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雷に焼かれたところはぴりぴりと痺れ、切り傷はつんと染みる。
「んんんんん」
ランタンは口をへの字に曲げて、鼻の奥から呻き声を漏らしながらゆっくりと身体を湯に沈めた。
「弟が悪かったな」
先に入っていたレティシアが鰐のようにのそりと近付きながら言う。
ランタンの身体に刻まれた無数の傷は彼女の弟の手によるものだ。
ランタンは腹の辺りまで湯に沈めたところで動きを止めた。
「ちょっと待って」
湯が揺れると、それだけで刺激になった。
レティシアはぴたりと動きを止めるが、焦れったそうな表情を隠さなかった。
そんな彼女を横目に牽制しながら、ランタンは肩まですっかり湯に沈むと、しばらくじっとして身体を馴染ませる。
「もう、いいか?」
「どうぞ」
「よし」
先に温められたレティシアの肌は湯よりも温かく、滑らかだった。
濡れた髪をざっくりと纏めると、彼女の凜々しさがいっそう際立つ。
輪郭は鋭く、綺麗な鼻梁に唇の形がいい。濃い色の肌も相まって黒曜石で作られた彫刻のような横顔だった。
レティシアは後ろに回り込み、ランタンを膝に乗せるように抱え込む。
浮力の分だけ軽く、しっかり抱き留めておかなければどこかへ漂っていってしまうかもしれない。今もまだ、ふとした時にランタンにはそう思わせる雰囲気がある。
「シーロもしばらくは僕と同じ苦しみを味わうんだ。痛み分けだよ」
「同じぐらい?」
「……僕の方がちょっとひどくやられたかな」
「本当か?」
「負けたからね。でも、ちょっとだけだよ。あとは同じ」
刺激が身体に馴染むと、痛みは感じなくなってくすぐったいような痺れだけが残った。
「きっと今頃、シーロも同じようにお嫁さんになぐさめてもらってるに違いない」
「シーロが? ――想像がつかないな。もっと子供の頃ならまだしも」
さすがにレティシアも気まずそうだった。今の自分とランタンの姿をそっくりそのままシーロに当てはめたのかもしれない。
身内のそういった姿はきっと気恥ずかしいに違いない。
二人きりになればこんな風にむつみ合うことに躊躇いも遠慮もないレティシアだが、けれどネイリングの実家ではあくまでも毅然としていた。
両親の前ではランタンに触れることもなかった。
当たり前と言えば当たり前のことだが、ただ手を繋いだり、肩を抱いたりもしなかった。
緊張していたのだ、ランタンと同じく。
リリオンの顔を見て、それからこうやって湯に温められて、レティシアに抱きしめられてランタンはほっと一息つく。
ようやく家に戻ってきた安心感が温もりと一緒に広がっていくようだった。
「どうした?」
「やっぱり緊張してたんだなって、今になってわかった」
「ああ、それもそうか。うん、ありがとう。ごくろうさま」
レティシアは強くランタンを抱きしめて、頬を寄せた。
旅の目的は黒竜をシーロに贈り、彼の婚約者と顔を合わせるだけではなかった。
レティシアの両親に、彼女を貰い受けると正式に挨拶、いや宣言したのだ。
ランタンとレティシアの関係や気持ちを両親は知っていたし、彼らに知られていることをランタンもまた知っていた。
そしてそれが認められていることもわかっていたが、しかしいざその時になるとひどく緊張した。
今、思い出しても胃がきりきりする。
「おー、よしよし」
そんなランタンを察してか、レティシアが子供にするように頭を撫でる。さすがにランタンが嫌がると、鼻の奥にこもるような笑い声を漏らした。
抱え直され、レティシアを跨ぐようにして、向かい合わせになった。
長い睫毛に汗が玉となって乗っかっている。瞬きをするとそれが丸いままに肌を転がった。
「私も、もしランタンのご両親にご挨拶をするとなったら緊張しただろうな」
「ほんとうに? 平気な顔してそうだけど」
疑わしげに緑の瞳を見つめ返すと、レティシアは下唇を突き出して心外だというような顔をした。
