「時渡り」の旅へ――「剣姫」としての使命
「ママ、ヌイグルミが話した!」
身をこわばらせたまま、叫んだ。
「えっ、何?」
カイトと向き合っていた滝子には、ヌイグルミの動きは見えなかったようだ。落ち着いた様子から見て、声も聴こえてないようである。
「動いたのよ。これが――」
ウサギを指さしながら、訴え掛ける。
「――どうしたの?」
ますます疑問そうな顔になった。カイトは、平然とした態度でコーヒーを口に運んでいる。フウカは、カイトをキッと睨んだ。
「この人形、ロボットなんですか? 急に話したり動いたりしたら、驚くじゃないですか」
声に怒りが、こもっていた。
「吾は、人形ではないでござる」
また、頭の中にアニメ声が響いた。フウカは、混乱した。
「驚かせてしまって、申し訳ありません。
改めて紹介します。親友のクンダルです。小さいけれど、人間なんですよ」
カイトが、ヌイグルミを両手で持ち上げた。
「クンダルと申す」
頭部を外し、素顔を見せた。念話ではなく、普通の声で挨拶した。
「……!」
今度は滝子も、目を見開いた。驚きで、絶句してしまったようだ。手を口に当てている。
「こうでもしないと、信じていただけないと思って――」
クンダルの着ぐるみを脱がせながらカイトは、弁明した。
フウカは小人の丸っこい顔を、正面から見つめた。ちょうど目の高さにある。クンダルは両掌の中に収まり、ニカッと笑った。
「――カイト君、これは、いったいどういうことなの?」
動揺を抑えながら滝子が、尋ねた。
「『御先祖様を援けに行く方法』があるということを示したかったのです。
クンダルは、約一千年前の世界から時を超えてやってきました。友人のカミが、連れてきてくれたんですけどね」
「カミって、神様?」
「ええ、三年前、平安時代末期の奄美や沖縄に跳んだことがありまして、その時の『旅』でお世話になったカミ様、竜神様なんですけどね。今回も、手助けしてくださることになったんです。クンダルは、その時に知り合った仲間なんです」
カイトは、人間の友人を紹介するように語った。
「……カイト君、あなた、何者? 先日と、雰囲気が違うんだけど――」
不信感が、ぶつけられた。
「つい最近まで、『旅の記憶』が封じられていました。
カミ様が、それを解いてくださったんですよ」
静かな笑顔を保ちながら、カイトは語った。
「この世が、終わりを告げるかどうかの瀬戸際でござる。当代の『剣姫』であらせられるフウカ殿のお力が、必要なのでござる。どうか御理解を賜りたい」
クンダルも胡坐をかき両手を膝に付いた状態で、深々と頭を下げた。
「……」
落ち着きを取り戻した滝子は、二人の言葉に嘘はないことを感じた。とても信じられないことではあるが、目の前に小人がいる。
御剣様に仕える身としてカミの存在も、否定することはできない。それに「この世の終わり」についても源造から、さんざん聴かされてきた。フウカが見たという「予知夢」のこともある。
(やはりフウカは、『剣姫』なのか。千竈一族の末裔として与えられた使命なのか――)
源造との会話が、一挙に思い出された。
「有り得ない」と思っていた「時空を超える方法」もあるという。「そんなバカなこと」と笑い飛ばしたくても、目の前のテーブルに平安時代からやって来たという小人が、チョコンと座っている。
(駒が全部、出揃ってしまった。もう避けられない)
観念するしかなかった。後は、フウカの意思だけである。
隣のフウカを見た。身を固くして、うつむいている。
「……フウカ」
そっと声を掛けた。
「私――、どうしたらいいんですか?学校は、休みたくないですよ!」
顔を上げ、唇を引き結び、キッとした口調で言った。
「――ありがとう。助かる。学校を休む必要はない。現代の時間の流れでは、一瞬の出来事だからね」
カイトとクンダルが、頭を下げた。
「でも、私、何の力もないですよ?」
心もとなげな様子だ。ファタジー小説の主人公である「勇者」は体力や剣技に優れ、魔法も使えたりする。でも、フウカは、どれも持っていない。
いちおう弓道部なので基礎体力はあるつもりだが、人並み以上と言うことはない。大人の男性と互角に闘えるはずもなかった。ましてや怪物となんて、想像もできない。
「ご安心召され。剣姫としての知恵と技は、身体が受け継いでいらっしゃる。完全に覚醒なされたなら、自然と蘇ってくるでござる」
クンダルが、自信たっぷりに答えた。
(えっ? 何を根拠に、そんなこと言えるんだ)
カイトは剣姫が必要であることはわかっていたが、その具体的な能力については知らなかった。だが、クンダルは承知しているようだ。
「わかりました。信頼することにします」
クンダルを見つめていたフウカも、きっぱりと言い切った。
「有り難い」
小人は立ち上がって、カイトのショルダーバックの中から取り出した。自分の身長ほどの細長い物だ。錦織の袋で包まれている。家を出る前にクンダルに頼まれて入れておいたが、中身については知らなかった。
クンダルは袋から取り出し、フウカの前に高々と差し上げた。緻密な細工が施された銀装飾の懐剣(全長十五センチ)であった。
(あれは、ミーカナの懐剣!)
一千年前、徳之島から阿兒奈波(沖縄)へ船旅に立つ際、「トカム」の国王で父親の徳義王から授けられた物だ。島生まれの大伯母が、先祖から受け継いだ宝剣だと聞かされていた。
大伯母は、北九州一帯の島々と沿岸の海人族「アヅミ」を統括していた大巫女の血を引いているという。島の神女団の長であった。そんな大伯母からの伝承物である。ただの懐剣であるはずもなかった。
『いいのかい?』
カイトは、クンダルに念話で問うた。
『ああ。ミーカナの了解はとってござる。本来、フウカ殿が受け継ぐべきもの――』
振り向いて、軽くうなずいた。
その間、フウカと滝子は、古色蒼然としてはいるが神秘的な気配を放つ懐剣を見つめていた。目が吸い寄せられて離れられないといった感じだった。
「受け取ってくだされ。フウカ殿の身分を示す証となるものでござる。後で、必要となりまする」
真剣な眼差しであった。
小人のクンダルにとっては、とても重そうだ。フウカは、そっと手に取る。
その瞬間――、懐剣から光が、放たれた。滝子は、思わず目を背けた。
再び視線を戻すと、フウカの様子が変だ。両手で、縦にギュッと握りしめている。満面の笑みを浮かべていた。
「カイト、息災であったか。良かった。気になっていた」
親し気に話し掛けた。
「えっ?」
カイトは戸惑いの様相を見せたが、すぐに我を取り戻した。
「ひょっとして、……ミーカナか?」




