海人族「アヅミ(安曇)」の守護者として
「そうだよ。
会いたかった!」
感極まった声の響きだった。
「ミーカナ、俺もだ」
カイトも、即応した。
美華は「トカム」王の娘として、弟の王位継承のために必要な「聴き耳頭巾」を沖縄の聖地「斎場御嶽」の神女団から受け取るべく、船旅をすることになった。
その旅にカイトやリンレイなど「旅の仲間」が、同行することになった。
カイトの仲は当初、けして良いものではなかった。むしろ毛嫌いしていたと言ってもいいくらいだった。
しかし、襲い来る数々の苦難を共に力を合わせて乗り越えるうちに、お互いに理解を深め、ついには惹かれ合う間柄となった。
結果的には、生きる時代や立場の違いから寄り添うことはかなわなかった。だが、お互いを想う気持ちは、失われてはいなかった。
「我は今、琉球国の女王などという面倒な地位に祀り上げられておる。
柄ではないことは承知しているが、これも宿命だ。勤め上げるしかない」
歴史学において琉球列島全体を統治する「琉球王国」は、一五世紀の「第一尚氏」の王朝を始まりとしている。その当初から、卓越した航海術と商才をもって名を馳せた貿易国家である。東南アジアや中国大陸、そして、日本の間の海を自在に航行し貿易を行っていた。
ポルトガルの航海者からは、「レキオ(琉球)」と呼ばれ、その誇り高い精神と果敢な行動から高く評価されていた。(詳細な内容は、トメ・ピレス『東方諸国記』に記されている)
だが、いきなり伸し上がったわけではない。それなりの積み重ねがあった。
統一政府が樹立される前は、沖縄本島は地区別に「北山」「中山」「南山」の王朝が存在して、「三山時代」(一三二二~一四二九年)と呼ばれていた。
さらに前は、「グスク時代」(一二~一四世紀初期)と言い、各地で諸豪族(按司)が城塞を築いて覇を競っていたとされている。
しかしながら、不思議なことに正式な国家としての体をなしていない時代であっても海外からは「沖縄」もしくは「琉球」として認められ、大陸国家からの侵略を受けることもなく、貿易関係すらあった。
単に「主なき雑居地帯」であれば、大陸国家が手を延ばさないはずもない。ならば以前から各国が認めるかたちで「国家に準ずる形態」があったとも推察される。
琉球王国の正史である『中山世鑑』(一六五〇年)には、伝承として「天孫王朝」があったとされていることを記載している。
フウカの身体に憑依した美華は、ため息交じりに語った。
十世紀前期(平安時代中期頃)、沖縄本島は各地の小豪族や貿易商人などの寄留民などが雑居する地であった。しかしながら、一般住民の大半は北九州沿岸地域を出自とするウミンチュ(海人)であった。半農半漁で生計を立て、海上輸送にも携わっていた人々である。北九州では、「アヅミ(安曇)」と呼ばれていた。
美華は、北九州の島々や沿岸一帯のアヅミを束ねていた大巫女の霊的継承者であった。
大陸から侵攻してきた「呉」の軍勢を、島の人々の力を結集させて退けた。
その後、人々から推戴され「琉球国」の神聖女王となった。「天孫王朝」が、開かれたのだ。
「国」といっても専従の軍隊を持ち、政治的権力で支配していたわけではない。あくまでも諸勢力の調整機関であり、宗教的象徴であった。
この王朝の主な役割は「暦」と「気象」、さらに「海に関する情報」を集約して広報することであった。担い手は、各集落に属する祝女(巫女)たちだ。
斎場御嶽で巫女修業をおこなった後、出身集落に戻って豊漁・豊作を祈ったり、災厄を防いだりする「霊的守護者」となる。そして、朝廷との連絡役ともなったのだ。
この他、海外とのやりとりに関する窓口ともなっていた。
美華は那覇港を見下ろす「首里の丘」に居を構え、政務と神事を執り行っている。
優秀な参謀たちが大半の政務を補佐しているとは言え、気苦労の多い毎日であった。
そんな折に参謀の一人であるクンダルから今回の「旅」の話があり、自分の懐剣を託すことにしたのだ。
