↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カボチャ頭のランタン  作者: mm
06.On The Origin Of Species
152/518

152

152


 ネイリング家主宰の闘技会には、禁止事項がほとんどない。

 魔道の行使も、魔道具の使用も、飛び道具も、爆発物の使用も、目潰しも、噛み付きも、金的も、薬物による一時的な能力の強化も試合前の服用に限り許されている。舞台上で禁止されているものは毒物の使用と、必要以上に相手を嬲る行為、そして対戦者以外、つまりは観客や主宰者への意図的な攻撃である。

 魔精薬の過剰服用は咎ではない。

 だが魔精精製薬は基本的に飲んだら効く。じわじわと効果が発揮されるものもないではないが、そういったもので過剰摂取の症状が出ることはおそらくない。

 掌打を喰らって噴いた血の色は赤かったはずだ。噛みつきを目隠しとして、何らかの方法で魔精を摂取したとは思えない。一体いつ、過剰摂取の症状が出るほどの魔精を得たのか。

 試合中の薬物摂取は禁止であると同時に、である。だがどうやったかがわからない。試合は進む。会場護衛の騎士はそれとなく警戒心を強めているが臨戦態勢には入っていない。闘技会の歴史は、舞台の上はもちろん場外まで血塗れである。禁止事項は騎士のためのものではなく、観客への配慮であった。この程度のことで動揺はしていないようだった。

 サウロンは舞った血飛沫に顔を突っ込むように跳ね起きた。充血により黒目と白目の境を失ったその眼差しには理性的な意思もない。

 獣、いや魔物のごとき殺意を宿している。

 四つ足で獅子のように唸りながら駆ける。

「がうっ!」

 ベリレが突進に膝を合わせ、サウロンの顔面を打ち抜いた。赤い鼻血が、紫の鼻血に塗り潰される。ベリレの膝にサウロンの顔がへばり付き、サウロンはそのまま更に足を進める。ベリレの左脚に組み付く。押し込む。

「あいつ不死身か?」

 シーロが呟く。

「強化の方法わかりますか?」

「不審な動きはしてない」

「でも確実にしてる」

「だろうな。だが今の問題はそこではない」

 サウロンが左脚を脇に抱えて、その場で回転した。百キロ超のベリレを力任せにぶん投げた。追撃が早い。ベリレが受け身を取り、身体を起こした時にはすでに距離を詰めている。右手の喉突きが、鼻を削ぎ落とすような軌道に変わる。サウロンの身体に技が染みついている。左手の肝臓狙いが、金的から股関節の大動脈まで渡るように斜めに滑る。

 その全てをベリレは力任せに粉砕した。

 その場で跳ぶ。両足を揃え、顔面に目がけて突きだした。

「ドロップキック!」

 馬鹿だ、とランタンは思う。だがよく跳んだ。投げられた時、股関節と膝を痛めている筈だが、そんな素振りを見せない。

 攻守が入れ替わった。サウロンが二転三転と後ろに転がって起き上がる。

 ベリレは着地と同時に駆けている。腕を振りかぶった。サウロンの初撃の模倣だ。

 あまりにもわかりやすい攻め気にサウロンが腕を交差し防御を固める。それを弾き飛ばす三日月のような上げ打ちと、防御が破壊されて無防備になった顔面への上段蹴り。遠心力で外れかかった股関節を嵌めた。

 サウロンは大の字に反り返り、だが肉という肉の全てを収縮して身体を丸め、渾身の鉄鎚を振り下ろす。

 もっと近く。

 ベリレはサウロンの懐に飛び込んで膝を踏み折る。背中で鉄鎚を受けた。

 丸まることは許さない。なぜなら狙いは、そこにあるから。

 踏み折られた膝が体重を支えられずサウロンの身体が傾ぐ。

 左手でサウロンの鬣を引き込み、股ぐらに滑り込ませた右手で残った足を払う。鳩尾に肩を入れる。ベリレはあっと言う間にサウロンを担ぎ上げた。鬣を使い首を絞める。背筋を伸ばす、息を吸う。

