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カボチャ頭のランタン  作者: mm
06.On The Origin Of Species
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 シーロの剣によって闘技会が終了し、けれどそれからランタンが解放されるまでにかなりの時間を要した。

 少なくとも二名に確認された魔精中毒の症状もさることながら、ランタンの対戦相手が使用した銃、最後に使用された小銃がネイリング領でも見られないほど精巧なものだったからだ。

 銃口を塞ぐことによって銃身は破裂してしまったが、その残骸から発見された施条(ライフリング)とボトルアクション式の装弾機構は未知のものであり、屑魔精結晶を圧縮加工した雷管は既知ではあるが最新技術であり、一般には知られていない技術の一つだ。

 しかしそれが使用されたことはさておき、問題視、あるいは特別視されたのは小銃の機能を一目で見抜いたランタンである。

 連発銃への対抗手段を早速講じ始める騎士たちからの矢継ぎ早の質問と、技術者からの探りを躱すのは面倒だった。一目見ればわかる、と誤魔化したランタンへの技術者の視線は猜疑と嫉妬と尊敬が入り交じってどろどろとしていた。

 ようやく解放されたランタンを、ミシャは辛抱強く待っていた。

 ミシャは青い顔をしていて、それでもランタンの戦いを労い、いつもみたいに心配し、それから一足先に部屋に戻っていった。ランタンはリリオンに付き添いをさせた。

 リリオンは幼いがあれで気が利く少女だったし、側にいるだけで不思議と心休まる。リリオンの天真爛漫さには悪夢を払う力があった。

 ミシャの顔が青かった理由はシーロの剣にある。

 シーロの剣は凄まじく、絶対的だった。ランタンの目蓋の裏にも焼き付いている。

 貴族の剣であり、貴族の剣ではなかった。

 あれはお座敷剣法とはほど遠い剛剣である。話に聞くヴィクトルへの憧憬ゆえの模倣もあるのだろうが、多くは本人の資質によるものだ。

 絶対的な自負心。

 自分に斬れないはずがない。その確信によって斬ったのだとランタンは思う。エドガーの剣にも少し似ている。エドガーのそれは膨大な経験によって裏打ちされた自信であるが、対するシーロは血によるものだろう。

 見る者を震えさせ、対峙する者をひれ伏させるような圧倒的な自負心だった。紛れもなく支配者としての素質がある。

 蜥蜴男の首が落ち、紫色の血が舞台を染め上げる様は凄惨だった。だがミシャが恐れたのはそこではない。

 衝撃的である死の瞬間、観客はそれ自体には無関心だった。斬られたのが蜥蜴男だろうと、野菜屑だろうと観客は等しく熱狂しただろう。シーロの剣は、彼以外を無価値にする。

 それは少し迷宮崩壊事件で、子供たちが薬化されたのに似ている。あの子たちは薬であって、人ではなかった。ミシャはそれを思い出したのだろう。

 汗を洗い流したランタンは引き止められ案内された部屋で一人、ミシャの青い顔を思い出して溜め息を吐いた。

 旅行に誘ったことは失敗だっただろうか。せめてもの気分転換になるかと思って誘ったのが、とんだ裏目になっているような気がする。ゆっくりして欲しかったのに、疲れさせてしまっている。

 ランタンが椅子に座り項垂れていると、階段を二段飛ばして降りてくる者がいた。

 シーロだ。

 シーロはきょろきょろと視線を彷徨わせて目的の人物がいないとわかると、ようやく、そしてしかたなくといったようにランタンを見る。

「リリオンさんはいないのか?」

「見てわからない」

「……どこだ?」

「ミシャが心配だから付き添ってもらってる」

「ミシャ?」

 誰だそれは、と言うような口ぶりで名を呟く。

「一緒にご飯も食べたし、離れも探索したでしょう。おかっぱの、引き上げ屋の女の子」

「ああ、あれか」

 ランタンは苛々して、立ち上がった。

「そんな言い方はないんじゃない? ――それに、試合前のあの口上は何?」

 きっと睨みつけられたシーロは、なぜこのようなことを言われるのか身に覚えがないようで、不愉快そうに顔を顰めた。

「ふざけてなどいない。俺が、何か間違ったことをしたか」

 開き直りのように言った。本当に自らのしたことを理解していないのだろう。

 ランタンは苛立ちに語気を強める。

「リリオンがなぜあのベールで顔を隠しているのか、あなたは知っているんだろ! それなのになんであんな真似ができる!」

 ベールの効果は絶大だが、完全ではない。観客の中には目端の利く者もいるだろうし、目端の利く者の中には差別主義者もいるだろうし、そもそも巨人を差別することは悪でも何でもない当たり前のことだった。

