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巻き戻った悪役令息の被ってた猫  作者: いいはな


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 「うわあ!本当に美味しい!僕こういうジュース飲んだの初めてだよ!!」

 プルルのジュースを手に入れたルイはその赤い液体を一口飲んで、初めて感じる甘さにきゃっきゃとはしゃいでいた。

 幼い子供のように目一杯楽しいという感情を乗せて笑うルイを見て、遠い目をしていたカミルは一つため息をつく。本人が聞けば否定するだろうが、カミルはかなりルイに甘かった。疑問に思うところや、ルイの思惑もいまいち理解できていないところがあれども、ルイがこんなふうに年相応の顔をしているだけで、大抵のことを飲み込めてしまうくらいには。

「ルイ。ゆっくり飲めよ、咽せるからな。」

「……カミルってばさっきから僕のことを何歳だと思ってるの?」

 さっきからあんまりな心配をかけられている事が引っかかっていたルイは意を決してカミルにそう尋ねる。その疑問にカミルは何を当たり前のことを……。とでも言いたげな表情であっさりと答えた。

「?あんたはオレと同い年だろ。」

「そう、なんだけどお……。」

「無意識でしたのね……。」

 まるっきり5歳の子供にするような心配をしておきながら、本人にその自覚が全くなかったことに驚く2人。はらはらとルイの一挙一動を心配そうに見つめていたその姿は同級生を見るものではなく、さながら歩き出したばかりの我が子を見守る親のようだった。なんとなくその視線に気づいていたルイはからかわれているのかと思っていたが、本人にはその自覚が全く無かったことになんとも言えない気持ちになる。

 それじゃあ、つまり、カミルは同い年の男が五歳児と同じだと思ってるってこと……?

 なんだか自分の考えがあまり踏み入れてはいけない方向にいっているような気がしたルイは、深く考えることをやめた。

「ま、いいや。それよりカミル!次はあっちのお店に行ってみようよ!ねえ、エミリー、あそこは何を売ってるの?とっても綺麗!」

「ああ、あれは飴細工の店ですわね。要望を伝えれば、その場で好きな形の飴細工を作ってくれますわよ。」

「飴!?あの綺麗なもの、食べられるの?」

 キラキラと光を反射して輝いているものを指さしてはしゃぐルイ。あんまりに綺麗なものだから、てっきりガラス細工か宝石でできたものだと思い込んでいたルイは、あんなに綺麗な食べ物が存在するのかと感動に目を輝かせる。そんなルイを見たエミリーは微笑ましそうにまなじりを緩めて笑う。

「ええ、食べられます。よければ買いに行きましょう?」

「……!うん!行こう!」

 そう言って楽しそうに会話を交わしながら飴細工の店へと歩いていく2人の後ろ姿を見てカミルは少し眉を寄せた。

 ルイの様子とこれまでのエミリーの態度を見て、彼女がそれなりに信頼に足る存在であることは理解しているつもりだ。ルイが泣き喚いてまで庇った姿からしても信じたい気持ちは山々であるが、どうしても彼女が一度ルイを傷つけたというノイズが走り、納得できない。

 カミルは今まで自分を一度でも軽んじてきたり、忠告に紛れさせて自分の意見を押し付けてきた存在は全て完膚なきまでに叩き潰してきた。そういう連中は一度でも許してしまうと調子に乗ってさらに行いが酷くなるからである。

 だからこそ、一度自分を軽んじたエミリーのことを許したルイを理解できないという気持ちもあった。

 ルイの言うとおりあの場では一旦納得した体をとっていても、おそらくカミルのこのすっきりとしない気持ちは常に付きまとっていただろう。その考えをルイに見抜かれていたことにも驚いたが、それ以上にルイが今回の遊びを持ちかけてきた理由が全く分からなかった。

 エミリーとのわだかまりを無くしたいだけならカミルはいらないはずである。それをわざわざ引っ張り出して、なんとも言い難い空気感のあるエミリーとカミルを一緒にしてまでこの3人で遊びたいルイの考えが分からない。

 そんなことを悶々と考えていると、とっくに店に入ったと思っていたエミリーがカミルのことを呼びにきていた。

「カミル様。どうされたのですか?」

 そう言ってまっすぐカミルと目を合わせるエミリーを見て、カミルはぼんやりと考えた。

 そう言えば、こいつはルイと同じてオレを怖がらないな。

「……なあ、あんたはオレが怖くないのか?」

 気づけばするりとその言葉が飛び出ていた。いつかのルイへの質問と同じような問いかけをされたエミリーはきょとんとする。質問に質問で返してしまったことに気づいたカミルはバツが悪そうな顔をすると、何でもないとボソリと呟きさっさと店の方へと向かおうとした。

