05 清算
【残り時間 1:15】
【スコア 赤21-5白】
電光掲示板が告げるのは、試合の終了ではない。
一方的な蹂躙の完遂だ。
10分間の制限時間を待たずして、21点先取による「ノックアウト」が成立した瞬間、無機質なブザーが鼓膜を突き刺す。
「……ア、カ……勝者、赤チーム」
審判の力ない宣告が響く中、白ビブスの男たちは、自らが掘った墓穴の底で這いつくばっていた。
掲示板から視線を外せる者はいない。
地下街に漂っていたざわめきが、いつの間にか止んでいた。
誰かが息を呑む。
そのわずかな音さえ、ブザーの余韻が残る地下街では妙に大きく響いた。
そして無数のドローンは、その沈黙さえも余すことなく拾い上げていく。
その映像の向こう側では、世界中の視聴者が息を潜め、この「清算」の瞬間を見つめていた。
「……21対5?」
呟いた声に、返事はない。
没収される賞金、そして敗北者に待ち受ける「清算」の恐怖。
それらが彼らを狂わせ、かつての仲間を、文字通り食い合う獣へと変えさせていた。
「テメェ……あの時、わざとパスを外したなッ!」
「うるせえ! 最初にサボったのはお前だろうが!」
金網際で、白チームの巨漢二人が互いの胸ぐらを掴み、血走った目で罵声を浴びせ合っている。
片方が腕を振り上げるたび、もう片方が胸元を引き寄せ、ドローン達がガシャリと震える金網の音を拾っていた。
その喧騒から数メートル離れたコートの端。
「イケメン先輩」は、膝から崩れ落ち、虚空を見つめたまま動かない。
向日葵を売り飛ばせば、借金も消えて再び華やかな主役に戻れる――そんな根拠のない浅はかな皮算用に耽っていた脳髄は、今や回復不能なまでの絶望に焼き切れつつあった。
「……嘘だ。こんなはずじゃ……。僕は、あの子をエスコートして、スマートに『引き抜き』されるはずだったのに……」
カサカサと乾いた唇が、惨めな自己弁護を繰り返している。
その声を背中で聞きながら、弍估は歩みを止めなかった。
壊れた玩具のように震える先輩の傍らを通り過ぎるが、その視線は一ミリも彼を捉えていない。
彼がどれほど無様に絶望していようと、彼女にとっては「清算が終わった伝票」に等しいのだ。
弍估が闇に消えていくのと入れ替わりに、先輩の頭上のモニターが切り替わった。
『Player: Senpai - Status:
DISPOSAL(処分対象)』
『Estimated Debt: 20,000,000
pts →
Appraisal: —』
ピッ、と電子音が鳴った。
先輩の指が画面の上で止まり、視線だけが表示された数値を追っていく。
先ほどまでそこにあった「引き抜き」の文字は消え、残された数字だけが、冷たい光を返していた。
「……僕は……」
喉がかすかに上下する。
震えた指先が画面から離れた。
もう、そこに「引き抜き」の対象としての彼を示すものはない。
ただ、運営の査定だけが残っていた。
「あ、あ……嘘だ……向日葵! 助けてくれ、俺たちは愛し合って……!」
先輩が床を擦るようにして身を乗り出し、その指先が向日葵のバッシュへ伸びる。
触れる、その直前。
向日葵はゴミを避けるように、ただ一歩、無機質に距離を置いた。
先輩の指が空を掴む。
「……先輩。その言葉、2000万より軽いですよ」
それが最後の手向けだった。
運営の「回収班」――黒いプロテクターに身を包んだ大男たちが、獲物を狙う猟犬のようにコートへなだれ込み、男の細い手首を無造作に掴み上げる。
「やめろ! 離せ! 俺はまだ価値がある……ッ!」
回収班の黒いプロテクターが暴れる男の両腕をねじ上げ、乾いたコンクリートの床を引きずっていく。
その無様な断末魔は、ディスプレイの向こうでチャットの文字と薄気味悪い拍手に飲み込まれ、娯楽として消費されていった。
抵抗する気力すら奪われた白チームの残り三人も、回収班に連れられ、運び出されていく。
彼らの後に残されたのは、湿ったコンクリートと、剥がれ落ちた白ビブスの残骸だけだった。
「……終わったな」
196cmの少年、七合目が、血の気の引いた顔で呟いくと、自分の掌を見下ろし、ゆっくりと指を握り込んだ。
勝利したはずの彼の掌は、恐怖と興奮で小刻みに震えている。
1000万の借金。
それを返すための第一歩を踏み出した実感が、重い鉛のように胃に沈殿していく。
隣では向日葵が何も言わずにコートの外へ視線を向けていた。
その横を、運営の回収班が無言で通り過ぎていく。
弍估は、そんなチームメイトたちの情緒など一顧だにしない。
彼女は歩みを止めると、空中に滞空するドローンのレンズへ顔を向けると、わずかに旋回している。
その網膜に映っているのは、目の前の敗北者たちではない。
この地下街を娯楽として消費する運営と、懲役800年というふざけた首輪で自分をここに縛り付けた、地上で踏んぞり返る国家の支配者たちの傲慢な面構えだ。
(…………見ているのでしょう? お望み通り、貴方たちが用意した『対戦相手という名の商品』は、もう二度とコートに立てないガラクタにしてあげましたよ。次はどの在庫を処分されたいですか)
ドローンのレンズが、無言のまま弍估を捉え続けている。
彼女の胸の奥で渦巻くのは、勝利の余韻などではない。
バスケという「暴力」を通じて、この歪んだシステムそのものを内側から爆破しようとする、静かな、しかし決して消えない反逆の炎。
「……さて。次は、どこのガラクタを排除しに行きましょうか」
15歳の怪物が、小さく唇を歪める。
それは微笑みなどではない。
獲物の喉笛を裂くタイミングを測る、捕食者の冷徹な計算だった。




