってくるのが見えた。20メートルほど感覚をあけて火鼠が追ってくる。
「弓矢の出番!」
「出番じゃねえ! じっとしてろ!」
飛び出そうとする晴人の足を、両腕で掴んだ。さすがの晴人もつんのめってこける。だが体重差はいかんともしがたく、正亜も一緒に転んだ。
転んだ拍子にブラックハウンドの制御をミスり、一匹が炎に焼かれる。感覚が共有されているせいで、正亜もまた身体中を焼かれる痛みにうめく。
「くそっ……くだらねえことで戦力削らせやがって!」
正亜は飛び出し、メルフェマ湖に手を突っ込んだ。
「来い、クラーケン!」
指輪を回すと、巨大な触手が水面から飛び出す。10本の触手がそれぞれ火鼠を掴み、地面に叩きつけた。
残りは一匹。
それまで逃げていたブラックハウンドは踵を返し、火鼠に向かっていく。
火鼠もまた、口の中に特大の炎を発生させる。
火炎放射が放たれようとした時、身を潜ませていた10匹のブラックハウンドが、火鼠の背後から襲いかかった。
奇襲を受け、火炎放射はあらぬ方向へ放たれる。四匹のブラックハウンドも攻撃に加わった。
14匹のブラックハウンドに、噛みつかれ、爪を立てられ、火鼠はなす術もなく死体となった。
火鼠を全滅させると、クラーケンは消滅。ブラックハウンドと違い、クラーケンは短時間しか召喚できない。
クラーケンを召喚した代償の侵食が正亜の手を蝕む。人差し指と薬指まで黒く変色し、ひどく痛んだ。
正亜が顔をしかめていると、晴人がおずおずと話しかけてきた。
「ごめん、僕やらかした?」
「いや、今回は俺の説明不足だ。リアルタイムで指示しようとしてたが、事前に作戦伝えとくべきだった」
「事前に言われても僕覚えられへんで」
「だと思って説明してなかった。けどこっからは単純だ。巣に突撃して残った火鼠を掃討する。弓矢も槍も使っていい」
「今度こそ僕の出番か」
「ああ。けど、攻撃は俺の合図をしてからだ。とりあえず巣まで移動するぞ」
正亜はブラックハウンドに周囲を警戒するよう命じ、森へ足を踏み入れた。