359
359
二人揃って長老へ挨拶をし、ランタンとリリオンは一足先にリヴェランドへ戻った。
ハーディは余程に巨人たちと剣を交えるのが楽しかったのか、ぎりぎりまで集落へ残ることになった。
支配されていようとも巨人族にとって人間たちは矮小な存在だ。肉体の差は埋めようがない。ハーディは巨人族にとって、人間を対等の存在にするものだった。
巨人族と真っ向から斬り合える人間など世界にどれほどいるだろうか。
ハーディの器量とはそういうものだ。それに加えて負けず嫌いの気性に、英雄の資質まで備えている。生まれながらのものだろう。
ずいぶんな人たらしだが、ハーディはずっと孤独だったのかもしれない。彼と対等となれる存在など、それこそ巨人族と真っ向から斬り合える存在ぐらいに稀だろう。
「ちゃんばらごっこか」
「なに、ランタン? まぜてもらえばよかったのに」
「そんなんじゃないよ。僕もう大人だし」
海を越えて集落からかぁんかぁんと澄んだ音が響き渡る。それは木を切り倒している音かもしれず、それともまたハーディと巨人が剣を振り回している音かもしれなかった。
ランタンは立ち上がって大きく伸びをした。
リヴェランドの館に、先程から何人も尋ね人があった。
ランタンたちが帰ると聞いて挨拶にやって来る人が大勢いた。そのついでに土産物を山と持ってきてくれた。
そのほとんどは海産物だった。日持ちするように燻製にしたり塩漬けにしたり、それはもちろん善意なのだろうが、中には異臭を放つ発酵食品なんかもある。
「こら、――開けない!」
そんな風に増えてしまった荷物をサリエと子供たちが梱包してくれていたが、集中が途切れてしまった子たちは遊びはじめてしまっている。
発酵しているのか腐敗しているのか、魚の内臓を塩漬けした瓶を開いてきゃあきゃあと喚いている。
猛烈な臭気を発しているが、酒のあてには最高だと言う人もいる。
サリエにげんこつを喰らっていた。
「いてぇ! サリエ姉ちゃん、なんだよー」
「なんだよ、じゃないでしょ。ほら、自分で閉じるのよ」
「うわー、くせー。なんでこんなの大人は好きなんだよー」
嗅覚に優れる犬人族の少年が、突き出た鼻を押さえながら土瓶に蓋をして、塞がずれないように雁字搦めに紐をかける。
「あら、あんた。どこでそんな結び方を覚えたの」
ランタンが教えてやった迷宮作法の結び方だった。片手で結ぶこともでき、緩みがたいが、解くことは容易い。
「へへっ、探索者になるんならこれぐらいはな」
「探索者? あんた、船乗りになるんじゃないの? お父さんが悲しむわよ」
「でも兵隊さんもいーんだよなー」
少年は垂れた洟を啜って、選り取り見取りというように悩ましげな顔をした。
サリエが溜め息を吐く。
リヴェランドへ戻ってきてから、子供たちは色んなことを聞きたがった。
もちろん巨人のことを、そして迷宮や、ティルナバンのことも。
目と鼻の先、これほど近くで暮らしていても彼らは巨人族のことをあまり知らない。親が子供を躾けるとき、悪いことをすると巨人に食べられるなどと脅すので怖がってはいるが、それだけだった。
子供たちにとっては巨人族も、ティルナバンも同じ未知なるものだった。
「これがランタンさまのいもうと?」
ランタンが手帳にローサの姿を描いてみせると、狐人族の少女たちが目をくりくりさせて首を傾げる。絵があまり上手くないから、という理由だけではない。
その背後からサリエが絵を盗み見ている。
「そうだよ」
「ふうん、都会の子って足がたくさんあるのね」
少女たちは感心したように呟いた。対岸の島には巨大な人が住んでいるのだ。遠く離れたティルナバンでは四つ足の女の子がいても不思議には思わないのかもしれない。
そんなこともあり荷造りは遅々として進まなかった。
「邪魔ばっかりするんなら追い出すわよ!」
