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カボチャ頭のランタン  作者: mm
15.Memories
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 一番遅くに目覚めたのはランタンだった。

 寝ぼけ眼でリリオンが温め直してくれた朝食を摂りながら、庭から聞こえてくる音に耳を澄ます。

 それは剣戟の音色に違いない。

 ハーディがローサに稽古をつけてくれている。宿代と言うことなのだろうか、豪快に見えてそれなりに律儀な男だった。

 夜の冷気が温まりきらぬ寒空の下だろうに、そんなことを感じさせない気合いの声が剣戟の音色の合間に響き渡る。

 ランタンは外の寒さを考えただけでぶるると震えた。

 既に朝食を終え、探索で出た汚れ物の洗濯まで済ませたリリオンが両手でほっぺたを押さえるみたいな頬杖を突いて、にこにことこちらを見ている。何が楽しいのか、と思うランタンだが、ランタンもリリオンが食事をしている姿を見るのは嫌いではなかった。

「おいしい?」

「うん、おいしいよ」

「お茶のおかわりは?」

「ちょうだい」

 震えたランタンにリリオンが尋ねる。ランタンは頷いて、席を立ったリリオンの背中に注文を告げる。

「あったかいの」

「はーい、ちょっと待っててね」

 昨晩ハーディに言われたことを思い出した。

 良い伴侶を得た。

 それを思い出すと今さら恥ずかしい。

 再確認するまでもなくそういう関係であることは確かだが、いちいち言葉でもって他人から指摘されると、なんだかむず痒いような気持ちになった。

 ランタンは誤魔化すみたいに大きな欠伸をした。

 老いた犬のようにのろのろと朝食を掻き込む。潰した芋と千切ったパンの粥に鮭の干物のほぐし身が混ぜてある。干物の塩っぱさが薄味の粥によくあった。葉野菜の芯ばかりをつけた酢漬けを口休めにぱりぱり齧る。

 昨夜の痛飲が祟る内臓を労る朝食だった。

 ハーディに付き合って夜更けまで酒を酌み交わしていた。いつお開きになったのかを覚えていない。

 いや、ハーディに付き合ったのだったか。自分がハーディを付き合わせたのではないか。

 ランタンはスプーンの先を噛む。

 巨人族の集落へ行くのなら、北の軍港都市リヴェランドは避けて通れない。一度その現地を見てきたハーディに、彼の地のことを根掘り葉掘り聞いたのではなかったか。

 そこはリリオンの旅立ちの地だった。

 幼いリリオンがたった一人で、巨人族の集落から脱出することができたのはきっと奇跡に等しいことだ。

 都市と集落の間には海峡が横たわっている。そしてその海峡には海竜さえ溺れかねない大渦が発生している。これを渡るのは一苦労どころではない。

 リヴェランドから集落へ行く船の所属は軍部である。それもリヴェランド駐屯軍は巨人族の監視、反乱対応部隊であるために、非常時の即時対応が求められ、それ故に独立した指揮権を有している。

 レティシアの父であるドゥアルテに圧力をかけてもらっても効果は薄いだろうし、頼んだとしてもさすがにやってはくれないだろう。

 リリオンが脱出できたのは、少女がまだ幼く、それ故に小さく、集落から運び出される木材や鉱石と言った物資の中に隠れ潜むことができたからこそだった。

 今のリリオンでは到底隠れることはできないだろう。ハーディも一緒となればなおのことだ。ランタン一人ならばあるいはどうにかなるかもしれないが、もちろんそんなことをリリオンが許すはずもない。

 リヴェランドは軍港であると同時に、漁港でもある。

 ならば金を握らせて漁船に乗せてもらう手もなくはないが、大渦を越えられる漁船などそうないし、集落へ近付くには軍船の監視から逃れなければならない。

 余程の吹雪か霧でも出ていなければ、あるいは幸運にも、あるいは不幸にも軍船の乗組員が一人残らず凍死でもしていなければ上陸は不可能だろう。見つかった時点で拿捕は確定している。停船命令を無視した時点で沈められる。

 そして冬の海に落ちた時点で、生還はほぼ不可能である。大渦がなくても、それは同じだった。命を凍らす冷たさだ。

 ならば空からはどうだろう。

 竜種を用立てることは不可能ではない。ドゥアルテには拒否されるかもしれないが、レティシアに言えば彼女はそれを用意してくれる。だがリヴェランド駐屯軍は対巨人族の部隊である。