レティシアは貴族の娘だ。様々な立場の人間と顔を合わせるのには慣れているはずだ。
「そんなことはない。そんなことはないさ。ランタンのご両親には、ちゃんとした娘だと思われたいじゃないか。上手くできるだろうか」
「永遠にそんな日は来ないんだから心配しなくていいよ」
「この世は何が起きるかわからないよ」
迷宮ではそうだ。何が起きるかわからない。
しかしこの世の中でも、きっとそうだろう。
まさか自分が妻帯者になるなんて、そんなことは少しも想像したこともなかった。
それも一人ではなく――今のところ――二人もの妻を娶るなんて。
しかし現実にそうなった。
それは陳腐な言葉だが、奇跡のようなものに思える。
「リリオンはどうしてあんなに可愛いんだろうか」
レティシアは真面目な顔をしてランタンに尋ねる。
レティシアにはリリオンに対して負い目や罪悪感があった。
自分は後からランタンを愛するようになった。
色恋だけでなく人間関係においても、早い者勝ちだなんて言い方は、あまりにも物事を単純化しすぎていると思うが、しかし一面においてそれは真理だった。
貴族であるレティシアは一人の男が、多くの女を愛することに対して免疫がある。
父ドゥアルテは貴族としては珍しく妻を一人しか持たないが、しかし外に何人か妾を持っていることを知っている。
それは母も知り、心の奥底までは流石にわからないが、受け入れている。
迷宮に散った一番上の兄はまさに英雄色を好むという感じだったし、二番目の兄もやることはやっている。
シーロだって、あれでまったく女の影がなかったわけではない。何事も経験だとまだ十にならぬ頃、長兄に娼館に連れて行かれて泣いて帰ってきた。そして泣かずに帰ってこられるようになったことをレティシアは知っている。
しかし、もし自分が平凡な家庭に生まれたただの一人の娘だったら、そしてリリオンより先にランタンと出会っていたら、今のような貴族的な関係性を許しただろうか。
許す、という言葉が思い浮かび、脳裏に蘇ったリリオンの微笑みにレティシアはランタンに体重を預けてもたれ掛かる。
ランタンはレティシアの背中に手を回してそれを支えた。
リリオンはレティシアとランタンの関係を許したのではない。
ただ受け入れただけだった。
それが当たり前に紡がれる人の営みであるかのように。
「リリオンがね、信じられないくらいに顔をとろとろにして、幸せいっぱいに言ったんだ。ランタンがお嫁さんにしてくれたって。ランタンのお嫁さんになったんだって」
ランタンをのけ者にして、女だけでおしゃべりに興じることはよくあった。
女たちのお茶会にランタンは決して近付かない。
「ランタンに見せてやりたかったな、あの顔を。あんなに幸せそうな顔を私は知らないよ」
「あんまり変な話、聞かないでよ」
ランタンは照れたような、気まずいような視線をあらぬ方へ向けた。
「変な話じゃないさ。私だって、言ってもらえて嬉しかったんだ」
ランタンは視線をレティシアに戻した。
「……とろとろになってないけど」
「その顔はリリオンにだけ見せようかな」
左右に生えた竜角に挟まれた丸い額を、こつんとランタンの額にぶつけ、少女めいた笑みをレティシアは浮かべる。
リリオンの勧めとローサのおねだりでレティシアは結局、泊まっていくことになった。
「ローサ、食事の時は籠に戻しな」
夕食を囲んでいる間も、ローサはウーリィを可愛がっている。テーブルの上に出して、自分の食事を小さく切って口元に近付けたり、押しつけたりする。
ランタンが注意すると反抗的な目をした。
「いっしょにごはんたべるよ」
「食べてないだろ。嫌がってるじゃないか」
そもそも空腹ではないだろうし、香辛料をたっぷり利かせた料理は好むところではないのかもしれない。
ウーリィは尖った口元を頑なに閉ざして、ぷいと顔を背ける。
だがローサはあまり気にしていない。ぐいぐいと肉を口に押しつけるから、ウーリィの鼻先は油でぬらぬらしている。
「ウーちゃん、たべて。おいしいよ」