 文化の一部だと言っていい。

「巨人族の血か。それがあの美しい顔を隠す理由なら、くだらんな」

 同意見だった。

 だがランタンはシーロに詰め寄る。

「それが知られて、苦しむのはあの子だ」

 くだらなく思うと、それは数に押し潰される少数の意見でしかなかった。

 差別は目に見える形で残っており、ランタンもしばしばそれを目にしてきた。人族と亜人族の諍い。亜人族同士でも毛皮の有る無し、牙や角の有る無しで優劣を付けることがある。劣ったと決められた者の反抗も、諦めも目にしたことがある。

 それはどちらも苦しい。

「苦しむ、苦しむだと。知られては苦しむから顔を隠し、人の中に溶け込ませようと言うのか。馬鹿馬鹿しい」

 シーロがはっきりと憎悪を込めてランタンを睨み返した。

「お前のような矮小な人間には、引き上げ屋ならばその女がお似合いだ。いつまでも脳天気に迷宮を探索しているがいい。お前、独りで。知られて苦しむのが嫌ならば、なぜ探索者をやらせているんだ」

「リリオンは探索者になりたがっていた。それがあの子の望みだ」

「なりたいと望んだから、なにも考えずやらせているのか。父さまや姉さまの話では、お前はもう少し考える人間だと思っていたが、とんだ勘違いだったようだな。――俺ならば、彼女を理解してやれる。あんな窮屈な真似はさせない」

「理解、だと」

「甲種探索者。単独探索者。迷宮では強いのかもしれん。だがそれがどうした。お前は彼女のために何をしてやれる。ただ待つだけか。いつか受け入れられる日が来ることを。無駄な期待を与え続け、顔を隠し続け、人の世に放り込んで」

 シーロはランタンに、蜥蜴男を斬った時のような確信的な視線を向ける。

「人の世は、彼女を受け入れない」

 シーロは断言した。

「何をどう言い繕おうと、お前だってそれを理解しているから、あんな風に顔を隠させているんだろう。それで役目を果たしたとでも思っているんだろう。独り占めにしているんだろう、自分だけが理解者だというような顔をして。一生、あのままでいさせるつもりか。俺ならばあのようなことはさせない。ネイリングの、この領地ならば、あの美しい顔を隠す必要はない」

 シーロは自分ならばリリオンに自由を与えられると言っていた。だがそれは限定的な自由でしかない。確かにネイリング領は広大で、豊かで、領内におけるよう領主一族の信頼は絶大であり、他領や国に対しての影響力も申し分なかった。

 だがそれだけだ。根本的な解決ではないし、ベールの力をネイリング公の権力に置き換えただけだ。

 怒りに火照ったランタンの額に、太い青筋が浮かび上がった。

 ランタンの怒りは、試合前の口上の真意を悟ったからである。

 あれはリリオンが、シーロの影響下にあることを知らしめるためのものだったのだ。

 ランタンの瞳が赤色に燃え上がる。

 それを受けてシーロが柄に手を掛けた。

 ランタンは言葉を絞り出した。

「あんたにリリオンの何がわかる。理解者だなんて、どの口が言う!」

「哀れだとは思わないのか、無駄な期待を抱かせることが!」

「黙れ」

 怒りが度を超して、言葉にならない。理性の鎖がみしみしと音を立てているような気がする。千切れてしまえ、と思う一方で、懸命でそれを繋ぎ止めようともしている。

「これは男としての責任の話だ」

「責任? 浮薄な言葉だ」

「なんだと」

「そもそもあんたはレティに懸想していたんだろう。それが今はリリオンか。責任が聞いて呆れる」

 その言葉にシーロの顔が歪んだ。ぞっとするような目付きになって、捲れ上がった唇から鋭い犬歯が溢れた。竜種のような顔つきだった。

 二人の間には、今宵のどの戦いでも見られないほどの恐ろしい気配が鬩ぎ合っていた。瞬きした次の瞬間には、血が噴き出してもおかしくないほどの。

 濃密な。

「――二人ともっ!」

 あるいはその気配は城を満たしたのかもしれず、二人の間に割って入ったのはレティシアだった。ドレスの裾を翻して、飛ぶように階段を下る。そしてランタンを背に庇うように、シーロに向き合った。

