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「結構ひどいもんだな」
ランタンとリリオンは荒らされた我が家の片付けをしている。
秋の終わりから冬の初めにかけて、これまでのどの迷宮探索よりも長く家を空けて、ようやく帰ってみれば出迎えたのは愛らしい妹とこの有様だった。
土足で踏み荒らされた絨毯と引き倒された棚。
室内に嵐でも入り込んだのかという荒れようだったが、よくよく見ればそれは戦闘の痕跡である。
柱に刃物の傷があり、流れた血が黒く変色し出来損ないのかさぶたのように粘着いている。
「ローサやめてっていったよ」
部屋の一つ一つ確認していくランタンの後ろを鴨の子のように付いてくるローサが念を押すように言った。
「そうか。あ、これ染みになってるな。とれるかな」
「やめてっていったのにやめてくれなかったの」
ランタンは振り返って、妹の頭をぽんぽんと叩いてやった。
「ローサはよくやったよ。大した怪我がなくて何よりだ」
ローサは誇らしげに胸を張った。
「早く帰ってこられなくて悪かったな」
「んーん」
首を振ると金色の髪がさらさら揺れた。
髪が伸びたばかりではなく、少しだけ成長したような表情になった。もちろん大人びたとは、まだ言えない。
「おるすばん、たのしかったよ!」
「そうか。――じゃあ、もうちょっと遅く帰ってこればよかったな」
意地悪なことを言う兄にローサは体当たりをした。
しかし兄はそれを軽く受け止めて、楽しげに笑った。
「ははは、楽しかったんだろ?」
「たのしいだけじゃなかったの!」
「へえ、そうなんだ。じゃあ聞かせてくれる?」
「いいよ! こほん、――あのねえ」
ローサは待ってましたとばかりに身を乗り出したかと思うと、不慣れな咳払いを一つ挟み、少しばかり勿体ぶった口ぶりで留守番の日々を振り返る。
小さな兄のランタンとのっぽの姉のリリオンが、大きなお客さんのハーディと一緒にリヴェランドへ旅立った日の夜、ローサはガーランドと一緒のベッドで眠った。
自分の部屋ではなくガーランドの部屋を選んだ理由は他人の匂いが恋しかったからだ。
ガーランドに与えられた部屋は館の屋根裏にある。
本当は隠されているはずの梯子はもうずっと出しっ放しにしてあって、ガーランドの後ろから、ローサは猫の身のこなしでするすると梯子を登っていく。
引き締まったガーランドの尾骨あたりを、急かすように額で押すと彼女は振り返り、やめろ、と表情も抑揚無くつぶやいた。
ともすれば冷淡に聞こえるが、これがガーランドの普通だった。一見して無表情に見えるが、困っているのがローサにはわかった。困ってはいても嫌がってはいないことも。
「頭」
その後に続く、を気をつけろ、という言葉を省略してガーランドが言った。
屋根裏の天井は三角で、もっとも高いその頂点でも頭をぶつけそうだった。兄なら平気だが、姉は腰を屈めなければならない。ローサは天井をぺたぺた触り、一番高いところに触れる。
物の少ない部屋だった。
ベッドと背の低い棚があるが、棚はすかすかだった。小さな机の上には短刀と飲み止しの酒瓶があり、どこかで拾ってきた木箱には衣類が投げ込んであった。部屋の角に埃が溜まっている。
館の掃除洗濯はガーランドの仕事であり、それなりにこなしているが自分のものには無頓着だった。
一度着ただけの衣類を洗濯させるランタンの考えは未だに理解できない。耐えがたいほどの匂いもなければ、おぞましいほどの汚れもない。
なにか伝染する病気でも持っているのかと考えたこともあるが、そんなこともなく、ただの綺麗好きなだけのようだ。
今ではそれもある種の病気なのだろう、とガーランドは思っている。
そしてそれは、もしかしたら伝染するのかもしれない。
毎日の掃除洗濯に、もうそれほどの疑問を抱かなくなっている自分に気がついていた。
壁に小さな窓があり、月の光が差し込んでいた。
ローサは窓硝子に顔を押しつける。窓硝子は冷たく、それが月光の温度のように思う。
星の輝く夜空だった。
いま兄姉はどのあたりにいるんだろう。
ほう、と吐き出した呼吸に窓が白くなった。
ローサは鼻をむずむずさせてくしゃみをする。近くに羽毛が落ちていた。風を入れるために窓を開けると、鳥が入ってくることがあるらしい。
