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カボチャ頭のランタン  作者: mm
18.Wild Hunt
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 シーロの婚約祝いに二頭の黒竜を贈り、シーロからは一頭の幼竜がランタンに贈られた。

 それは返礼の意味合いを含んでいたが、それ以上にランタンとレティシアとの婚姻を祝うものだった。

 レティシアの実家であるネイリング家は力を求め竜種と血を結んだ。それはまことしやかな伝説でしかなかったが、レティシアに変異が起き、その肉体に竜角と竜尾を得てからは伝説は真実のように語られるようになった。

 ネイリングの始祖は雌の竜種に自らの子を産ませ、その血は脈々と受け継がれている。

 今でも一族にとって竜種は力の象徴であり、特別な存在だった。

 竜種を贈ることには強い意味があった。

 ティルナバンへの帰路、ランタンとレティシアは竜籠に二人っきりで空の上にいる。

 上空の寒さを互いの体温で補い合うように身を寄せていた。ランタンからはまだ血が香る。

()()にしては気が利く」

 ランタンが冗談めかしてそう言うと、肌を寄せたレティシアは苦笑しながら肩をぶつけてきた。

 傷の癒えぬランタンは大げさに痛がってみせる。

「傷口が開いた。レティのせいで」

「まったく大げさな」

「優しくしてくれないと、血がいっぱい出て死んじゃうよ。それでもいいの?」

「困った子だな」

 珍しく甘ったれるランタンにレティシアは悪い気がしなかった。

 もう血は止まっているが、失った分は戻っていない。その分だけ小さくなったような身体を後ろから抱きしめてやる。

 リリオンがよくそうするように、黒髪に何度もキスしてやった。ランタンがふんぞり返るように体重を預けてくる。

「ほら、見てみろ。こいつも呆れているぞ」

 二人の前に大きな鳥籠がある。その中に設置された止まり木に幼竜が羽を休めている。

 シーロが贈ってくれた幼竜だった。

 まだ産まれたばかりで、鳩ほどの大きさしかない。幼竜だとしても竜種の中では最小の部類に入る。例えばまだ飛ぶこと知らない黒竜の幼体は、それでも仔牛ほどの大きさがあった。