 シーロは表情を一転させて、酷く傷ついた顔をする。レティシアから背中越しに動揺の気配が読み取れる。だがレティシアは立場を変えなかった。

「シーロ、お前は自分が何をしているのかわかっているのか」

「姉さま、……どうして俺を叱るんですか! 俺はなにも間違ったことは――」

「何があったのかは知らない。だが、その剣は何だ」

 シーロはレティシアに食って掛かったが、柄に手を掛けていただけの筈の剣が引き抜かれていることを指摘され、息を飲んで黙り込んだ。

 シーロはになった白刃に視線を落とし、見比べるようにランタンの腰に下げられた戦鎚に視線を滑らせる。

「納めろ」

 まるで合わぬ鞘にねじ込むように、きりきりと剣を収める。

「ランタンは私の大切な人だ。彼に剣を向けるようなことは、弟だろうと許さない」

 謹厳な声だった。シーロは軋むほど強く柄を握り、真っ白になるほど唇を噛んだ。

 ランタンはレティシアの背に触れる。心音が早い。

「レティ、もういいよ」

 先程まで満たされていた怒気が、ゆっくりと萎んでいく。

「よくない」

 レティシアはふり返らずに言った。

「弟だからと甘やかしすぎた。ランタン、君は当家にとっての恩人だ。君への非礼は許されるものではない。シーロ、お前は確かに強くなった。ヴィクトル兄さまに届きうるだろう。だが――」

 その続きを聞きたくないというようにシーロは激しく頭を振った。

「俺は、ただっ、姉さまを支えたかっただけだ!」

 癇癪を起こしたような子供の顔に子供の声。言葉は紛れもない事実であり、彼の全てだったのかもしれない。背を向けて走り去っていくシーロを、レティシアは追わなかった。

 ただ弟の消えた先を見つめる。

「レティ」

 振り返ったレティシアはいつもの穏やかな笑みを浮かべていた。ランタンの頬に手を添える。

「弟が悪かった。許してやってくれないか。悪いやつじゃないんだ、不器用なだけで」

 ランタンはゆっくり息を吸い、身体を萎ませるように全部吐き出した。

「お姉ちゃんは大変だね」

「……許されないぐらい、酷いことをあいつは言ったのか? 何を言ったか教えてくれないか」

「教えない。許すとか、許さないって言う話じゃないから。言いつけて代わりに怒ってもらうなんて、格好悪いし」

 ランタンは、それに、と言ったものの言葉を濁した。

 萎んだ怒りが再び膨らんできた。状況説明は告げ口になりそうだったし、シーロの意見を自らの口で説明する気にもならなかった。シーロの言葉はランタンが本人も知らぬ間に育んできた自尊心を踏み付けるものだった。

 リリオンが日々を楽しく過ごせるようになればいいとランタンは思う。

 だがその事にかんして、リリオンの意見を聞いたことはほとんど無かった。リリオンは日々の苦しみを語らない。その日あった楽しかったことを、眠るその直前までランタンに語りはしても。

