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第八話『百物語』

 暗い暗い夜道を歩く。現在時刻は、午後十時少し前、補導されるかどうか、ギリギリの時間帯だ。まだ、人の多い時間なので、そこそこ人にはすれ違うものの、大通りを外れた場所を歩いているせいで、辺りは静まり返っている。

 何故、善良な高校生たる私が、こんな時間に外を歩いているかと言うと、全ては、私の隣を歩く、銀髪長身のお兄さん、ゼロさんのせいだった。

 今日の九時頃に、この不審者(ゼロさん)に学校に連れ出されて、やっと今帰り、というわけだ。実に内容の濃い一時間だったように思う。後ろを見れば、何故か校内に居た千寿さんと八幡君が一緒に歩いている。

 聞いた話だと、八幡君は霊能力者らしく、その証拠に、何故か学校から出てきて、八幡君頭上をふわふわしている瑠璃ちゃんと話している。

「……しぶといキャラ被りめ。足を奪う系の怪談は飽和状態なんだから、早く成仏しやがれっ!」

「キー!」

「うるせー! 俺の頭上で喧嘩すんじゃねー!」

 なんか騒いでいるけど、会話の内容は、わからない。今、キーって言ったの誰だろう?とりあえず、八幡君は、見た目は怖いけど子どもには好かれるタイプなのかもしれない。

「タツキチが独り言を…… そ、そらっちぃ」

「え? 私に振るの?」

 瑠璃ちゃんが見えない敵と戦っているのを遠くから観戦していたら、幽霊と会話する八幡君に恐怖を感じたらしい千寿さんに助けを求められた。いや、困るんですけど…… 幽霊見えなかったら、独り言に見えるかもしれないけど、だからといって、どうしようもないし……

 そう思っている間に、千寿さんは、私の所まで駆けてくると、私の隣に並んだ。そして、私を挟んで反対側にいるゼロさんには聞こえないような小声で、話し掛けてきた。

「ところでさ、そらっち。こんなカッコイイお兄さんと知り合いだったって、なんで黙ってたのさー」

「え? カッコイイ?」

「え? 普通にカッコ良くない? そらっち、大人しいようでいて、実は凄く理想高いとか?」

 言われて、隣のゼロさんを改めて見てみる。目鼻立ちはしっかりしていて、顎も細く、肌もすごく綺麗だ。背は高く、それでいてガリガリでも、ムキムキでもない体格。確かに、これ以上無いくらい美形だと思う。

「どうかしたか? 朱城ソラ」

「い、いえ、別にどうも……」

 じっと見ていたら、話し掛けられてしまった。なんだろう、心なしか上機嫌に見えたけど、さっきの会話を聞いていたんだろうか? この人の聴力は侮れないだろうし。

「……見た目は、確かにカッコイイと、私も思うよ」

「だよねー。ゼロさん、カッコイイよねー」

 うっとりした様子で、ヒソヒソと言われた。うーん、なんだろう? 私は、この人の無茶苦茶っぷりを間近で見てきたから、いまいち共感できないのかな。

「……千寿さんは、カッコイイ人が、好きなの?」

「いや、好きとか嫌いとかじゃなくてさ、見てると、元気になるじゃん、凄まじいイケメンってさ」

「ゴメン、よくわかんない」

 凄まじいイケメン見てると元気になるって言うのは、どうゆうことなんだろう? アイドルとかと同じ様な感じだろうか?

 そんなことを話しながら歩いていると、十字路に差し掛かり、ゼロさんが、立ち止まって、こちらを向いた。

「ときに朱城ソラよ、俺は用事があるので、この辺でお別れになるが、いいか?」

「用事って、さっき言ったアレですか?」

「ああ」

 校舎の修理お疲れ様です。自業自得だけど。

「私も、そらっちとは方向違った気がするから、ここでお別れかな?」

 千寿さんが、十字路の、一方に立って、そう言った。私が左折なら、彼女は右折。帰る方向は、ここからは真逆のようだ。

「うん、そうみたいだね。八幡君は?」

 後ろを向いて声をかける。彼は、どっちなんだろう?