 最も古い伝説の中で巨人族と竜種は敵対しており、竜種は巨人族と同等の力を有していると考えられている。駐屯軍がそんな竜種を所有していないはずはなかった。

 騎竜部隊による哨戒飛行は余程の荒天でない限り途切れることなく行われている。それらの眼をかいくぐって、密かに集落へ行くことはできないだろう。

 正規の方法で海を渡れれば何の問題もないのだが、それが簡単にできるのならばハーディはティルナバンに来てはいない。

 どうしたものか。

「はい、おまたせ」

「ありがとう」

 リリオンの手ずからコップを受け取ると、リリオンはランタンが頭を悩ませていたことを知っているみたいに、ううん、と首を横に振った。

 ふうふうと冷まし、湯気の立つコップに恐る恐る唇を近付ける。染みるような熱さが唇に触れた。

 ほっと一息を吐くと、その吐息も白く染まった。

「ごちそうさま。美味しかったよ」

「んふ」

 リリオンが隠しきれず口角を上げる。

「ねえ、どうする? ギルドはお昼からにする?」

「いや、朝の内に済ませたい。グランさんの所、お昼過ぎには業者が取りに来るから。それからハーディをギルドに案内する約束もしたし」

「探索者ギルドに?」

「ああ、滞在費を稼ぐんだって。探索者になればギルド経由の仕事受けられるし」

「へえ、じゃあ探索するの?」

「しない、って本人は言ってるけどね。崩壊戦にでも参加すれば、しばらくの宿代には困らない。まあ、あの実力だから、沢山勧誘されるかもしれないけど」

 ランタンは昨夜のハーディの様子を思い出した。

「あんまり迷宮には興味が無さそうなんだよな。――もったいない」

 ランタンは無意識にそう呟き、茶を一気に飲み干した。熱い液体が喉を滑り落ちていく感覚がはっきり感じられた。鳩尾の辺りがじんわりと熱くなった。

「着替えてくる」

「洗い物、いいわよ。わたしがしておくから」

「ありがと」

「うん。今日も寒いわ。暖かい服がいいわよ。ほら、この前買ったあのキルトの」

 ランタンは、はいはい、と返事をしながら自室に戻った。あのリリオンの勢いに付き合っていたら、ランタンは人形みたいに少女の手で着替えさせられていただろう。そういうことは何度もあった。