サリエが立ち上がって一喝する。ぎろりと子供たちを睨みつけると、尻尾のあるものはみな股の間にそれを挟んだ。
「すげえ声が聞こえてきたな」
ノックもせずに館に入ってきたのは虎人族のエスタスだった。足で扉を開き、腰からねじ込むようにして入ってくるのは両手が塞がっているからだ。
朝の漁から戻り、一通りの仕事が終わったようだった。身体がきらきら光って見えるのは外の冷気と、魚の鱗のせいだった。
「ランタン、リリオン。これ貰ってくれ」
逞しい腕に抱えてきた木箱をどかりと床に下ろす。そこには大小、色取り取りの魚が雪と一緒に敷き詰められていた。まだ目もきらきらして、鰭をぴくぴくさせている。
「エスタス、――これ、どうやって持って帰ってもらうの。いくら冷やしても腐ってしまうわ」
サリエが苦笑しながら言った。エスタスははっきりと笑う。
「サリエが捌いてやれよ。土産は別にあるぜ。ほら」
重ねた木箱の下からは、一抱えほどもある大きな鱒の内臓を抜いて、一匹そのまま塩漬けにしたものだった。それが四匹も。
「ありがとう、エスタス。世話になったね」
「おう、こちらこそ。もうちっと長居してくれてもいいんだぜ。春になるまでどうだ?」
ランタンは肩を竦める。常冬の地である。春は数年に一度、気候に恵まれた年にしかこない。
それでも永遠の冬に閉じ込められた集落よりはましだろう。
「ごはん食べてく?」
「いいよ。それじゃあやったんだか、もらったんだかわからんくなる」
エスタスは、頼むぜ、とサリエに声をかけて、室内仕事に向かないわんぱくな男の子を何人か引き連れて帰っていった。
ランタンが集落へ行っている間に、彼はサリエに思いを伝え、そして見事に玉砕した。
それですっきりしたのだろう。気まずそうに、照れくさそうに、男ってのは単純だなあ、と酒の席でこぼしていた。すでに隣の家の、同じ虎人族の女といい関係になっているらしい。
「こんなにたくさんどうするのよ。……リリオンちゃん、手伝ってくれる?」
「うん、もちろん。こっちのお料理いろいろ教えて。ランタンはこれが好きなの。どういうお料理に合うのかしら?」
魚醤だった。魚醤特有の臭みが薄く、濃い色をしているが味がまろやかで、樽いっぱい持って帰ろうかとも思っている。だがこの寒い地域でゆっくりと発酵や熟成が進むからこその風味である。ティルナバンの夏は越えられないかもしれない。
二人が厨房に魚を運んでいく。
ランタンは探索で培った指揮者としての能力を遺憾なく発揮し、残った子供たちと一緒に荷造りを進めた。
そんな風にリヴェランドでの日々の終わりを迎えようとしていた。
だが最後に、やることが残っていた。
夜、ランタンは第五王子アラスタへ会いに行った。
一度、話をした小部屋に再び通された。またしても二人きりだった。
護衛も武装もしていなかった。
白い服に雪焼けした肌が濃く見える。逞しい肉体に、意志の強そうな視線がランタンを迎えた。顔の皺が深い。眉間には消えぬ皺がある。
「お久しぶりです。お会いしていただけるとは」
「……雰囲気が変わったな」
アラスタは低い声で呟いた。
値踏みするようでも、感心するようでもある。
「まさか別れの挨拶をしに来たわけでもあるまい。何なりと申せ」
アラスタは単刀直入に切り出した。
「――あなたは僕に巨人の何を知っているか、リリオンの何を知っているのかと言った。あなたの言う通り僕は知らなかった」
「あれを見たのか」
それは黒い卵の施設のことである。リリオンの生まれた、しかし忌むべき場所だった。
アラスタの口元が歪んだ。苦笑のようにも見え、だがそうではない。
「あの寒さだ。兵がそれを発見したときはまだ多くの死体が形を残していた。だが身元を追えるものはなにもない。だがあの破壊が人にだけ向いたことで、そこで何が行われたかを知ることはできた」