 それを止めたのは、カミルの問いかけに少し考えるそぶりをした後、再びカミルの顔を正面から見据えてきたエミリーである。

「正直に申し上げますと、怖いですわ。」

 その答えにポカンとしてしまったのはカミルである。てっきり怖くなんかないと、強がりだとしてもエミリーはそう答えると思っていた。彼女は気が強く、おそらく負けず嫌いである。ルイとの仲直りだって、ルイに引け目があってもあれだけ頑として自分の考えを譲らなかった。もしもルイに引け目が無ければ、エミリーは一歩も譲らない戦いを繰り広げるのであろうことは容易に想像ができた。

 そんな負けん気の強い彼女が、怖いとはっきり言った。

「貴方様はわたくしのことがお嫌いでしょうし、カミル様は他の方と比べると、その……ずいぶん迫力のあるお顔をされてらっしゃいますので、正直言ってその顔で凄まれて震え上がらないのはルイくらいのものですわ。」

 そう言ってふいと顔を逸らしたエミリーの視線の先には飴細工に興奮してきょろきょろとあちこちを見渡しているルイがいた。

「それなら、どうしてオレをまっすぐ見てるんだ?」

「……意地、ですわね。」

 そう言って視線をカミルへと戻した彼女はやはりカミルから視線を逸らすことはなく、まっすぐとその瞳を見てくる。

「意地?」

「ええ。わたくしはルイを傷つけただけではなく、ルイが得た大切な存在まで彼から取り上げようとしてしまいました。それはルイが許したといっても変わることのない事実。ですからせめて、わたくしなりに誠意を見せようと思いましたの。」

 そう言った彼女は、それまでまっすぐと伸ばしていた背筋を少し曲げて、伏し目がちにぽつぽつと話し出す。

「……本当は、目を瞑むってしまいたいくらいに怖いんですの。ルイを傷つけたと貴方様から詰められることが。わたくしの罪の象徴である貴方様をまっすぐ見ることが。……軽蔑してくださいまし。わたくしは結局自分のことしか考えることのできない身勝手な人間です。」

 そう言って罪人のように首を垂れていたエミリーだが、何かを振り切るように一度目を強く瞑ると再び顔を上げた。

「ですが、わたくしは貴方様から目を背けることは致しません。自分の弱さを直視することになろうとも、ルイが特別に大切に思っている貴方様から目をそらさない。……これがわたくしなりの誠意だと考えました。それに、怖いからと全てを見ないふりするだなんて負けたようで嫌だわ。」

 最後は自分に言い聞かせるようにそう言った彼女は、強い輝きをそのカーネリアンの瞳に宿していた。

「2人とも!どうしたの?こんなところで睨み合って。」

 その言葉に何か返事を返そうとしたカミルより先に2人の間に入ってきたのはルイである。飴細工に夢中になっていたはずのルイはいつのまにか店から出てきていたらしい。そんなルイに気づいたエミリーは先ほどの雰囲気をたちまち解けさせ、すぐさま話題を変えた。

「あら、ルイ。睨み合ってなんかいませんわ。それより、買いたいものは決まりましたの?散々迷っているようでしたけど。」

「それがなかなか一つに絞れなくて……。2人の意見も聞きたいんだけど……だめ?」

 まんまとエミリーの話題に食いついたルイはこてんと首を傾げて2人を見上げる。身長自体はエミリーより僅かばかりとはいえ高いはずのに、なぜか幼い子供からねだられたときのような心のときめきを受けたエミリーは、先ほどのキリリとした表情を緩めて返事を返す。

「ダメなわけありませんわ。それに一つに絞らなくても、飴細工の二つや三つ、わたくしが買いますわ。」

「ええっ、さっきのジュースも買ってもらったんだし、それは流石に悪いよ!」

「言ったでしょう、ルイ。これがわたくしのせめてもの償いだと。お金さえも出させてくれないんですの……?」

 そう言ってわざとらしく泣き真似をするエミリーにあわあわと焦ったルイは、慌てたようにおろおろとエミリーを見ていた。

「そ、それじゃあ、お願いしようかな……。あ!でも一つでいいから!」

 ルイの返事に満足したように頷いたエミリーはさっさと泣き真似をやめると店の方へと歩き出す。

 目の前で繰り広げられた茶番に唖然としているしかなかったカミルはくいと袖が引かれたことによって視線を下に落とす。

 いつのまにかカミルの近くまで来ていたルイはエミリーへと聞こえないように少しだけ背伸びをしてカミルの耳元に囁いた。

「ね?いい子だったでしょ、エミリー。」

 そう言って、カミルの近くで密やかに笑うルイにカミルは白旗をあげざるを得なかった。

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