とくに依頼主が、自分と同じく「華」の名を持つ少女であることが決め手となった。おそらく「安曇氏本家の系譜を継ぐ者」であるからだ。フウカは、直系の子孫だという。
また、フウカが、時代は異なるが「トカム」へ跳ぶということなので、なおさら必要を感じたからである。
「この懐剣は、安曇氏本家の血を受け継ぐ者であることを示す物だ。
後で、何かと役に立つであろう。
あっ、それからこの少女に『華』の字を名乗らせておいてくれ。
これも正統性を示すものの一つだからな。
……では、カイト、また会えることを楽しみにしている」
最後は、名残り惜しそうな口調であった。
語り終えたと同時にフウカの身体が、ガクッと脱力した。
前のめりに倒れそうになり、あわてて滝子が支えた。
「私、どうしちゃったのかな」
フウカが顔を上げ、弱弱しく言った。
「フウカ、風歌なのね?」
「うん、そうだよ」
フウカが、滝子に答えた。
美華が語っている間、フウカは霊体として斜め後ろで浮かんでいた。気が付いたら自分の身体を抜け出し、傍観者となっていたのだ。
やっと身体に戻れたことを実感した。
(驚いたな。ミーカナが顕われるとは……)
再会の喜びと別れの悲しみが、一度に襲ってきた。
カイトは、黙ったまま冷めてしまったコーヒーをすすった。
しばらくして頭を上げ、フウカに正面から向き合った。
カイトは、美華の正体と自分との関りについて、簡単に説明した。
詳しく話すと壮大な物語になってしまう。後で、少しずつ補っていこうと思った。
「フウカさん――。
……よろしいですか?」
改めて念押しした。
「……うん。
やるしかないよね」
膝の上で、グッと拳を握りしめる。
「まだよくわからないことがあるんだけど――。
千竈氏は、安曇氏本家の系統だということなの?」
「どうやら、そのようですね。
言われてみれば、合点がいくことがあります。
千竈の本拠である三河湾沿岸は、渥美半島の名前が残っているように、安曇氏が勢力を張っていた地域なんです。
そのことを考えれば千竈氏が安曇氏本家の末裔で、製塩業で財を成したことで名乗りを改めたと考えられるじゃないんですかね」
「確かに――」
「ですから、アヅミを統べる大巫女の血が色濃く顕われた霊能者が誕生しても、不思議はないですよね。
アヅミは海人族の核となる存在ですから、越人の後裔であっても、おかしくはありません。むしろ、辻褄が合っていると言ってよいくらいです」
「つまり『剣姫』は、安曇氏本家の流れをくむ巫女でもあるということなの?」
「ええ、理屈から言うとそうなります」
カイトは滝子と会話する中で、千竈氏が奄美群島を私領地とした謎が解けた気がした。
(安曇氏本家の流れを汲んでいるなら、アヅミたちの島を治めても変ではないよな)
これまで抱えていたモヤモヤが解消して、スッキリした気持ちになった。
「ところで、いつ行くことになるの?」
思案にふけっていたカイトに向かって、フウカが尋ねた。
もうすっかり行く気になっているようだ。
ハッとしたカイトは、頭を切り替えた。
スマホで、カレンダーを見る。
「九月十九日からの四連休では、いかがですか?」
「とくに予定は、ないですけど……」
ハンググライダーを楽しむには絶好の機会ではあったが、施設に予約を入れているわけではない。
「たった四日間で、大丈夫なんですか?」
フウカが、質問した。
「こちらとは時間の流れが異なりますから、十分です。
徳之島への往復時間さえ確保できればね」
「徳之島へ?」
今度は、滝子が口を開いた。
「ええ、時空超える『ゲート』が、あの島にありますので――」
カイトは、これまで二度に渡るタイムトリップ体験を語った。
最後に、一言――。
「あなたの愛機『ファル』も、持ち込めます。
南の島々の空と海の上を飛んでみるのも、楽しいかもしれませんよ」
誘うような笑顔で、付け加えた。
「エエッ――!」
すぐさまフウカは、喜びの声を上げた。
すっかり観光気分になったようだ。
だが、その飛行は後で、とんでもない目的で行われることになった。
むろんこの時点では、誰も知り得ないことであった。