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伝説の「旅の仲間」と勇者「カイト」――フウランが熱く語る

 モンゴル軍を島に上陸させるわけには、いかなかった。

 「トカム」にも兵士はいたが、船の護衛と海賊退治が主な任務で、本格的な戦闘経験はないようだった。他の商団も護衛兵が、少人数いるだけである。全部かき集めても、とても対抗できそうもない。敵を陸の上で倒すことなど、とても望めないだろう。

(やはりアヅミたちの力を借りるしかないな。

 ならば、彼らの精神的支柱であった『壱岐(いき)の宮、(オオ)巫女(ミコ)』の霊的継承者である(つるぎ)(ひめ)(よみがえ)らせなければならない)

 カイトは、そう考えた。

 勝算があるとすれば、海上で先制攻撃を仕掛ける戦法だけだ。

 アヅミは民間人ではあるが海での身体能力は、ずば抜けている。

 戦士としての資質は、前回の「旅」で経験した海戦で実証済みだ。

 フウカの中で眠る剣姫が、どのような存在であるかはわからない。本当に高い霊能力とリーダーシップを備えているか――。

 しかし、()けるしかなかった。

 ただちに決意して、儀式の準備を義高に命じた。

晩餐(ばんさん)の用意が、整いました」

 部屋の入り口付近で勢ぞろいした三人娘が、ヒラヒラした衣装の(そで)(くち)を胸の位置で合わせ、腰を少し落として頭を下げた。

 気が付いたら、窓の外は暮れかかっていた。

「申し遅れました。

 この者どもが、私の娘たちです。

 男子には、恵まれませんでした」

 美しい少女たちであった。

「上から風玉(フウギョク)風鈴(フウリン)(フウ)(ラン)と申します」

 義高が、簡単に紹介する。

 名を呼ばれ、順に腰を落として頭を下げる。

 齢は、一八、一六、一四歳とのことだった。

「末娘のフウランに少し霊能力が顕われましたので、巫女修行をさせておりました。

 どうやら聖なる女王(ひめみこ)、美華様に心酔しているようで、幼いころから女王の伝説をせがまれたものです」

 話は打ち切られ、娘たちの案内で宴席へと移動した。

 宴会場には、貴族や高官と想われる人々が十人ほど席に着いていた。

 比較的こぢんまりとした集まりだ。「トカム」の規模から見れば、こんなものであろう。

 長方形のテーブルの上には、海産物や肉料理の大皿が置かれてあった。

(懐かしいな。

 昔と、さほど変わらない)

 とくに魚介類は、南の海特有のものが多かった。

 夜光貝や肉厚なコブシメ(イカの一種)の刺身や高瀬貝の壺焼き、グルクン(たかさご)の塩煮、川エビのカラ揚げなどが、盛られている。中でも目を()いたのは、リュウキュウ鮎の塩焼きであった。

 この魚は現在、奄美大島の一河川にしか生息していない天然記念物の魚である。よって、食べることは、できない。

 肉料理では、リュウキュウ猪のラフティ風が食欲をそそった。四角に切った三枚肉を数時間も煮込んだものだ。豚の角煮に似ているが、とても柔らかく口の中でホロホロと解けていく味わいが好きだった。

 カイトたちが現れると、ザザッと立ち上がり例の挨拶をおこなった。

 義高に促され、カイトとフウカは大きく幅の広い「漢詩の掛け軸」の前の席に並んで座る。

 列席者が、高位順に紹介された。

 皇后は、三十歳代半ばくらいであろう。品のある美しい婦人であった。

 義高による紹介と歓迎の辞があり、乾杯をおこなって宴は始まった。

「トカムの繁栄を支える皆の者に会えて、嬉しく思う。

 我は三百年前、同じような席にいた。

 永い歳月は経ても、相変わらぬ宴に列することができたこと、感に堪えないものがある」

 カイトは、盃を手に応答の辞を述べた。

(あの時、初めてリンレイに会ったのだったな。

 ミーカナの舞も美しかった……)