そんな風に呼びかけるが、ウーリィはまったく無視する。だがローサの下から逃げ出さないあたり、それなりに懐いたのかもしれない。それとも飛べないことを自覚して、逃げ切れないと諦めているのか。
「ローサ」
リリオンが呼びかける。ローサはリリオンにも反抗の名残が抜けぬままの視線を向けた。
「ローサは今日の料理はあんまり好きじゃない?」
「すきだよ。おいしい」
「そう? それならよかったわ。いつもならたくさん食べてくれるのに、今日はぜんぜんお料理に手をつけてくれないから、わたし不安になっちゃった」
いつもならば一番先に空になる皿にまだ料理が残っている。
ウーリィに食べさせるために、細切れにされた肉がかろうじて皿の上に乗っているという感じで散らばっていた。
リリオンはローサに微笑みかける。
「ローサはウーリィと遊びたいのね」
「うん!」
「じゃあ、先にごはんを食べちゃいましょう。遊ぶ時は遊ぶ、ごはんを食べる時は食べる。探索でもそうでしょう? 色んなことを同時にするのは、あんまりいい結果にはならないわ」
「めりはり。ローサしってるよ」
「そうよ。めりはりが大事なの。さあ、ウーリィを籠に戻して休ませてあげて。ローサだってたくさん遊ぶと疲れてしまうでしょ? ウーリィはローサよりうんと小さいのよ。それからお鼻拭いてあげなさい」
ローサはリリオンの言うことを素直に聞いて、指の腹でウーリィの鼻を拭ってやり、それを籠に戻した。
ウーリィは止まり木に掴まって、何度か翼を動かして、ようやく一息つけるというように首を丸める。
「じゃあもう一度、いただきますからしましょうね」
「いただきます!」
リリオンと斉唱し、ローサは皿に散らばった肉を犬のようにかき込む。
「おいしい?」
「うん」
「ローサが美味しそうしてくれると、わたしはうれしいわ。急いで食べるとすぐになくなっちゃうから、ゆっくり味わってね」
「うん」
ローサは、おいしいおいしい、とお世辞ではなく、けれどもリリオンを喜ばせようと一口食べる度に繰り返した。
「リリオンの言うことばっかり聞く」
ランタンは納得の表情をしながら、不満げな口ぶりで言った。
昔からそうだが、自分の言い方が冷たいことは自覚している。それが余計にローサの反抗心をくすぐるのだろう。
リリオンは頑固だが、素直だったなと懐かしく思う。自分の冷たさにもめげなかった。
「あらそうかしら。ローサはランタンの言うこともちゃんと聞くわよね」
「うん、ローサちゃんということきくよ」
「じゃあ、次にランタンにウーリィを籠に戻しなさいって言われたらちゃんと戻せるわよね?」
「うん。――おいしい!」
リリオンはこういう言い方をどこで学んだのだろうか、と不思議になる。ローサを妹として迎えてから、リリオンは自然とこういうものの言い方をするようになった。
「レティは部下たちにこんな言い方する? ダメよ、そんなことをしたら、いけないわ。なんて」
リリオンとローサのやり取りを眺めていたレティシアは、不意を突かれて思わず噴き出しそうになった。
淑女らしくハンカチで口元を押さえ、唇を湿らせるようにお茶を含んで気持ちを落ち着ける。
「そんな言い方で聞いてくれるなら、――しないか。しないな」
「どうせ雷一発で黙らせて終わりでしょ?」
「はっはっはっ、それですめばいいな」
レティシアはにやりと笑った。それは冗談でもなかった。
実際に騎士団の規律を保つために、不良騎士の首を落としている。
集団を統率するのに暴力と恐怖は有効な手段だ。だがそれは麻薬であり、劇薬でもある。使いすぎは身を滅ぼす。
少なくとも妹に使おうとは思わないぐらいには危ないものだ。
レティシアにとってもローサは妹になった。
夕食を終えてローサはウーリィを籠から出し、頭に乗せて皿洗いを手伝った。
それからリリオンとガーランドと一緒に風呂に入り、ランタンとレティシアをすごろくに誘った。
すごろくは年越しの日以来、ローサのお気に入りの遊びになった。
短時間で遊ぶことはできないが、すごろくそれ自体を作ることもローサの楽しみの一つだ。
