悪魔憑きの生徒
そもそも裏切られたと思っておるようであるが、妾はお主の味方になったつもりなぞこれまで一度としてなかったぞ。
全ては気まぐれにすぎん。
気まぐれで体を貸してやっておるし、気まぐれでアドバイスなどをしてやっただけだ。
いつまでもその気まぐれに頼り切られては困る。
『ほれ、良いのか? こうしている間にもお主の可愛い生徒たちは危険に晒されておるのではないか?』
「はっ!? そうだった! みんな、今から先生は森の中に入るからこの冒険者さんの言うことをしっかり聞いて待機していてね!」
フワはそう言って一目散に森に入る。その件のやばいやつ、と言うやつがどこにいるのかすらもわからぬくせに真っ直ぐに突っ走る。
フワは無意識のうちに体を魔力で強化して、できる限りの最大の速度で森の中を走りまわった。
途中、足元が安定しておらんから何度も転びそうになった。それをただの身体能力だけで立て直した。
途中、何度も木にぶつかった。それをただ、体の強靭さだけでなぎ倒した。
フワを阻むものはほとんどいなく、たまにでてくる魔物は無視して置き去りにしておった。
そして途中、逃げ惑う生徒を見つけた。それでやばいやつ、と言うのがどこら変におるのかを知った。
フワはどっちの方向におるのかだけを聞いて真っ直ぐ走る。
「みんな無事でいてね………くっ、こんな時に限ってアイディは助けてくれないんだから!!」
途中、妾に対して愚痴りおった。
『妾は別に餓鬼共が死のうが興味はないのでの。助けたければお主が自ら助ければよかろう? これはお主の人生であるぞ。それとも何か? お主の人生は妾に頼り切ってあらゆる問題を蹂躙することにあるのか?』
「そんな言い方をしなくてもいいじゃない。アイディにはどうでもいいかもしれないけど、私は生徒たちを助けたい。それのために一番可能性の高い方法を取ろうとして何が悪いの???」
『別に悪いとは言っておらん。ただ、お主は自分で助けようとは思わんのか? 何よりも先に妾に頼るのが本当に正しいと思っておるのか?』
「命は正しいとか正しくないとか、そんな理由で見捨てていいものじゃないのよ?」
『なら見捨てんかったらよかろう? なぜお主は敵を見る前から無理だと思っておる? なぜお主はやる前からできんかったと諦めておる? 妾にはそれがわからん』
「あぁもう!! もし私がやってダメだったらどうするのさ!!手遅れになったら!!」
『もし本当にそうなったら、その時こそ妾を頼ればよい。そのときは少しくらいは力を貸してやる。だから詰むまではお主が頑張れ。これは、お主の物語であるぞ?』
「………その言葉、信じていいんだね?」
妾とフワは少しの間口論をした。思えば、フワが妾に反発するのはこれが初めてかもしれぬの。
これまでは妾の言うことは素直に受け入れてきたこやつであった。しかし、生徒の命を秤に乗せられたこの時ばかりは、妾に食い下がってきた。
ま、フワの主張は妾に助けろという、他力本願ここに極まれりのようなもので、切り捨ててやったがの。
『信じるなら勝手に信じよ。妾は気ままに動くだけである』
「……うん、ありがと。私、自分でできるところまでやってみるよ」
『少しはマシな顔つきになったの』
フワは何かを決心した顔付きに早変わりだ。そして時を同じくして、例の敵が近くなったみたいだ。
ある時、境界線を越えたと思うたら空気が一変したような感覚に包まれた。
「今のは?」
『どうやら敵の支配領域にでも入ったようであるの。自分の髪を見てみよ』
「え? うわっ、黒くなってる!?」
『ここいらの空間は闇属性の魔力で満たされておるということだ』
以前も説明したが妾の髪は高純度の魔力感応体である。属性魔力に触れると色がその魔力の色に変わるのだ。
今回は黒っぽくなったので闇属性の魔力がここら辺に充満しておるということだな。
そして、これで敵の正体が大体予測がつく。
地水火風の属性と違い闇と光は普通の人間では使えん。
使えるとしたらーーーーーーー
「何、あれ……」
フワがついに接敵する。
フワの目に写っていたのは黒い人型であった。ドロドロとしたもので人間を包み込んだもの、と言ったほうが良いかの?