 こういう小さい竜種はある意味、黒竜よりも珍しいかもしれない。その大きさ通りに力も弱い。流石に同じ大きさの鳩には勝てるが、鳶や鷹には狩られてしまうだろう。

 捕らえるのは容易でも、そもそもこれに出会うことはなかなかできない。

 迷宮はやはり探索者を攻撃するものであり、無力な存在は迷宮の理念に反する。しかも無力な竜種など、矛盾した存在と言うほかない。

 幼竜は甘えるランタンをじっと見ていたかと思うと、ひゅいひゅいと口笛みたいな鳴き声をあげて羽ばたく。

 籠に指を近付けると首を伸ばして臭いを嗅いだ。

 嘴に似た口元で指先を甘噛みする。喉元をくすぐってやると、驚くほど表情豊かな目を細めて気持ちよさそうにした。

「ほら、お食べ」

 レティシアが籠の隙間から細く裂いた干し肉を差し出してやると、幼竜はそれを咥えて首を引っ込めた。羽毛に包まれた翼を膨らませて二人の視線から肉を隠すようにする。

 前脚で器用に肉を掴みながら噛み千切る。口の中には小さな歯が並んでいる。小さいながらも牙らしく鋭い。

 硬い干し肉を噛み千切るその姿は、まだ幼くともやはり竜種である。

「ふふ」

 レティシアが頬を綻ばせた。

「可愛いものだな」

「まったくだね。食費がかからなくていいよ」

 未来のことはわからないが、おそらく成長してもそれほど大きくはならないだろう。

 それはシーロの気遣いだった。

 流石のランタンでも例えば二頭の黒竜をいつまでも維持できるような財力はない。

 そもそも竜種は個人で所有するようなものではなかった。何十頭と言わずとも、何頭も竜種を所有できるのは、大きく豊かな領地を持つほんの一握りの貴族だけだ。

「名前をつけてやらないとな」

「名前ね。どうしようかな」

 幼竜は四つ足で、先端に猛禽に似た鋭い鉤爪を持っている。

 全身は羽毛に包まれており、まだ換毛が済んでいないのでひよこのようにふわふわとしている。色は淡い青のようにも、灰のようにも見える。

 身体付きに比べて翼は大きく、目一杯に広げると籠が少し狭そうに見える。いずれよく飛ぶようになるだろうが、籠から出してやっても、今はまだ飛ぶことはできない。

 頭部は小さく、犬のようにも鷲のようにも見える。角は今のところ生えていない。

 目を縁取るように長い睫毛が生えており、その眼差しは女性的だが雌雄の見分けはまだつかない。

「まつげ」

「却下だ」

「ひよこは? ひよこみたいだし」

「もっと強そうな名前にしよう。そうだな、ゴリアテはどうだ?」

「これがゴリアテ? ぜんぜん似合わないよ」

 ランタンは首を巡らせて、レティシアを見上げる。レティシアは、いい名前だけどな、と首を傾げる。

 結ばれない紅毛がさらさら揺れて、ランタンの顔にかかった。その髪をランタンは指に巻きつけ、香りを嗅いだ。

「巻き毛だから巻き毛ちゃん(カーリー)だよね」

「安易だと言いたいのか?」

「まさか。いい名前だよ。名は体を表すって言うし」

 それはレティシアの愛竜の名前だ。レティシアと同じ紅色の、くるくると波打つ巻き毛が特徴的な竜種だ。

 幼竜は羽毛に覆われている。それはふわふわして羊毛のようだ。

「じゃあ羊毛ちゃん(ウーリィ)は?」

「悪くない。でもそのうちに生え替わってしまうよ」

「じゃあその時には新しい名前をやろう」

 好き勝手に言っている二人に抗議するように幼竜は鳴き声をあげた。指を差し出すと、その指先をがじがじと齧る。

「名前を腹ぺこにするぞ」

 ランタンがそんな風に言うと、いっそう暴れ出した。小さな痛みを感じて指を引っ込めると、針で突いたようにぷくりと血が染み出した。

 レティシアがその指先を口に含んだ。温かい口の中で、舌先が傷を丁寧に舐める。

 レティシアは指を咥えたまま言った。

「名前を変えられるのが嫌なんじゃないか?」

「なんだ、気に入ったのか。腹ぺこ」

 ランタンがそう呼んでも、幼竜は返事をしなかった。拗ねるように顔を背ける。目まで瞑ってみせた。ずいぶんと賢いのかもしれない。

「ウーリィ」

 幼竜は目蓋を開いた。ゆっくりこちらを見る。疑うような目つきだ。

「お前の名前は今日からウーリィだ。ウーリィ」

 再びそう呼びかけると、ひゅい、と尻上がりに高く鳴いた。

 シーロからランタンにこの小さな竜種が贈られたことが意味をするのは、ランタンとネイリング家が特別な結びつきを持つと言うこと。

 そしてネイリング家の人間であったレティシアが、ランタンの所へ嫁いだと言うことに他ならない。




「ローサ、シーロきらい!」

 ローサがそんなことを言ったのは、ランタンがひどく傷つけられたからだった。心臓が止まりかけるぐらい何度も電流を流されているのである。切り傷だけでなく、全身に火傷を負っていた。