形を残していたというのは、人の形を残していたという意味ではない。食い荒らされることもなく、腐敗することもなく、引き千切れた肉が破片としての形が残っているという意味だ。
そして手付かずだった情報、実験の資料は全て焼き払われている。
それは残すべきものではなかった。
しかしだからといって過去が消えるわけではない。
「あれはあなたの命令の下に行われたことだろうか?」
ランタンは尋ねた。
「違う。断じてな。――あのような非道を許すことはない」
アラスタはゆっくりと首を振った。
「だが我が領地で行われたことに違いはあるまい」
そこにはまぎれもない後悔があるようだった。
アラスタは兵たちからの信望が厚い。それは彼が剛毅な人間だからだ。
「なればあれは我が罪でもある。そうだ。ああ、――お前は人間の非道を知って、それでもあの娘を愛するというのか。その権利があるというのか」
権利と義務。それは何とも貴族らしい発想だ。
今さら答える必要もない質問だった。
ランタンはアラスタを見つめた。
見つめられたアラスタは呼吸が苦しいというように、大きくゆっくりと息を吐いた。
ランタンの視線はあくまでも穏やかな焦茶色の眼差しである。
だがアラスタは己が強い光に炙られるような気になった。リヴェランドを治めるようになる以前、夏の強い陽射しを肌に感じたことを思い出した。
冷たい光に炙られた雪焼けの肌に、じりじりするような火照りがある。
「巨人を脅威と信じ、俺が守ってきたものはいったい何だったというのだ! ……人間とは真実、守るべき価値のあるものなのか。極地へ押し込め、労働を課し、生き残るために生き、すべてを終えてゆく奴らが、一体何をしたというのだ」
初めてアラスタの本心を聞いたような気がした。
口元に自嘲の気配がある。
「俺は怖れたのだ。人間も、巨人も。我が贖罪と哀れみをもって、奴らを彼の地から解放しようとも考えた。だが怖ろしい。俺は奴らの恐ろしさをよく知っている。ああ、そうだとも。俺は復讐を怖れたのだ。……怖れに負けたのだ」
そう言った時この武断の王子の厚みが、途端に萎んだように思えた。
彼が身に纏う覇気は立場によって育まれたものなのかもしれない。そこには当たり前に巨人を怖れる一人の男の姿があった。
他人事のように、ひと言。
「嫌になるな」
その言葉に込められた意味に、ランタンは手を伸ばした。
机に身を乗り出して、少しの抵抗も許さずにアラスタの喉を掴んだ。
唾を飲んで喉仏が上下する。手の甲に髭が触れる。太い首に這う頸動脈が、しかしあくまでも穏やかに脈を刻んでいる。
絞められた喉で、しかしアラスタは言う。
「その、権利が、ある。巨人の娘を、愛したならば」
「らしくもない」
ランタンは噛み付くように言った。
「あなたは類い稀な領主だ。でなければ兵士たちは、おっかない巨人族に怖れをなして、とっくに逃げ出してる。あなただって未だに玉座に残ったままだ」
一つ一つ指を緩める。
「哀れみも贖罪も好きにするといい。全てを巨人族のために捧げよ、とは言わない。いきなりすべてをひっくり返せとも。だが彼らも自らの領民として、同じように扱ってほしい。アラスタ王子、あなたにしかできないことだ。領主ならばその義務がある」
ランタンは指を開き、身体ごと腕を引いて、頭を下げる。
「集落に行って、わずかなりとも一緒に過ごし知ったことがある」
ランタンは顔を上げ、アラスタ王子と視線を合わせた。
「彼らは人間です。夜明けを喜び、理不尽を怒り、別れを哀しみ、歌を楽しむ。寒さに震え、炎を囲み、肩を寄せ合う。大きさが違うから、大げさに見えるだけで、同じように生きている」
アラスタは喉を撫で、椅子に深く背中を預けて目を閉じた。
大きな溜め息を一つ。
「……大変な役目だ」
別れの日、ランタンは竜種の背に乗って雲の中に突っ込んだ。
「少しうるさくするよ」
竜種に向けてそう言って、戦鎚に渾身の力を注いだ。