ガーランドは簡素なベッドに腰を落ち着け、そんなローサを見守っている。ローサは腕全体を使って鼻を擦り、夜空から視線を切るとガーランドの側に寄った。
足裏の汚れを払ってからベッドに飛び乗った。
ぎしりと危うげな音がする。
「もう寝るのか?」
「うん」
狭苦しいベッドにローサとガーランドが横になると、どうしても身を寄せ合わなければならない。
ガーランドが壁側になり、ローサはベッドの端から尻尾を垂らしている。こうして眠るのは初めてのことではなかった。
ローサは館の様々なところを寝床にしている。もっとも多いところは自分のではなく、兄のベッドだろう。
ガーランドは黙ったままローサの顔を見ていた。
ローサは天井を見ながら瞬きを繰り返している。
寡黙なガーランドの半透明な触手の髪はいつ触ってもひんやりしている。薄い筒状の膜にたっぷりの水を注いだような彼女の髪をローサは指先にくるくると巻き付けたり、自分の目に当てたりした。
「眠れないのか?」
うん、とローサが頷く。
「ゆーれーはれべらんどしってる?」
「ああ」
「どんなところ?」
するりと指から髪を解き、金色の眼差しがガーランドに向けられる。
「――そうだな。寒いところだ。毎日曇っていて、よく雪が降る。巨人の集落へ近付けば雪よりも雹に注意しなければならない。沖の方は波が荒いが、海中はそれほどでもない。だが気を抜くと渦の方へ引き寄せるような水の流れがあるからこれにも気をつけるべきだ」
ガーランドは天井を見つめながら、思い出すように語った。
それはローサの知りたいリヴェランドの話ではなく、その近海の話だった。ガーランドはほとんどリヴェランドの街を訪れたことがない。
リヴェランドはそれなり人口を誇るが人の出入りは少なく、よそ者は目立った。
亜人族は多いが、ガーランドのような異形はその中に紛れることができない。彼女の姿を紛れさせるものは人波よりもむしろ白波であり、そして海の魔物たちの方だった。
「魚は豊富にいるがそれを狙って漁船も魔物もよく集まる。もっとも厄介なのは大蛸と海竜だろう。海竜は大渦の底を巣にしている。あれは手強い。巣へ逃げられると攻めようがないからな。だがよほどこちらから手を出さなければ襲ってくることはない。喉の逆鱗が弱点だしな。しかし大蛸の方は、……鬱陶しいな。もっとも海底近くまでゆかねばそうそう出会わないが」
ガーランドはそれを口にしなかったが、彼女の暮らしではそういった魔物との戦闘よりも、人間との戦いが多くあった。もっと言えば一方的な略奪が。
その異形たる姿を目にして逃げ出すものもあれば、襲いかかってくることもある。反撃は当然の行動だった。
だが彼女が波間に姿を現せば転落したか、溺死体かと、ガーランドを助けようと船が向こうから近付いてくることもあった。そういった船を襲い、物資を奪うこともまた当然だった。
当時は良心の呵責を覚えることはなかった。
それは鯨が魚群を丸呑みにすることや、海竜が鯨の腹を食い破ることと同じだった。ガーランドは人の世界に生きておらず、そこには食事以上の意味を持たなかった。
「うみのなかは、おふろとはべつ?」
「違う。まったくな」
温かな風呂にゆっくりと浸かるようになったのは、この館で世話になってからだった。
海賊暮らしの頃は波に任せ、リヴェランド海軍に捕らえられてからも行水程度だった。
「れべらんどはこわいところ? おにーちゃんとおねーちゃんはへいき?」
「いや、やつらならどこでも大丈夫だろう」
ガーランドも腕に自信はあるが、あの二人はかなりやる。リリオンの方はまだ甘いところもあるが、ランタンの方はなかなか厳しい。
「……ほんと?」
「ああ」
疑問に答えていると、やがてローサは安心したのか眠ってしまった。
半身が虎で、半身は人。
その少女の寝顔をガーランドは不思議そうに見つめる。
まったく無防備な寝顔だった。
生まれは似ている。
ガーランドもその肉体に人ではないものが混じっている。異形の髪がそれを如実に現していた。それ故に育まれたのが、この性格だった。
育ちが違う。
結局そう言うことなのだろうか。
ガーランドは背中に回された少女の手をそのままに、その体温にしがみつかれたままに目を瞑った。
なかなか寝付くことはできない。
それはこの少女と眠るときはいつものことだった。