 自分はリリオンに窮屈な思いをさせてきたのだろうか。

「レティ、ごめん。僕のせいで、兄弟仲が悪くなっちゃった」

「仲が悪くなったって、兄弟であることに変わりはない。喧嘩ぐらい、普通のことさ。……たぶん」

「なに? たぶんって」

「今までなかったんだよ。私たち兄弟は。べたべたした甘ったれの兄弟だったから」

 レティシアはランタンの頬を両手で挟んで、唇を奪うように顔を持ち上げた。

「君が怒ったり、悩んだりするのはリリオンのことだ」

 図星だろ、とレティシアは口元に悪い笑みを浮かべる。いきなり言い当てられてランタンは動揺した。

「シーロが他人に興味を持つことは珍しい。だがどうせ結果は見えている。少し薄情な言い方だが、事実だしな」

 ランタンは小首を傾げると、レティシアは目を細める。

「君は自覚が足りない」

 もどかしげに細められた目は、ふと暗い色を宿した。ランタンの背中がぞくりと寒くなる。彼女もまた竜種である。瞳の奥で、瞳孔が縦に割れたように錯覚した。

 レティシアはランタンを力任せに抱きすくめる。

 柔らかさと、体温と、息苦しさ。体臭が濃くなったような気がする。

「あんまりにも無自覚で無防備だと、このまま私だけのものにしたくなるな」

 胸の谷間に顔を押しつけられ、ランタンは鼻も口も塞がれて呼吸もままならない。情欲に塗れた言葉が耳朶を舐り、跳ね上がった心肺に血中の酸素が食い尽くされていく。

 女であるレティシアは苦手だった。

 この状況は不誠実であると理性が叫び、だが心臓を鷲掴みにするような誘惑も感じている。結果として抗いは弱々しく、言い訳がましくなる。

「どうして」

 胸の柔らかさを食むように呟く。

「どうしてレティは、僕に触る?」

「魅力的だから。リリオンには触らせているだろう。ずるいな、私はダメか?」

「リリオンは子供だから、平気なだけ」

 はたしてそれは偽りのない言葉だろうか。

「聞いたら怒り出しそうだな。ランタンは十五だろう。五歳差なんて、あってないようなものだろう」

「差の問題じゃなくて十歳は子供だよ。子供だから」

 子供だからなんだ。

 子供だから守らなければいけない。子供だから正しく接しなければならない。

 ランタンはぽつりと呟く。

「レティの弟は幼児性愛者の変態かもしれない」

 そんなことを言いたかったのではない。レティシアが目を瞬かせて声もなく笑った。

「言い訳だな。銃弾の中に飛び込むことができる君も、自分の心に踏み込むことは怖いのか。私にはずいぶんと素直な心に見えるが」

 レティシアは一体どこを見てそう言っているのだろう、と思う。

「だが私は言わない。絶対に君の口から聞くまで、君の心を代弁しない。だけど本当にもう我慢が効かなくなりそうになる。だから早めにしてくれ」

 抱擁が強まり、ランタンはレティシアの背を叩くが解放されない。手を伸ばして尻を抓った。

「――痛っ、ごめん。悪かった、怒ったか? 何でもするから怒らないでくれ」

「怒ってない」

 ランタンはレティシアを押し返して、階段の上へと視線を向けた。

「自分で言い出したくせに一向に戻ってこないと思ったら、親の目を盗んで逢瀬とは」

 ドゥアルテが娘を見下ろしていた。やれやれと肩を竦める。

 父親の存在に気が付いたレティシアは途端に、慌てて背筋を伸ばした。いえ、そのようなわけでは、と言い訳を始める。レティシアは父の前で、ランタンに対する気持ちを隠そうとはしなかったが、それでもやはり行動を見られるのは恥ずかしいようだった。

