第33話 〜エルシャを参戦させよう〜
後方に控えていた冒険者達は、今この瞬間も目の前に広がるあり得ない光景に唖然としていた。
彼方からやって来る黒い波。その全てが万にも届く魔物の軍勢。
絶望そのものが体現したかの様な光景に、それを見た者は心が折れてしまいそうになる。
あんなにも意気込んでいたのに、戦う前に恐怖で足がすくんでしまっていた。
「こんなの、勝てるわけがない」
今直ぐにでも逃げたしたい気持ちでいっぱいだった。
腰が引け、後ろに下がってしまいそうになる。
しかし、そんな中から一人の男が自分達の前―――――魔物達の進行方向に立ち塞がる様に立つ。
その男は見るからに成人仕立ての少年でしかない。
「あいつ、死ぬ気か」
それを見ていた冒険者達は誰もがそう思っていた。
しかし、その後に起こったものは、自分達の認識を、価値観をぶち壊す物だった。
突然、その少年の周りから九つの炎の柱が立ち上ぼり、それが次第に細長い蛇の様な、もしくは竜の様な頭部を持つ存在に。
鎌首を持ち上げたそれは、少年の視線の先に居るその威容に戦く魔物達へと向けられる。
そこから始まるのは、たった一人の少年による蹂躙劇。
それらを前に魔物達は、炎の龍に焼かれ、水の龍に喰われ、天より降りし大針に刺され、散弾の如くはぜる風の槍に穿たれ、閃光に貫かれ、闇に精神を壊され、氷に砕かれ、雷に撃たれる。
倒れる魔物の数は千を優に超え、目に見えてその数を減らしていく。
―――――――――英雄。そして、奇跡。
誰もが、その光景に思った。
まだ、戦ってもいないながらに、その数に心が折れかけていた所に起きた奇跡だ。
どれ程の犠牲と被害が出るか分からないそれを、たった一人の少年が覆した。
それに煽られるかのように、その場に居る全冒険者達は心が奮い立った。
勝てる、と。
そんな時に、指揮官に立つギルドマスターのエレーナさんからの指示が出た。
殲滅せよ、と。
奮い立った心と共に、戦え、と。
それに応えない者は、今この場には誰も居ない。
「「「「「「「「「「ウオオオオオオオォォォォォォォォォォッッッッ!!!!」」」」」」」」」」
雄叫びを上げ、冒険者達、そして残っていた兵士達が魔物達へと突撃を敢行した。
〜・・・〜 〜・・・〜
エレーナは、今まさに起きている目の前の光景が信じられずに居た。
あれほどまでに居た魔物が、今では半分に差し迫るか、それこそ半分を切るかという程までにその数を減らしている。
それが起きるまでは、彼の言葉を信じる事が出来なかった。
見るからに自分よりも年下の男の子が、自分を超える実力者だなんて考えもしなかった。
執務室で彼が発した魔力の威圧感は、エレーナが見てきた者の中では上位に来る者だった。だが、気をしっかりと持ち、お腹に力を入れていれば何とかなる程度のものだった。
しかし、彼の年であれ程までの威圧感を出せる者が居るのかと問えば、答えはNO。
それこそあり得ない。
多くの修羅場を潜り抜けてきた者が出す、重みのあるそれを成人したての男の子が出せるわけがなく、この年でこれなのだから、この先どうなるのかという畏怖の感情さえ起きてしまう。
彼が―――――タクトが引き起こした惨事はエレーナの理解の範囲を逸脱していた。
規模や威力もそうだが、最もなのが、その魔力と魔術の構築だ。
「何なの、あれ。あり得ないでしょ」
清流の様に静かに流れる魔力と、その魔力を無駄無く淀み無く循環させる技量。
それだけでもあり得ないのに、彼が使った魔術は全てが見たことの無いものだった。
つまりは、独自魔術。俗称はオリジナル。
彼は、それを作り上げる程の高位の魔術師だということに他ならない。
炎と水が形作る生物も、全ての属性を扱える上にその腕前も自分以上。
だが、同時に納得してしまった。
確かに、これ程までなら、あの言動と自信も頷ける。
「確かに、これは大きな花火ね。それも、希望と言う、素晴らしく巨大な」
エレーナは全体を見回し、魔物達が浮き足立ち、冒険者達がその光景に気を飲まれながらも、気力を漲らせている。
これは好機。
そう感じ、エレーナは迷わず告げた。
「全軍、突撃!」
〜・・・〜 〜・・・〜
後方から上がる雄叫びにチラッと振り返れば、こちらに走り寄ってくる冒険者と兵士達が見えた。
「やっと動いたか。なら、後は彼等に任せて、俺は援護にまわるかね」
俺は、自分の開幕の花火を派手に上げるという仕事は終わったと判断し、こちらに向かってくる彼等のサポートに徹する事にした。
勿論、非常事態になったら動くが。
てなわけで―――――
「サポートと言えば、定番の強化付与付けかな。対象指定。【全属耐性付与】【全属性強化付与】」
それは各属性にある属性付与であると同時に、付与された属性に対する属性耐性と強化を与える魔術である。
付与された対象である冒険者と兵士達が、自分の身体の奥から沸き上がってくる力に唖然とするが、それが何なのかを理解すると、猛然と魔物達に向けて突撃をかましていく。
「これで、大丈夫かな」
俺は一旦、後方に設営されている陣営の天幕に向かう。
そこに居るエレーナさんに報告と、エルシャを連れての前線戦闘に加わる為に。
