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カボチャ頭のランタン  作者: mm
13.Invitation To The Castle
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295

短いです。

295


「いいわねっ、したいことがなんでもできて!」

「なんでもってことは……」

「でもできないんだからしょうがないでしょ! そのなかで上手くやれるように考えてんのよこっちは!」

 空になったコップをコリンはテーブルに叩き付ける。酒臭い。そして据わった目でリリオンを見やったかと思うと、その目がにやける。

「不思議に思ってたけど、これだけ強いんならそりゃそうよね。でも、もうちょっと逞しくないと男は。ねえ、――知り合いでしょうっ! あの熊の騎士さま! 戦争から帰ってきてますます凜々しく、逞しくなられて素敵よね」

 視線が急にランタンの方へ旋回した。ランタンはびっくりして肩を小さくする。

 コリンが悪酔いしたので、ランタンとリリオンはその場をジャックに預けて席を脱した。

 最後の方では熊の騎士さま(ベリレ)を紹介しろなどと、管巻いて男性陣をあたふたさせていた。

 男女混合の探索班というのはやはり難しい。一蓮托生、互いに互いの命を共有するという状況は、容易に互いの関係性を錯覚させる。

 信頼と愛情の区別は曖昧だろう。四人は幼馴染みであるようだった。友人であり、擬似的な家族であり、仲間である。

 控えめに言えばそれに違和感を、酒に酔ってもそう口にはしなかったが直接的に言えば気持ちの悪さをコリンは感じているようだった。

「リリオンはさ、なんか僕に不満はない?」

「ふまん? ないわよ」

 何気なく聞いたようだったが、ランタンは少量の覚悟を必要としていた。

「いや、なんかあるだろ」

「えぇ? なにか、ランタンにふまん。ふまんねえ、なにかあるかしらね」

 顎に手をやり、首を傾げるリリオンの仕草を横目にじっと観察する。本気で考えているようには見えなかった。ランタンがしつこいから、しょうがなくそういう姿を見せているのかもしれない。

 魔精は探索者を強化する。おそらくそれは迷宮に挑む者が持つ超人願望のようなものに魔精が呼応しているからだろうと思う。

 そしてその魔精による強化のおかげで探索者の能力に性差はほとんどないと考えられている。

 だが実際はやはりどうしようもなく、それはあるのだ。

 単純に出立地点が異なる。探索者の最初は、誰だってただの人だ。そうなるとどうしても筋力の差で男が優位になる。

 迷宮最前線に立つ前衛戦士は常に不足している。

 男も女も鍛えればやがていつか使い物になるとわかっていても、まったく使い物にならない奴とあんまり使い物にならない奴ならば、それでも大抵は後者を選ぶ。

 魔道使いには女が多いのも性差の一つではある。女の方が魔道使いの資質があるとされているが、もしかしたら探索者となる際に、見習い魔道使いを選択せざるを得ないという環境的な要因が女魔道使いの多さの理由かもしれない。

 魔道使いの素質があると分かれば、今まったく使い物にならなくとも、それは育むに足る金の卵だ。

 例えばもしかしたらコリンは前衛戦士になりたかったのだろうかと思う。

 ジャックもそうであるが、あの四人は四人とも貧民街の出である。いや、四人ばかりではない。探索者の多くはそうだった。

 親の顔を知らぬ者も珍しくはなく、不幸は常に隣に寄りそう友人であり、自らを守るものは自らの力だけだ。

 探索者の力への渇望は、その辺りにある。魔道も強力な力であるが、やはり物理的な力というものを人は信仰している。

「んー……」

 リリオンが振り子時計のように左右に首を揺らし、ふとそれが停止する。困り切った眼差しをランタンに向けて、唇を尖らせた。

「ない」

「しぼりだして」

「だってないんだもの。わたしって幸せなの。それじゃあダメかしら?」

「――ダメじゃないけど」

「じゃあいいじゃない。ふまんなこと、思いついたら言うわ。――あっ!」

「なになに、何かあった?」

「ランタンは」

「は?」

「もっと、わたしに赤ちゃんみたいに甘えて」

「それ以外で」

「えー! もう、わがままなんだから!」

 絞り出した答えをランタンが瞬時に拒否すると、リリオンは叱るかのように声を荒らげる。とはいえこういったやり取りに不満はないようで、しょうがないんだから、と結局は満足そうにした。

「難しいところだな」

「なにが?」

「人」

 ランタンはアダムスの部屋を乱暴にノックした。反応はない。だがアダムスの気配はする。

「入るぞ」

 返事を待たず、ランタンは扉を開けた。

 もともとランタンに用意された部屋の一つなので、それなりの宿初施設のように整えられていた。

 ぴんとシーツの張られたベッド。埃一つ落ちていない床。酒と、軽くつまめる果物がテーブルの上に用意されているが、それに手はつけられていない。

 アダムスはベッドに腰掛けていた。地上と同じく飲んだくれているのかと思ったがそうではない。

 ランタンが踏み込んでようやくその存在に気が付いたようで、驚きのあまり声も出さず跳び上がってベッドから転げ落ちた。

「ななな、なななななっ――!」

「ノックはした。ほら、飯持ってきてやったぞ」

 アダムスはなんの準備もない一般人である。ジャックのフォローがあったとはいえ、よくここまで発狂もせずに付いてきたと思う。自分の足で歩いた歩数など百に満たないかもしれないが、邪魔になっていないというだけで充分だ。

