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雪は降っていないが、風が強かった。
湾内であっても波は荒い。
内海用の漁船は平底の櫂船であまり波には強くない。漁をするぐらいならば問題はないが、戦闘に用いるのならば万全を期さなければならない。
戦いの日を決定するのは船の所有者であるギルド長ドーフだった。現場での指揮を任せられたエスタスにその権限はないし、実行部隊のランタンにもない。
「ほら、ひいてひいて!」
子供たちが桟橋の端から身を乗り出して海面を覗き込みながら、ぎゃあぎゃあと叫んだ。黒いほど青い海面、その下で小振りな魚の鱗がきらきら光った。寄せては返す波泡に紛れて、魚影はまるで幻のように出現と消失を繰り返した。
「いや、まだまだ」
ランタンは簡単な造りの釣り竿を握り、竿先の微妙な動きに目を凝らしていた。ぴくぴくと上下する竿先の動きだけが頼りだった。まだ食いついていない。餌を突いているだけだ。手袋越しでは余程の大物でもかからない限り、触覚を頼りにすることはできない。
ランタンが子供たちの助言に耳を貸さないでいると、彼らは不満も露わに次々と文句をたれ始める。子供たちの方がランタンよりも経験も豊富だったし、実際に釣りの腕も数倍上だった。
ランタンはさっきもまだまだと言って餌を取られた。ランタンは、うるさいうるさい、とまったく子供っぽく言い返した。
海獣の外衣に身を包んだランタンは、亜人族の子供たちの中に紛れると新種の亜人族に見えないこともない。
リリオンが柄の長いたも網に寄り掛かるようにしている。
釣り始めの頃は斧槍を構えるみたいに網を持っていたが、ぜんぜん魚が釣れないので出番がない。傍に釣った魚を入れておくための桶がある。今はリリオンと同じで出番がなく、貯められた海水は波打つこともなく、今にも氷が張りそうだった。
「よしきた!」
ランタンが息も白く叫び、勢いよく竿をあげた。
針にアジだろうかイワシだろうか、小さな魚がかかっている。黒青の背に銀の腹が身を捩るほどに輝いて見える。
「リリ、あみあみ!」
ランタンが急かすとリリオンは慌てた様子でたも網を海面近くに差し出した。
活きのいい魚だったびちびちと暴れ、自力で針を外した。
「ああ!」
ランタンの悲鳴である。
しかし魚は待ち構えていた網に受け止められた。かと思ったら、その編み目からするりとこぼれ落ちて海へ帰って行ってしまった。それほど小さな魚だった。
「あーっ!」
ランタンはがっくりと項垂れる。あーあ、と子供たちも呟いた。
「ランタン、ごめんね。わたしがおそかったから」
思わずリリオンはそう言った。
なにを謝ることがあるだろうか。ランタンは振り返って肩を竦める。
網の早い遅いではなく、編み目の大きさの問題だった。いや、魚の大きさの問題だ。
「大物狙いだもん。つぎ、つぎ。ほら、餌取ってこい。位置について、よーい!」
ランタンは竿を置き、子供たちに向かって言った。
子供たちは押し退け合うようにして、先頭位置を奪い合った。桟橋の板の継ぎ目ぎりぎりに爪先を置く。首だけでランタンの方を振り返る。
ランタンはたっぷり間を置いてから、手を叩いた。
それを合図に子供たちが走って行った。そして砂浜を掘るもの、引き上げた船のそこを覗き込むもの、岩をひっくり返すもの様々いる。釣り餌を探しているのだ。
「あはは、元気だ。次はリリオンがやる?」
釣り竿を差し出すとリリオンは首を振った。
「ううん、わたしたも網係。次はちゃんとすくうわ」
「その前にちゃんと釣らないとなあ」
やがて男の子たちが数人騒ぎながら駆け戻ってきた。
