十二話、対立と訪問
「君ってさ、正直な所どっちなの?」
私の質問にサイズの合わないスラックスを履いた少女は、はにかんだ。
「どっちって言われてもねぇ。僕には、何の話をしてるのか分からないよ」
なんて中性的な声なんだろうか。
少女は照れ臭そうに目を伏せると、女子と話すのは苦手なんだよと呟いた。同姓から嫌われるタイプだったのだろうか。
「私だって女子じゃない。私、君の友達になっても良い?」
言ってから、こっ恥ずかしくなって乱暴に頭を掻いた。中学までどの様に友達を作っていたのか思い出せなくて、今になって悔やむ。
少女は悲しそうに笑うと、暫しの沈黙の後、口を開いた。
「嬉しいなぁ。僕、異性の友達って初めてなんだよね」
「え?」
高校の入学式の朝。これが、私とユキの奇妙な出会いだった。
私の家は普通とはちょっとばかし違った。そもそも普通っていう定義がどこまでなのか分からないのだけど。
お父さんは物心付いた時にはいなかった。
実際にはこの世には存在していたのだけど、家では一言も口に出してはならなかった。
婆ちゃんが言うには、私とお母さんを捨てて若い女の尻を追い掛けたらしい。
お父さんの人生だもの。好きな様に生きて別に良いじゃない、と頭では理解しつつも身体は拒んだ結果、軽い男性不審になった。
なんら日常生活に影響はない。少し男の人と同じ空間にいると気持ち悪くなるだけ。
コイツもお父さんみたいに若い女なら誰でも良いんだ。って思ってるのかもしれない。
男性不審だからって、同姓愛者って訳でもない。女の子と一緒にいるのは落ち着くし、安心するけどそれまでで、更に発展したいとは思わない。
どうやら私は、性欲対象は男性だけど、男性不審っていう少し普通から離れた体質を持っているみたいだ。
けれど、ユキに気持ち悪さを感じなかった。
ユキは戸籍上、生物学上、歴としたオスだけれども、近付いても私の拒絶反応は出なかったのだ。
その幼い見た目からか、見間違う程の女顔からか、中性的な声からか、小柄な体型からか、ユキは唯一私が話せる男性になった。
女友達でもない、男友達でもない、ユキとの関係性は絶妙に心地よかった。
もしユキが男の本能を出したらと不安に思うと同時に、一切そんな素振りを見せないユキに引かれていった。
三年間ユキと同じクラスになって、徐々にユキの事を知っていった。
ユキの生殖機能は本来の務めを忘れた様で、髭も生えない。筋肉質にならない。背も高くならない。女の子と言われても信じる程だ。
だから、非公式でユキのファンクラブも作られている。
男の娘という貴重な人種を守ろうとする、男女不問の結束力の固いクラブは隠密下で行動している。彼等の事を気持ち悪いとは思うが害はないので、なんら手出しはしていない。
中学からのファンクラブ会員の一人から話を聞いた。
どうやら、中学時代からユキは男子を中心に崇め奉られていたらしい。本人は気付いていなかった様だけど。
まあ、崇める気持ちは分からなくもない。確かに守りたくなる可愛さだもの。
そして、ユキに一匹の虫が付いていたと執拗に説明された。長身で美形で博識高い奴だったって憎々しげに。
男同士なら恋人とか甘い関係になる訳じゃないんだし、ただの友達だったんじゃないの? と、問えば会員は首を振った。
どうやら、イケメン高スペック野郎は幼馴染みの女らしい。しかも、家が近所で仲も良い。だから、天使が穢されるかもしれない、と。
何故か分からないが、幼馴染みの彼女を思うと胸がチクリと痛んだ。
――七月十八日。
「おっはよー、ユキ。今日もチビだねぇ」
五月蝿いなぁ、と剥れつつもユキは笑った。私も笑い返してユキの頭に手を乗せる。
うん、蕁麻疹は出ない。良かった。今日もユキはユキだ。
「あのさ、ユキ。今日の放課後って暇? 今日限定のスイーツが食べたいんだよね」
「あー、ごめんね。今日はどうしても外せない先約があって……無理なんだ」
「……へー。珍しい。ユキが用事入れるなんて久し振りでしょ。スゴい誰か気になるんだけど」
「何でさ。大した人じゃないよ。麻衣の知らない人だしさ、言っても分からないと思うよ」
拒絶された気がした。ユキを三年間見てきたのは私なのに、知らないユキの一部を見ただけで悔しくなる。
「教えてよ、どんな関係性かってだけでも良いから」
「僕らの関係性………………ねぇ。名前なんて付けれないな」
それ程重いとでも言いたいのか。
ユキと親しい関係のソイツを知りたくて何度も問うたが、結局教えてくれず終いだった。
