第9話 〜拓斗が消えた後の出来事 クラスメートpart〜
拓斗が異世界アーテラルに転移した後の事を書いています。
まずはクラスメート達を救う為に囮になったところからです。
時は一年前の、拓斗がクラスメートを助けるために自身を囮にした時にまで戻る。
「待てっ! 津我無っ!?」
担任の伊野崎が必死に止めようと拓斗に向けて手を伸ばすが、すんでの所で拓斗がバスから飛び降りてしまった事で、伸ばした手が空を切る。
外からは、拓斗があの怪物に向かって挑発の罵倒をしながらバスから離れていく、走っていく足音が聞こえ、その後を怪物が追っていく足音もした。
少しして外を見れば、拓斗と怪物の姿はすでに無く、どこかに消えていた。
「…………津我無」
残された伊野崎は数分の間呆然とした。自分が本来、守るべき生徒である筈の拓斗が、その自分とクラスメート達を逆に守るために自分から囮になって、飛び出していった。
伊野崎は拓斗の家庭環境を知る者であり、その行動がどれだけの覚悟が必要かも分かっている。
残していく家族との別れ。
拓斗がバスから飛び降りる時に、伊野崎に伝えてもらうように頼んでいた言葉。
―――――『約束を破って、守れなくて、ごめん。』
あの言葉は間違い無く、遺言で、自分が生きて帰る事が不可能である事を知っていたからこそ、伊野崎に伝言として百合華に伝えるよう頼んだのだと。
拓斗にそんな覚悟をさせた自分に、伊野崎は言い知れぬ怒りと不甲斐なさを感じていた。
確かに、あの時の自分は突然の事で慌て、混乱しており、まともな指示さえ出せなかった。だが、そんな伊野崎でも、あの場から自分が居なくなった後に、それこそまともな指示を出せる人間が居なくなってしまう事が分かっていた。
しかし、そうは考えては見るものの、本来であれば自分が囮となり、拓斗を含めた生徒達全員を逃がさなければならなかったのに、拓斗はそれを許さなかった。
「……………くそっ」
頭では幾ら考えても、結果は何も変わらない。なら、今自分がすべき事は、バスの中で動けなくなっている生徒達をまとめて逃がす。
拓斗が望み、自分がどうすれば良いのかと悩み続けた事。
だから、伊野崎は言う。
「お前達、今直ぐここを離れるぞ。怪我人は、怪我をしてない者に支えてもらいながら外に出る」
突然見たこともない怪物に襲われた事で混乱していた生徒達だが、担任の伊野崎の指示に耳を傾け、その通りに動く。
怪我人が居る事で早くは出来ないが、それでも出来る限り速やかに、他の生徒達が怪我をした生徒を連れてバスから這い出す。
最後に殿として、伊野崎が残された者は居ないか確認してからバスの外に出る。
「よし。それじゃ、怪我人にできる限りの応急措置をしてからこの場を離れる」
伊野崎の言葉に生徒達はゆっくりとした動きで行動し、保健の授業で習った事を実践し、介抱を始める。
すると、その中から一人の女子学生が伊野崎の下にやってくる。
「……………先生」
「どうした。如月」
やって来た生徒に伊野崎は見覚えがあった。女子生徒は自分が担任をしているクラスの委員長をしている生徒で、名前を如月 久遠と言う。
彼女はクラスをまとめる事が上手い生徒で、何事にも真摯に取り組み、クラスメートからも信頼が篤く、伊野崎も頼りにしている者の一人だ。
「先生。津我無君は、どうなったのですか?」
「…………………」
久遠の言葉に伊野崎は押し黙る。
それも当然の事だろう。他人がどうだ、自分がどうだ何て関係なく、生徒が自分から死を覚悟して囮になっている。
第三者の目線からすれば、間違い無く担任である自分が拓斗に囮になるように言ったように見える事だろう。
拓斗が自分で囮になると言った事は、近くにいた者達が聞いているが、それを直接見た者がいなければ全く意味が無い事だ。
「…………津我無は……自分を囮にして、あの怪物から俺達を逃がした」
「……ッ」
それを聞いた久遠は衝撃を受けた様な表情をする。実際、久遠は伊野崎と拓斗が言い争っていた時、少し離れた後ろの席にいた事で、二人が何を話していたのか分からなかった。
なので、今伝えられた内容に驚愕してしまう。
自分達が今、こうして無事で居る(怪我人はいるが)のは、クラスメートの拓斗の献身的行動によるものだと。
「先生、何でその時に止めなかったんですか! もしかしたら、もう津我無君は………!」
「そんな事は分かっている!!」
伊野崎は久遠の台詞に激昂する。
怪我の治療をしている生徒達がこちらに、何かあったのかと見てくる。
伊野崎は何でもない、と手で伝える。
本来であれば、確かにあの時に津我無を止めていたのならば、また別の選択と未来があったのかも知れなかった。
拓斗もそれは重々承知であった筈だ。だが、拓斗は天秤にかけたのだ。自分一人とクラスメートや伊野崎達の命を。
「これは、あいつが決めて起こした事だ。あいつが、自分一人の命を犠牲に多くの救える命を救う為に、囮になったんだ」
「…………津我無君」
久遠は沈鬱な表情になる。
自己の事より他者を優先する事など、普通は出来るような事ではない。誰だって自分の命の方が大事だと考えているもので、拓斗の行動は確かに勇気ある行動だといえる。
だが、見方を変えれば愚かな選択だと言う者もいるだろう。
「先生は、どうするんですか?」
「まずは、お前達を安全な場所に連れていく」
「その後は?」
「……………」
伊野崎は何も言う事ができなかった。
しかし、おそらくだが久遠は伊野崎が自分達を避難させた後に何をしようとしているのかに勘づいている。
「やっぱり、津我無君を探しに行くんですね」
「………ああ。俺は、あいつの担任だからな」
伊野崎は決死の覚悟で答える。それが、自分に出来るせめてもの事だから、と。
その時だった。
「きゃあっ!」
「な、何だ!!」
「うわあっ」
突然、生徒達の方から悲鳴か驚愕の声が上がった。
「どうした!?」
そちらを向くと、数人の生徒の足下の地面が光輝いていた。目を凝らしてよく見ると、その地面には幾何学模様が描かれていた。
俗に言う、魔方陣もしくは魔法陣だ。
それを見て、まさかさっきの怪物が戻って来たのか!? と思ったが、それとは別物のようだった。
だが、あまり良いものでは無いだろうと考えた伊野崎は警告を出す。
「お前達、すぐにそこから離れろ!!」
叫ぶが、それは遅かったようで、足下の魔方陣の光が強くなっていく。そして、それは伊野崎のすぐ側でも起きた。
「はっ!? 如月!!」
「先生!!」
伊野崎は久遠の伸ばしてきた手を掴もうとしたが、その寸前で光が臨界点を越えたの事を知らせる様に強まらせ、伊野崎と生徒達の目を眩ませる。
次第に治まっていくと、周りの状況が理解できるようになってきた。
「一体、どうなってるんだ」
さっきまでそこに居た筈の生徒が、唐突に姿形を失って消えたのだ。
消えた生徒の近くにいた他の生徒達も、突然の事に唖然呆然とするしかなかった。
その事実は、伊野崎の心に重くのし掛かっていた。
一度目は自分を囮にする事で、二度目は突然の理解出来ない出来事によって。
こうして、このたった一日の内で伊野崎優が担任をするクラスの生徒が七人、その姿を消したのだった。