 ランタンは余所余所しく会釈をした。ランタンを待機させていたのはドゥアルテだった。

「シーロはどうした。あれもここにいただろう?」

「……申し訳ありません。少し喧嘩をしました」

 ランタンが言うとドゥアルテは顎を揉んだ。

「喧嘩か。悪かったな、どうせあれが悪いんだろう。しかしシーロとか、そうかそうか、あれにも喧嘩をするような相手ができたか」

「ちょっとした口喧嘩、のようなものです」

「それでもだ。これからもよろしく頼む。ランタン、もし取っ組み合いにでもなるようなことがあれば青たんでも作ってやってくれ」

「青たん、だけですか? 手加減しろって事ですか」

 ランタンが大真面目に聞き返すと、ドゥアルテは面食らったような顔をして、それから天井に響くような声で大笑いした。自らを戒めるようにぱちんと額を叩く。

「これは失礼をした、甲種探索者殿。俺としたことが親バカだったわ。その時があれば、ぜひ本気でやってくれ」

 言われずとも殺してやる、と物騒な思考が頭を過ぎる。

 ランタンは口には出さなかったが、半ば大真面目に頷いた。

「それで僕に何か御用でしたか? 小銃のことは、あれ以上はあんまりわかりませんよ」

「それもあるが魔精中毒者のことだ。まだ調査中ではあるがサウロンの体内から魔精結晶が見つかった」

「……結晶化ですか?」

 魔物を殺傷した時、その肉体の一部は魔精結晶と化す。血の色が変わるほどの彼は、まさしく魔物のように肉体の一部を結晶化したのだろうか。ドゥアルテは首を横に振った、

「その線も調べたが臓器は全て揃っていた。おそらく外科的に埋め込んだ結晶だ。これにより持続的に魔精が供給され、保有する魔精と同様に任意によってこれを活性化、供給量を増大させることができるのだろう。紫の血(パープルブラッド)はおそらくそのためだ。闘技会の規則的には問題はない、これだけならばな」

 ドゥアルテは一度言葉を区切る。

「サウロンは、もう一つ別の手術も施されていた。左手中指、その根元に毒の分泌腺が発見された。生まれ持ってのものでも、後天的に発生したものでもない。移植されたものだ」

「……それは可能なことですか?」

「研究はされている。だが成功例はない。机上の空論だ。先程まではな」

 ドゥアルテは厳しい顔つきになる。

「これほどの技術を運用できるのは、黒い卵(ブラックエッグ)という犯罪結社ぐらいのものだ。遥か昔から不死についての研究をしておる集団だ。奴らの言い分では完全な人間か。それを実現するために、これまで膨大な数の生物を、人間も魔物も問わず切り刻んでおる。――巨人族も奴らの研究内容の一つだ」

 巨体とそれを維持する肉体的頑強さ、人の数倍にもなる寿命、太古の支配種族。

「リリオン、あの少女は我々が確認する限りにおいて現存する唯一の混血だろう。だから――」

 ドゥアルテはランタンの顔を見て、最後の言葉を飲み込み、別の言葉を吐き出した。

「余計な世話だったか」

「いいえ。お心遣い痛み入ります」

「サウロンは意識が戻りしだい尋問に入る」

「死んでないんですか?」

「なに、ちょっと中を覗かせてもらっただけだ。縫い戻してしまえば闘技場にも再び上がれる。もっとも正直に話せば、だがな。それに、おそらくあれは捨て駒だろう。我々はあれがどれぐらい戦えるのかの実験に付き合わされた。そう言う相手だ」

 ランタンの背中をレティシアが抱いた。あやすように胸元をぽんぽんと叩く。

 ランタンから漏れ伝わる熱気は、その熱量が解き放たれた時、城内にいる全ての人間が消し炭になってしまうのではないかと想像させるほどだった。

 レティシアはその熱を少しでも肩代わりするかのように、少年の身体をもたれさせる。

「こちらから言うことはこれぐらいだな。できればもう一人の方の腑分けに参加して意見を述べてもらいたかったが」

「役に立ちませんよ」

「謙遜するな。小銃の仕組みを見抜いた慧眼見事であった。そこでだ。今度はその事についての意見を聞かせてもらいたい。銃使いと対戦しただろう、あれはどうだった?」

 解剖手術に参加しなくて良くなったランタンはほっとしてから、銃使いを思い出した。

「厄介でした。連射が利くとは思ってませんでしたし、剣士としての腕は一級品だったので」

「厄介か。圧倒しているように思えたが」

「無傷なのは運が良かったからです。さすがにできすぎました。と、言うか剣に比べると銃の扱いは不慣れのようでしたし」

「うむ、そうか。では銃そのものにかんしてはどうだ?」

「あれの出所は、すでに?」

「古物商から買ったそうだ、新品をな」

 たびたびそう言うことがあるのだそうだ。普通ではまずお目にかかれないような武具や、この小銃のように未知の技術が使用された道具が、どこからともなく裏社会で取引される。それが価値のあるものだと気付かれず、叩き売られていることもある。

 黒い卵からの流出品だと言われている。

「現状、銃がどのように扱われているのか知りませんので、何を言っているんだと思われるかもしれませんがよろしいでしょうか?」

「忌憚なく頼む」

「製造、所持、使用ともに規制を掛けた方がよろしいでしょう。全面禁止にせずとも、少なくとも許可制ぐらいには」

「理由は?」

「銃は簡単に人を殺せすぎます。引き金さえ引ければ、赤ん坊だって大人を殺せる。今はまだ探索者にとっては致命的ではありませんが、改良が進めば剣に槍、魔道に取って代わる代物だと思います。射程が伸び、命中率が上がり、連射性能が向上し、破壊力が増し、弾薬が多様化し――、現状、極一部の才能豊かな人間が鍛錬によって得ることのできる強力な力が、容易く手に入ることになる」

