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裏切りのアイディール


冒険者と生徒Aの戦いは拍子抜けするようなものであった。

フワが嫌々ながらも開始の合図をした直後、生徒Aは呪文詠唱に入る。


「水の精霊よ、その身を槍とーーーぶべっ!?」

なんで剣を持った相手が真正面におるのに悠長に詠唱なんかしておるのだろうな?

戦っておったのは剣士の冒険者だが、普通ならもう切られておるだろう。

だが、そこは護衛対象だからか配慮しておった。

下段に構えられた剣を大きく振り上げる。その際に足元の土を少し抉り生徒Aの口めがけて飛ばしたのだ。

詠唱中の開いた口に土が飛んできた生徒Aの詠唱は止まってしまった。

その隙をついて冒険者の男は接近、首に剣を突きつけて終わりだった。


「勝負ありですね。護衛の方々の実力もわかっていただけたでしょうし移動しましょうか」

「ちょっと先生! 今のはたまたまだって!!それに、あいつも卑怯なことをしてたし!!」

「ランクルス君、これから倒しに行く魔物は卑怯な生き物ですよ。それに残虐性も兼ね備えています。たとえ今の敗北が本当にたまたまであったとしても、魔物が相手ならあなたは死んでいるのですよ? 14年間も冒険者を続けていられている彼らはそのことをよく知っているはずです。ですよね?」


フワはすでに剣を鞘に収めて脱力している冒険者の方を向いてそう問いかけた。

冒険者の男はその通りだと首を縦に振った。

結局、技ばかり鍛えておる生徒Aと実際に命を秤に乗せて戦い続けてきた男とでは、戦いに関する価値観が違うのだ。


生徒たちは強さを証明するため、勝つために戦う。

対して冒険者たちは生き残るために戦うのだ。逃げることも多々あるであろう。だが、こやつらは生き残れればそれで勝利なのだから卑怯な手も厭わない。

結局、人間には死以外に敗北はないと言う話であるの。

生徒たちはそれを理解しておらんまま力を得ておるから危険なのだ。


生徒A、改めランクルスという奴は敗北して生徒の集団の中に戻っていって、小さく笑われておったがここで笑っておるやつもどこかで痛い目を見るであろうな。



して、冒険者の顔合わせも済んだのでやっと移動だ。

今回の魔法実習の講義では街の外にある森に出現する魔物を一体以上討伐して教師に提出するのが目的である。

集団で討伐して一体だけ提出するのも、一人で討伐して何体も提出するのも生徒次第だ。


そして、この講義の特性上生徒はばらけるためフワの目の届かない場所が出てくるであろう。

そこは冒険者にカバーしてもらうというプランだった。


「なんでもいいので魔物を狩って私のところまで持ってきてください。制限時間は1時間です」


フワがパンと手を叩いたのが開始の合図であった。

生徒たちは皆数人で集まり散り散りになっていく。中には一人で森の中に入っていくものもおった。


冒険者たちも陰ながら護衛をしようと森の中の巡回に向おうとしておった。

その際、フワが弓術士の男を捕まえて頼みごとをする。


「黒髪の3人組の生徒には目をかけてあげてください。多分、あの人たちが一番魔物慣れをしていないと思いますので」

「ん、りょっ」


弓術士の男は軽い返事をしてから木に登って枝伝いに森の奥に姿を消した。

フワは暇になった。


「みんな大丈夫かなぁ……怪我とかしないといいんだけど」


暇になったからか独り言を言い始めた。そんなに心配なら自分で見回れば良いのにな。

それか、事前に眼を設置しにくるとかの。打てる手はいくらでもあったはずだ。


『怪我はするであろうな。力を隠してすらおらん相手の力量すら測れんバカの集団であるぞ? 怪我をせん方がおかしい、分不相応な魔物と戦い手足のどれをか失って運ばれてくるに一票かけてやろうかの』