 怒鳴る。

「行くぞおっ――」

 そして何を思ったのか舞台を走った。やっぱり馬鹿だ、とランタンは思う。心配した自分が阿呆のように感じる。

「――せーのっ!」

 サウロンのお株を奪うように観客を煽り、ベリレは舞台の中央で踏み切った。

 二人合わせて三百キロに少し足りない。筋肉の塊が宙を舞う。

「がおうっ!」

 ベリレは自ら横に倒れ込みながら、捕らえた獅子を頭から舞台に落とした。

 今度こそ止めだった。

 三点倒立するようなサウロンの巨躯はゆっくりと傾ぎ、倒れ込んだ。もう動かない。

 そしてベリレは立ち上がる。三日月の若熊が吠える。

 歓声が爆発した。

 血塗れのベリレは大きく手を上げて歓声に応えた。

 槍を抜き、巧みにそれを操って人形のように動かないサウロンを引き起こすと、獅子の闘士を担いで堂々とした足取りで舞台を降りる。去って行く背中に声が掛けられた。

「いよっ、獅子殺しっ!」

 たいそうな呼び名であるが名前負けはしていなかった。

「――出番前はびびってたくせに、励ますんじゃなかった」

 ランタンは降り注ぐ拍手の雨を三滴ほど増やして呟く。

「ふん、槍を手放さなければこれほど手間取ることもなかっただろうに」

「結果だけ見れば完勝ですよ、褒めてあげたらどうです。相手も不死身かと思うぐらい強かったですし」

「死なん人間はおらん」

 自分で言ったくせに、とランタンは心の中で囁く。じろりと睨むシーロにランタンは肩を竦めた。

「それにあなたのお兄さんはこういうの好きだったんじゃないんですか?」

「ファビアン兄さまが?」

「もう一人の方」

 竜種のような怒気がシーロから吹き上がった。ランタンの襟首を掴もうとして、その腕が空を切る。

 三歩離れた位置のランタンに、シーロは絞り出すように言う。

「お前に、ヴィクトル兄さまの、何がわかる」

「何にも」

 あなたはどれくらい、と尋ねはしなかった。シーロは空を握ったまま突きだした拳を、ゆるりと解いた。ぐるりと首を巡らして観客席を見る。家族が居る方を。

「……どうしてお前なんかを、姉さまは、迷宮に」

「何だったかな。たしか、占いの結果だったかな」

「占い?」

「王都の橋かなんかで占いしているおばあさんに言われたんだって。ティルナバンに行くといいとか何とかって」

 シーロが呆気に取られたような表情をしていた。ランタンも口に出してみて、馬鹿みたいだな、と思う。

 だが当時のレティシアはそう言ったものに縋らなければならないほど追い詰められていたのだ。親兄弟に頼ることもできずに。

 ドゥアルテは血に縋り、兄は妹に、弟は姉に、そしてレティシアは不可知の力に。

 ランタンはリリオンを見る。レティシアと何かを話をしている。ベリレの次の試合が始まるが、そっちのけで興奮した様子がここからでも見て取れた。

 やっぱり励ますんじゃなかった。

 次試合の対戦者が少し哀れだった。余韻が尾を引き、決して悪い試合ではないのだが観客の気が漫ろだった。

 シーロは未だに桟敷の方を見ている。ランタンはシーロをその場に残して地下へと戻った。雪が降り出しそうなほどの冷え込みで、冷気は地下にまで染み込んでいる。

 どこかに知っている顔はないだろうか探すが、当たり前に居るはずもなかった。もちろんベリレの姿もない。怪我もしているし、どこかで治療されているのだろう。

 地下では騎士団と挑戦者を隔離してある。周りにいるのは騎士隊長級で、どの人もシドと同じく一筋縄ではいきそうになかった。人族もいれば亜人族もいる。男もいれば女もいる。老いもいれば若きもあり、だがランタンほど若い人はいなかった。