「ローサはー、おにーちゃんとおねーちゃんがー、いなーくてー、さみしいよー、はーやくかーえってきーてーねー」
うわんうわんと浴室の天井にローサの歌声がこだまする。
ローサは腕まくりをして、ブラシでごしごしと床を擦りながら調子外れに歌っていた。
石の床を磨きながら、時折ブラシを槍のように回転させて踊る。ブラシの先から跳ねた水飛沫がかっこいいと思う。
それは兄が戦鎚に纏わせる炎を思わせた。
湯を張っているときは星空のような湯船は、今は黒曜石のように黒々としている。その黒さのせいで微かな湯垢の白さが妙に目立った。
「ブーちゃん、こっちこっち」
ローサは浴室で飼っている不定型生物を持ち上げる。名前をブロブという。この生き物の鳴き声らしきものからローサがつけた名前だ。魔道ギルドからの贈答品で、少し前までは棘の檻に入っていた。
それはガーランドの半透明の髪を、もっと緩くしたような不思議な触感をしていた。温かくも冷たくもない。どろどろした身体は両手で持ち上げたローサの両の指の隙間からはみ出て、重力のままに垂れ下がっている。
ローサは慌てて湯船の縁にそれを置いた。ブロブはかたつむりのようにゆっくりと、縁から内側へと這い進み、湯垢を溶かしていく。
ブロブはなんでも食べてくれた。
ブラシでは磨きづらい隅っこの黒カビや、どうしようもできない排水溝の中まで。おかげで浴室はいつもぴかぴかだった。ブラシに絡まった色取り取りの髪の毛や、虎半身の抜け毛もブロブは食べてくれた。
ブロブの傍にブラシを向けると、それはのそのそと先端を包み込む。ぐるぐると絡みついた毛が見る間に溶かされていくのを見るのは面白い。
すっかり綺麗になってもブロブは名残惜しそうにブラシにまとわりついている。だがこのまま放っておくとダメにされてしまうので、ローサはブラシを引き抜いて掃除道具入れにしまった。
ブロブに任せておけば浴室はいつでも清潔だったが、それでも掃除をするのは兄から頼まれているからだった。
留守の間、家のことを任されたのだ。
それはローサにとっては誇らしいことだったし、やることがあるのは寂しさを誤魔化すのに役立った。
風呂掃除の前は庭の掃除をした。菜園の雑草を抜き、落葉を箒で払った。ガーランドと一緒に洗濯物も干した。
ローサはかき混ぜるように撫でていたブロブをそのまま風呂場に放置して、次の掃除の場所へ向かった。
兄と姉と自分とゆーれー。
四人で暮らすには広い館だ。掃除するところはまだ終わっていない。
迷宮の戦利品が飾られた玄関広間にはたきをかけ、ほとんど使われることのない装備品がしまわれた武器庫で目についた武器を磨く。
ローサのお気に入りは長柄武器だった。
近接戦闘の師匠であるベリレの、その師匠であるエドガーから筋がいいと褒められてすっかりのその気になってしまった。
長柄武器の中でも特に気に入っているのは斧槍だった。いつか使いこなせるようになったらローサにあげる、と兄は言っていた。
掃除をすませたら修行をしようか。
ローサはそんなことを考えながら槍の柄を磨いた。
ガーランドと昼食を摂り、館中の掃除をすませてもまだ外は明るかった。
庭に出てガーランドから武術のリリララに魔道の指導をしてもらうこともあれば、一人で一日中槍を振り回したり、日が落ちるまで瞑想したりする日もある。ガーランドが相手をしてくれることもあった。
「ローサおでかけしてくる!」
「ああ」
戦いに行くみたいに革の鎧を身に着けたローサにガーランドは短く返事をした。ローサはじっとガーランドを見つめる。
「どうかしたか?」
「いってきます!」
ガーランドが頷いても、ローサはその場から動かなかった。
「いってきますっ!」
もう一度頷いたガーランドにローサは、もう、と腰に手を当てる。
「いってらっしゃいっていって! もっかい、もうっかいいってきますするから」
ローサは大きく手を上げた。
「いってきます!」
「……いってらっしゃい」
「ごはんのころにはかえってくるよ!」
ローサは満足気に笑って、跳ねる足取りで街へ出かけた。
残されたガーランドはその背中に向けてもう一度、いってらっしゃい、と口にしてみる。言い慣れぬ言葉に舌が縺れそうだった。
ローサは秋風の吹く街をのしのし歩く。長く伸ばしている途中の金の髪は、耳の下ぐらいで二つに縛っていて、それがひょこひょこと揺れていた。