口調は冷たくてもランタンは何だかんだで甘い兄なので、木工職人に頼んで様々な駒を作らせ、ローサを驚喜させた。
その中から戦鎚を構える戦士、大剣を担ぐ剣士、角と尾を持つ騎士、槍を携えた半人半獣、二刀を提げる暗殺者の駒が、広げた盤上で争っている。
それだけでなく魔物や建物、宝箱といった小物も盤上には散りばめられている。
リリオンは日頃の行いのためか不思議とサイコロの出目がよく、着々と駒を進めていく。
レティシアは堅実で新たに実装した関所を上手く使ってランタンたちから通行料をせしめている。
ローサはこちらも新たに実装した捕獲により遭遇した魔物を次々と仲間に加え、戦力を増強させている。
ガーランドはとりあえず色々と試してみるという感じだった。しかしなかなか好戦的で、隙あらばローサ以外の対戦相手に直接攻撃を試みてくる。
ランタンはどうにも運が悪い。サイコロを二つ振っても八以上の出目がでないし、戦闘のマスばかりに止まってしまう。
最初の戦いはレティシアが最も多くの金を稼ぎ、勝利した。
二回目の戦いは夜も更けたところでローサが眠ってしまい無効となった。
がくん、とローサの頭が船を漕ぎ、虎耳の間で眠っていたウーリィが振り落とされ、木製の戦士たちは突如現れた竜種に蹂躙された。
リリオンとガーランドが二人がかりでローサを部屋まで運び、レティシアが鳥籠を抱えて二人の後に続いた。
ランタンは一人残ってなぎ倒された駒を拾い、すごろくの片付けをする。
少し遅いな、と思った。
ローサは重たいから、運ぶのに時間を取られているのだろうか。それとも途中で目を覚まして、寝かしつけるのに手間取っているのだろうか。
ランタンは一人、寝室にいた。
月はなく、星の光だけが淡く視界を開いている。風が柔らかく吹いて、窓が微かに振動した。
星の光が揺れる。
リリオンはいつもランタンと一緒だからだろう。誰かが泊まりに来ると、遠慮して自分の部屋で眠る。
どんな気持ちで眠るのだろう、とランタンは思う。
気にしていないかもしれないし、ランタンの知らぬ所で涙を流しているかもしれない。
ちくりと胸が痛む。それはいつまで経っても慣れない痛みだし、慣れてはいけない痛みだった。
そしてそれをランタンは永遠に手放さないと決めていた。
それは子供じみた独占欲だったし、ランタンなりの覚悟でもあった。
今夜、扉を開けてやってくるのはレティシアのはずだった。
扉が開かれた。
ベッドに腰掛けて、素足の足をぷらぷら揺らしていたランタンは驚いて目を見開いた。
そしてばつの悪い気持ちになった。
「……どうしたの?」
立ち上がりもせず、揺らしていた左右の足を重ねてランタンは二人に尋ねた。
レティシアとリリオンが揃って部屋に入ってきた。
リリオンははにかんだ。白い頬にうっすらと赤みが差すと、リリオンの持つ少女らしさが際だった。長い銀の髪が星の光を映して揺れているように見える。
「一緒に寝ましょ」
それを言葉のままの意味に捉えるのは難しかった。
だいたいはローサも含めて、枕を並べて一緒に寝ることもあるが、リリオンが言っているのはきっとそういうことではない。
ランタンは思わずレティシアの方を見た。
レティシアも落ち着いてはいなかった。ランタンに視線を向けられ、気持ちを落ち着けるように大きく呼吸をした。一度上がった肩が、ゆっくりと沈む。それでも緊張は解けていないようだった。
「そう言うことだよ。ランタン」
でも、という言葉をランタンは飲み込んだ。
「いいの?」
そう尋ねてそれは、でも、と言うのとそう変わらないと思った。
例えばリリオンのベッドの下には、男女の営みの指南書が隠されており、それはレティシアから貸し出されたものだった。
そこには様々な営みの方法が描かれており、多くは女が男を奮い立たせるようなものだった。それは貴族が世継ぎを得るために必要な作法だ。
ランタンもこっそりとそれに目を通したことがある。知らないことは沢山あった。しかしその中に二人がかりでするものは描かれていなかったはずだ。