桟橋の段差で一人が転び脱落し、仲間思いの二人が振り返って遅れた。四人の一団は大接戦を繰り広げ、最後に一人が抜け出した。猫人族の男の子だった。毛のない頬が上気し、はあはあと息を荒らげ、握った手をばっと広げた。
掌に虫がうねうねと這っている。
「うむ、ご苦労。では頼む」
男の子は針に虫を突き刺した。ランタンは空になった手に駄賃を握らせてやった。
「いえー! おれ、いっちばーん!」
男の子が叫ぶと、餌を探していた子たちがぞろぞろと帰ってきた。彼らも釣り餌をきちんと探し当ててきている。それを器の中に入れていく。ミミズに蛙、虫や貝もあった。冬の寒さに動きは鈍い。蛙などは冬眠中を掘り起こされて眠ったままだった。
「まるで迷宮だな」
ランタンは色々な生き物がしまわれた器を覗き込んで呟いた。
再び糸を海へ垂らした。子供たちは期待を込めて海面に身を乗り出す。
その期待はランタンに向けられたと言うより、むしろ海そのものへと向けられている。
リヴェランドは豊かな漁場であり、桟橋釣りは子供の遊びの一つだった。普段なら餌のない針を垂らしたって魚が釣れるほどだったが魔物が住み着いてから、釣果は芳しくない。
魔物が魚を食べてしまっているからでもあり、また魚自体が魔物を恐れて活性を低下させているからでもある。
子供たちはこの旅人たちに、魔物をやっつけてくれる戦士たちに、自分たちの地元をせめて楽しんでもらおうとしていた。
「もっとした、もっとした。それでうーえ、しーた、うーえ、しーた」
小さな子供の手がランタンの手に添えられる。竿を下げて釣り餌を海底まで落とし、それからゆっくりと上下させる。
ランタンは狐人族の少年の真剣な横顔を見て、されるがままにした。
少年の顔は同じ狐人族と言うこともありサリエと似ているように思えた。
少年の方がずいぶんと亜人としての血は濃かったが、涼しげな目元がそっくりだ。突き出た口元、下顎から喉にかけての毛が真っ白で柔らかそうに寒風にそよぐ。
たまに針を引き上げて、餌を取られていないこと確認してそれを繰り返す。
「サリエちゃんの弟?」
「サリエねーちゃん? ううん、いとこだよ」
「ああそう」
「ねえ、お兄さんがおじさんのかたき取ってくれるって本当?」
「本当」
少年は視線を海面から逸らし、横目にランタンを見た。
「きっ、たっ!」
手袋越しにも伝わる重さだった。ランタンは一気に竿を立てる。竿先がみしみし音を立てながらしなり、釣り糸がぴんと張り詰めた。
子供たちが歓声を上げる。
真っ黒な海底から、螺旋階段でも登るみたいにぐるぐると回りながら魚影が上がってくる。
「わあでけえ!」
「エイだ!」
「エイ? わあ、まものっ!?」
白い腹を見せて上がってくる丸い魚影は、まるで月を釣り上げたようだった。
子供たちはその姿を見て悲鳴を上げた。
桟橋から身を乗り出していた子たちは、そのエイに海の中に引きずり込まれてしまうのではないかというように慌てて立ち上がった。
そして蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。
その中で一人の男の子が体勢を崩した。
海に落ちる。
「あぶない!」
リリオンが素早くたも網を突き出した。ぼっと大気が爆ぜ、海面が風圧にへこんだ。男の子は夢中になって網を掴み、手に巻き付ける。リリオンは子供一人分の体重を軽々と引き戻した。
エイはいよいよ海面に近付いた。
それは魔物ではなく、ただのエイだ。しかしかなりの大物だった。腹は白く、背は赤茶色をしている。
「尾に毒のとげがあるよ」
狐の少年がランタンに声をかける。彼だけが逃げずに残っていた。しかし小さな手がランタンの外衣をひっしと掴んでいる。