「ちょっとアイディ!! 物騒なこと言わないでよ!」

『割とありえる未来出ると思うがの』


今の生徒たちでは群れれば鎧熊がギリギリ倒せるといったところかの?あの熊、見た目の割に知能はあるから負けまでありえるな。その場合は帰ってくるのは死体か衣服の一部とかになりそうだ。

フワはないと信じておるが、可能性としては半分以上はあると妾は思っておった。


フワは倒した獲物の確認をするためにここを動けんかった。


無為に時間だけが過ぎていく。

フワは以前妾が教えた魔力の制御練習をしながら生徒たちが帰ってくるのを今か今かと待ち構えておった。

そして、一番はじめに森から出てきたのはこやつのクラスに所属しておる出席番号1番のアウジェロ、とその仲間たちであった。3人で鹿を引きずってきておる。


こやつは鹿型の魔物である大角鹿を仕留めてきたようだ。ほう、一番早かったにしてはそれなりの獲物を仕留めておるではないか。


「あれ? 僕たちが一番ですか?」

鹿が重かったのであろう。小さく息を切らしながら周りを確認しておる。

当然、一番はじめに帰ってきたのはこやつらだから他には誰もおらんかった。


「はい、あなたたちが一番乗りですね。まぁ、一等賞なんてものはありませんが、評定には入るかもしれませんよ。それでは早速獲物を見せてください。その鹿ですか?」

「はい! よろしくお願いします!!」


フワは地面に横たえられた大角鹿を見た。妾もフワの目を通して大角鹿を検める。

ふむ、足に妙な傷がついておるの。それと、きつく縛ったような傷もある。

これは罠にかけて捉えたか。それにしては戻ってきたのが早いから追い立てて誘導したのであろうな。

大角鹿は大人数で近ずくとまっすぐ逃げる習性があるから、罠にはかけやすかったのであろう。

そして、細やかな気遣いか血抜きも施されておる。よもやこれを食うつもりで獲ってきたのではあるまいなと疑うぞ。


「うん、大角鹿ですね。状態もいいし処理もできてます。ただ、………これ、魔法実習の講義なんですけどね?」

フワが鹿を見た後にそう言うとアウジェロ達はバツの悪そうな顔をしておった。

たしかに、魔法でついたと思われた傷はないの。

致命傷になっておるのは首元になにやら鋭利なものを突き刺したと思われる傷である。要するに刃物でつけられたものであるため、魔法を使わずにこれを倒したと言うことだな。


「もしかして、点数なしとかだったりしますか?」


不安になったのかアウジェロはそう聞いておった。


「いいえ? 学園側からは獲った魔物と人数で点数を与えるようにと指示をもらっていますから、実は魔法で仕留めたかどうかとかは関係ないんですよ」


フワがそう言うと目に見えてホッとしておった。一緒におった奴らも同様であった。


「そういえば、えらく早かったですね。コツとかあるんですか?」

「あ、僕の父さんが狩りが得意で僕もそれで結構教えてもらってたんです」


フワはアウジェロ一行が帰ってきたため話し相手ができて嬉しそうであった。

早く帰ってきた3人はくつろぎながら自慢をするようにどうやってあの鹿を仕留めたかを語った。

フワに魔物を狩った経験はない。精々、襲いかかってきたやつに武器を持って体当たりしたことがあるだけだ。

だから素直に感心しながら話を聞く。それで話すのが楽しくなったのか生徒達も次々と話し始める。

会話の内容は狩のことだけではなく、故郷ではどうしていたかとかの話もして盛り上がっておった。

次の組みは一向に帰ってこんかった。

ま、素人に魔物を狩って来いと言うのも土台無理な話ではあるがの。

どう猛なものは勝てんだろうし、臆病な奴には逃げられるだろう。

魔法で遠くから仕留められればそれが一番だろうが、それもうまくやらんと逃げられる。

かく言う妾も同じ課題を言い渡されたら森を焼き払って焼け残っておる死体を持ってくるくらいには面倒な作業である。


狩りというのは根気が大切なのだと、昔誰かが言っておった気がする。


そうして話しておる最中、森の中からなにやらこの時代の人間の強さからは考えられないほどの魔力の波動が発せられたような気がした。


『む?』

「何か言った?」

妾が唸ると小声でフワが聞いてくる。しかしもう魔力の波動は収まっておる。気のせいであったかの?

