表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/48

災厄の巣へ――竜の蠢動を抑えて国を護れ!

「平安末期から鎌倉時代初期にかけて巨大地震が三回、立て続けに起こっています。

 また、地震は、竜が原因とされてもいました」

「竜が……?」

「ええ、竜だけじゃないんですが多くの場合は、そう解釈されていたようです。

 それに二回は、『南海トラフ』関連の地震だったようなので、関東から東海地方の沿岸部は、大津波などで多大な被害を被ったかと思われます。

 マグネチュード八・五以上だったと推定されていますからね」

「――つまり、『千竈氏は、モロに影響を受けた』んじゃないかということ?」

「はい。自然災害は、神仏の啓示(けいじ)と考えられていましたから、千竈氏はもちろん、幕府としても捨てておくわけには、いかなかったでしょう。

 昔は、政治と信仰が深く結びついていました。

 大災害が起こる(たび)に、年号を改める『改元(かいげん)』をしたほどです。

 鎌倉時代一四八年間で、五〇回も元号を変えています。三年に一度くらいですよ。

 それだけ災害が多かったということなんです。地震なんか鎌倉だけでも、毎年のように起こっています。

 放っておけば、政権に対する配下の者や民衆の不信感を招きかねません。それは、ときとして騒乱のきっかけとなっています」

「なるほど……千竈氏だけでなく幕府としても、動かざるを得ない理由があった――」

 そこまでは、滝子にも理解できた。

(御剣様に、おうかがいを立てただろうな。

 ――そして、何らかのお告げがあった。

 幕府からの「()()」もあり、意を決し薩摩へ向かうことになった)

 大筋は、そんなところだろうと思った。

「竜と地震の関係はわかったけど、どうして鬼界カルデラだったのかしら?」

 たぶん占いか神託によるものなんだろうけど、なぜ鎌倉や都から遠く離れた鬼界カルデラだったのかと疑問に思った。

「まったくの想像なんですけど、当時の人が考える『日本国』の境界付近に在ることが、関係しているんじゃないかと思っています」

「国境ってこと?」

「ええ。上代から平安時代中期までは、中国大陸や朝鮮半島の国々との間で盛んに交流したり戦ったりしていました。

 ですから国際感覚は鋭く、国土防衛のため琉球列島の端まで調査して領土の範囲を確定し、管理していたのです。

 しかし、後期になって遣唐使を中止し、『大して収益が得られない』といった理由で朝廷が南の島々を管理するのを(おろそ)かにするようになってしまった――。

 それで中世になると、いつの間にか日本国の南端が薩摩の国までといったイメージになってしまったんですよ」


 七一四年(和銅七年)、朝廷が派遣した「南島国覓使(くにまぎのつかい)」が奄美を初め、琉球列島の石垣・久米島などを訪れ、島の代表五十二人を引率して戻ってきた。

 彼らに朝貢(ちょうこう)をさせて臣民とし、(くらい)を与えたのだ。また島々には、日本国であることを示す「(いしぶみ)」を立てたりした。

 その碑には、現在地や水源などの情報が記されていた。

 つまり、形の上だけではあるが、久米島や石垣島までを「日本国」とした(役所を置いて直接的に統治していたわけではない)。

 ちなみに久米島は、遣唐使の「南島路」の経由地であり、当時において地理的な知識や交流があったものと思われる。

 それが平安時代になって遣唐使が停止され、その知識も失われていく中で「よくわからん、面倒くさい、利益もない」といった理由で、棄てておかれることになったのであろう。


「鎌倉時代の地図資料を見ると、『日本は、竜か蛇によって囲まれている』んです。

 その範囲の南端は、鹿児島県のトカラ列島までなんですね。

 琉球なんて、『頭は鳥で、身体は人間』といった半妖が住んでいることになっているんですよ。まったくの『異世界扱い』なんです。

 奄美群島は『私領郡』とあり、日本でも異世界でもない中間領域として扱われている。

 じつは、この私領は一時期、『千竈氏の領有地』となっていたんです。

 まぁ、『植民地』みたいな感じなんですかねぇ」

 ライトノベル好きのユウヤなら、「魔界の中に築かれた人間と魔物の混在地」とでも表現するかもしれないとカイトは話しながら思った。


 鎌倉末期に記されたと思われる「行基式日本図」(金沢文庫所蔵)は、当時の人々の国土認識を表したものとして知られている。

 そこでは竜蛇の胴体に取り巻かれた日本国土があり、その外に「新羅(しらぎ)」「高麗(こうらい)」「(もう)()国」「唐土(とうど)」といった外国や「羅刹(らせつ)国」「(がん)(どう)」など架空の国、さらに「琉球」「奄美」が置かれている当時、日本の国土は竜蛇に守られていると考えられていたのであろう。