「俺は、駅だから、そもそもこっちじゃない。だから、引き返す」

 そうなのか。でも、高校生ともなれば、電車で通っている人も多いから、普通か。

「いやー、なんかつき合わせちゃってごめんね」

 そう言って、頭を下げる千寿さん。どうやら八幡君は見た目に反して、結構律儀なようだ。

 さて、この十字路で、全員バラバラになるらしい。そんな確認が終わったと思ったら、みんなそれぞれの進む道についていた。

「では、またな」

「ばいばい~」

「じゃあな」

「はい、また明日。お休みなさい」

 そして、全員それぞれに別れの挨拶をして、それぞれの帰路に着いた。あれ? そういや瑠璃ちゃんって、どこに行くんだろう?

 気が付いて、気になって振り返るが、瑠璃ちゃんはいない。十字路まで戻ってみるか。そう思い、引き返して、キョロキョロしていると、道の先にいた、千寿さんと目が合った。

「どうしたのそらっち? 探し物?」

 千寿さんは、十字路まで戻ってきて、そう言った。

「いや、そうゆうわけじゃないんだけど…… あ」

「あ、良かった、まだいた。おい、朱城、こいつ、てめーの友達だろ? なんか俺についてくるんだよ…… なんとかしろよ……」

 同時に声を上げて、見つけたのは、先ほども見た、見えない敵と戦う瑠璃ちゃんと、八幡君だった。八幡君は、なにやらぐったりしたご様子だった。対する瑠璃ちゃんは、敵を威嚇する猫のような感じ。何があったんだろう。

「えっと? 瑠璃ちゃん、なんで八幡君に?」

「あたし、このキャラ被りを滅ぼすまでは、学校の怪談は名乗れないじゃん?」

「いや、しらないけど? 八幡君に迷惑かけちゃダメだよ?」

「えー……」

 納得行かない、といった感じで、返事をされてしまった。これは困ったな。

「えー、じゃねぇよ! てけ子はもう無害な幽霊なんだから、ちょっかい出してやるなよ」

「てけ子?」

「ああ。今俺の肩に乗ってるのが、てけ子だ。さっき拾った、俺の下僕だ」

「キー!」

「ゴメン、私には見えないみたい」

 どうやら、まだまだ見えない幽霊が多いらしい。それにしても、幽霊を下僕にするって、不良って凄い。

 ふと、辺りを見ると、冷めた様子の千寿さんが、少し距離を取って、様子を眺めていた。

「そういえば、そらっちも幽霊見えるんだっけ…… なんか、仲間外れにされた気分……」

「えっと、ゴメン……」

「その、スマン……」

 八幡君と二人そろって、頭を下げる。我ながら不思議な光景だな。少し前までなら、私は向こう側だっただろうに。

「そういえばさ、千寿さんは、なんで道の途中で止まってたの?」

 会話を切り替える意味も含めて、少し気になったことを聞いてみる。

「えっと、その、これから先、今夜は一人か、って思って、ちょっと怖くなってね。タツキチに送ってもらおうかどうか悩んでたの」

 確かに、結構怖い思いをしたみたいだし、わからなくは無い。私だって、瑠璃ちゃんが成仏するところに立ち会わなかったら、その日の晩は怖くて眠れなかっただろう。

「そっか。でも、一人ってのは? 家の人いないの?」

「いやー、今日に限って出張でさ。だからこそ、学校にあんな時間までいられたんだけどさ。で、タツキチ、お願いしていいかな?」

「うーん、そうだなぁ」

「おくりおおかみ、ってやつだねっ!」

「瑠璃ちゃん!?」

「……すまん、送っていくのは無理だ」

 突然、歳にそぐわぬ発言をした瑠璃ちゃんのせいで、送っていくのは、見送られてしまった。全く、この子の語彙は、激しく不安になるなぁ。

「えー、じゃあどうしよう? そらっちの家に泊まりにいっていい?」

「え? うち? 布団ないよ? てか、私の部屋狭いから、多分疲れると思うけど……」

「そっかぁ。うちも狭いし…… どうしよう?」

 千寿さんの中では、すっかり誰かの家に泊まりに行く、という方向で決まってしまっていた。どちらの家にも泊まれないとすると、もう八幡君しかないだろうけど、さっきの様子だと、泊めてくれそうもないし……