 ランタンに興味はあるようだったが話しかけには来なかった。だがきっかけは呟き一つ。

「ベリレどうしたかな……」

 ランタンはつまらなそうに呟いた。

「くたばってる」

「……」

「半分な」

 ランタンは目だけで声の方を向く。女の騎士だった。普段の仕事はレティシアやマルセラの護衛であり、闘技会では女の挑戦者の相手をする。

「ユシュル隊上級騎士のパメラだ、レティシアさまを助けてくれてありがとう、ランタンさま」

 鍛えられた女だった。差し出された手を握ると掌全体が厚く硬くなっているのがわかる。刺青の入った前腕はランタンと比べると二回りも太い。試すようにぐっと手が握られる。

「さま、なんて言わなくていいですよ。パメラさま」

「……お互いにそうするか」

 握り返さぬランタンにパメラは拍子抜けしたように手を離した。不思議そうに小さな手を握った己の掌に視線を落とす。

「何はともあれ感謝だけは受け取ってくれ、レティシアさまに何かあったら我々の面目が立たなかった」

「大変ですね、お転婆なお姫さまで」

「愛すべき姫君だよ」

 パメラは自慢するように豊かな胸を張った。鍛えられた大胸筋に乗ったそれは革の胴当てを押し破りそうなほど突き出ていた。ランタンは視線を逸らし肩を竦める。

「それでベリレが半分くたばってるって、どういうことですか?」

 パメラはランタンの隣に腰を下ろした。この人も大きな人だ。リリオンよりは少し小さいかもしれないが、筋肉質で厚みがあった。男みたいに髪を短く刈り込んでいる。

「サウロンの爪に毒が仕込まれていた。麻痺毒だ。瞬間に敵に身体の自由を奪うような強力なものではなかったが、ベリレは少し受けすぎた」

「無事ですか?」

「半分くたばってるって言っただろ。今は毒抜きの最中だ」

 パメラが開いた突破口を頼りに他の騎士たちも寄ってきた。

「――身体がでかくて助かったな」

「いやサウロン相手にたいしたものだ。さすがはエドガーさま、よく仕込んでらっしゃる」

「いやいや槍を手放したのは阿呆のすることだ。遊びではないんだぞ」

「いかにも」

「ばあか、逆だろ。あそこで乗らなきゃ腰抜けに思われる」

「にしても、あの煽りはよかったな。あの真面目坊主があんなことするなんてよ。燃えたぜ」

 完全装備の騎士はその意図がなくとも威圧的な存在だ。彼らが敵ではないとわかっていてもランタンは落ち着かない。自分は座っていて、背後は壁、利き手側にパメラがおり、馬鹿みたいな腕利きに包囲されている。互い違いの二重円陣。奇襲を掛けて前列を仕留めても、後列は無理だろう。

「自己紹介もしないで何だ好き勝手に。どぶ沼の飢魚じゃああるまいし、寄るな寄るな。怖がってるだろ」

「パメラ、お前こそのその腕は何だ」

 パメラは自分がランタンの肩に腕を回していることが、知らぬ間にされた他人の仕業だとでも言うように慌てて腕を引っ込めた。いやこれは、としどろもどろに慌て始める。一人の騎士がじっとランタンを見てぽつりと、噂通りだな、と呟いた。