太い尾の付け根に棘が確認できた。たも網にはまだ子供が絡まっている。このまま揚げてしまおう。ランタンはつり竿をより引いた。
途端にみしみしと軋んでいた竿が、びりびりと音を立てて裂けるように折れてしまった。
「あ、あー……」
少年の落胆声がランタンの耳に響く。
エイは口に針を着けたまま、結ばれた糸も、その先の折れた竿もつけたまま海底へ戻っていこうとする。竿だけが浮きのように海面に残っている。
ランタンは手元に残った竿の先端を確認した。多少荒いが尖っている。折れた竿は戦鎚の百分の一の重さもないが、充分だった。
温かさではない。はっきりと熱を感じて少年は握っていた外衣を手放した。
ランタンは竿を振りかぶっている。踏み込みは危うく桟橋を踏み抜きそうだった。
ふん、と喉を絞ったような声。腕が霞んだかと思うと、その手から竿が海面に向かって投げ出されていた。
竿が海面を貫く。水の抵抗や浮力をものともせず、それは竿尻まですっかり海中に埋まってしまった。
少年は海面に穿たれた、竿の直径に等しい穴を確かに見た。
海に丸く穴が空いて、管のようになっている。
波がその穴を塞いでしまっても、まだ浮き代わりの折れ竿が流されずその付近で漂っている。
子供を解いたリリオンが、たも網で浮いた竿を引き寄せた。
ランタンはその先端にくくられたままの糸を引き寄せる。
「あれ、地面に刺さったかな。お、はずれた」
そんなことを言いながらぐるぐると糸を手繰っていくと、やがて竿に貫かれたエイが上がってきた。狐の少年は眼を丸くする。
「……すげえや」
「なかなかやるでしょ? で、これ、食えるの?」
「……食えるよ。でもすぐ臭くなる」
「ふうん。まあ、肩慣らしにはなったな。どこ持てばいいんだ? うへえ、ぬるぬる」
ランタンは腰から狩猟刀を抜くと慣れた手つきで尾の付け根の毒針を落とし、まったく慣れぬ手つきでまだ少しじたばたするエイを持ち上げた。
浜まで逃げ出した子供たちがそれを見て歓声を上げる。
戦いの日は明日となった。
予定日の提案をしたのは商人ギルドの長老衆で、彼らはもう船に乗らぬ船乗りだった。彼らは予知するように海に吹く風の様子や波の具合を読むことができる。
「まあ五分五分だけどな」
酔ったエスタスが声をひそひそ声で、ちょっと笑いながら言った。
「だが網元が頷けば、それは一〇〇だ」
ドーフはずいぶんと信頼されているようだった。エスタスの声には誇らしさや確信といったものがあった。
虎の男は暑苦しくランタンの肩を抱いて揺すった。
リヴェランドに滞在してわかったことがある。ランタンも人のことは言えないが、それなりに排他的な風土があった。もともと旅人の少ない土地だからかもしれない。しかし心を許せば情に厚かった。子供たちにもその気風は受け継がれている。
ランタンは酒臭さを嫌って顔を背けた。背けた視線の先ではハーディが大笑いをしている。ランタンの言いつけ通りに酒場という酒場を飲み歩き、もはや彼を知らぬものはリヴェランドにはいなかった。酒豪としてもそうだし、戦士としてもそうだ。
戦いの前夜に漁師たちは酒宴を開いた。
それは迷宮探索前の探索者も行うことだった。
死ぬかもしれぬ恐怖を酒の力で誤魔化そうとしているのか、それとも美味いものをたらふく食べて現世への未練を断とうというのか。
これほど離れた土地でも人間である以上、行動は似るのかもしれない。
そんな酒宴には漁師でないものも大勢混じっている。ハーディが酒を呑んでいると聞きつけてやってきたのだ。彼らはハーディの奢り酒を目当てにやってきたわけではなかった。
ハーディはランタンの渡した経費を飲み尽くしても追加を要求してこなかった。奢った分以上を奢ってもらっている。
なんとも友達作りの上手い男である。
