三十年以内に八割の確率で――「南海トラフ地震」
「南海トラフって?」
「静岡県の駿河湾から宮崎県の日向灘沖にかけてある『海底の細長い盆地』のことさ。
プレートと呼ばれる地球の表面を覆う板状の岩盤層が、互いに接しているところにできる。
大陸側のプレートの下に海側のプレートが潜り込もうとしているんだ。
その境目が、ひずんでしまう。そのへこみがトラフ」
「お互いに押し合っているの?」
「うん、それで押された方の岩盤が、元に戻ろうとしてパンと撥ね上がる」
「地震の震源地になるってことだね」
「そう、それが『南海トラフ地震』。
過去、百年から二百年くらいの単位で何度も起きているんだわ」
「そりゃ、ヤバいな。
つぎは、いつ、どれくらいの規模で起こりそうなの?」
「三十年以内に起こる可能性が七〇~八〇パーセント、最大マグネチュードは九・一だって。
ほぼ東日本大震災と同じくらいだね。
だから震度は、おそらく六強から七くらい。最高値だ」
「誰が、言っているの?」
「政府の地震調査委員会。
二〇二〇年、つまり今年一月一日時点での発生確率を公表した。
だから民間での勝手な予想じゃない」
ユウヤは、チラッと、教授の方を見た。
「死者は、最悪三十二万三千人。
二百三十八万棟の家屋が全壊もしくは焼失する。
地震発生から一週間で避難する人は九百五十万人。
およそ九千六百万食の食料がいる。
経済的損失は、総額二百二十兆三千億円。年間国家予算の約二倍以上だ。
――と、二〇一九年四月のNHK『災害列島』で放映されていたな」
A教授は記憶力の面でも奇人らしく、細かい数値がスラスラと出てくる。
「えっ!」
カイトは短く叫び声を上げてしまった。次の言葉が出てこない。
(そんなことになったら日本は当面、立ち直れないだろう)
ゾクッとした。
「でも、『地震の予知なんて、できない』と、東大の先生が言っていた。
それに三十年なら、まだまだ余裕じゃない?」
「なに言っているんだ。
『三十年後』じゃないんだぜ。『以内』だ。
今、この瞬間、起こっても不思議じゃないんだ。
統計学の予測値だと、発生確率が最も高いのは、二〇三六年らしいけどね」
すぐにユウヤが、反論してきた。
「……」
「べつに僕だって起こるのを期待しているわけじゃない。
三十年後なら、避けられないにしても少しは助かる」
ムキになったのを恥じるように、照れ笑いしながら言葉を付け加えた。
「人間の心理には、『正常性バイアス』という働きがある。
多くの人は根拠なんかないのに、何となく楽観的な見方・考え方を選ぶ。
必要以上に心配して、パニックに陥らないようにする安全装置なんだ。
しかし、それが、人の判断を誤らせることもある」
そう説く教授は、いたって真面目顔だ。
「確かにそうなのかも知れません。
でも、百年に一度の確率、たった一パーセントですよね。
まだピンときません。
一パーセントの確率を気にしていたら、生きていけないんじゃないですか?」
カイトとしては、最後の抵抗といった感じだ。
「僕は、『百年に一度』」を二度、体験しているぜ。
最初は、平成七年一月に起こった阪神・淡路大震災。
災害ボランティアとして神戸に入ったんだが、目を疑ったぜ。
高速道路やビルが横倒しになり、高取地区などは一面の焼け野原だった。
家の焼け跡に点々と、花束が置かれている。
そこで亡くなった人のためにだよ。
『当たり前と思っていた日常』が、当たり前じゃなかった。
『明日のことなんて、わからないよな』と心の底から思った」
そこで、いったん言葉を区切った。
歯を、キリリッと噛み締めた。
「次が、平成十二年九月の東海豪雨。
当時、名古屋市西区中小田井の木造二階建てアパートに住んでいた。
新川の堤防のすぐ近くだった。
前日の夜、帰宅するときに道路のマンホールが、カタカタ鳴っていた。
『何だろう?』とは思ったが、とくに気にすることもなかった。
翌朝、ドアの外が騒がしいかった。
起きてヒョイッと窓の外を見たら一面、茶色の湖になっていた。
ドアを開けると、一階の人たちが避難してきていたんだ。
そのままにしておけないので部屋に招いて三日間、一緒に過ごした。
水深は首までだったので、一四〇センチはあったろうな。
自衛隊のゴムボートが、窓の外を通過していったよ。
不思議な光景だった」
教授は遠くに視線をやりながら、淡々と語った。
「はぁ――」
カイトは、教授の体験談に聴き入った。
不謹慎ではあるが、「自分も体験してみたい」と思ってしまった。
やっぱり他人事だった。