終始ユキは悲しげな表情で窓の外を見ていた。ため息が出る位、澄み渡って広がる空を。
私は知りたかった。時折ユキを儚げな表情にする理由を。今日、予定のある人が大体の原因という事は分かっている。
けれど、それだけじゃ物足りない。もっともっと、知りたいの。ユキの感情を動かす全ての事柄を。
私はその日、初めてストーキングをした。
結果で言えば、何もなかった。ユキはただ歩いて自分の家に帰っていった。用事なんてなかった。ただ、私から逃げたかっただけなのか。
ただ特筆するとすれば、異常に辺りを見回してた位か。まるで誰かを待っているかの様に。
――七月二十日。
どうやら病み付きになった様で、気が付けばまたユキをストーキングしていた。今度は朝だった。
背徳感も相まって高揚する気持ちを押さえながら、一定の距離を保って追う。新しいゲームをしている様で、俄な幸せを感じた。
それもホンの一瞬。
――あ。
ユキが満開の笑顔を咲かせて見た先には、スタイルの良い男子が佇んでいた。駆け寄るユキに対し、彼は数歩下がる。
女の子みたいなユキに、格好いい男の子。一見カップルに見えない事もない。いや、男同士なら万が一がない限り道を誤る事はない。
すぐに取られると繋げるのは、危惧し過ぎだろう。
しかし、嫌な汗が背筋を流れた。
私は誰かから聞いた筈だ。ユキにイケメン高スペックの女友達がいるって話を。もしかしたら。もしかしたら、アイツがそうかもしれない。
イヤ、偶然。偶然に過ぎない。
そういや、最後にユキに取り付く虫の名前を聞いたのだった。確か、リツ――。
「――――こないだ一緒に学校来てた人誰?」
「え? ……ああ、リツ?」
戸惑いがちの目をくるんと丸くして、ユキは笑った。
ああ、イヤな事ってこんなにも当たるモノなのね。私の対応と全然違うじゃない。
あの糞女、腹が立つ。
鬱々とした気持ちを押さえきれずにぶつければ、ユキは恥ずかしげに笑った。
何で。私じゃなくて、あの女がユキを笑顔にさせるの? 三年間、ユキと過ごしたのは私なのに。なんで今更奪うの?
視界が暗くなって邪悪な感情が生まれた。
――そう。まだ付き合ってないのなら、私にだってつけ入る隙間はあるでしょう?
――七月二十三日。
ユキが学校を休んだ。風邪らしい。
こりゃもう、看病するしかない、と数枚しか配られていないプリントを口実にユキの家に向かった。
最近習慣化してきたストーキングのお陰で、ユキの家も行き方もバッチリ頭に入っている。
ざまあみろ、あの女は私とは違って口実がない。噂によると喧嘩しているらしいし、簡単に来れないでしょう?
意地の悪い笑顔を浮かべて小さくスキップして、チャイムを押す前に笑顔の微調整。ああ、お義母様になんて挨拶しよう。大変仲の良いお友達です、なんて――。
「待て。お前なんかに行かせない」
耳元で唸る様に吐いたのは、私が今世紀最大に顔を見たくない相手。リツだった。
「何アンタ。帰ってくれない? 今から私、可愛いユキにプリントを渡すっていう大役があるんだよねー。大体、アンタは何しに来たの?」
女性として存在するには勿体ない程、端正な顔を歪ませてリツは視線を泳がせた。
何だ。ユキの事を散々にバカにするクセに自分は返せないのね。弱い、虚勢張りがでしゃばらないで。
「……屑が。ユキのストーキングして家まで来て恥ずかしくないのか」
「悪い? そもそも、してる事が分かるアンタも大概でしょう? 知ってるよ、アンタが同類だって事。言ってあげようか。アンタの大事なユキに」
「っの、駄女が……」
「あらあら、騒がしいと思ったらりっちゃんじゃない。ユキのお見舞いに来てくれたの?」
私達の騒ぎを聞き付けて出てきたユキの母に大それた挨拶をする暇も与えられず、さあさと背中を押されて居間に案内された。
私に見せた怒り混じりの表情を流して、無垢な幼馴染みを演じるリツの後ろ姿を見て気持ちがザワついた。
狡い。私はユキのお母さんの事も知らなかったのに、仲良さげに話して勝ち誇るなんて。
「私、ユキの友達の麻衣です。今日、ユキが学校休みって聞いて心配でリツさんに教えてもらってお見舞いに来たんですよ」
あらま、なんて歓喜の声を上げるユキの母から目線を反らしリツを見た。嫉妬と羨望の目で私を睨んでる。
そう、羨ましいでしょう。アンタの知らないユキの三年間を私が持ってるの。存分に羨むが良い。
お邪魔しますと、その場を離れてユキの部屋へ向かった。リツがどんな視線を私にぶつけているのか想像出来る。
もっともっと羨めば良い。
そして、アンタが憎む嫉妬に狂う女に成り下がってしまえ。