「五と五と足して百か」
ランタンが呟くと、エスタスはばんばんと背中を叩いた。
「面白い! 尻尾生えてるんじゃないか、白い尻尾が!」
がはは、と笑いながらランタンを脱がせようとする。彼にそういう趣味があるわけではなかった。酒宴のあちこちで男たちが半裸になっている。
外が寒いせいで室内ではがんがん火を焚いている。魚を煮たり焼いたり、干物を炙ったりして酒を呑む。大半はたっぷりと毛皮を持った亜人族であり、彼らは往々にして暑がりだった。
だから酒会には男しか参加していない。女は女で楽しんでいる。
ランタンは倍以上も大柄なエスタスをいとも簡単に投げ飛ばした。
エスタスは手に持った酒杯をひっくり返して頭から被る。
この地域では気温のせいもあって小麦が育ちづらい。よく採れる農作物は芋や豆ばかりだ。芋から作った透明な蒸留酒は火がつくほど酒精がきつい。
蒸留酒がエスタスの虎毛を濡らした。
やってしまった、とランタンは思う。わざとではない。エスタスは、どしん、と大きな音を立てて転がって、なんだなんだと視線が集まる。
エスタスはむくりと起き上がった。目に染みたのか何度も瞬く。虎の長い舌が鼻の頭までべろんと舐める。
「さすがはランタン! これにハーディが加われば百人力どころか千人力だ! なあ、みんな!」
エスタスは空の酒杯を拾い上げて頭上に掲げる。
「おー!」
「そうだそうだ!」
酒会のあちこちで同様に酒杯が持ち上げられてやんややんやと同調の声が上がった。
「おお、そうだとも! 任せておけ! 俺たちだけじゃない、リリオンもいるぞ!」
いつの間にか半裸になったハーディが大見得を切って酒を一気に呷った。
酒会は大盛り上がりだ。
やる気に満ちている。
ギルド内でも光るエイの掃討作戦に否定的なものは少なからずいた。商人ギルドはある程度の魔物ならば自分たちで始末をつける程度の戦力は保持しているが、ある程度以上となれば海軍に任せるのが通例だった。
海軍の動きが遅いのは気になることだったが、しかしそれでもまだ自分たちでやらねばならぬほど追い詰められてはいない。それが否定派の意見だったし、積極的否定派とまでは行かなくともやはり戦いに難色を示す漁師は多くいた。
彼らを説得したのはエスタスだった。家々を訪ね回り、ドーフの名を出し、それでも難色を示されれば頭を下げたらしい。
自分とハーディは違う。しかしこの男は自分にこそ確信を抱いているのだとランタンは思う。
ランタンは席に戻ったエスタスの酒杯に酒を注いでやった。
エスタスはそれを一気に飲み干した。
「ああ、いい酒だ。最後の酒でもいい」
「そういうこと言うと留守番にするよ」
「おっと飲み忘れだ、もう一杯!」
突き出された酒杯に再び酒を注ぐ。それを再び一息で呷った。エスタスはまったく酔っていない。がりがりと頭を掻いた。酒精がきついので、もう乾いてしまっている。
「なあ、サリエの様子はどうだった?」
ふいにそんなことをランタンに尋ねる。
ドーフの所に案内してくれたサリエは、ランタンやリリオンの身の周りの世話をするようになった。
ドーフからの命令だった。料理はリリオンが作るので食材を運んでくれたり、洗濯をしてくれたりする程度のことだったがよく働いてくれた。
彼女はランタンたちの世話以外の時間を、子供たちの世話に当てていた。男たちが漁に出られない以上、女たちが働かなければならない。その間の子供たちの面倒を彼女が引き受けたのだ。
「悲しむ暇がないぐらい、忙しくしてるんだよ。あいつを見てると俺ぁよう。もう切なくて切なくて。あいつの親父さんはいい漁師だったよ。俺の親父はげんこつで船の動かし方を教えてくれたが、サリエの親父さんはちゃんと口で言ってくれてさあ」