 ランタンは窓の外の淡い色の空を見て、リリオンの言う通り綿入れを中に着込み、腰に戦鎚を差した。外套を羽織る。

「先に庭に出てるね」

 リリオンに声を掛け、一足先に外へ出た。

 ランタンは思わず身を竦ませる。木枯らしが吹いている。

 しかしそんな中で熱戦が繰り広げられている。

「てえっ、とおっ、たあっ、やあっ!」

 ローサが武器庫から持ち出した斧槍を振り回している。

 まだまだ危なっかしさは残っているが、かつてのように完全に振り回されると言うことはない。四つの脚で地面を踏み締め、強靭な体幹は遠心力をどうにか制御している。

「斬り返しが遅いっ。距離が詰められるぞ。さあ、次はどうするどうする!」

 大重量の振り回しをものともせずに、ハーディが前進する。ローサの適正距離を問答無用に踏み越えてゆく。ローサはもう間合いが近すぎる。

 だが後ろへ退こうにも、斧槍の制御の要である後肢に粘りが利きすぎて後退がどうしようもなく遅れた。

 ローサが意を決して火球を放った。

 悪くない一手だ。

 だがハーディはそれを一歩も退くことなく切り伏せる。断たれた火球が炎を撒き散らしながら四散する。

 熱風がランタンの頬を撫でた。

 ローサはその瞬間に全身を使って大きく距離を取っている。

 斧槍を小脇に抱えるように構える。突撃する騎兵の構え方だ。

 ローサの全身から白い湯気と、陽炎が揺らめいている。黄金の被毛が炎となってその背中にそよいでいた。

 大きく息を吸い、音が聞こえるほど歯を食いしばる。

 額の浮いた大粒の汗が、こめかみの方へ流れた。

「いぃぃぃぃぃっ!」

 食いしばった歯の隙間から唸り声が響く。

 後ろに土を蹴り上げて、一歩目から最高速度に踏み込む。斧槍の穂先は地面と水平よりも、やや下向きになっている。それは穂先の重さに耐えかねてのことだろうか。

 ハーディはその巨躯に見合った大振りな剣を構えているが、それは鞘に納めたままだった。ローサと正対し、肩幅に脚を広げて待ち受けている。

 ローサの突進は並ではない。

 探索に連れていくようになってから、日課だった手合わせは不定期になっている。だが、だからこそローサと手合わせをすると、ランタンは妹の成長にひどく驚かされる。

 ランタンがローサの突進を避けたり、受け流したりするのは多少の意地悪もあったが、それを受け止めるのが大変だからだった。

「いまっ!」

 そう叫んだのはハーディだった。

 ローサと交錯する、その穂先が剣に触れた瞬間だった。

 ローサは声に反応したのか、自らの選択か瞬時に手首を返す。下向きの穂先が、ほんの僅か上向いた。たったそれだけで、斧槍が剣を大きく跳ね上げた。握ったハーディの右腕が、巨人に抓まれたみたいに挙がった。

 衝撃に右足を一歩退いて、半身になる。

 ハーディは一見してまったく無防備だった。右半身は浮いているも同然だ。ほとんど片足立ちになっている。反面、ローサの斧槍は跳ね上がった剣とは裏腹に、地面と水平になっている。

 百人いれば百人が串刺しだろう。

 だがハーディは百一人目だった。

 空の左手でいっそ無造作に斧槍の首根っこを掴まえる。そして暴れる猫でも大人しくさせるみたいに、地面に押さえつけた。斧槍の先端が地面を抉った。ローサの突進は速度を完全に失った。

 押しても引いてもびくともしない。

「肚っ、肚っ! 支えが甘い」

「う、うう」

 ハーディが斧槍を解放すると、引っ張っていたローサは踏鞴を踏む。

「だが筋はいい」

「ほんと!」

 肩を落としたローサは、すぐに表情を輝かせた。

 重たい斧槍を頭上に掲げて、ぐるぐると喜びの踊りを踊っている。

 ランタンと目が合った。

「おにーちゃん! おはよー!」

 ローサが斧槍を掲げたまま駆け寄ってきた。ランタンは反射的に戦鎚に手を掛けた。

 案の定、ローサは前脚を縺れさせて体勢を崩した。その拍子に頭上の斧槍が、物体が落下する物理法則に基づいてランタンに振り下ろされる。

「ふんむっ!」

 ランタンは気合いを入れて、その一撃を真っ正面から迎え撃った。ローサの縦振りが戦鎚と交差して十字を作り、ランタンは力のままに斧槍を弾き飛ばした。超重量の斧槍が空高くに舞い上がった。

「お見事」

 ハーディが感心して手を叩く。

 ランタンは無手になって突っ込んできたローサを抱きとめて一歩も後ろに引かなかった。戦鎚を握る手にじんじんと痺れがあり、妹の更なる成長を感じる。

「はい、おはよう。ローサ」

 ローサはランタンに抱きついて、兄の黒髪に乱暴に頬を擦りつける。背後で斧槍が地面に突き立った。

「まあまあよかった。筋がいい」

「ほんと?」

「ほんと、ほんと。さ、身体が冷える前に汗拭いて、着替えておいで。出かけるよ。あと水分取れ、でも取り過ぎるな」

「はーい!」

 ローサは斧槍を引っこ抜くと、館の中に戻っていった。

「遊んでくれてありがとう」

「いやはや、あれはあの大舞台で踊りまくっていた猫娘だろう」

 ハーディは寒々しい顎を撫でながら近付いてくる。汗一つ流していない。

「そうだよ」

「ふうむ、一年という歳月か、それとも迷宮探索の賜か。猫が長じて虎となるとはまさにこの事だな。来年にはどうなることか。角が生えるか、羽が生えるか。尻尾が分かれるやもしれん」