 しかし、竜蛇は「護国の神」であると同時に地震や火山噴火、風水害などで国土に被害をもたらす存在でもあったのだ。それらの災害は、「神意」であると捉えられていた。

 人々は畏怖し、祈り、神意をはかり、その怒りをなだめ、または発動を抑えようとした。


「なぜ千竈氏が選ばれたかということですが、信頼できる御内であり、『海の武士団』であるという以外に、『海人族』で竜蛇と神剣を祀る氏族であることも、考慮されたんじゃないかと思います」


 海人族は、「竜蛇信仰」を持つ。

 竜蛇は水神あるいは海神であり、「航海の守り神」であった。

 中世の絵画には、「船を背に乗せて海上を走る竜の姿」が描かれている。

 その文化を受け継ぐ日本の漁師は和船の船首を「竜頭(たつがしら)」とも呼び、船首部の両舷(りょうげん)に赤い丸印を二つ記した。(現在でも、徳島県などで見られる)これは、「竜蛇の目」であるという。

 海に潜む魔物を(にら)みつけ、害を防ぐためらしい。


「災害をもたらす竜蛇を抑えるのに、千竈氏が適任だと見なされたということね」

「ええ――。

 それと災厄というのは、外からやってくると考えられていました。

 ですから、災厄を防ぎ、また抑える祭祀は、『境界』で行われることが多かったんです」

「それで、日本国の南端と考えられていた薩摩の国、河辺郡へ……か。

 じゃあ、鬼界カルデラは、とくに意識していなかったのかな?」

「いや。意識していたと思いますよ。

 あの地域が火山地帯で、度重(たびかさ)なる噴火情報は都へも届いていたでしょうしね。

 当時の人々にとって火山噴火と地震の原因は、同じようなものでしたから――。

 遠い辺境にある『災厄の巣』みたいなイメージは、あったんじゃないでしょうか」

「『辺境での霊的防衛』といったところか……」

 滝子は、独り言のようにつぶやいた。

 おそらく鬼界カルデラに眠るヤマタノオロチのイメージは、巫女が一族に告げたのであろう。

(巫女?

 あっ、それで『剣の守り人』、剣姫か!)

 何となく思ってはいたが、合点(がてん)がいった。 

 チラッと、横に座っているフウカを見た。

 退屈しきって、欠伸(あくび)をしている。

(この子が巫女、『剣の守り人』、剣姫ねぇ……似合わない。

 とても『勇者様』といった感じじゃないよね)

 「普通の女の子」であることが嬉しいような、また、不安なような複雑な気分になった。

 木立(こだち)の葉を揺らして(さわ)やかな風が、吹き抜けた。

 「当たり前の日常」が、こんなに(いと)しいものであるとは、思ってもいなかった。

(ずっと続けば、いいのに……)

 何も知らなければ、穏やかな日々が送れていたはずだ。

 だが、知ってしまったからには、覚悟を決めなくてはならない。

「フウカさん、眠そうですね」

 カイトも、その様子を見ていた。

「ホントに――。

 ところで、巫女が関わっている可能性はあるの?」

「おおいにあります。

 海の男にとって、女性は守護神なんです。

 船の守り神、『(ふな)(だま)様』というんですが、どの船でも祀っています。

 女神様なんですよ」

「ひょっとして、やきもち焼き?」

「そうです。

 ですから、『女は、船に乗せない!』と言っていた所もあったくらい――。

 でも、元来は『身内の女性が、乗組員である男性を霊的に守る』といった習俗からきているみたいですね」

「霊的に守護?」

「南西諸島では『オナリ神』信仰というのがありましてね。

 姉や妹は、男兄弟の守護神なんです。

 ときには白い鳥になって、船旅をする兄や弟を見守るんですよ」

「それは、ステキね! 美しい光景だわ」

「日本本土でも古代や中世では、そうでした。

 ですから、千竈氏でも、一族の男たちを守る巫女がいたと考えています。

 たぶん『竜蛇の剣』を祀る姫が――」

 滝子の顔を、正面から見据えた。

「……」

 思わず目を()らせた。

 内心を見透(みす)かされたような気がしたからだ。

「むろん僕の勝手な想像です。

 『そうであれば、面白いな』といった程度の――」

 カイトは微笑を浮かべ、肩の力を抜いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