エスタスは酔ってはいないようだったが、少し湿っぽくなっている。
「なあ、やっつけてくれよ。親父さんの仇を取ってくれよ」
「うん」
エスタスに付き合って、ランタンには珍しく何杯も酒を食らっている。
リヴェランドの寒さがそうさせるのかもしれないし、しょっぱい干物がそうさせるのかもしれない。
ランタンは干したエイの鰭を炙り、酒の中に沈めた。それから酒そのものに着火する。掌を被せて火を消した。
「サリエちゃんのこと、好きなの?」
ちょっと酔っているランタンはそのようなことをエスタスに聞いた。
エスタスは何とも感情の読みがたい視線をランタンに向けた。
「――あいつはいい子だよ、働きもんで、気が利いて。でも俺ぁ虎人族だよ。狐人族とは一緒になれんよ」
異種族婚が違法であったり、禁忌であったりした時代もあった。
だが今では異種族間の結婚は合法であるし、どれほど姿形が違おうとも子を作ることもできる。だがやはり同種族婚と比べれば、その数は少なく、確率も低い。
ティルナバンでも異種族同士が恋愛関係にあることは珍しくはないが、婚姻関係ともなると数は減る。
エスタスの友人たちが彼を慰めた。しかし慰められるほど彼は落ち込んでいくようだった。酒杯を空ける速度があからさまに速くなっている。
「二日酔いで船の操縦しないでよ」
ランタンは呆れた様子でエスタスを見つめる。エスタスは机に突っ伏して、なにやらぶつくさ呟いている。
「他のじゃたたないぐらい……おれぁあいつのことが、……でもたっちまったら、あいつには入らねえよ。あいつはちいさくて……、俺とは柄もちがうし、どうせよこしまだよ」
身体の大小は婚姻に至らぬ決定的な理由の一つだった。
種族的特性として身体が小さい女性と、種族的特性として身体が大きい男性では、身体的構造上の問題で性交渉ができないことがあった。よしんばできたとしても問題は更にあった。妊娠に至った場合、子供に男性の特性が受け継がれると母子の命に危険が及ぶからだ。
母親の身体に、子が大きすぎるのだ。
もちろん男女が逆でも問題はあったが、それは命を危険に晒すようなことではなかった。
エスタスはがばりと起き上がった。ランタンを真っ直ぐに見つめる。
「ランタン、お前小さくてよかったなあ」
「そうかもね」
ランタンは自分が小さいという事実に対して、もしかしたら初めて肯定的に頷いたのかもしれない。
エスタスは酔い覚ましの冷や水をちびちびと舐めた。宴会は死屍累々といった感じだった。大半の漁師が酔いつぶれて、いびきを立てて眠っている。
エスタスは再び机に突っ伏した。
眠ったのだろうか。ランタンは簡単に机を片付けて、半裸の男たちの肌に側に脱ぎ散らかされている服を適当にかけてやった。
まだ飲み続けているハーディに声をかける。
「僕は先に帰るよ」
「おう、そうか。俺はここに泊まっていくよ。放っておいたら酸欠で死ぬかもしれないからな」
「明日、酔って船から落ちないでよ」
「はっはっ、酔い覚ましにはいいかもしれんな」
ハーディは少しも酔ったふうがなかった。それにこの男なら多少酔っていても大丈夫だろう。
「エスタス、酒宴に招いてくれてありがとう。明日はよろしく」
聞こえているのかはわからないが、ランタンは突っ伏すエスタスに声をかけた。虎の耳が痙攣する。エスタスはぶつぶつ呟く。
ランタンは聞き取ろうとして耳を近付けた。
「あいさつ、したんだ。……おやじさんに、……あいさつを」
譫言はやがていびきになった。
ランタンは酒場の外に出る。痛いほどの寒さにランタンはぶるぶる震えた。
おしっこしたい。
ランタンは歩幅の小さい早足で帰路につく。
夜空に月、海面に月が反射するような明るい魚影が浮かんでいる。