 ほどなくリリオンがローサを伴ってやってきた。

「お待たせ。お待たせしました」

 リリオンはランタンの側に寄るなり、少年の外套の前をはだけた。綿入れを着ていることを確認して、満足気に頷き、ローサの頬ずりで乱れた黒髪を撫でつけた。

「うん、これでいいわね」

「……なんだよ」

「何も言ってはおらん」

 ランタンは笑いを噛み殺すハーディを一睨みする。




 グラン工房に寄って不動星の破片を引き渡す。

 そして破片は商人ギルド御用達の冶金所へ運ばれ、破片からその内に含まれる有用鉱石を分離、製錬と精錬を経て、地金(インゴット)となってグラン工房へ戻される。

「隕鉄か。天から持たされた鉄が、迷宮から見つかるとは不思議なものだな」

 ハーディはグラン工房の武器在庫にひどく心を奪われていたようだが、残念ながら先立つものがない。ランタンはグランの説明も早々に切り上げて、探索者ギルドへと向かった。

「しかし、隕鉄か」

 ハーディがにやりとする。

「いい選択だと思う。あまり硬すぎるとリヴェランドでは寒さのあまり折れてしまうからな。粘りの利く銅剣を重用する戦士も多くいるぞ」

「銅か。あんまり考えたことなかったな。銅って、どう?」

「ほう、洒落が利いてるな」

 リリオンへの問い掛けに、ハーディが茶々を入れた。ランタンは、今のなし、と発言を取り消す。

「えっと、おもしろいわよ。大丈夫よ!」

「……」

「――ねえねえ、どういうこと? なにがおもしろい?」

 説明を求めるローサにランタンは遂に黙り込んだ。

「しかし巨人族というのも大変だな。では彼らが樵に使っている斧が、その巨人鋼か?」

「違うと思う」

 リリオンは首を横に振った。

 例えば巨人族の大きさに合わせて樵の道具を作れば大量の鉄が必要になる。そういった道具の所持は許されてはいなかった。道具はほとんど木材で作られていて、刃の部分だけ最低限の鉄を用いられていた。

 武器の所持は一握りの戦士階級にだけ許されたものだった。

 リリオンの母親も戦士の一人だった。

「が、そこに行けばそれに類するものがあると」

「巨人鋼じゃなくてもいいんだよ」

 ランタンはようやく口を開いた。

「可能性は探れるだけ探る。リリオンが満足すればそれでいい」

「ランタン」

「気が済むまで付き合うよ」

 ありがとう、とリリオンは声にならず呟いた。

 探索者ギルドに辿り着き、リリオンとローサに迷宮資源の買取を頼んだ。

 探索の戦利品は大量にある。魔精結晶を始めとする迷宮資源の量は、ローサが運び屋を始めてから飛躍的に増大していた。大口の買取専門の入り口はこことは別だった。荷車を直接建物内に乗り付けることができる。かつてのランタンには無縁な入り口だ。

「じゃあ、また後で」

「うん」

 リリオンたちと別れて、ランタンとハーディは探索者証受付へと向かった。

「ほう、やはりずいぶんな賑わいだな」

「探索者なんて迷宮があるところにはどこにでもいるでしょ?」

「ああ、彼らの雰囲気はどこも変わらん。だがこの規模は最大だろう。こちらにも多くいるな」

 ハーディは変異者に視線を向けて頷いた。

「王都にも?」

「ああ、次第に増えている。と言うより、良くも悪くも表に出てきただけだな」

「どこも変わらないね」

「うむ」

 変異者たちはその姿を隠さぬものたちが次第に増えつつあった。

 そこにはローサやリリオンの影響もあるだろう。彼らを受け入れる土壌が形成されつつある。

 またそして同時に、人族が人族同士で、亜人族が亜人族同士でよく(つる)むように、変異者たちは変異者たち同士で連むようになった。

 仲間意識はどうしても内に向かい合うことが多い。

 もともと他者の視線を気にして姿を隠した彼らが、内に向かい合うことによって他者を気にしなくなった。それは結束を強めるほどに、他者の排除へと傾倒していく。

 例えばそうして結束の強い探索者集団を組むのなら何も問題はない。だが犯罪組織化も進んでいるのが事実だった。そして彼らが犯罪を起こせば、それは変異者全体の印象を悪化させた。

「まあ、どうしようもない」

「なるようにしかならんか」

「だって僕、探索者って野蛮だと思ってるし。今でも」

 腕輪型の探索者証ははったりになる。それを通りすがりにちらつかせるだけで金を巻き上げることができるし、実際に行うものは後を絶たない。探索者というものに対する印象は、このティルナバンでもそれほどいいものではない。

「個人は別、ってのはきっと誰だって知ってるよ。つい忘れてしまうだけで」

「そうだな。気前よく金を貸してくれる奴もいるしな」

「帰ってくるって知ってるからね」

「お前のお墨付きがあれば心強い。ここに並べばいいのか?」

「そう」

「では次に会う時は探索者となって」

 ハーディが受付の列に並んだ。探索者志望の列の中にあってその巨体はよく目立った。列の中には若い熊人族や、獅子人族などの大柄な亜人族も並んでいるが、ハーディの肉体はそれらにまったく引けを取らないどころか圧倒していた。

