小さな英雄「クンダル」――共に戦ってきた盟友と
「ここでは、マズい――。
場所を変えよう」
カイトは、会計に向かった。
荷物をまとめて外へ出る。
再び神宮の杜へ戻った。
木陰のベンチで、カイトとゼンの間にトートバックを置く。
幸いなことに人影はない。
カイトは、開いたままのバックをのぞき込む。
ヌイグルミは、中に入っていた化粧ポーチの上にチョコンと座っていた。
ポケットから、喫茶店で使用しなかったフレッシュとガムシロップを取り出す。
二つを差し入れると、ヌイグルミの頭部がカクッと折れるように後ろへ倒れた。
ピンポン玉のような顔が現れた。
着ぐるみを着た俳優が、休憩時間になって頭部だけ外したといった感じだ。
ザンバラ髪、太い眉、二重瞼、クリッとした両眼、頬骨が張っている。顔全体としては、丸ポチャとしていた。髭は生えていない。
身長の割には頭部が大きく五頭身といったところだろう。手の平と足の平も少し大きい。
着ぐるみを脱ぎ、笑顔で受け取る。
額に汗をかいている。暑かったのであろう。
フレッシュのフタを開け、一気に飲み干した。
「フウッーー」
満足そうな吐息を漏らした。クンダルの好物である。
カイトは、クンダルたちと一緒に上野公園で「お花見」をしたときのことを思い出した。
(ミーカナやリンレイは、どうしているのかな。
元気でいると、いいんだけと――)
二人の「旅の仲間」を思いやった。
歴史的な時間の流れでは、何百年も前の人物ということになる。現時点では生きているはずもないが、数日前に別れたばかりとしか、思えなかった。
クンダルは、古代中国の地理書『山海経』(紀元前四~三世紀)に「靖人」と記載されている小人族である。東の海に浮かぶ島で、暮らしていると記されている。
身長は一三~一八センチくらい。寿命は、約三百年ほどだ。
古代日本に住んでいたと思われ、アイヌの「コロポックル伝説」などが残っている。
クンダルとは、前回の「旅」で跳んだ一〇世紀の沖縄で出会った。
沖縄本島の北部、山原地方にある聖なる山「ヨナファ」(与那覇岳)で、聖地を守護していた一族の出身である。大陸からの侵略者や海賊、または魔獣などとの戦いでも、一族の戦士を率いて力を貸してくれた。
「ミーカナやリンレイは、元気かい?」
気になっていたことを尋ねた。
「ああ、それぞれ己の一族のために、努めておる。
苦労はしているようだがな」
クンダルは、カイトが現代へ戻っていった後の様子を語ってくれた。
カイトは胸がいっぱいになり、涙ぐみそうになった。
ゼンの解説によれば、後になってミーカナこと「美華」は神聖女王として琉球王朝の基礎を築き、リンレイもまた北山王朝の成立に重要な役割を果たしたらしい。
だが、表の歴史には、二人の具体的な活躍は記録されていない。始祖伝説として島の巫女たちの間で、語り継がれているだけだ。あのアマミキョ様も、同様である。
「竜宮城への道案内は、クンダルに頼んである。
ボクが直接、関わるわけにはいかないからね」
回想にふけっていたカイトの耳に、ゼンの言葉が飛び込んできた。
「――わかった。
まず、どうしたらいい?」
「フウカを徳之島へ連れて行って欲しい。
また『あのゲート』を通って一二五七年、鎌倉時代、正嘉元年の晩秋へ跳ぶんだ。
そこへ城からの迎えを寄越す」
「カメさんをかい?」
「そうだよ。
お望み通りにね」
ニヤッとしながら、言った。
「……」
別に望んだわけではないが、興味はあった。
「溺れちゃうぞ」
「何を今更、『冗談、ポイッ!』だ。
宇宙空間を何度も飛んでいるくせに――」
「ア、ハハ……」
その点に関しては、まったく心配していなかった。
問題は、どうやってフウカを同行させるかである。
「吾が、説得して進ぜる」
クンダルが、したり顔で言った。
確かに「異形の存在」である小人が語ったなら、信ぜざるを得ないかもしれない。
さっそくフウカと会ってクンダルを紹介し、話し合う機会を作ることにした。
数日後の日曜日、鈴木家は一人の青年を客として迎えた。
「いらっしゃい、カイト君」
チャイムの音を聞いた滝子が、玄関ドアを開ける。
応接間では、フウカが待っていた。
先日のことで、大切な話があるとのことだった。
飲み物を準備した滝子が、席に着く。
ひとしきり雑談をした後、カイトが居ずまいを正した。
「じつは、フウカさんに提案があって参りました」
真剣な表情だった。
「……」
フウカと滝子も、聴く姿勢となる。
おそらく「星宮社」での話であろうとは思ったが突拍子もない内容だったので、予想がつかなかった。
夢の中に表れた「ご先祖様の少女」の願いに応えるため、時空を超えて鎌倉時代へタイムトリップするという話である。
フウカも「行ってもいいよ」と答えたが、あまりにも現実離れし過ぎていて、後で頭を横に振ることになった。タイムトリップは無論のこと、少女を助けることができる能力が自分にあるはずもない。
よって、カイトが、あれから手段について真面目に考えていたとは、思ってもいなかった。
「これからお話しすることは、とても信じて貰えそうもないことです。
ですから、まずは、これを見てください。
――私の親友です」
脇に置いてあったショルダーバッグからヌイグルミを取り出して、テーブルの上へ置いた。
耳が小さくて、手足も短い黒ウサギだ。
「まぁ、かわいい!」
滝子が、声を上げた。
フウカは、ギョッとした。相手が同級生の女の子であったなら、やはり同じように反応したであろう。しかし、目の前にいるのは、大学生の青年である。
フウカへの御土産ということなら、喜んだであろうが、「私の親友だ」と言い切ったのだ。ならば、いつも持ち歩いている物なのかもしれない。
(気色悪い……)
ジトッとした目つきで、カイトを見上げた。
次いで、ヌイグルミをチラッと見る。
「――初めてご尊顔を拝し奉る」
突然、頭の中に声が響いた。
同時に黒ウサギが、ペコっと頭を下げた。
フウカは驚愕のあまり、のけぞって座っていたソファから滑り落ちそうになった。