凍り付いたように空を覆う、ぶ厚い雲が発生した爆発によって吹き消された。
太陽は白く、空は青い。
リヴェランドに陽が差した。
黒々とした海面が、青く輝く。陽射しに驚いたのか、海面に鯨の背が群になった。
地上に海鳥の影が走る。だがそれを見るものはない。
街では誰もが久々の青空を見上げる。
それは巨人たちも例外ではない。
太陽の眩しさに目を細め、手で日除けをつくり、同じ青空を見上げる。
「ああ、風呂に入りたい。くさくないか?」
ランタンは竜籠から飛び出ると、大きく伸びをした。
「冬になってるな。行くときは秋だったのに」
吹く風は冷たいはずだが、リヴェランドの寒さを思えば少しも寒くなかった。
頭上には色の薄い青空が広がっている。雲は疎らだった。
リリオンはそんなランタンの首筋に顔を寄せ、何度も呼吸を繰り返す。
そんなことをしていると竜場に放されている竜種が近付いてきて、リリオンの真似をするように鼻面を擦りつけてくる。
押しつけられた鱗の冷たさとは裏腹に鼻息がひどく熱く、生臭い。
ランタンは、あっちいけ、と大きな顔を押し返した。
「いい匂いよ。おいしそう」
リリオンは存分に堪能したようで、うっとりと呟く。
竜籠で同じように過ごしていたのできっと鼻が馬鹿になっているのだろう。
「おいしそう? 魚食べ過ぎて鱗でも生えたかな」
旅の道中は土産に持たされた海産物ばかりを食べてきた。
「鱗か、どれ」
のそりと出てきたハーディが、ぎしぎし言わせながら身体を捻り、ゆっくりと腕の包帯を外した。巨人族と遊びすぎたせいで骨を折ったのだ。包帯で固定していた添え木を外し、鱗の有無を確かめるように腕を動かす。
鱗を剥がすみたいにぼりぼりと腕を掻くと、爪に垢が溜まった。
「うむ、万全だな」
ハーディは懐かしげに頷く。
この怪我がなかったらハーディはまだ集落に残っていたかもしれない。
ただ肉体の力のみで自分と対等にやり合える相手とようやく出会えたのだ。別れはきっと惜しかっただろう。
「ランタン、リリオン。世話になったな」
「なに急に」
「おかげで一つ夢が叶った」
大げさなことを言うハーディにランタンはぷいと横を向いた。
「巨人殺しにはなれなかったね」
「はっはっはっ、それはいずれな。あいつらはやがてこっちに来るだろう。狭苦しい世界から解き放たれれば、悪に染まることもあるだろうさ」
そう彼らは人と同じだ。純粋善でも、純粋悪でもない。善悪は当然一つの肉体の中に同居し、あの過酷な生活の中では悪に染まることもままならなかっただけだった。
悪に染まる余裕が生まれれば、技を求めることもあるかもしれない。巨人に技が加われば、さすがのハーディも危ういかもしれない。
しかしそれが面白くて堪らないのだろう。
「その時は容赦せん」
言葉の物騒さとは裏腹にハーディは楽しげに笑う。
リヴェランドの人々に持たされた土産は馬車には積み込みきれなかった。積みきれなかったものは後で運んでもらうように頼み、三人は馬車に乗って街を目指した。
「ローサが迎えに来なかったのは意外だったな」
「お家で待ってるのよ。さみしいの? ランタン。ローサがお兄ちゃん離れして」
「まさか」
ローサ用の土産もちゃんと用意してある。釣り竿や海竜の鱗。月魚の繊維を紡いだ糸束。鯨の骨や鮫の歯。豊漁のお守り。もちろんたくさんの食べ物も。土産話も。
「喜ぶかな、あの子」
ランタンが何だかそわそわしているのにリリオンは気がつく。
何だか不思議そうな顔をして、ランタンの顔をじっと見つめた。
「ねえ、ランタン」
「なに?」
「もしかして緊張してる?」
「してない。してないよね」
不意を突かれたランタンは思わずハーディに尋ねた。しかしハーディからは、知らん、と素っ気ない返答があるだけだった。
リリオンが噴き出した。
「どうしてローサに会うのに緊張するの」
「いや、してないって。久し振りだから、忘れられてるかもしれないって思っただけ」