「……食欲は――」

 あるいは発狂する余裕さえなかったのかもしれないが。

 アダムスは断崖絶壁をようやく登り切るかのごとく這うようにベッドに再び腰掛けた。

 小便を我慢するみたいに内股で、股ぐらに何かを隠していた。それは紙切れだ。

 ノックに気が付かなかったし、もしや変なことでもしていたのか。もしそうならばそれはむしろ探索者向きの図太さかもしれない。

 ランタンは変に感心をして、しかしそこに隠されているものがローサの謝罪の手紙であることに気が付いて見て見ぬ振りをした。

「無理にでも食え」

 ランタンの言葉に説明はなかったが、妙な説得力がある。迷宮内においてこの少年は、探索者は新米も熟練も同じに見えるアダムスの目にさえ特別だった。

 外見からは思いもよらない力を秘めている。鉄馬を吹き飛ばした瞬間が目に焼き付いている。

 ほら、とアダムスに押しつけた(どんぶり)の中には、緩く炊いた米と、その上に肋肉の端切(はぎ)れが乗せられていた。酢漬けにした生姜が添えられている。

 白い米の上に肉のたれがじわりと染み込んで琥珀色に色づいて、立ち上る香りにアダムの腹の虫が魔物のように鳴いた。

「食わないと死ぬぞ」

「――……おまえに?」

 冗談ではなさそうな目つきだった。

 ランタンは大げさに溜め息を吐く。

「なんで僕が殺すんだ。迷宮ではちゃんと飯を食う。それが鉄則。まず出来ることをする。歩く、休む、食べる、寝る。それぐらいはできるだろう」

 アダムスは肉丼を犬のように掻き込む。

 ランタンはスプーンを握った指に視線が吸い寄せられる。探索者の剣だこに勝るとも劣らぬ、膨らんだペンだこが目に付いた。それだけをしてきた人間の指だ。

「それで、実際の迷宮はどう? 聞いてきた話とは違う?」

「……今でも、おれは疑っている」

「なにを?」

「ここは、本当に迷宮なのか? おれが聞いてきた迷宮とはまるで違う。探索者も……」

「どんな話を聞いてきたんだ」

「迷宮はもっと危険で、恐ろしく、探索者は困難に立ち向かう英雄のようで――、おれは法螺話を聞かされてきたのか? 俺が描いてきたものは本当に迷宮だったのか」

「さて、どうかな。充分に怖がっていたように思うけど、それでも連れて来られただけのお前と、探索者では見えてるものは違うだけかもしれない。ま、自分の成果は過大に言うのが人の性だ。それで金がもらえるとなると、なおさら面白可笑しく脚色することもあるだろう」

「そんなものか」

 アダムスは皮肉気に鼻で笑った。それは騙った探索者たちへの、あるいはそれを信じ切っていた自分への嘲りか。

 アダムスは丼を米粒一つ残さず食べきって、それから左右を振り返った。ああ、と気が付く。食後に茶なり水なりは出てこない。なぜならここには彼を養ってきたマリがいないからだ。

 アダムスはテーブル上の酒瓶に手を伸ばし、結局それを手には取らなかった。

 リリオンが水差しからコップに水を注いだ。

「はい」

「……! ……ああ、ありがとう」

 使わずに埃を被っていたものを久々に使うかのようにアダムスは呟いた。

「ねえ、聞いていいかしら?」

 コップを空にするのを待って、リリオンが問い掛ける。

「……なんだ」

「ローサを見て驚いていたのは、どうして?」

 その問い掛けに、アダムスは虚を突かれたようだった。股の間の手紙が強く意識されたのが傍目に見てもよくわかった。

 言葉を探しあぐねて、視線が彷徨う。

 リリオンは端から答えなど求めていなかったのかもしれない。

「あの子は、あなたの絵が好きなのよ。わたしも綺麗な絵だと思ったわ」

 リリオンはテーブルに水差しを戻した。

「ローサのこと可哀想がるのをやめてあげて。あの子は毎日が楽しいのよ」

 アダムスにとってローサは不可解な存在かもしれない。他者と異なる肉体を持ちながら、少女の日々に笑顔は絶えない。

 アダムスが筆を折ったのは、苦しむ変異した者たちの存在が大きな理由だ。苦しむ彼らと絵を描く己。絵を描くという行為は、苦しむ彼らになんの慰めももたらさない。

 苦しむ彼らに何かしてやりたいという思いは、きっと善意なのだろう。

 しかしアダムスは何もできなかった。絵を描くことを止め、酒に溺れ、女に養われるだけだ。

 ローサの毎日は楽しい。

 その言葉にアダムスは打ちのめされたかのように項垂れた。言い訳を失ったかのように黙り込む。

 苦しむ彼らは、いつかアダムスの中で、苦しんでいるべき彼らとなったかもしれない。

「ランタン、行きましょ」

 リリオンはアダムスに背を向けて、後ろに腕を伸ばしランタンの手首を掴んだ。

「歩いて、休んで、食べて、寝る。僕らはそれに加えて戦う。じゃあお前はどうする?」

 リリオンが促すように腕を引いた。

「しっかり寝ろよ。じゃないと死ぬから」

 リリオンに引きずられるようにして、ランタンは部屋を出た。扉を閉めて、リリオンは疲れたように溜め息を漏らす。

 ああそうか、と思う。

 リリオンは哀れまれることを知っている。その哀れみはあるいはランタンから向けられる優しさにも含まれていたかもしれない。

 悩ましいものだな、とランタンは思う。

「リリオン」

 迷宮では出来ることをするのが鉄則だ。

 ランタンは腕を小さく回し、掴むリリオンの手を外し、逆に少女の手首を掴んだ。

 そして部屋の中に連れて行く。

 迷宮でも地上でも、出来ることはそれほど変わらない。

 そして、それはそれほど多くはない。

 戦うことや、愛すること。

「出来ることをすりゃいいのに」

「それがむずかしいのよ」

「じゃあ、手伝って」

 リリオンは頷く。


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