「大いなる誤解がありそうですが、まあいいや。別に怖がってはないですよ、お気遣いありがとうございます。試合も近付いてますし、ちょっとむさ苦しいなと思っただけで」

 髭とか、胸毛とか、指毛とか。人族の騎士の鎧からはみ出る男らしさにランタンは眉を顰める。

「試合が近いのと関係あるか、それ」

「ありますよ」

 地下から一人、また一人と舞台へ向かい、順番が近付くほどに彼らの闘争心がむくむくと肥大化していく。

 漏れ伝わったそれがランタンを刺激するのだ。

 彼らは特に毒物の使用が気に入らないようだった。毒物は有用であるがゆえに、忌み嫌われる手段だった。

「君も気をつけたまえ。ベリレはたまたま麻痺毒だった。次が致死毒ではない保証はない」

 騎士がそう言って舞台へ去って行った。ほどなくパメラも用意を始める。

 流石に緊張しているようで頬が硬かった。ランタンは座ったままで、その顔を下から覗き込んだ。

 目が合う。

「がんばってくださいね」

「ああ」

「お気を付けて」

「君もな。……その見た目からはわからんが、きっと強いんだろう。だが一度舞台に上がったら誰も助けに入ることは出来ない」

「迷宮と一緒ですね」

 パメラは頬を緩ませて頷き、ランタンに背中を向けた。

「さて、僕もそろそろか」

 ランタンは戦鎚を手の中でくるりと回し、欠伸ついでに大きく伸び上がった。

 息が白む。

 シーロはまだ戻ってきていなかった。




 舞台に上がると火を吹くような歓声が、戸惑いの入り交じった響めきに置き換わった。黒い空から雪がちらつく。舞台上でそれを見上げるランタンの姿は、戦場に迷い込んだ子供のように場違いである。

 メリサンドの人々はランタンの姿形をまったく知らない。その名前こそちはらほらと知られているが、名前とともに知られる武功によって彼らの頭の中でランタンの姿は歴戦の勇者よろしく、猛々しい大男となっている。

 現れたのが腰に吊った戦鎚も重たげな子供となれば呆気に取られるのも当然だった。

「ランターンっ! がんばってー!」

 恥ずかしいぐらいの大声はリリオンのそれだ。

 ランタンを酒に溺れた末の幻影のように見ていた観客は視線をそちらに向けた。視線の群が、音が聞こえると錯覚するぐらいに一斉に移動した。

 怯えるかな。

 だがリリオンはそんなものは気にならないというようにランタン一人しか目に入っていない。立ち上がって両手をぶんぶんと振っている。目が合うと更に興奮して、レティシアに袖を引かれて着席させられている。

 ランタンは目尻を優しく緩めた。これから戦いだというのに気が抜けてしまった。

 前列が立ち上がったことによりミシャが一番遠いところで背伸びをしている。その背が急に一つ高くなった。リリララが足場を生成したのだろう。ミシャは寒がりなくせに炎虎の毛皮がずり下がっているのを直そうもせず、足場の上でも背伸びをする。リリオンとは正反対の顔をしている。

 シーロも舞台脇にいた。肩にうっすらと雪を積もらせてリリオンをぼんやり見ていた。

 対戦相手は二十前後ぐらいのまだ若い男だった。ゆったりとした外套を羽織っており、中折れの帽子を被っていた。羽織の裾から鞘の先が二つ覗いている。

 二刀流、あるいは他にも武器を隠しているだろうか。舞台に上がってくる間の足運びを見るに後者である。外套の軽々とした揺らめきもどこかわざとらしいように思える。短剣にしては重そうだ。一つではなく複数。暗器の類いかもしれない。

 ランタンが対戦相手を観察していると、響めきがまた色を変えた。

 あれがランタンか、と流行病のように囁きが伝染していく。

 あれがレティシアに助力をしたランタンか。

 あれが迷宮崩壊事件で武勲を立てた探索者か。

 あれが単独探索者か。

 あれが。

 玄人連中の視線が力量を確かめるべく冷たい熱を帯び、観客のざわめきは落ち付かなげなものから期待に膨らんだ歓声へと盛り上がっていく。

「子猫の相手かと思っていたが、まさか虎だったとは」

 男は帽子を外して雪を払い、再び被った。

「貴様があのランタンか、噂は聞いている」

 ランタンは反応しない。

 今さらながら戦場とは勝手が違うと思う。闘技場の規則として、意識的な手抜きこそが禁則事項であり、勝利のための殺人は許されている。相手は殺すつもりでくるだろう。だからランタンは殺すつもりで戦うべきなのだ。

「噂が本当か確かめてやる」

 悪い人物ではなさそうだった。自尊心と名誉欲、そして闘争心。闘技場に持ち込むべくして持ち込んだものを当たり前に見せつけているだけだ。

 男は外套の内から一振りの剣を抜き放った。

 男の眼差しからこびり付くように残っていた侮りの雰囲気が消える。先走った戦意がランタンの鼻を擽った。勝ち気が逸っている。向けられた鋒が、武者震いのように揺れている。鋒が重い。人生が乗っかっているのかもしれない。