当てもなく街を歩くことは、ローサの日常の一つだった。街には色んな店があり、色んな人がいて、どれだけ歩き回っても全てを見つけることは不可能のように思えた。
昨日はなかったはずの脇道が今日はある。本当はただ見逃していただけだが、ローサはその道が急に産まれたのだと信じて疑わない。この先を行けばどこに出るのだろう。ローサは躊躇いなく細い道へ入っていった。
上半身は大丈夫。しかし炎虎の下半身には少し狭い。だがそれは液体のように柔軟に細道を抜けていく。
料理屋の裏手だろう排気口からなんだかいい匂いがする。晩ご飯は何にしよう。そんなことを考えながら少し進むと、家々の壁に囲まれて豚が飼育されていた。
残飯を餌にすくすく育っている。だが少し臭い。寝床の藁に鼠が住み着いていて、寝返りを打つ豚に危うく踏み潰されそうになっている。しばらく豚を眺めてからローサは脇道を抜けた。
抜け出た先は探索街だ。迷宮関連の店々が軒を連ねている。初めての場所ではないが、ローサはここに来る度にわくわくする。
脇道からぬっとローサが現れると、行き交う探索者たちが一瞬ぎょっとして、びっくりした自分に呆れるような苦笑を頬に浮かべる。
ローサは街の有名人だった。
誰とも似つかぬその姿は一目見て強烈な印象を残し、噂に聞いただけのものも一目見ただけでそうと気がつくだろう。
探索者の一人と目があって、ローサは笑った。
「こんにちは!」
探索者の男は軽く手を上げて応えて、歩き去って行った。
探索街の店は迷宮に行くための道具類から、迷宮からやってきた品を扱う店までさまざまだ。
武器屋には新品も中古も、迷宮由来の装備品も軍放出品もなんでも揃っている。職人が店先で剣の研ぎをしたり、鎧の板金加工をしたり、親のない孤児が店と店の間にゴザを広げて鎧磨きの看板を掲げていたりもする。
またある店には探索用の携行食が煉瓦のように積まれていたり、迷宮帰りの探索者が荷車に魔物を積んで肉屋を訪れたりしている。
ローサが気になった店に顔を覗かせると、店主はその背後に兄の姿を探す。
「今日は一人か?」
「うん!」
ローサがそう答えると、店主は困ったようながっかりしたような顔をする。
ランタンは金払いのいい客だし、この妹がねだれば大抵のものは買い与える甘い兄でもあることは商売人なら周知の事実だ。まことしやかに囁かれているランタンが客として訪れた店は繁盛とするという噂もあった。
だがそれなりに物を見る目はあるし、要求が高いので鴨にするのは難しいとも知られている。
「おつかいか? 必要なものがあるんなら」
探るように店主が問うと、ローサは首を振った。
「んーん! みるだけ!」
「……ああ、そうかい」
こうも明け透けに冷やかしであると宣言をされると追い出す気にもならない。しょうがねえな、と言う感じで店主は腰を落ち着けた。
そんな風にローサは店を渡り歩く。
当てもなく彷徨う日もあれば、目的を持って街を駆ける日もある。
別の日のローサは荷物を持っていた。
「おとどけものだよー!」
そうやって訪れたのはグラン工房だった。とんてんかん、と鉄を打つ音に負けぬ大声で叫ぶと、しばらくして白い髭で逞しい身体をした老職人がなんだなんだと顔を出す。
「おう、いらっしゃい」
「ローサだよ!」
「見りゃわかるよ」
髭を揉むようにして笑い、グランは金槌で肩を叩いた。
「おとどけものもってきたよ!」
「お届け物? リヴェランドからの土産にしちゃ早くねえか?」
はてと首を捻るグランに、ローサは肩から斜めに掛けた鞄から、鞄と同じぐらいの大きさの本を取り出した。
「はい、どうぞ」
「はい、どうも。んで、なんの本だ?」
「もじばっかりでつまんないよ」
独り言のようなグランの疑問にローサは律儀に答える。
それは巨人鋼についての研究をまとめたものだった。
グランも独自にかの鋼について調べてはいるが、なかなか資料を目にすることは難しい。
ランタンがティルナバン王権代行官のアシュレイに頼んで取り寄せてもらったものだった。王家直轄の造兵廠あたりが記したものだろう。原本では勿論なく、かなり黒塗りの多い複製だった。
「いや、つまんなくはねえ。ありがとうよ」
「ふうん」
挿絵の一つもない本である。ローサは信じられないというような顔で頷いた。
「見てくか?」
