ヤマトタケルは、なぜミヤズ姫に剣を預けた?
本名は小碓。景行天皇の次男、または三男とされている。活躍した時代は四世紀初期から中期頃かな。
景行天皇の時代は大和政権が全国統一を図っていた時期で、天皇自身が兵を率いて九州や東国へ赴いている。
ヲウスは父の命を受け、同じく九州や東国地方を巡って討伐に励んでいたんだ。
別名『日本童男』と呼ばれているから、十歳代の若者だったんだろうね。
日本書紀では十六歳とされている。
九州の熊襲征伐の際、伊勢神宮で斎王、つまりアマテラスを祀る巫女であった叔母の倭比売から女性の衣装を授けられている。
おそらく女装が似合う身体つきだったんだろうな。
ひょっとしたら『女の子だったかもしれない』とも、僕は考えたりもしているんだ。
わざわざ叔母さんが、贈ったんだからね。
民俗学では、叔母から姪へ衣服などを贈るのは、『霊力の継承』という意味合いがあるという説もある。
それに常識的に考えて男の子だったら、嫌がるだろう。
少なくとも『少女と見間違えるほど美形の十六歳』という人物設定がなされている」
「おっ、ゲームの主人公、『勇者』ぽい感じだね」
ファンタジー系の冒険ゲームが好きなユウヤが、興味を持ったようだ。
「ヲウスが九州でクマソを討った話は、知っているかな。
独り酒宴の席に女装して紛れ込み、奇襲攻撃した話だ。
この時、敵であるヲトタケルから武勇を讃えられ、『ヤマトタケル』の名を献じられている。『日本にあなたほど強い者はいない!』とね。
『タケル』とは、『猛々(たけだけ)しい者』という意味なんだ」
「まさしく『勇者』だな」
「うん、そうなるんだろう。
ヲウスは、その後、すぐに相手を切り殺しちゃうんだけどね。
子どもの頃、この話を聴いたとき、とても不思議に思った。
『何で自分を殺しに来た人間を褒め讃えるんだ? 何で殺した相手から貰った名前を名乗るんだ?』とね」
「確かに、そうだな」
「この逸話を残している古事記や日本書紀が、大和朝廷、言うならば征服者の側から書かれた本であることを考える必要がある。
神話的世界では、相手を支配するためには相手の霊的な力も手に入れなければならない。とくに土地の霊、日本神話で言う『国津魂』だ。
だから土地の支配権は、『相手側から献じられた』というかたちにしておかなければならない。この支配形態は、日本の王権を考える上で、キーワードとなっている」
「相手の土地の霊、国津魂を自分に取り入れることで、初めて支配権を得られるということか。武力制圧しただけでは、ダメなんだ」
「ヤマトタケルは天皇の代理として、国土統一のため全国を駆け回っていた。
その征討の旅で側近として付き従っていたのがオトヨの息子、『健稲種命』なんだ。
ミヤズ姫の兄で、『尾張氏の長』なんだよ。
景行天皇と成務天皇の二代にわたって仕えた」
「神剣を祀る一族の長が、常に傍にいたということだね。
参謀と剣の守護役を兼ねてかな」
「たぶんね。
神剣は天皇の権威を表すシンボルだから、身近に置いておく必要があった。
それにしても、尾張氏の長の名が『稲種』だなんて、意味深だね。
古事記では、『健伊那陀宿禰』と記されている。
『健』は尊称、『宿禰』は大臣級の重臣であることを示している」
「名前としては、なんかヘンだよね。
『優れた稲種を持つ人』『優れた稲田を持つ大臣』って意味かな?」
ユウヤが、尋ねた。
「理由はわからないけど、そう名乗るか、また、そう呼ばれる必然性があったのかも。
『優れた稲種を管理していた』、または『実りをもたらす力』を持っていると見られていたからだと思う。
話は飛ぶけど出雲神話で、八岐大蛇の生贄とされ、須佐之男命に救われたクシナダヒメも、日本書記では『奇稲田姫』として記されている。『奇』も、尊称だ。『美しい稲田の姫』ということだ。
スサノオは、姫を櫛の形に変え、髪に挿してオロチと闘うんだよ。
これも『稲の力』を身に着けて闘ったという意味かもしれない」
「そう言えば、アメノムラクモの剣って、オロチの尻尾から出て来たんだよね。