 ランタンも戦鎚を抜き、手の中でくるくると回す。

 殺さぬように戦うことは、相手への侮りだろう。彼の名誉と誇りを傷つける行為だろう。

「寒いなあ」

 宣言はドゥアルテがした。

「――互いの名誉と誇りを賭けて」

 戦いに賭けるものは常に命であったはずだ。

 宣言が他人事のように聞こえる。そしてすぐにリリオンの声が耳に入った。

「がんばって、ね」

 ランタンの頬に、気障な笑みが浮かんだ。

「言われなくても」

 息を吐く。白い靄が流れ、視線で追う。

 先手を取ったのは挑戦者だった。

 降る雪の隙間を通り抜けるように、滑るようにランタンとの距離を潰す。伏せた視線の、その端に影が映った。這うように体勢を低く。鋒が上を向いている。喉狙い。回避は容易。鋒諸刃の片刃剣。白刃が空を滑る。眼前に晒された刀身が視界を塞いだ。

 本命は抜き打ちの胴払い。殺意が脇腹に触れた。

 だが外套に隠された鞘から刀身が一寸ほど引き抜かれた時、ランタンの靴底が挑戦者の肩口に触れていた。突き蹴りが男の身体を舞台の端まで吹っ飛ばした。鎖骨狙いだったが、咄嗟に身体を捻って肩で受けられた。

 反応は見事だ。ランタンは追撃に向かっている。男は起き上がり、痛みに顔を顰める。ほぼ無傷。利き手を外套の内に隠す。

 抜刀迎撃、ではない。男の目が心臓を見ている。

 ランタンは反射的に横っ飛びした。

 男の外套に小さな穴が空く。雪の夜空に破裂音が谺(こだま)した。舞台の一点が、まるで内側から爆ぜたように小さくひび割れる。

 火薬の匂い。

「鉄砲だ」

「ご明察」

 さすがは都会。厄介なものが出てくる。

 男は単発式の短銃を外套から取り出すと、ぴたりとランタンの額に狙いを定める。

 銃。

 珍しい物を装備している、という印象だった。

 これまでにランタンが実際に目にしたことがある火砲は二つ。一つは迷宮特区の外殻壁や、城壁に備え付けられた大砲。もう一つは迷宮から助けを求める時の信号弾である。

 銃という存在は戦いの多いこの世界にあって、しかし普及していない。

 値段が高いこと、火薬が貴重であること、命中率が低いこと、連射が効かないこと、対人相手には有効であるが魔物に対しての火力が足りないこと、探索者を相手にする時、必中距離が探索者の攻撃範囲内であること、探索者の筋力が発射された弾丸以上の威力での投擲を可能にすること、魔道によって道具なしで遠距離攻撃が可能なこと。

 普及しがたい理由はいくらでも理由は出てくる。

 まだ不完全で、歴史の浅い武器だった。

 だが普及していないからこその利点もある。現状でも対人殺傷能力は充分にある。初見での対応はほぼ不可能だ。威力を知らしめ、はったりをかませば残弾無しでも脅しになる。男は撃ち終わった銃をランタンに向けたままだった。

 銃口に身を晒し、無表情に立ち竦むランタンに男がにやりと笑った。

「降参しろ。その若さでその強さ、ここで殺すには惜しい」

「その銃で?」

「虚勢だと思うか?」

 はったりの極意は開き直ることである。男は自信満々にランタンに告げた。真実を告げているかのような迫力があることは確かだった。だがランタンは踏み出す。

「馬鹿めっ!」

 男が拳銃を放り投げた。探索者か、それに近しい投擲力。ランタンが躱した先、投げ捨てたはずの銃口が黒々としている。

 銃声を合図にランタンは一気に速度を上げて男の側面に回り込む。

「そら逃げろ! そら、そら、そらっ!」

 強引な連射だった。外套の下から単発銃が手品のように現れ、それを次々に使い捨てにしていく。

 銃声、銃声、銃声が足音のように、ひたりひたりと背中を追いかける。着弾点がランタンに肉薄する。右手左手で次から次へと持ち替えているというのに、偏差射撃の誤差を確実に修正してきていた。