「忘れるわけないじゃない」
誤魔化すような冗談に、リリオンはいちいち真面目に答えた。
「でも本当、ずいぶんお留守番させちゃったわね」
「迷宮探索とは訳が違ったからな」
「もう、ランタンが緊張するから、わたしもどきどきして来ちゃった。忘れられてないかしら?」
「僕のせいにしないでよ」
二人が言い合っているのを、ハーディは欠伸をしながら聞いていた。言い争いとも呼べぬ言い合いは館の前まで続き、二人は何だか緊張したような面持ちになっている。
ハーディは溜め息を吐いた。
「妹に会うのに緊張するな。ほら、降りろ。先に行け。俺は荷を持っていく」
蹴り出されるようにしてランタンは馬車を降り、リリオンに手を伸ばした。
懐かしの我が家だったが、様子がおかしかった。
「なにかしら?」
「なんだろうね」
二人は顔を見合わせた。
「ただいまー、帰ったよ!」
扉を開けるなりそう言うと、目に飛び込んできたものは荒らされた玄関広間だった。
広間には迷宮から持ち帰った様々なものが飾られているが、それらが嵐でもやってきたかのようにとっ散らかっていた。
留守の間に何があったのだろう。
しかしその散らかった広間でローサとガーランド、そしてローサの友人であるクロエとフルームが掃除をしていた。
何かがあったようだが、とりあえずは無事のようだった。
「おにーちゃん! おねーちゃん!」
ローサがまん丸に眼を見開いて、手に持っていた魔物の頭骨標本を投げだした。
それは驚きと歓喜の声だ。
満面の笑みを浮かべて、両手を挙げた。
「かえってきた!」
「ただいま、ローサ。いい子にしてた?」
リリオンは苦笑しながら尋ねた。
「してた!」
「これなに?」
ランタンがあたりを指差しながら聞くと、ローサは笑顔のままのそのそと近付いてきた。
「これはね、ローサね。いい子にしてたよ。でもね、でもね」
ローサはランタンの手に頭を擦りつけた。ランタンは自然と指を開き、妹を撫でてやった。
「少し髪が伸びてるな」
「うー」
それでほっとしたのだろう。
ローサの瞳が潤んだかと思うと、妹は兄の胸に飛び込んできた。
探索中に留守番をさせたことはあっても、これほど離ればなれになったことはなかった。
ぐりぐりと顔を押しつけて涙を拭う。
なんだか懐かしい感じがした。
「ほら、そんなに泣くとお姉ちゃんみたいな泣き虫になっちゃうぞ」
ローサの頬を両手で挟んでやり、顔を覗き込む。ローサはすんすん洟を啜って、顔を真っ赤にしてぽろぽろ涙を流している。ローサはリリオンへ顔を向ける。
震える声で告げる。
「おねーちゃん、なかないで」
「もう、泣いてないわよ。やあね」
リリオンにも頭を撫でてもらって、ローサは頬を緩めた。
「ただいま」
二人が声を揃えて告げると、ローサはようやく大きな声で言った。
「おかえりなさい!」
「――で、これなに?」
そして再びランタンが尋ねると、ローサは赤い目で言葉を詰まらせた。
「これは、――あ!」
ローサが声を上げるのと同時だった。
ランタンの背中に衝撃があった。
振り返ると、飾っていたはずの陶器の馬がランタンの背中に頭突きをくらわせている。ばらばらになったものを復元した馬だったはずだが、後ろ足が欠けていた。
元々が物質系の魔物である。
動くこともあるだろう。
「これなに?」
ランタンは三度尋ねて、ローサは助けを求めるようにガーランドへ視線を向けるが、寡黙な彼女は助けにならない。ローサは困ってうんうんと唸った。
リリオンが思わず笑い出した。
「おう、なんだこれ。ひどい有様だな。それで感動の再会は済んだか? 土産はどこへ運べばいい?」
「おみやげ! くじらある?」
ローサははっとして叫んで、ハーディに突進していった。
ランタンは大きく欠伸をする。
眦に涙が浮いて、それをそっと拭った。
何とも騒がしい。
懐かしの我が家だ。