ベースとなった人間はどうやら女みたいだ。体のラインが出ておるからよくわかる。
『あれはーーー「あれはもしかして貪欲な悪魔王!?」……』
親切心で敵の正体が悪魔だと教えようとしたら、それより詳しい情報がフワの口から飛び出した。妾がわかったのはあれが悪魔に取り憑かれた人間ということだけで、あれが貪欲な悪魔王とやらであることは知らんかった。
ま、見た感じその時代にそぐわない強さを持っておるが大した存在ではなさそうであるし、フワならなんとかなるであろう。
其奴は後ろを向いておった。
しかし、フワの言葉に反応して正面をこちらに向ける。
すると、今までその背中に隠れてよく見えんかったが、両手にそれぞれ人間を持っておるのが見えた。
捕まっておるのは前情報にあった通り黒髪の2人であるな。
妾が見た感じ、その両腕から体内の魔力を引っこ抜かれておる。
と、それを確認できた直後、悪魔の後頭部に土の塊が直撃した。
目を凝らしてみると冒険者の魔法使いが放った魔法であった。
しかし、多少よろめきはしたものの大して効いておらんようであった。
おそらく、中身の人間が核のようなものであり、全身くまなく覆っておる黒いものは鎧のようなものなのであろう。
黒いものは見た目こそ薄いが魔力がそれなりの密度で詰め込まれておった。
「依頼主、すまない。2人、捕まってしまった」
土塊が悪魔の後頭部に当たった後、木の上から声が聞こえた。
あれは弓術師であるな。
『開始時に黒髪3人組には目をかけるようにとこやつが言ってやったというのに、ピンポイントでそのうちの2人だけ捕まるとは、さてはあやつ無能か?』
「そんなこと言わない! これまで足止めしてくれていたみたいだし、それで助かった人もいるはずだから責めないの。とりあえず、あの2人は助けないと!!」
フワは真っ直ぐ悪魔に向かって走り始めた。
魔力で身体を強化しておるが、それ以外に何も策はないただの突撃であった。
こやつ、妾が何のために魔術を教えてやったと思っておるのだろうな?
そしてそれは、やはりというべきか簡単に止められる。
悪魔がフワの前に壁を張ったのだ。
フワはそれに激突する。どうやら、この壁はそこいらにある木々よりは頑丈なようだ。
「うわっ、なんのこれしき、火精よ、火の玉を作ってこの壁にぶつけよ!!」
即座に呪文詠唱をするフワ。しかし、魔法は発動せんかった。
「どうして!?」
『阿呆、闇の魔力で満ちておると言っておろうが。それすなわち、ここには他の属性の精霊はほとんどおらんということであるぞ?』
「でも、さっきの冒険者さんの魔法は使えてたよ!?」
『あれは領域外から風魔法でただの土塊を飛ばしただけである。物質なら影響は受けんゆえな』
「つまり闇属性しか使えないってことね?」
『だが、この壁は闇の魔力を自動で吸収して硬くなるようだから注意すると良いぞ。あと、術式は精霊関係ないから使えるぞ』
「なるほど!! 私は殴るしかないってことね!」
フワが右腕に力を込めて悪魔との間にできた壁を殴りつける。
物理攻撃に強い闇属性の結界魔法であるみたいだが、妾の体は魔力のみによって構成される。
故にその本質は魔法攻撃に近い。だからか、フワが全力で殴りつければ壁は壊せる。それでも、それなりに固そうにしておるがの。
そも、こやつがこんなに苦労しておるのは術式をろくに覚ておらんからだ。
こやつができるのは今の段階では魔法の劣化品でしかなかった。だからフワは身体を強化だけして殴りつけておるのだな。
3度ほど殴ると壁は割れる。フワは前に出る。
思ったよりあっさり壁を壊されたのか悪魔は焦っておったな。
次の壁を用意しようとしておる。だが、その時、一本の矢が悪魔に向けて飛来しその対応で一瞬の隙ができた。
その隙をついてフワは悪魔の横を駆け抜ける。その際
「我が手に武器を!」
指輪から1つの武器を取り出していた。
今回出てきたのは一振りの剣。名前は無魔の剣。
これは魔法の使えなかったかつての英雄が使っていた剣だ。
魔力を切り裂く時にその真価を発揮する武器であった。こやつ、土壇場での引きは強いみたいであるの。