「一幸おじさんに頼めば? あそこなら、みんなまとめて泊まれると思うよ?」

 千寿さんと共に思案している私に掛けられたのは、瑠璃ちゃんからの、思いも寄らぬ選択肢だった。

「先生の家ってこと? 確かに、あのお寺は広かったけどさ……」

「うん。あたし、実はまだ、成仏してないこと報告してないんだよねー。一人だと言いに行きづらいから、みんなで行かない? それで、泊まれば、全部解決じゃない?」

 確かに、一見全部解決に聞こえる。でも、

「今からじゃ、急じゃないかな…… 三人も、幽霊込みで五人も急に泊まるって、結構迷惑じゃない?」

「一幸おじさんだし、いんじゃね? とりあえず、電話してみようよ」

「……うん。わかったよ」

 どうゆう理屈かはわからないが、瑠璃ちゃん的には、オッケーらしい。仕方なく、しぶしぶポケットから携帯を取り出す。番号は、前回おじゃましたときの帰りに、交換済みだ。

「そらっち、何か話してたけど、結局どうなりそうなの?」

「えーっと、知り合いに泊めてくれそうな人がいるから、みんなで泊まろう、みたいな流れ、かな」

「ちょっとまて、俺も含まれてるのか?」

「そうみたいだけど、いや、かな?」

「いーじゃん、みんなで泊まった方がきっと楽しいよ。拒否するなら、バラすよ?」

「ぐっ…… わかった、同行しよう……」

 よくわからない千寿さんの脅しで、八幡君は簡単に屈してしまった。ひょっとして、ひょっとすると、彼はそんなに怖くないんじゃないか?

 会話しながらも、携帯を操作し、アドレス帳から、門戸一幸を見つけ、電話を掛ける。

 プルルルル……ガチャ

「おー、朱城か。どうした? こんな時間に」

 電話はすぐにつながり、先生が出た。まあ、掛けたのは先生の携帯なんだし、他の人が出たらビックリだけど。

「はい、えっと、こんばんは」

 さて、なんて言おう。いきなり、今日泊めてください、は無いし……

「おう、こんばんは。……なあ、もしかして学校壊したのって、あの不審者か?」

「えっ? な、なぜそれを……」

 用件の切り出しを迷っていると、とんでもないことを聞かれてしまった。しかも、うっかり答えてしまった。こ、これはマズイんじゃないかな。

「やっぱりか…… 人間離れしてるとは思ったが、正直そこまでとは思わなかったなぁ。さて、どうしたもんか……」

「いや、あの、その、一晩で直し終わるそうなので、なにとぞ、大事にはしないで下さい」

 公共物破損だろうか? いや、私立だから、器物破損か? いや、器物ってレベルなのか? それに、直せばいいってもんじゃない気もするし、見てた私は確実に共犯者だろうし……