 懐かしい二人の少女の顔が、思い浮かんだ。

 カイトが前回、徳之島へタイムトリップした直後に、海賊の来襲があった。

 その時、海賊船に(とら)われていた一五歳の女の子が、リンレイであった。

 リンレイ((でん)(りん)(れい))は、沖縄の今帰仁(なきじん)で生まれ育った。

 父親は唐の商人で、母親は台湾から移住してきたアミ族であった。

 後で「森の巫女」として覚醒し、山野の精霊たちと意を交わし動かすことができた。また、拳法の使い手、弓の名手でもある。

 出会って以後、「旅の仲間」として、数々の苦難を共にしてきた。大陸からの侵略者に対してはアミ族の戦士を(ひき)いて、獅子奮迅(ししふんじん)の働きを見せてくれた。

 別れてからの詳しい消息については、まだ聞いていない。

 カイトが感傷(かんしょう)(ひた)っている間、フウカは居心地(いごこち)の悪い思いを味わっていた。

 見知らぬ人たちばかりだし時代や地域も異なるので共通する話題もなく、会話のしようもなかった。もともと「人見知り」な性格でもある。

 シークァーサー(ひらみレモン)の汁を水で割って蜂蜜を加えた飲み物を口に運び、料理をつまむことで時を過ごしていた。

「あのう……、お菓子などはいかがですか?」

 おずおずとした態度で、フウランが近づいてきた。

 小皿を胸の高さに(かか)げている。

 沖縄のドーナッツ「サーターアンダギー」みたいなものだった。

「あっ、ありがとう」

 お礼を言って、受け取る。

 フウランは、ホッとしたような表情を見せた。緊張していたのだろう。

「……少しお話ししてもよろしいでしょうか?」

 モジモジしながら尋ねた。

「いいですよ」

 フウカが答えると、侍女に椅子を持って来させて座った。

「神聖女王様のお告げでは、『壱岐の宮』の血を引かれる御方(おんかた)とのことでした。

 ――ということは、私とも血がつながっていると考えてよろしいんですね」

「まっ、そういうことになるのかな」

 実感はないが、遠く(さかのぼ)れば(えん)がつながっているのであろう。

 壱岐島から南西諸島に流れていった安曇一族と、本土沿岸を北上し東海地方に至った一族の末裔が、二千年近くの時を経て再会したということになる。

「嬉しいです!」

 両手を胸元で握り、満面の笑顔で喜びを表した。

 次いで、神殿での巫女修行の様子を語り始めた。

 四書五経などの他、道教と道術の初歩を学んでいた。

 その修業は夜の明けきらないうちから始まり、日暮れまで続くそうだ。

 そうした日々の中でフウランが好んでいるのが、神聖女王に関する事績を聴くのと、その神像に祈りを捧げる時間だという。

 「琉球国」天孫王朝を開くまでの苦難に満ちた逸話(いつわ)は、壮大な冒険譚として少女の心を(おど)らせた。中でも「旅の仲間」とのエピソードは、お気に入りであった。

 当然のことながら、美華様を支えて偉業達成への道を共に歩んだ二人の英雄の活躍が語られた。智将として大胆な戦略で敵軍団を打ち破った李船長と、相棒(あいぼう)の金竜「ゼン」と共に数多くの妖魔や怪物と闘った勇者「カイト様」の話には、胸をときめかせて聴き入ったとのことだった。

 平凡な大学生としてのカイトしか知らないフウカには、まったくイメージが合わなかったが、話としては面白かった。

 その「カイト様」が目の前にいらっしゃるということでフウランは興奮し、舞い上がっていた。話の途中にもチラッチラとカイトに熱い視線を送り、(ほお)を染めていたくらいだ。

 神聖女王の託宣は、日課となっている早朝の祈りの時間にあった。

 まだ薄暗い祭殿に座し、神像の前で祈りの言葉を唱え、伏し拝んでいるうちに突然、頭の中で(おごそ)かな声が響いた。

(われ)は、琉球国の祀人(まつりびと)、美華――。

 皆に、()る。

 災厄あり。

 力を集め、払い(きよ)めよ。

 (たすけ)(びと)(さず)ける。

 心して迎えよ』 

 それだけ告げた後、立ち現れる日時と場所などが、脳裏に示された。

 ハッとして頭を上げると、神像がボオゥとした青い光に包まれていた。だが、それは一瞬のことで、すぐに元の姿に戻った。

 フウランは、ただちに神殿長へ伝え、父の国王へも報告した。

 カイトたちが現れる数日前のことだった。

 フウランの語りが終わる頃には、宴も一段落ついていた。

 明日の儀式に備えて、早めに席を立つことにした。


 翌朝、フウカは真っ暗な内から叩き起こされた。むろん丁重にではあったが……。

 侍女たちに湯殿(ゆどの)へと拉致(らち)され、上から下まで磨き上げられた。

 神女たちの白い衣装と似たものを着付けられる。だが、絹地で輝きがあり、仕立ても()っていた。ウエディングドレスを着せられたような感じだった。

 迎えに来た神女たちに囲まれ、神殿へと連れていかれる。

 まずは、早朝の儀式に参列させられるらしい。

 神殿は、男子禁制である。入り口を固める護衛兵も、女性だ。

 祭殿内部が数多くの燭台で、照らし出された。

 道教の神々が祀られているようだ。神像や絵画が、神秘的な雰囲気を(かも)し出していた。

 介添え役の神女に指示され、拝礼をおこなう。

 奥の間の扉が、開いた。明るさは、同じくらいだ。

(ほうー―)

 一歩立ち入って周囲を見回したフウカは、思わず驚きの声を上げそうになった。

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