いや、そうではないと思うのだが……


『いやなに、森の中になにやらよくわからんものがおりそうだと思っての』

「ちょっ、なにそれこわいんだけど……みんな大丈夫なの?」

『最悪冒険者連中がなんとかするであろうよ』

「大丈夫かなぁ……」


フワは不安に思っておったが、そう構えても仕方あるまい?

なにせフワはここで待っておらんといけんからの。


それから少しして、2組目が帰ってきた。

手に持っておるのは足が異常に発達したウサギの魔物だった。蹴兎であるな。森の中と平原で戦闘力が著しく変化する魔物の代表例だ。


「お帰りなさい。魔物はこちらに……」


例によって魔物の査定。

蹴兎は手足が氷結しておった。水魔法であたりを冷やして動きを鈍くさせて仕留めたということかの。とどめの一撃は雷みたいだ。

ちなみに、雷魔法は風属性と水属性の混合のことを言うぞ。


点数的には先程の鹿の方が上かの?持ってきたのも血液ダバダバの状態だし。

2組目のやつらは疲れたみたいでその場に寝そべった。無防備はあるが、ここには魔物はおらんから誰も咎めることはせんかった。



そして、少しして次の組が帰ってきた。

手にはなにも持っておらんかった。しかも、隣には冒険者の剣士もついておった。


「先生!!」


生徒のうちの一人が慌てたようにフワを呼んだ。なにやら緊急事態だそうだ。


「何かあったのですか!? 誰か怪我をしたとか!?」

「先生!! やばいのが、やばいのがいた! みんな! みんなが!!」


やばいのがいて、みんながどうなったのと言うのだ?慌てておるからか伝達がうまくいかんかった。

見兼ねた冒険者剣士が説明をする。


「この森にいるはずのない強さのなにかが現れたんだ。そいつは生徒達を見ると一直線に追いかけてきた。みんな森から出ようと逃げている、すぐにこちらにくるだろう。俺の仲間の魔法使いと弓術士が足止めをしているが長くは持たない。それと、もうすでに生徒が何人か捕まった。黒髪が2人だ」


先程の説明よりかはわかりやすかった。しかしの、その説明では結局的がなんなのかはわかっておらんではないか。

おーい、冒険者とは魔物の専門家の別称でもあったであろうが、しっかりせい。


「黒髪って……もしかして……」


フワが情報を与えられて戦慄しておる。おおよそ、捕まった生徒に心当たりがあるのであろうな。

妾も心当たりがある。というか、黒髪は珍しいからの。おそらくではあるが、フワの世界からやってきた人間のうちの誰か、もしくは全員であろう。

フワは異世界人の生徒には特に気にかけておったからな。今は相当焦っておることだろう。


冒険者の剣士の情報通り、すぐに森の中から飛び出すように生徒が姿を見せ始めた。


その中に、異世界人と思われる黒髪の女もおった。

ただ、1人だけである。


「先生!! 中村くんが、渡さんが!!」


その1人はフワのクラスに所属しているやつではなかった。

しかし、その言葉で誰が捕まったのかがフワには理解できたのであろう。今にも飛び出して行きそうな雰囲気だ。

周りを見れば割と人数が足りておらんかった。おそらくであるが、異世界人以外にも捕まったものがおるのであろうな。


「アイディ!!どうしよう!」


全くこやつは、混乱するとすぐに妾を頼りおる。少しは自重しろと言い含めておるのだがな。


『知らぬ。どうするかはお主が決めればよかろう? たまには自分でなんとかしたらどうであるか?』


「えーーー」


なんだ、その裏切られたと言う風な顔は?


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