これ程までに多くの魔物が居るなかでの戦闘はそう簡単には経験出来ないもので、俺にとっても、況してやエルシャにとっても身になる状況だ。
自分の実力の再確認と、更なる戦力の増強。
素晴らしい訓練環境であるが、毎回は勘弁して欲しいがな。
もし、これをエレーナさんやエルシャ、他の冒険者達が聞いたのなら口を揃えて「いやいや、そもそもそんな考えが起きる方がおかしい」と言うだろう。
風の付与で一瞬で自陣に戻ってきた俺はその場に居た冒険者やギルド職員に大いに讃えられた。中にはこんな状況にも関わらず、俺に対して誘惑してきたり、更には弟子にしてくれなどと言ってくる奴まで居た。
流石に、今はそんな事をしている暇も無いので、手っ取り早くエレーナさんを探す為に歩きだそうとしたら、向こうからやって来た。
「お疲れ様。ツガナシ君」
「いや、それ程疲れては居ないんだがな。それで報告なんだが、敵の戦力を半分くらいは殲滅した。これからエルシャを連れて、前線の冒険者達と合流して戦線に加わる」
「了解よ。でもまさか、あそこまでの力があったなんてね。今この瞬間でさえ、信じられない思いよ」
エレーナさんはさっきまで俺が戦っていた、現在は冒険者達と兵士達が戦っている戦場に目を向けながら言う。
「まぁ、あれでも全力ではないんだがな」
「……………………………………へえ?」
間抜けな声を出して、エレーナさんが俺に視線を向けてくる。
「ん? どうした」
「あ、あれで、全力では無いの?」
「ああ」
俺は何て事無い様に答える。
その時、ふとエレーナさんが俺を見て、確かに余力を残しているのを見て取った。
「まさか、本当に?」
「そう言うわけだから、ちょっくら行ってくるわ」
俺はそれだけ言って、エルシャの魔力を感じ取り、その方向に向かって歩きだす。
少し進んだ所で、ギルド職員を手伝っているエルシャを見つけ、俺は声を掛ける。
「おーい。エルシャ」
それで気付いたエルシャは、俺に向かって走り寄ってくる。
「タクトさん。お疲れ様です」
「ああ。お前も手伝いお疲れ」
「いえ、それほどでも。それで、私に何か用ですか?」
「これから俺はまた前線に出る。それでな、出るついでに、エルシャを連れていこうって事にしたんだ」
「何言ってるか分からないです」
エルシャは理解できなかった。
自分の実力は確かにタクトに鍛えられた事で、信じられない程に上昇している。
しかし、今はスタンピードの最中。
そんな、まだまだ未熟な自分が出て良いような所では無い。
なのに、何て事無い様に言うのでそんな風に聞いてしまった。
「まあ、そうだろうけど。今のお前なら、気を付けてさえいれば何とかなる。もしもの時は、俺もフォローに回るからさ」
「いや、そう言う訳ではなく」
「エルシャが心配している事は分からなくもないが、俺がサポートすればなんとかなる。それに、それをやりながらでもあの程度の魔物に遅れを取るわけもないし、片手間に対処できる。何だったら、この後にエルシャのお願い事を五つ叶えるってのはどうだ?」
「…………………………はあ。分かりました。タクトさんが常識外れな事をするのは今に始まった事では有りませんでしたもんね」
エルシャは諦めか呆れの境地に達したのか、そのままタクトの指示に従い、一緒に前線に出ることになった。
「まずは、手当たり次第に邪魔な魔物達を狩っていく」
「分かりました」
俺達は最低限の魔力強化をして前線に加わり、近くに居る魔物を片っ端から俺は神剣『エレクシア』で、エルシャは俺が買って強化した市販の鉄剣で斬り殺していく。
更には、魔術で離れている場所に居る冒険者や兵士達の死角から襲い掛かる魔物を倒していく。
例え俺の強化の付与魔術が施されているとしても、けして死なない訳ではない。油断すれば、その命は一瞬後には刈り取られている事だろう。
「さあ、まだまだいくぞ」
〜・・・〜 〜・・・〜
エルシャは最初は戸惑いながらの参戦だった。
タクトが行くなら、という案安な考えで着いてきたが、そこに広がる光景に、魔物達の数に愕然としていた。
こんな数の魔物とその半分も無いこちらで戦わなくてはいけないのか、と絶望しそうになったくらいだ。
しかし、それを真っ向から撃ち破っていく者が居た。
自分の師であるタクト・ツガナシだ。
彼の放つ魔術は、どれもが広範囲かつ高威力のものばかり。
エルシャは鍛練の合間にある休日には自分の知識を増やそうとギルドの図書室に出入りしているので、ある程度の魔術は知っている。
だが、タクトが使っているあの魔術は知らなかった。
どの本にも載っていない魔術。
ゴブリン討伐の依頼を受けた時に見せられた幾つかの魔術と同じもの。
オリジナル。
タクトはそれを幾つも作り上げ、所有している。
同時に感激してもいた。
自分は、そんな凄い人に弟子にしてもらっていたのだと。
だからこそ―――――
「だからこそ、あの人を落胆させたくない」
彼に自慢して欲しい。
自分が鍛えた私が、ここまで強く、戦える様になったんだと。
「だから、私は戦います。ただ、何かの為ではなく、彼に着いていく為に」