「そら、どうした。可愛い尻に穴が空くぞ!」

 嗜虐的な悦の声、だが驕りではなく、自らを鼓舞する言葉だった。頭部ではなく胴体から膝上までを狙い発砲している。足止め狙いだ。あの剣の腕があれば脚に擦っただけで勝負は決する。

 ランタンは唐突に歩幅を変えた。着弾点が初めてランタンを追い越す。男が目を見張った。ランタンが真っ直ぐに向かってきていた。銃声が重なり、ランタンはそれを恐るべき反射速度で避ける。男が外套をひらめかせた。

 ずるり、と小銃が取り出される。短銃とははっきり違う。背筋が凍るほど洗練された作り。

 狙いを定め、撃つ。弾速は桁違いだった。だがランタンは戦鎚でそれを弾いた。男は驚かない。遊底を引く、薬莢が排出され、次弾が装填された。一秒もかかっていない。さすが都会、とランタンは目を見張る。単発銃の使い捨てはこの伏線か、と思う。

 必中距離、男は頭部と心臓に二連射し、ランタンの戦鎚はそれすらも弾いた。

 戦鎚は重さが失せたかのような、慣性を感じさせない異常な軌道を描いていた。跳弾が髪を揺らす。男がいよいよ目を見開き苦虫を噛んだ。連発銃を知っていたこともそうであるし、弾丸を弾くなど人の技ではない。

 すでに銃の距離ではない。牽制するように撃ちながらの後退。刃の距離。男は最後の最後で自らの最も信じるものに手を伸ばした。最速の抜刀による引き打ちが喉笛を掠める。

 引き金を引くよりも早い。そして追撃は鞘。

 その先端の仕込み爆薬がつんと鼻に香る。

 だが爆発はランタンの支配下にあった。起動は小さな火精結晶による着火。ランタンはそれを掴み取り、自らの爆炎の中に閉じ込める。爆音に他の音が消える。閃光の中、帯で肩に掛けている小銃が動く。ランタンは炎の中に踏み込んで、戦鎚で銃口を塞いだ。引き金が引かれ、銃身が爆ぜた。

 爆発の中に踏み込んだランタンが爆炎の中から姿を現すと、髪飾りのように火の粉を纏っていた。

 カボチャ頭の幽鬼のように、無邪気とも言える身の軽さで命の距離に踏み込む。

 背中から男の胸に密着し、戦鎚を使って足を払い。足首から膝に掛けて柄を絡げた。それでも男は抵抗する。やはり身のこなしは一級品だ。ただランタンがそれを上回ると言うだけで。

 戦鎚に仕込まれた重力の魔道を補助に回す。回復不能なほど重心を崩して、よいしょと肩に持ち上げる。この重力魔道は意識的に使うと消耗が激しい。単純に力任せに担いだ方が疲れなかったかもしれない。

「あ、おい、待て、おい――まさか、おい!」

 少し恥ずかしいな、と思う。

 ランタンは場違いにはにかんで、その場でぐるりと一回転した。生死をかけた戦いであるかもしれないが、こんなものは余興に過ぎない。肩の上で男の背骨が嫌な音を立てる。

「行くぞ」

 独り言のように小さく呟く。

「いやいやいやいやいやっ、ばっ、あ、あああああっ!」

 男が肩の上で藻掻くが、無意味である。死なないことはサウロンで証明済みだ。躊躇う必要はない。

「――せーの」

「――せえのっ!」

 掛け声は少女の声と重なり、観客の声が一つ遅れて付いてきた。

 ランタンは自ら倒れ込むように男を頭から落とした。

「――ランタン、ランタン、ランタンっ!」

 ランタンはむくりと起き上がり、馬鹿みたいに大きな声に振り返って戦鎚を掲げた。少女が顔を覆うベールには少女の存在を稀薄にする効果がある。はたしてそれは本当にそうか、とランタンは思う。

