16話:咆哮
「アシリギ、何か作戦はないか?」
レオンはアシリギの方に顔を向けながらそう尋ねる。
冒険者でもない彼ではあるが、実力はそこらの冒険者とは比べ物にならないくらい高い。何より創造魔法を駆使すばれ巨大な竜相手でも何とか渡り合えるだろう。そう期待を込めてレオンは質問した。だがアシリギは面倒くさそうに頭を掻いた後、その場にストンと座り込んでしまう。
「絵を描く。それ以外俺の出来ることはない」
鞄から紙とペンを取り出し、アシリギは竜を見ながら絵を描き出してしまう。そのあまりにもいつも通りな行動をする彼にレオンとクロアは驚愕した。
「え、えぇぇ? そ、そんなことしてる場合かよ!」
「むしろそれ以外することあるか? なぁ? クロア。あの伝説の竜だぞ。一生に一度見れるか分からないような生き物だ。ここで描かないなんてのはもったいなさ過ぎるだろ」
アシリギは同意を求めるようにクロアに視線を向ける。すると彼女も多少は竜という生き物に興味がある為、僅かに心が動かされてしまった。だが彼よりは常識を持ち合わせている彼女はすぐに気持ちを切り替え、首を左右に振る。
「そ、そうかも知れないけど……だけど今すべきことじゃないでしょ!」
「……じゃぁ別の言い方をしてやる。俺らじゃ役者不足だ。並みの実力しかないレオン。炎竜とは相性が悪いクロア。そして戦う気のない俺。そもそも竜の相手なんて務まらないだろ」
納得いっていないクロア達に対してアシリギは仕方ないとまともな説明を始める。その間も手はしっかりと動かしており、竜のスケッチを順調に進めていた。
「英雄でも何でもない俺ら三人に竜なんか相手取れると思ってるのか? どう考えても無理だろ。それだったら俺は少しでも好きなことをする」
「……ッ」
アシリギはあくまでも冷静に状況を分析していた。
目覚めたばかりの竜。力は十分に蓄え、凶暴な状態になっている。そんな危険な竜を相手に発動に時間が掛かる自分の魔法では分が悪い。クロアの氷魔法も十分な効果を示さないだろう。そうして有用な攻撃手段を持たないレオン。単純に相性が悪い。故にアシリギはまともな戦いでは勝負にならないと判断し、少しでも自分の目的を果たす為に絵を描くことを選んだのだ。だがそれを知った上でも、クロアは納得することが出来なかった。
「だ、だったら、アシリギはそうしていれば良い……でも私は、諦めないから!」
一歩前に踏み出し、帽子を握り締めながらクロアはそう言う。そして得物である鋏を取り出し、竜のことを見上げた。
「こんな私でも出来ることはある!」
そう言って走り出し、彼女は鋏を鳴らす。足元に氷の道を創り出し、それを滑りながら竜へと近づいて行った。その様子をアシリギは止めることもなく、ただ静かに身送る。
「ちょっ……クロアちゃん! おい、良いのか? アシリギ」
「あいつの判断だからしょーがないだろ。俺は知らねぇよ」
アシリギはクロアの意思を否定するようなことはしない。彼女は覚悟を決めて人族の大陸を訪れ、自分の意思で人族の文化に触れる決断をしたのだ。既に彼女はあらゆる覚悟が出来てる。それを邪魔するつもりはなかった。
「んでお前はどうするんだ? 行けば数分も持たずに死ぬぞ」
「だったら死なないように上手くやるさ。普段からお前に鍛えられてるからな」
「ふん……そうかい」
どうやらレオンも戦いに向かうらしい。覚悟が決まっているのならばアシリギもそれを邪見にするつもりはない。何も言わず、視線を紙に戻すとスケッチに集中した。
「じゃ、行って来る」
「精々気を付けろー」
レオンは走り出し、剣を握り締めて竜の方へと向かっていく。残されたアシリギはその後ろ姿を見ることなく、ただ集中してペンを走らせる。
「やれやれ、物好きな奴らばっかりだ」
一度クロアとレオンの方に視線を向けると、アシリギはポツリとそう言葉を零す。そしてすぐにスケッチに戻り、淡々と絵を描き続けた。
◇
宙に氷の道を創り出し、竜に近づき過ぎないように注意しながらクロアは竜との距離を測る。まだ竜はクロアの存在に気が付いていない。ならば最初の一撃が重要だ。どれだけ強力で有用な攻撃を放てるかでこの勝負の行き先が変わる。
「やってやる……私だって戦えるんだ!」
気合を入れ直してクロアは拳を握り締め、自分にそう言い聞かせる。そして出来る限り竜に気付かれないよう、注意しながら最大級の魔力を鋏に込めて詠唱を始めた。
「全てを凍てつかせる魔の吹雪よ。刹那に命を奪え……!」
鋏に光が集まり、クロアは目の前に巨大な氷が形成されていく。そして彼女は鋏を振るった瞬間、そこに巨大な氷の鳥が現れた。
「飛翔、雪魔鷹!!」
今までクロアが放っていた通常サイズの氷の鳥ではなく、その倍以上はある氷の鳥。クロアはその鳥を出現させると、鋏を振るって竜に向かって真っすぐ放った。
「グルァッ!!」
竜も氷の鳥の存在に気が付き、クロアの方へと首を向ける。だがその間に巨大な氷の鳥が直撃し、凄まじい爆発音を立てて辺りに氷の結晶が舞った。
「どうだ!」
確かな手応え。自分の今出せる最も破壊力のある魔法を正面から喰らった。これならば多少のダメージは与えられただろう。そう期待を込めてクロアは拳を握り締める。だが氷の煙の中から現れたのは、全く傷を負っている様子のない竜であった。
「ァァ……今、何かしたか? 下等生物が」
「……ッ!!」
更に驚くべきことに竜は言葉を口にした。その声はかなり低く、苛立ちが込められている。明らかに意思を持ち、感情を乗せて喋っていた。クロアは驚きとそのあまりの竜の恐ろしさから言葉を失い、宙に作り出した氷の道の上で立ち尽くしてしまう。
「周りをブンブンと跳び回る蠅共め。忌々しい存在よ。貴様らなど我らの食料でしかない」
竜はクロアのことを見ながらそう言い、尻尾を地面に叩きつける。それだけで周りの大きな振動が伝わり、氷の道に乗っているクロアですら転びそうになってしまう程だった。
「燃え散れ」
竜が動き出し、大口を開ける。するとクロアの視界が一瞬で真っ赤に染まった。辺り一帯を埋め尽くす程の炎が吐き出されたのだ。それに気付いたクロアは反射的に足元を蹴り、氷の道を崩壊して落下する。真上では炎が通り、目が開けられない程の熱が伝わって来た。
「……う、わっ!!」
再び宙に氷の道を作り、そのまま滑り落ちて地面へと着地する。その先では炎を吐き終わった竜が首を捻り、命中しなかったことに怒りを覚え、尻尾を地面に叩きつけていた。
(ッ……なんて力。これが伝説の竜……!!)
竜を見上げながらクロアはあまりの力に恐怖する。
次元の違う生き物。おとぎ話でしか存在しなかったその怪物は、あまりにも非情に現実を打ち破る。