「あ、そんなすぐ直んの? ならいいやー」

 よかったー、いい加減な先生で本当によかったー。

「で、なんか用か?」

「あ、はい。電話で言うようなことじゃないので、直接会って話したいんですけど、今からって、大丈夫ですか?」

「今からか、まあいいよ」

 よし、掴みは上々。瑠璃ちゃんのことだから、嘘ではないし。

「それで、三人くらいでお邪魔して、そのまま、その、泊めてもらってもいいですか?」

「うん? 泊まるの? いいけど、明日も学校だぞ?」

「……朝早くに帰れば、大丈夫です。みんなでいれば、きっと誰かが起きるでしょうし」

「まー、そうゆうことなら、いいよ。んじゃ、待ってるから」

「はい。ありがとうございます」

「いやいやー」

 ………プツ 通話を終えた電話をポケットの中にしまう。いやー、一時はどうなることかと思った……

「大丈夫だってさ」

「ほらね」

「本当!? よかったー。ところで、こんな人数でお邪魔して大丈夫って、どちらさまなの?」

 私が、結果を報告すると、ドヤ顔になる瑠璃ちゃんと、対照的にホッとした様子の千寿さん。そう言えば、誰んちなのか言ってなかったっけ。

「門戸先生だよ、司書教諭の」

「ああ、あの…… それ、大丈夫なの?」

 どうやら、彼女には、先生のダメな側面しか知られてないようだ。まあ、噂に疎い私でも耳にするくらいだし、千寿さんくらいになれば、いろいろと知っているのだろう。

「いや、ほら、お寺だし、大丈夫だよ。前行ったときは、結構綺麗で広かったし」

 頑張って、精一杯のフォローをしてみる。それが、お寺ってことしかないのは、なんか申し訳ない気もするけど……

「へー、なら大丈夫かな。ってか、えり好み出来る立場じゃなかったね…… でもまあ、そうと決まれば、さっそく向かいますか」

「そうだね」

「わーい」

「めんどくせぇ、教師の家かよ……」

 みなが思い思いの感想を口にするなか、私たちは、歩きだした。ひとまずは、着替えを取りに。


 ***


「さて、修理に取り掛かるか。ふははは。……ん? なんだ、貴様は? うおっ!」


 ***


 数十分後、八幡君以外の着替えを取りに、全員でそれぞれの家に寄った私たちは、門戸先生の家であるお寺の前に来ていた。八幡君は、家が遠いので、残念ながら、制服で寝る、ということを余儀なくされたらしい。

「インターホン押すよ、瑠璃ちゃん」

「うん……」

 心の準備を整えてもらわないと、私も恥ずかしいので、最終確認をする。感動のご対面とか、苦手だから。

 ピンポーン! ……ガチャ インターホンが鳴り、向こうで受話器が取られる音がした。

「はーい、門戸でーす」

 聞こえたのは、先生の声。他に、家の人はいないんだろうか?

「あ、はい、朱城です。こんばんは」

「おー、ちょっと待ってろー」

 ガチャ…… 受話器を置く音がした後、待つこと数秒。パタパタと音がして、ガララっと、扉が開かれた。

「お待たせ。来たのは朱城と、八幡と、新聞部の千寿か。珍しい取り合わせだな、ん?」

 先生が、私の方を見た。正確には、私の後ろを見ている、といった感じだ。扉が開いた途端、ササッと私の後ろに隠れた瑠璃ちゃんに、気付いているのだろう。

「ほら、先生に挨拶するんでしょ?」

「……うん。ひ、ひさしぶりー、一幸おじさん」

 私が促すと、瑠璃ちゃんは、私の影から出て、片手を上げて挨拶をした。その声は、少し上ずっている。

「……瑠璃ちゃんか? ……成仏、出来なかったのか? 俺が、何か間違ってしまったのか?」

 瑠璃ちゃんを見つけた途端、神妙な顔をし、真剣な声で、話し掛ける門戸先生。確かに、私も最初は、凄くビックリした。

「いや、違うよ、一幸おじさんのせいじゃないよ。なんかね、光になったあと、なんか、まだこの世? に残っててね、それで、うん。あたしには、わかんないけど、まだなんかいるの」

「……そうか。辛くはない?」

「うん。友達も増えたし、前より楽しいくらいだよ。ね? おねーさんと、おにーさん?」

 そう言って振り返った瑠璃ちゃんの笑顔は、夜なのに、目が潰れそうなほど輝いて見えた。

「うん。友達だよ。私、瑠璃ちゃんとお話するの楽しいよ」

「俺は、まあ、そうだな、友達ってのはわかんねーけど、こいつのこと、嫌いじゃない、ぜ。まあ、助けてもらった、ってのもあるしな」

 私と八幡君が、瑠璃ちゃんの問いに、胸を張って答える。八幡君も、結構優しいところもあるようで、なによりだ。

「そうかぁ、よかったなあ、瑠璃ちゃん。ほんとうによかった…… 人付き合いが苦手そうな朱城と、問題児扱いされている八幡と仲良くなれるなんて、凄いよ。それにしてもよかった……」

 先生の目が潤んでる気がするが、そんなことより、私と八幡君に関するコメントが酷い。八幡君が見た目的に問題児扱いされているのはいいとしても、私って、そんなに人付き合い苦手そうなの? 合ってるけど、悲しくなってきた。

「……また置いてけぼりだし」

 余りの悲しさと、感動の対面のせいで、涙目になりかけた私の耳に、ボソッとした、千寿さんの呟きが届いた。いい加減、本当に申し訳なくなってきたなぁ。隠していたかったけど、霊子計出すか……

「……千寿さん、これ」

「そらっち、何、これ?」

 ポケットから出した霊子計を、千寿さんの目の前に出す。何これと、言われましても、なんだろう? うーん……

「えっと、ゼロさんが研究してる、幽霊が見えるようになる機械、かな。そう、試作品で、特許狙ってるから、あんまり人に教えるな、って言われてるんだけど、置いてけぼりは可哀想だなって、思って……」