 踏み越えてきた実戦の数の差だろう。

「……なあ、ランタン」

 見知らぬ探索者がランタンの肩を突いた。

「なに?」

「あれ、お前の連れだよな」

「そうだよ」

「じゃあ、あれ()女か?」

「……」

 ランタンは質問意図を理解しかねて、怪訝な表情になって男を見つめた。周りでたむろしている探索者たちも聞き耳を立てている。

「あれが女の人に見えるなら、その目を潰した方がいい。手伝ってあげようか。僕、得意だよ」

「いやっ、いい! だ、だよな。いや、そうだよな。男だよな、うん。あれが女なら、俺だって女だよな」

「……僕をいったい何だと」

 ランタンの心外そうな呟きに、周囲の男たちが一斉に舌打ちをした。

 ハーディが受付を済ませて戻ってくる。探索者証が窮屈そうに腕に嵌まっていた。

「待たせたな、――なんだ? どうかしたのか?」

「因縁吹っ掛けられてただけ」

「ほう、お前に。さすがは探索者の巣窟。気合いが入っていていいじゃないか。俺にも来ないかな。あ、おい待て、先に行くな」

「――探索はしないよね」

「今のところその予定はない」

「じゃあこっちだ。こっちはギルドからの迷宮崩壊戦の依頼が張り出してある。あとは民家に出る大鼠の駆除とか、村の近くに出現した魔物の討伐とか、探索者を護衛にしたいとか、傭兵探索者募集とか、他にも個人的なやつはその辺にべたべた張られてる。ギルド通してない依頼だから、場合によっては犯罪に巻き込まれたり、働き損になるかもしれない」

「なるほどな。――これほどの数の迷宮が、攻略されずに崩壊するのか」

「下手すれば半分ぐらいは未攻略って年もあるらしい。大迷宮なんかは特に初動が遅れると間に合わないことも多いし。最近は攻略の複雑化もあるしね。開放形迷宮なんて、最終目標討伐しても本当に攻略したことになってるんだか、わかんないこともあるらしいし」

「これほど多いと迷うな」

「ハーディは人とばっかり?」

「ああ、青い血はあまり見慣れんな」

 腕組みをして、張り出された依頼にハーディは一つずつ目を通していく。ランタンも依頼を受ける気はなくとも、暇つぶしにそれらに目を通す。

「これはどうだ? なかなかいい額じゃないか。しかも今日だ」

「どれ、――うわ、不死系なんて面倒なばっかりだよ」

「だが誰かがやらねばならんだろう」

「誰かがやってくれるよ。今日の依頼が今日まで張り出されてるって、人数が足らないってことだし」

「誰もやってないではないか」

「ほんとだ」

「いいではないか。開始は夕方か。ならば昼中の依頼も受けられるな。む、なんだか楽しくなってきたぞ」

「そりゃよかった」

 ランタンは呆れたように呟き、張り出された依頼から離れ、まだ来ないかとリリオンたちの姿を探した。

 そんなランタンの背中をまたも見知らぬ探索者が突いた。

「おい、ランタン」

「なんだよ」

「あれ、お前の連れか?」

「……そうだよ」

 ランタンは悪い予感を覚えながら頷いた。

「ほんとか、遂にランタン、お前よ、身体が大っきければ男でもいけるように――つあっ!」

 ランタンは思いっきり男の足を踏み付けた。

「なってねえよ」

 ランタンが荒っぽい口調で言い放つと、ほっとしたような、がっかりしたような溜め息が辺りからいくつも漏れ聞こえた。当の男は爪先を押さえて呻いている。

「……僕をいったい何だと」

 ランタンは言い覚えのある呟きを再び口にする。

「おい、決まったぞ。あれ、どこだ。おおい、ランタン。探索者ランタン!」

「大きい声で呼ぶな!」

 ランタンが負けじと怒鳴り返すと、奥の方から声が聞こえた。

「ほら、あそこよ。おーい、ランターン!」

「おにーちゃん! ほら、みてー! ローサ、おかねもち!」

 リリオンが大きく手を振り、ローサが貨幣のつまった袋をじゃらじゃらと振りまわす。

 ランタンに目を奪われて、辺りが見えていないのかもしれない。探索者の賑わいを押し退けるようにして駆け寄ってきた。

 そんな二人の姿を見てハーディは大きく笑った。

「はっはっはっ、探索者というのは豪快でいいな」

「さもあらん」

 ランタンはむしろハーディを見上げてそう呟く。


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