 ローサは憤慨した様子で頬を膨らませていた。

 シーロも同じ分だけランタンに傷つけられているが、本人が目の前にいなければその実感も湧かないだろう。

 しかしローサはウーリィを見るや、途端に機嫌を直した。

 手紙を運ぶ小型の竜種をローサは気に入っていたが、それに輪を掛けて小さいこの竜種はなおのこと愛らしいようだった。

「おなまえは?」

「ウーリィ」

「ウーちゃん、ローサだよ」

 顔に格子跡が付くほど籠に顔を近付けるローサに、ウーリィは少し驚いているようだった。なんだこいつ、と言うような目つきで止まり木からローサを見つめている。

「じゃあ、ローサにウーリィの世話を任せてやろう」

「ほんと? やったー!」

 体よく世話を押しつけられたローサは、しかし嬉しそうに両手を挙げた。

 さっそく籠から出して、妙に慣れた手つきでウーリィを取りだした。ウーリィの方も暴れたりせずに大人しくしている。様子を窺っているようだった。

 ランタンにしたように噛みつけば、こいつは噛みつき返してくるかもしれない。そんな風に考えているのだろうか。

「まだ飛べないから投げたりするなよ」

「うん」

 床に下ろすと、覚束ない足取りでとことこ歩く。

 リリオンの爪先を突いたり、レティシアの尻尾の先に顔を擦りつけたりする。

 ローサはべったり床に伏せて視線を合わせる。名前を呼んで、頭を撫でて、抱き上げて、後ろから追いかけたり、正面に回り込んだりする。

「ローサのおへやにもっていっていい?」

「いいけど、あんまり構いすぎてやるなよ。それから先に言っとくけど寝るときはちゃんと籠にしまえよ。一緒に寝たら、寝返りで潰しちゃうからな」

「うん! ウーちゃん、ローサのおへやみせたあげる」

 ひょいとつまみ上げたウーリィを頭の上に乗せて、籠を引っ掴み階段を駆け上がっていく。

「ガーランド、見といてもらっていい? 餌はもう十分あげてあるから、変なもの食わせたりしないように」

「わかった。――風呂の用意はできてるぞ」

「お、気が利く」

 ガーランドがローサの後を追っていく。

 リリオンがその背中を見送って、振り返った。

「それで、どんな人だったの? シーロくんのお嫁さん」

 さっそく興味津々に尋ねる。

「いい人だったよ。紅毛で、髪を束ねるとレティに少し似てるかも」

「そうなの?」

「そうだったか? 私は笑った顔がリリオンに似てると思ったぞ」

「えっ、ほんとに?」

 リリオンは困ったような笑みを浮かべた。

「もしレティにもリリオンにも似てたら、僕が困っちゃうよ」

「……ほう、どうしてだ?」

「シーロに嫉妬しちゃうから。僕、二人の顔好きだし」

「あら、顔だけ?」

「まさか。みなまで言わせないでよ」

 レティシアに続いたリリオンの追撃をランタンはどうにか躱し、危ない危ないと額の汗を拭う振りをした。

 二人は顔を見合わせて頷き合った。一先ず攻撃の手を休めてくれるようだ。

「なんだかすごいお土産ね」

 リリオンが部屋に運び込まれた土産を見渡して感嘆した。

 シーロからは幼竜一頭だが、ネイリング家からはレティシアの嫁入り道具として財宝としかいいようのない一財産が贈られている。一揃えの家財道具に、ドレスや宝飾品、美術品から魔道具まで一通り揃っている。

「流石に邪魔になるな。余分は屋敷の方に運ぶよ」

 レティシアが照れたようにそう言った。

 ネイリング家という家の格からしてみれば、これらは決して多くはない。本来なら百名を越える家臣団がこれに付随してもおかしくはないのだ。

「余分なんてないわよ。だってレティのために用意してくれたんでしょ? レティのことが大好きなんだって、すごくわかるわ」

「――うん、ありがたいことだな」

 レティシアはまだ仕事の関係もあってネイリングの屋敷で暮らしている。

 だがランタンの館にレティシアの私室は用意されていた。リリオンと同じでランタンの寝室の近くに。

 だがそこはまだ使われていない。レティシアが館に泊まりに来るときは、いつだってランタンの寝室に泊まるからだ。

 そしてそんな日はリリオンは自室で一人、あるいはローサと一緒に眠っている。

「せっかくだしレティの部屋に運ぼうか」

「なに言ってるのよ。帰ってきたばっかりで疲れてるんだから先にお風呂に入ってきたら?」

 腕まくりをしたランタンの、その腕にあらわになった傷跡を見てリリオンは困ったような顔をする。

「でも染みちゃうかしら。シーロくんも手加減してくれたらいいのに」

「手加減なんかされたら、うっかり本当に殺しちゃうよ」

「ランタンも手加減するのよ」

「そしたら僕が殺されるだろ」

「もう、そういうことじゃないでしょ」

 リリオンはランタンの背を押して、レティシアの方へ促した。

「レティもせっかくだからお風呂に入っていって。それからランタンのこともお願いしていい? レティも疲れてるだろうけど」

「人を世話の焼ける子供みたいに……」

「では湯を使わせてもらおうかな。リリオンは一緒に入らないのか?」

 ランタンが風呂に入れば、大抵はリリオンも一緒に入る。そうでないことの方が珍しい。

「これ、わたしが運ぶわ。レティ、触っちゃだめなものとかあるかしら?」

「いや、それは悪いよ」

「いいの。だってわたし力持ちだもの」

 リリオンはにっと笑いながら力こぶを作ってみせた。

「これくらいへっちゃらよ」

 確かにリリオンならばこの嫁入り道具を一人で運べるだろう。しかしあまりにも量が多い。

 レティシアも遠慮するが、どうしてかリリオンは引かない。こうなったら頑固だった。

「それなら一緒に運ぼう。それから一緒に風呂に入ろうよ。それならいいだろ?」

 ランタンが折衷案を出したがリリオンは、いいから、と強引に二人の背を浴室の方へ押しやった。

「ちゃんとあったまるのよ」

「――わかったよ。でも全部運ばなくてもいいから。重いものは後で一緒に運ぼう。それからローサとガーランドにも手伝ってもらうんだよ」

「はぁい。ランタンも自分で洗えないところはレティに手伝ってもらうのよ」

「全部洗えるよ、ほら、身体はちゃんと動くんだから」

 ランタンは証拠を見せるように、背中で手を組んでみせる。

「じゃあレティ、ランタンのことよろしくね」

「あれ、無視された」

「ああ、わかったよ。ぴかぴかに磨いてやろう」

「……もしかして僕のことが知覚できないのか」

 ランタンはそっとレティシアの尾に手を伸ばし、もちろんその手は見えているのでレティシアに叩き落とされた。

「本当にランタンのことよろしくね」

 リリオンが不安げに言った。


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― 新着の感想 ―
[一言] よく考えたら、これってとっても大きな事ですよね。 勿論当人同士ではそんな事はなく、また市井にも実情は伝わってるのでしょうが、なあなあの愛人のような関係であった状態から、ちゃんと嫁いできた。お…
[一言] 前回の感想追記 言われてみればしてましたね、プロポーズ…したから今リリオンの手元に剣があるんですもんね… あの章はどうも巨人だったり剣だったりと色々あったのでどうも記憶が…
[良い点] 面白かったです。
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