フワは右手に持った剣で悪魔の腕を切りつけながら、左手で倒れておった生徒を1人回収する。
そして駆け抜けた先で次なる攻撃の用意をしておった魔法使いに受け渡す。
「この子を連れて森を抜けてください!!」
「お、おう! 任せろ!!」
魔法使いはこの場にいても大した役に立てないことをわかっておったのだろう。
すぐに指示に従い救出された1人の女子を担いで逃げ帰った。
それを確認するより早くフワは振り返って残り1人を救出しようと画策する。
悪魔も警戒しているのか木の上の弓術師は無視してフワの方に最大限意識をくれてやっていた。
再び、2人の間に壁ができる。今回の壁は前回のものより少し厚い。
だが、ちょうどよく無魔の剣を引いたフワの障害にはならない。
強度は増したはずなのに、一振りで壊される壁。
壁が一撃で壊されたことに悪魔は驚きながらも、すぐに切り替えてフワに攻撃をしてくる。
攻撃方法は身にまとっている黒を触手のように伸ばして殴りつけてきおった。
フワはなんとかそれを斬りはらう。だが、触手の攻撃が思ったより激しいのか前に出れていない。
弓術師も後ろから矢を放っておるが、ついでのように払われたり無視して体の黒で受けられたりと散々であった。
妾の体を使っておるフワは攻撃を全て無視して救出に向かうのがベストであろう。
だが、まだ人間が抜けきっておらんフワにはその発想はなかった。丁寧に触手を防御しておる。
そしてその攻防が続いていたが悪魔がおもむろに足元の黒髪の男に手をかけた。
すると足元の男が痙攣するように跳ねる。口からは小さく喘ぐような声が聞こえてきた。
「ちょっ、やめなさい!」
『ふむ、もともと主要な魔力は大体抜かれた後であったからの。あれ以上魔力を抜かれるとあやつは死ぬから急いだ方が良いぞ』
「くっ、こうなったら怪我を覚悟で突っ切るしかーーー」
フワが決心してなりふり構わず突進をしようとした、その時であった。
木の陰から1人の人間が飛び出した。
「助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ!!」
「フラヴィデオ君!? どうしてここにいるの!?」
「助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ!!」
悪魔の横合いから飛び出した其奴は悪魔の足元で倒れておる男に飛びついた。
悪魔が壁を張るのをやめ、フワにほぼ全ての触手をやっていたからそこに隙ができたのだろう。
フラヴィデオはいとも容易く要救助者に到達した。
しかし、うまくいったのはそこまでであった。
悪魔に膂力で負けておったフラヴィデオは、掴まれた男を救助することはかなわんかったのだ。
そして、捕食を邪魔されたからか怒った様子の悪魔はフラヴィデオに一本だけ触手をやった。
「やばっ、フラヴィデオ君!! 避けて!!」
「助けなきゃ助けなきゃって、え?」
「くっ、間に合って!」
ーーーーグサリ
悪魔の触手は思ったより貫通力があったようで、咄嗟に防御を捨てて庇いに行ったフワの体を串刺しにしていった。
次々と触手が刺さっていく。フワはその間、足に力を込めて前に進むことだけを考えておるようであった。
そして、最後にザクっとフラヴィデオを庇い全ての触手に体を貫かれることとなった。
「えっ、先生!?」
「無事、みたいだね」
フワは体を貫かれながらも、無魔の剣を使い悪魔の手から黒髪の男を引き剥がしフラヴィデオに預けた。
「彼のことは頼みます」
「先生、俺のせいで……俺なんかのために?」
「フラヴィデオ君、あなたのせいではなく、あなたのおかげでこの子は助かるんです。私なら大丈夫ですから、さっさと逃げてください」
フワは悪魔が次の攻撃に入る前に逃げろとフラヴィデオの腕の中に黒髪を預けて背中を押した。
押された方は勝手に助けに入った自分のせいで犠牲者が増えたと思ったのか、涙を流しながら走り去る。
「フラヴィデオ君、さっきの君は確かに勇者でしたよ!!」
その背中を見送りながらフワはそう叫んだ。
気負わないようにするためだろう。その後、フワは自分を串刺しにしてくれている悪魔の方を向いた。