 そしてランタンは拳を突き出して、爆発を握り込んだ。

「その果てに、このようなものを世界の真裏から狙ったところにぶち込める日が来るかもしれない。……現状でも獣相手ならば有用だと思います。狩猟、害獣駆除、――研究は必要でしょうが対魔物もそう難しくはない。ですがその威力は一般の生活には不要なものだと思います。広まってからの規制では絶対に遅い」

「人はこれを適切に運用できない。そう考えているのか」

「……探索者崩れの犯罪者がどれほど存在しているかはドゥアルテさんのほうがよく知っているでしょう」

 ランタンは言い切り、拳を開く。人差し指と親指を立てて銃のような形を作ってふっと息を吹きかけた。冗談めかした動作だったが、ドゥアルテは眉一つ動かさなかった。

「人は嫌いか?」

けだものは嫌いです」

「そうか、やはり惜しいな」

 ドゥアルテは頷く。

「見てきたように物を言う。貴重な意見、ありがたく頂戴しよう」

 偉そうに物を言ったが知識は半端だし、知っている状況も違う。魔物、魔精、魔道。例えばそういったものがあっても、銃はランタンの知る発展をしていくのだろうか。

「一戦終えた後だというのに、引き止めて悪かったな。レティシア、部屋まで送れよ」

 ドゥアルテはランタンを抱く娘に強い口調で言った。レティシアは、何を当たり前のことを、と父に視線を返す。

「寝台までついて行っても構わん。人の良さを教えてやれ」

 ドゥアルテは真面目にレティシアに言い、我知らずと背を向けて去って行った。

 レティシアを横目に見ると視線が合った。照れたような空笑いをした。

「ランタンはすごいな、父にあのように意見を言えるなんて」

「ずるしてるようなものだから」

 その言い回しをレティシアは謙遜の一種と受け取ったようだった。ランタンは肩を竦める、

「怒られることはないって前提もあるし、陳情の貴族さま方とは立場が違うからね。――シーロさん、やっぱり追いかけたほうがいいんじゃない?」

 ネイリング城と離れを繋ぐ渡り廊下を進みながら、ランタンは背後を振り返った。レティシアは、大丈夫だよ、と冬の風から守るようにランタンを抱き寄せる。

 部屋にはリリオンが戻っておらず、隣のミシャの部屋の扉を遠慮がちにノックする。

 はあい、とその返事はリリオンのもので、だが扉を開けて顔を覗かせたのはリリララだった。

「よう、女連れで夜這いか?」

「お見舞いです。ミシャはもう寝ちゃいましたか?」

 リリララは言葉遣いとは裏腹に、洗練された動作で二人を部屋に迎え入れた。二つのベッドをくっつけたベッドの上でリリオンとミシャが座っている。リリオンはベッドから下りて駆け寄り、ミシャは恥ずかしそうに会釈をした。思ったよりも元気そうだ。

「寝てなくて大丈夫?」

「ええ、熱が出たとかじゃないっすから」

「そっか。よかった」

「ランタンさんは、あの、さっき怒ったりしてましたっすか?」

 まさか聞かれていたのだろうか。そう思ったランタンの背中にリリオンがぐりぐりと顔を擦りつける。

「怒った感じがしたのよ、ランタンがわあああって」

「気持ち悪いのが吹っ飛ぶぐらいにすごいのがびりりっと」

「まあ、ちょっとね」

「うちの弟が絡んでね」

 レティシアがそう言うとリリララが、ああ、とはっきり声に出して頷く。

「癇癪持ち――じゃなくて、気難しい方だからなシーロさまは。けど突っかかるのは珍しいな。お前は生意気だから喧嘩売りたくなるのも仕方ねえけど」

「喧嘩しちゃダメよ」

 リリオンが心臓に語りかけるみたいに背に顔を押しつけたまま無邪気に言う。ランタンは頷いた。リリオンに抱きつかれ、その体温が身体に染み込んでくると怒りを見失ってしまう。まだ心の中に怒りの感情はある。だがそれよりも強い感情に隠されてしまうのだ。