ゲームでモンスターを倒すと得られるドロップアイテムと同じなんだ」
「ははは――、だよね。
つまり敵を倒して、相手の力を自分の物としたんだ」
「モンスターを倒すと、能力アップするからな。
ヤマタノオロチだと階層主級だから、倒して得られる力もスゴイんだろうね。
それで、ヤマトタケルとは、どんな関係があるの?」
「ある伝説ではヤマトタケルは、スサノウの生まれ変わりということになっている」
「ちょっと話が、逸れちゃったな。
カイトが、熱田神宮の神剣は、『もともと尾張氏が持ち伝えていたもので、その力を持って天皇家に仕えていたのではないか、ミヤズ姫が剣を守る話になったのではないか?』と考えていることだけはわかった」
「ゴメン、話が、うまく整理できていなくて……」
「それで、尾張氏の宝剣が、なぜ天皇家の神器となったの?」
「尾張氏が天皇家に重く用いられ、外戚にもなったことが、関係するんじゃないかな。
四世紀半ばの成務天皇のときにオトヨが、尾張国の国造に任じられた。
今でいうと、県知事が近い。
成務は、景行天皇の第四皇子ということになっている。
つまりヤマトタケルの弟ということになるね。
二代目の国造であるタケイナダネは、成務天皇にも仕えているんだ。
その後、孝昭・崇神・継体天皇などへ次々と后妃を送り込み、縁戚関係を深めていった」
「天皇家が全国制覇をめざしていた頃、それを支えていた氏族ということだな」
「そうなんだ。
尾張氏は、天皇家の武威を支える『剣』だったと思う。
おそらく経済的にもバックアップしていたんじゃないかな」
「要するに天皇家は、実体のない神話上の神剣『アメノムラクモ』を、有力氏族で血が濃くつながった尾張氏の宝剣『クサナギ』に重ね合わせたということかな。
天皇家に代々伝わる神剣を、尾張氏に預けたというかたちで――」
「まあね。
天皇家としては、物としての剣自体には、さほどこだわっていない。
『壇ノ浦の戦い』で、安徳天皇と共に剣が海に沈んでしまったとき、さっさと別の剣を伊勢神宮から貰ったくらいだ。
前に言ったように、『どのような神霊が宿っているか』ということだけが問題なんだ。
あくまでも宮中にあるのは、『形代』だからね。
つまりアマテラスの神霊が宿っていれば、『天皇家の神剣』としての機能に問題はない。
それにオリジナルは、熱田神宮に秘蔵されている」
「なるほどね」
「また余談になるけど、『愛知』という県名の由来を知っている?」
「いや、知らない」
「万葉集の歌で知られる『年魚市潟』から来ている。
熱田神宮の前に広がっていた遠浅の海といったらわかるかな。
魚介類が豊富の上、波静かで浜での製塩にも適していた。
それに神宮の前は船の停泊に適していたんで、江戸時代まで水運の拠点だったんだ。
この一帯は、古くから尾張氏の支配地だった。
流れ込む川筋での稲作と年魚市潟での漁労や製塩で、経済的にも豊かだったと思うよ」
「……?」
「東国遠征をおこなっていた当時の天皇家としては、兵力の増強はもとより物資の調達や輸送に関して、尾張氏の力は欠かせないものだったはずだ。
タケイナダネは、水軍を率いていた。海人族だから、適任だったろう。
当時は関東地方へ通じる街道もないから、海路の方が便利だったと思う。
陸路で行く隊もあっただろうけど、ヤマトタケルなどの主力は海路で行ったのかな」
「尾張氏が財力や兵力の他、航海術などの知識と経験を持っていたことはわかった。
これだけ持っていたなら、天皇家としても頼らざるを得ないよね。
愛知県って濃尾平野があるし、他県に比べると台風被害も比較的少ないからな」
「うん、恵まれている地域だと思うよ。
後世、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康などの戦国武将が活躍できたのも、こうした地理的位置と豊かな土地のせいもあったと思うな」
「そのせいか名古屋はノンビリしていて、『大いなる田舎』なんて言われているけどね」
ユウヤは、ちょっと自嘲気味に言った。