「そこにいる冒険者さんも逃げてください」
「………」
返事は聞こえなかったが、気配がなくなったところを見ると指示に従って逃げたようだった。
もう他に犠牲者を出すこともない。そう判断したフワは小さく微笑みながら無魔の剣を悪魔の首めがけて振り抜いた。
触手で繋がっておるから簡単に避けられる攻撃ではない。
悪魔は攻撃を受ける部分に周りの黒を集めることでその一撃を防御した。その際、素体になっている人間の肌が顕になる。
首元は頭から近かったから、顔まで見ることができた。
黒の下から現れた顔は、妾にも見覚えのあるものであった。フワもどう思っておるかは知らんが、印象深い顔であろう。
「……ぅ、あ、フワ? 殺す。殺せる?」
「あなたは……アリナさん?」
黒の下から出てきたのはアリナとかいう一度暗殺も仕掛けてきた女であった。
見ている限り、悪魔に取り込まれて自我はほとんど残っておらんようであったが、まだ生きておるの。
こやつはフワのことを認識しておった。ほとんど残っておらんとはいっても、まだ意識はあるのだろうな。
「ぁ、……ぁあ…」
だが、それももう時間の問題だった。
少しずつ意識が呑まれていくのが見ているだけで明らかであった。
「アリナさん!? しっかりして!!」
フワが声をかけるがどんどん反応が悪くなっていく。
「アリナさん! アリナさん!? なにがあったの!? アリナさんってば!」
「……」
「アイディ、これどうなってるの!!?」
フワにはやはりというべきか頼りグセがついておるの。こうして困ったらとりあえず妾に聞くのが癖になっておるようだ。
ま、これはもう手遅れに近いからの、そろそろ手を貸してやるのもやぶさかではないぞ?
『うむ、ギリギリ残っておった意識が魂ごと内側に押し込められて逆に悪魔が浮かんでき始めておるということかの?』
「浮かび始めている、というよりは浮かび終わったんですけどね」
「っ!!?」
どうやら悪魔が完全に体を乗っ取ったみたいであった。先ほどまでは無表情であったアリナの表情が戻ってきておる。
だが、そこにあるのはアリナの意識ではなく悪魔の方の意識。
「初めましてでいいでしょうか? 一応自己紹介をしておきますと、ワタクシ、貪欲の悪魔王と呼ばれていたりするものです。あなたは知っているみたいですね?」
『そういえばフワよ。貪欲の悪魔王とはなんぞや?』
「知ってる、けどそんなことどうでもいいの。アリナさんを返して! その子はうちの生徒よ!」
妾の問いは無視された。今は取り込まれたアリナとやらがそれほど大切らしい。
「残念ですが、これはもワタクシのものですので返せと言われましても……」
「そう、なら力づくでも返してもらうわ!」
「できるので?」
「あなたをぶちのめせばいいのでしょ?!」
「ええ、でもワタクシを倒すということはこの娘も同時に倒すということですよ? ワタクシが出て行かざるをえないほどぶちのめせば、死にますよ? この娘。それに、先ほどまであれほど苦戦していたあなたに、そんなボロボロのあなたにワタクシが倒せるのですか?」
先ほどまでの戦いではアリナの方の自意識が残っておった。
それは未熟な操作者が悪魔の力を使っていたということになる。だが、今出ておるのは悪魔だ。
だから今は悪魔が悪魔の力を使う、という本来の構図を取れておるわけだ。
つまりまとめると先ほどまでとは力の使い方の練度が恐ろしいほどまで違うということである。
確かに、妾の体をほとんど使いこなせておらんフワでは厳しいかもしれぬの。
負けはせんだろうが、勝てもせんだろう。見た感じ、目の前の悪魔はそれなりみたいであるからの。
「わかってる。私じゃどうすればいいかわからない。だから、アイディ、助けてくれる? これはもう手遅れだと思うの」
『はぁ、仕方ないの。少々頑張ったようであるから、少しくらい手を貸してやっても良いぞ』
本日2度目の頼み。
妾は1度目とは違い首を縦に振った。
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