20話:創造する者
「絵を描くだと? 何だ貴様は? 頭でも狂っているのか?」
「ああそうさ。俺は変人で、自分勝手で、人の言うことを聞かない芸術師だよ」
アシリギの意図の読めない行動を見て竜は一度動きを止め、何か罠でもあるのかと警戒する。明らかに誘っているかのような行動でついそう考えてしまったのだ。そのまま腕を振るえば簡単に潰すことが出来たというのに。
「アシリギ……?」
クロアもアシリギの行動を見て不安げな瞳を浮かべる。
何故今更出て来たのか、何故今更金の筆を取り出したのか、それが分からない。
最初竜に対抗する手段がないと言ったのはアシリギ自身だ。ならば今から何らかの武器や魔法を描いたところで、それで対抗出来るわけがない。アシリギはわざわざ無駄なことをする性格ではないし、レオン達の奮闘に心を動かされるような熱意も持っていないはず。なのに彼は竜の前に立った。絵を描く為に。
「ところで竜よ。伝説にたがわぬ力だな。名は炎竜マガフレギアだったけか?」
「ふん、賛辞を述べたところで無駄だ。貴様らを殺すことは決定している。見逃さんぞ」
「まぁまぁ、そう言うなよ。俺は本当にあんたの事を尊敬してるんだ」
金の筆を振るい、宙に線を描きながらアシリギは竜に語り掛ける。竜はそれを命乞いしているだけだと思い、軽くあしらった。だがすぐにとどめを刺そうとはしない。相手が虫のように軽い存在であるからこそ、いつでも殺せると考えて様子を見ているのだ。
「聖剣ですら傷つけられない鋼の鱗、天空を支配する巨大な翼、全てを消し炭にする灼熱の炎……正に竜の王と称するにふさわしい」
「フン、当然だ。我は炎竜マガフレギアぞ。他の竜とは違うわ」
竜の王と言われたことに気を良くしたのか、竜は鼻を鳴らして上機嫌に翼を振るった。その間もアシリギは筆を動かし続け、徐々に絵が完成していく。どうやら何か生き物を描いているようだ。クロアもそれに気が付き、その生き物で竜に対抗する気なのだと悟る。だが同時に疑問も抱いた。竜に太刀打ち出来る程の生き物をアシリギは知っているのかと。
「そんなあんたが何で火山の奥底に眠っていたんだ? しかもかなり長い間。昼寝にしては随分とお寝坊さんな気がするが?」
「そんな事わざわざ貴様に言う必要があるか? 今から死ぬというのに……まぁ、最期なのだから特別に教えてやろう」
アシリギが全く攻撃して来る様子がないのを見ると、竜も会話を受け入れることにする。そして彼の質問に対して少し不機嫌な声色で答える。
「腹立たしいことに、我は傷を負っていたのだ。深い傷をな……故にマグマの底で眠りにつき、傷を癒していた」
意外なことに、竜は怪我をしていたのだという。アシリギもその事実に多少驚き、興味深そうに竜のことを見上げた。
先程までクロア達がどれだけ戦っても傷らしい傷を付けることが出来なかった竜。そんな竜が負傷し、治癒の為に眠りに付いていた。一体何故そんな怪我を負ったのか、当然アシリギは気になる。
「へぇ、竜のあんたも怪我をするのか。一体誰にやられたんだ?」
「竜は絶対たる生き物。その鱗は他の種族の生き物では決して傷を付けられぬ。だが、例外もある……」
忌々しそうに爪で地面を削り、竜は怒気の籠った声で答える。それを聞いてアシリギも察し、納得するように頷いた。
「なるほど、同族……同じ竜にやられたのか」
アシリギが答えると、竜は肯定することも否定もすることなく尻尾を地面に叩きつける。虫程度にいちいち返事をするつもりはないのだろう。だがその態度でアシリギは十分答えが分かっていた。
「その竜は我が喰らってやったがな。だが多少傷を負ってしまった為、治癒に専念したのだ」
同族との戦いはどうやらマガフレギアの方が勝利したらしい。そこは流石炎竜といったところだろう。だが長い眠りに付くほどの治癒を必要としたところから、ダメージはかなり深刻だったようだ。それだけ竜同士の戦いは次元が違うのだろう。
「さぁもう良いだろう。暇つぶしは終わりだ。貴様の命もこれで終わりにしてくれようぞ」
やがて竜は首を曲げ、アシリギの事を見下ろしながらそう言う。もうお喋りには満足したようで、今の竜はアシリギを本当の虫のように見下している。何の躊躇いもなく潰し、命を終わらせるつもりなのだ。だがその様子を見ても相変わらずアシリギは筆を動かし続けており、線と線を結ぶと満足そうに手を止めた。
「ああ、そうだな。俺もあんたのことが知れて楽しかったよ」
アシリギは満足そうに笑って筆を横に払う。する途中に描いていた絵が輝き出す。それはある生き物の絵。竜も、遠くから眺めていたクロアも、その絵には覚えがある。否、今目の前に居る生き物と全く同じ姿をした生き物の絵だ。
「それに、あんたの倒した方も分かった」
創造魔法を発動させるには対象を十分に観察し、理解する必要がある。形状をきちんと把握し、描かれていない部分も想定して骨格から構築していく。そして見た目だけでなくその物体にどのような意味があるのか、どのような心が込められているのかも理解しなくてはならない。ただ何となく雲を描けばそれは硬くて白い物体に過ぎないものが生まれ、心の込められていない剣を描けばそれは棒切れのように簡単に折れてしまう。
創造魔法を正しく使うには何よりも心が必要なのだ。対象に尊敬の念を抱き、全てを理解し、自分の頭の中のもう一つの世界を創り出す。それが完璧に出来た時、この世に新たな存在を創り出すという神に等しい行為が許されるのだ。
故にアシリギは、心を込めて、言葉に意味をのせて、金の筆を振るう。
「創造。形成ーーー〈炎竜マガフレギア〉」
宙に描かれていた竜の絵が光り輝き、その場に巨大な竜が現れる。それはマガフレギアと全く同じ姿をした、巨大な赤き竜。その光景を見てクロアは目を見開いて言葉を失い、本物の竜ですら呆気に取られていた。
「なっ……ぁ……なんだこれは? 幻影か? 何故我の姿が……」
「言い忘れてたがこれが俺の力。創造魔法だ。描いたものを実体化させる力……そして正しく描けばそれは本物と何ら変わりないものを創造することが出来る。物体でも、生き物でも、何でもな」
流石の竜も突然自分と同じ見た目をした竜が現れれば驚き、戸惑う。先程までアシリギのことなど虫のように見下していたが、途端に理解が及ばず、混乱して恐怖を覚えていた。そんな竜に追い打ちを掛けるようにアシリギは言葉を続ける。
「だからコレはあんた自身だぜ。マガフレギア」
ビッと親指を立て、まるで応援でもするかのようにアシリギは笑顔を向ける。次の瞬間、アシリギが描いた竜が動き出し、咆哮を上げると同時に本物の竜へと襲い掛かった。