 リリオンは恥ずかしいぐらいに笑顔で、ばちばちばちと下手くそな拍手をしている。立場上騒げないが、立場上美しく着飾っているレティシアが霞むほどの存在感だった。

 ランタンは戦鎚をくるりと回し、腰に絡げる。ゆっくりと舞台から降りた。入れ替わりに騎士が舞台に上がり白目を剥く男を担いだ。

 ランタンはシーロに近付く。リリオンや姉に向けた視線を、引き剥がすようにランタンへ移す。

「リリオンさんは、強い男が好きなのか?」

「知らない」

「お前は何にも知らんな。――まあいい」

 シーロがランタンと交代するように通路から身を晒した。耳の痛くなるような歓声がさらに大きくなった。

 だがシーロはそんなものは意にも介さずに堂々とした足取りで舞台の中央に立った。

 竜の公子。

 小ヴィクトル。

 彼の名前に入り交じってそんな異名が叫ばれる。だがそれにもシーロは無頓着だった。歓声に応えようとはしない。ただ立っているだけで雰囲気があった。シーロは桟敷に正対する。

「この試合、姉さまとリリオンさんに捧げる!」

 宣言した。

 炎によって照らされる舞台上、レティシアと同様の肌は光の中に浮かぶ黒曜石のような輝きがあった。すらりと鞘から抜きはなった刀身は淡く反った片刃の長刀。万物流転に少し似ている。

 対戦相手は天を突くような大男だった。蜥蜴人族で、額から背中に掛けて縦に並ぶ短い角があり、金属質の髪を長く垂らし、頬の辺りまで緑の鱗で覆われている。蜥蜴人族らしい突き出た口はなく、人族の顔に鱗を張り付けたような珍しい風貌だった。

 太い尾がばちんばちんと舞台を揺らし、身の丈を超える戦斧を担いでいた。総鋼鉄製の戦斧の重量は大人一人分もあるだろうか。それを片手で小枝のように振り回す。鋼の風が雪を吹き上げ、ランタンの前髪を揺らした。

 鉄臭(かなくさ)い。血の臭いだ。

 蜥蜴男もシーロに並び、真似るように桟敷に向かう。

「ネイリングは強き者の家と聞いた。子息の命、貰い受ける。そしてより強き者である俺が名を頂く。あの姫君ごと我が物とし、再び竜種の子を孕ませてくれよう!」

 蜥蜴男はシーロに戦斧を突き付けて、歓声を打ち消すような大声で言い放った。傍若無人たる宣言に黙っていなかったのは観客だった。呪殺されてしまいそうなほどの罵声が男に降り注ぐが、男は言いたいことを言ってすでに自分の世界に入り込んでいる。

 強いな、とランタンは思う。蜥蜴男から雪が凍り付きそうなほどの殺意が渦巻き、観客が黙り込んだ。啖呵を切るだけのことはある。

「くだらんな」

 静寂の中でシーロの呟きがよく聞こえた。怒り狂うかと思っていたが冷静だった。少なくともランタンの目には冷静に見えた。

「――始めっ!」

 開始の合図と同時にシーロは雷撃を放つ。

 並の魔物ならば一撃で黒焦げになりそうな威力だった。だが蜥蜴男は真っ正面からそれに向かい、戦斧も使わず肉体に受けた。微動だにしていない。鱗の表面を雷が滑る。影響がないわけではない。ただ無視しているのだ。

 戦斧が雷と同等の速度で振るわれた。風圧で舞台が割れるもシーロに影響はない。

 観客が歓声とも悲鳴ともつかぬ原始的な声を上げた。ランタンはぽつりと一言。

「――言うだけあって強いな」

 支配的な存在だった。

 シーロが戦斧を斬り飛ばし、返す刀が蜥蜴男の首を落とした。

 溢れ出た紫色の血が舞台に広がるまでに三十秒と掛からなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。