「それよりも、三人集まってどうしたの?」

「こいつが一人じゃちびっちまうって泣き言言うからな」

 ミシャは否定しなかった。リリララはけたけた笑う。

「あっ、そうだ!」

 リリオンが世紀の大発見をしたとでも言うように、大きな声を上げた。

「せっかくだから、ランタンもレティも一緒に寝ましょ! そうすればきっと怖い夢を見なくてすむわ!」

 リリオンは興奮した様子で鼻息も荒く捲し立てた。勢い余ってランタンをベッドに突き飛ばし、レティシアの腕を取り、リリララに逃げられる。

「あたしは無理。あんまりお嬢とべたべたしてるとくそうるせえ奴らがいるからな」

「ええそんな」

 リリオンは捨てられた犬みたいに哀しそうな顔をしてリリララを見つめる。レティシアがそんなリリオンに、心苦しそうにしながら追い打ちを掛けた。

「私もやめておく」

「どうしてえ?」

 レティシアは肩を落としたリリオンの髪を愛おしそうに撫でた。リリオンの姿に弟を重ねているのかもしれない。一人去って行った弟を考えると、口ではどう言おうと落ち着かないのだろう。

「とりあえずこちらでの私の仕事は終わりだから、明日は一緒にミシャの起重機を見に行こう。それで許しておくれ。ほら、ランタンは一緒に寝てくれるって」

 わかった、とリリオンは頷いた。一緒に寝るなどとは一言も言っていないが、その事をリリオンに告げられる空気ではなかった。

「わたし、ランタンのとなりだからね。ミシャさんも、ランタンのもう片方のとなりにする?」

「え、あの、私は」

 リリオンのきらきらの視線に貫かれたミシャはたじろぎ、じゃあリリオンちゃんの隣で、と絞り出すように言った。

「ランタンのとなりじゃなくていいの? わたし真ん中でいいの? ほんとうに?」

 やったあ、とリリオンはベッドの真ん中に倒れ込んでばたばたと脚を動かし、ごろごろと転がる。

 ここからこの幸せ絶頂の少女を絶望の淵に叩き込むようなことは冗談でも言えなかった。

「じゃあ、着替えてくる」

「すぐっ、すぐ戻ってきてね! じゃないとわたし寝ちゃうからね!」

 ランタンは緊張感たっぷりに言って、リリオンの言葉に背中を押されて部屋を出る。

 隣の部屋で着替えを済ませた。それなりに時間を掛けたが、レティシアもリリララも戻った時にはまだ部屋の中にいて、ベッドの上で車座になって相談事をしている。リリララはミシャと肩を組んで妖しい雰囲気だった。

「乳の一つでも放り出せば寄ってくるって、けっこういいもん持ってんだし。まだ見せてねえんだろ。……それかこの茶を飲ませろ。朝までぐっすりだからやりたい放題できる、――ってうおあっ、早えよ戻ってくるの」

「……リリオンもう寝かけてるけど」

 三人は額を突き合わせているが、銀の髪の少女はレティシアの肩にもたれていた。

 レティシアとリリララは誤魔化しの笑みを浮かべそそくさと部屋を出て、ランタンは恐る恐るベッドの上に登った。ミシャはベッドの上で正座をしており、緊張に背筋を伸ばしていた。

 少し警戒するみたいにランタンを見た。

 当たり前だ。

「男と女が一緒に寝るなんて普通のことじゃないのはわかってる。だからその」

 ミシャは大きく深呼吸をして、蚊が鳴くように囁く。

「あの」

「はい」

 その緊張感にランタンも感化された。ミシャは丸い瞳でじいっとランタンを見つめる。

「――よろしくおねがいします」

「いえ、こちらこそ」

 二人して深々と頭を下げた。

 寝ぼけ眼のリリオンがそんな二人を見て小首を傾げ、そのまま二人よりも深々と頭を下げた。

 眠気に押し潰されるように突っ伏したのだ。

「よろしく、おねがいしまふ」

 言葉の最後が幼く潰れる。それでも律儀に言った。

 真似をされたのだとわかったミシャが堪らずに笑った。


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