「だってわたしたち、ランタンのお嫁さんになったんだもの」
リリオンははにかみながら、誇らしげに精一杯に胸を張った。
冬にしては薄い寝衣を形の良い胸が押し上げる。布が引っ張られて、リリオンの白い足首が眩しい。
「前から少し、そういう話はしていたんだ。はしたないと、思うだろうか?」
ランタンは慌てて首を横に振った。
みっともないぐらいに緊張しているのがわかったが、体裁を取り繕えなかった。足先だけでなく、内股になるみたいに膝も合わせて、ランタンは小さくなった。
「思わない。思わないよ」
せめてそれだけは言った。本当の言葉だった。
ランタンの怯えにも似た緊張が二人に伝わったのだろう。それがむしろ二人の緊張を緩めた。
二人の妻と一人の夫。
二対一。
数の優位は迷宮だけでなく、寝室でも有効だった。
しっかりとした足取りで二人はランタンに近付いた。
「言葉にするのは結局、難しかったんだ。家族の間にも、夫婦の間にも、遠慮や配慮はやはり必要だろう?」
「でも、なんだかもやもやした気持ちになったの」
「嫉妬のようでもあるんだが、嫉妬じゃないんだ」
「嫌な気持ちでもないのよ」
「なんだか変に気を使っているような、そんな感じが、どうにももやもやした気持ちにさせられる」
「わたしたちはみんな、ランタンのことが大好きなのよ。だから、ええっと、こんな風にしてもいいんじゃないかしらって、思ったの」
「知ってるか? 私はランタンと同じぐらい、リリオンのことが好きなんだ」
「わたしもよ」
複雑な感情を二人して言葉に紡いでゆく。
ランタンも言葉よりも、二人から発せられる覚悟のようなものに対して頷いた。
「それに、ものの試しだ」
レティシアがランタンの額を撫でた。
黒髪を払って、まだ事態を飲み込めていないような緊張した顔を愛しむように見つめる。
「愛し合って、死ぬことはない。上手くいかなかったら、やめればいい」
腹の底に隠されたランタンの欲が、それはもったいない、と表情ににじみ出た。
ランタンはその事に気がつかない。
「今日は、わたしたち」
視線を合わせるように少し腰を屈めていたリリオンの背が、すっと伸びた。そして前をはだけると華奢な肩を滑り落ちて、寝衣が床で折り重なった。
リリオンの裸身がランタンの眼前に晒された。
暗闇の中でも光り輝いて見えるような身体だった。
驚くほど脚の長い、長身で均整の取れた身体付きは、今もまだ成長の途中にある。
膨らみかけの胸と、脂肪の薄い腹。危うげに細い腰と、つんと張った小振りな尻。
その柔らかさがランタンの手の中に蘇ってくる。
仄寒さと恥ずかしさが白い肌に赤く透ける。
右の膝からベッドに乗って、リリオンは猫のように迫ってくる。
「わ」
ランタンの肩をぽんと突き飛ばすように押したのはレティシアだった。
私を忘れるなと、そう言うように、レティシアの緑の瞳が仰向けに倒れたランタンに注がれた。
レティシアもまた惜しげもなくランタンに裸身を晒した。
先程、浴室で見たばかりだというのに、それでも圧倒されるような身体だった。
夜の闇にもなお浮かび上がる黒曜石の肌はつややかで、一切の装飾品がなくても彼女の裸身は豪華だった。
よく鍛えられた肉体は引き締まっているが、成熟した女性らしく角がない。
たっぷりとした胸と豊かな尻の膨らみは、うっとりとするような腰のくびれを強調した。
解いた髪から突き出た角や、腰から垂れる尻尾はレティシアを神々しくさえ見せる。
「ランタン」
二人に呼びかけられて、ランタンも身体を起こした。
二人ともベッドに上がり、三人分の体重にばねが他人事のようにぎいぎいと軋んだ。
リリオンが寝衣の上に手を掛け、レティシアが下をまとめて脱がした。
ランタンはされるがままだった。
傷だらけのその身体に二人が唾を飲み込んだ。
「緊張してるな」
「だいじょうぶ、わたしもよ」
女にはない男のそれは、いかにも無防備で心が剥き出しになっているようだった。