ローサはグラン工房を訪れるとよく仕事場を見学した。炎の熱気に包まれた工房の仕事場はローサには何だか懐かしさを感じさせる場所だったし、硬い鉄が赤熱し、鎚で叩く度に形を変えてゆくのを見るのは面白かった。
「きょうは院にいく」
「そうか。じゃあちょっと待ってな」
グランは一度店の奥に引っ込み、そして戻ってくるとローサに袋を渡した。中には飴菓子が入っている。
「おつかいの駄賃だ」
「やったー!」
「一気には食うなよ」
「うん。――ひっへひまふ!」
飴を一つ口に含んで、もごもご叫ぶ。
グランは笑う。
「いってらっしゃい。急ぎすぎて馬車に轢かれんように、……いや、人を轢かんようにな」
ローサは飴を舐めなめ孤児院へ向かう。
そこには友達が沢山いた。一番仲のいい猫人族のフルームと犬人族のクロエもいる。迷宮特区を突っ切れば、飴を舐め溶かす前に辿り着くことができる。
孤児院に着くとシスターに挨拶し、自分よりも遥かに幼い子供たちに、もらった飴を袋ごとあげた。
子供たちは一つの飴を器用に砕いて、大切そうにその一欠片を口に含んだ。
教会運営の孤児院には、教会運営の探索者用の宿泊施設が併設されていて、探索者の流れを辿れば余程道に迷うことはない。
宿泊施設は孤児たちの自立を促す一種の職業訓練所だった。
どこかの農場や店、貴族への奉公に行けるように、そして奉公先に困らぬように技術を習得するのだ。
例えば宿泊施設の厨房では年長組がどやされながら料理を作っており、年少組は山と出る野菜の切れ端や残飯を三人一組になってえっちらおっちら家畜のところへ持って行く。
部屋の掃除、赤や青の血が染み付いた衣類の洗濯は毎日山のように出る。
そればかりではない。
宿泊施設には各ギルドが人材を派遣している。武器や防具の職人、薬師や医者、鑑定士に聖職者。そういったものたちの手伝いもする。そのおかげで奉公先の選択肢はずいぶんと増えたようだった。
中には探索者に弟子入りするものもいる。
最近の問題では探索者相手に小遣い稼ぎをする年長組の少女がちらほら現れたことだ。それはあまりに風紀が乱れるので禁じているが、なかなかどうして取り締まることは難しい。
娼婦の派遣をギルドに頼もうかという話もあるが、曲がりなりにも教会運営であるので立ち消えになった。
ローサはクロエとフルームと一緒に食堂で給仕をしていた。
まだ忙しい時間帯ではないが、それでも食堂にはいつもそれなりに人がいる。ローサは背中に盆を載せて、その上に料理をずらりと並べて器用にテーブルとテーブルの間をゆく。
「はいどーぞー」
注文を受けたテーブルにゆくとクロエとフルームが盆から皿を運んだ。
たまにしか現れないローサだが、そのたまに手伝いをしていることは宿泊客全員が知っていた。
テーブルの探索者たちは三人に四半銅貨を一枚ずつ渡す。ある程度の稼ぎがある探索者はこんな風に小遣いをくれたが、ローサにもくれることは珍しかった。
なぜならローサの兄はどの探索者よりも稼ぎがいいことをみなが知っているからだ。
「おう、ローサ。最近ランタン見ねえけど、遂に迷宮でおっちんだか? ざまあみろ」
酔った探索者が管を巻き、ローサに絡んできた。
ローサはふくれっ面になり探索者を睨んだ。
「うお、なんだよ。冗談だよ、じょーだん」
へらへら笑う探索者に、ローサはそれでも不機嫌さを隠さなかった。
「ローちゃんね。いまランタンさまがいなくてさびしんぼなの」
「レベランドって言うところに行っちゃったんだって」
「ああ?、レベ? どこだっけ? 北の方だよな」
酔っ払いが頭を掻くと、少し酔いの浅い仲間が、ほら巨人の、と言う。
「はあ、ずいぶん遠いところに。混ざりもんの里帰りか」
「置いてかれたのか。悪さしたんだろ」
言われたローサは唸り声を上げて、ぷいと横を向いた。
「いいこにしてるもん」
話を聞いていたランタンは振り返る。
「いつ家が荒されんだよ」
そう言って、ふくれっ面のローサに気がつく。
「――はいはい、さみしかったんだな。わかったよ。悪かったって。今度は連れてってやるから」
「ぜったいだよ!」
「はいはい。約束、約束」
ローサはランタンの差し出した小指に、自分の指を絡め、ぶんぶんと上下に振ってそれを切り離した。
いったい何の意味があるのかわからないが、約束の儀式なのだと兄は言う。
「ほら、続き聞かせて」