もう幾度となく二人に晒しているというのにランタンは妙に恥ずかしくなって、けれども隠すのはもっと恥ずかしいような気がしたので精一杯に虚勢を張った。
「リリオン、レティ」
どうにか名前を呼んで、それから、二人とも愛してる、と口にした。
それはなんだか間抜けな言葉のように思えた。二人とも、なんてそんな風に愛情を一纏めにするのが申し訳ない気がした。
「私たちもだよ」
「うん、わたしたちもランタンのことを愛してる」
二人とも猫のように四つん這いになって、ランタンの脛や膝を撫でるようにして、一歩一歩近付いてくる。
その度によく実った果実みたいに胸が揺れた。
大きさや硬さが違うから、異なる揺れ方をする。その事にランタンは妙な感動を憶えていた。
「私たちはいい家族になれると思う。でも、まともな家族になれるなんて、思ってなんかいなかっただろう?」
レティシアが年長者らしく言った。
人ではないものたちの集まりだった。
それは自分たちを卑屈にとらえているわけでも、逆に特別視しているわけでもない。
ただそういうものだと自覚し、もう覚悟が済んでいるだけだった。
「リリオン、レティ」
「ランタン」
同時に二人の声に名を呼ばれるのが心地良い。
自分が同時に二人の名前を呼べぬのがもどかしい。
ランタンは何度も二人の名前を繰り返した。
「んっ」
呼ばれるだけで二人はうっとりした表情になった。
脛から膝へ、太ももから腰へ、二人の手がランタンの腹や胸に触れる。
二人の綺麗な顔が一緒に迫ってきた。
リリオンの淡褐色の瞳が、レティシアの緑柱石の瞳が息を合わせたように目蓋に隠された。
ランタンは彼女のたちの唇から、微かな息が漏れるのが目に見えるような気がした。
声にならぬ吐息の声で、名前を呼ばれた。
と思ったら、硬いものをぶつけた音が響いた。
あまりにも唐突でランタンはびっくりしたし、二人もひどく驚いていた。
声もなく頭を押さえている。
リリオンとレティシアが頭をぶつけたのだ。唇ばかり見ていたから、まったく気がつけなかった。
「ぷっ、ははは、あはははははっ」
緊張していた分だけ、ランタンは笑いを堪えることができなかった。せっかく起こした身体を仰向けにして、腹を抱えて笑った。笑いすぎて涙が出た。
「わ、わらわないで!」
リリオンが恥ずかしさを誤魔化そうと顔を真っ赤にして怒鳴った。レティシアは言葉もなく、むっつりと黙り込んで、もしかしたら落ち込んでいるのかもしれない。
そんな二人がどうしようもなく愛おしい。
「ごめん。でも、ごめんって。もう笑わないから」
ランタンは涙を拭って、起き上がった。
「そうだよね。だって初めてのことだもん、上手くやるのは難しいんだ」
これからすることは普通の営みではない。
リリオンと初めてした時、初めてだったのに上手くいったのはそれが生き物の本能に基づいていたからなのかもしれない。そこから外れることをするのは、むしろある意味でより人間らしいと言えるのではないか。
ランタンは二人の顔に手を伸ばした。
今夜初めて、自分の方から二人に触れた。恥ずかしさに顔が熱くなっている。
「どうすればいいんだろう。こうかな?」
右の掌にリリオンの頬を、左の掌にレティシアの頬を、ランタンはそのまま二人の顔を寄せて、頬を寄り添わせた。
二人ともされるがままで、でも少しどぎまぎとしている。
「ランタン、このままだと」
「このままだと、私とリリオンが」
「大丈夫」
ランタンはそのままもっと二人をくっつけた。
頬の丸みに沿うように二人が次第に向かい合っていき、女同士で唇を重ねるみたいにその端と端が重なった。柔らかそうに歪んで形を変えた。
二人の瞳が、きょろきょろして互いに見つめ合って、それからランタンに向けられる。
吐息が震えて、瞳が揺れたのは涙で潤んだからだった。瞬きをしても、それは流れ落ちない。
「二人とも、愛してる。すごく」
そこにランタンは自分の唇を重ねた。
思い出した。
自分は未知のものと戦うのがそれほど苦手ではない。
上手くいった。