「え? そんな凄いもの研究してるの?」

「うん」

「うっそぉ、こんな小さい機械で幽霊見えるようになるの?」

「うん。試してみる?」

 そう言って、電源を入れた霊子計を、千寿さんに渡す。とりあえず、日本語表記にもなってるし、大丈夫だろう。まさか未来の技術なんてことを思う人はいないはずだ。

「あ、これで見ればいいのね。どこ見ればいい?」

「あの辺?」

 瑠璃ちゃんが浮いている辺りを、指差す。瑠璃ちゃんは、趣旨を理解したようで、ふわふわと浮きながらも、霊子計に視線を送り、手を振っている。

「わ、女の子が浮いてる! 凄い、何これ凄い!」

「はろー、はじめましてー。瑞希おねーさん」

 瑠璃ちゃんがしゃべると、霊子計から、その声が出て、千寿さんにも伝わる。今始めて知ったけど、霊子計からの音と、幽霊が発した音って、ブレが一切無いんだな。凄いな、未来の技術。

「あ、どうも、はじめまして。えーっと、瑠璃ちゃん、でいいのかな?」

「おーいえーす」

 セクシーさのかけらも無いセクシーなポーズを、空中で決めながら、親指を立てる瑠璃ちゃん。相変わらず、元気な小学生女児だ。

「その辺でいいか? 泊まるんだろ? 挨拶の続きは、中でやりなよ」

 門戸先生に促され、私たちは、お寺の中に入っていく。

「「「おじゃましまーす」」」

「あ、そうだ、先客が来てるけど、知り合いだろうし、一緒の部屋で待ってもらっていいよな?」

 靴を脱ぎ、廊下を歩く途中で、振り返った先生に聞かれた。知り合いの先客? 誰だろう?

「誰ですか?」

「図書委員の、孔雀、歩擲、不動、アイゼンの四人組だ。アイゼンを見て欲しいとかで、朱城から電話受ける前に電話があって、それでちょっと前に来たってわけ」

 ヤバイな、前半の二人、顔は思い出せるけど、どっちがどっちかわからない。眼鏡の人が、孔雀先輩だっけ? で、大きい人が、歩擲先輩? 逆だっけ? うーん……

「えーっと、私は構いませんけど、千寿さんと八幡君は、どうかな?」

 とりあえず、思い出すためにも実際に見るしかないので、私はオッケーということにしておこう。

「私も、大丈夫です」

「俺は、もうなんでもいいよ……」

 二人もオッケーということになり、めでたく私たちは、先輩が四人居る部屋に通されることになった。八幡君がぐったりしてるのは、彼から見れば、巻き込まれの壮絶な一日だったであろうことを想像すれば、仕方の無い気もするな。


 ***


「チッ! 中々やるではないか! ん? 貴様、その干渉力は、まさか……異能か?」


 ***


 比較的長い廊下を歩いて、前回通されたのと同じ応接室に案内された。普通の応接室ではく、どうやらここが、除霊用とかの部屋らしい。だから結構広かったのか。

「おーい、追加メンバーだぞー、よろこべー」

 先生が襖を開く。と、中の声が聞こえてきた。

「ほい、ドロブリ。オウンガード」

「じゃあ、ぼくは、ドラゴン、色は赤で。オウンガード」

「……俺もドラゴンッス、赤のままで。オウンガード」

「馬鹿なっ、ドロー8だとっ…… 残り1枚だったのに……」

 何やってるんだろう…… ドラゴンって、何? ゲーム?

「お前ら、気絶したアイゼン抱えて血相変えて来た割に、なんか元気そうだな……」

「あれ? 朱城さんじゃーん。元気? ってか、どったの?」

 先生に続き、全員で部屋に入ると、UNOらしきゲームで勝ったらしい茶髪のショートの元気そうな女性、不動さんが、座ったまま、私を見上げて、話し掛けてきた。

「いえ、その、遊びに来た、って感じですね」

「ふーん。そっちは、友達? ってか、キミは八幡くんだよね? 図書委員の仕事サボりまくってる」

 不動さんは、比較的どうでも良さ気に、私の話しを流すと、八幡君の方に目を向けた。さすが委員長。私とは比べ物にならない人名把握率だ。

「いえ、人違いです」

「嘘は良くないなぁ、タツキチ」

「まあ、責める気は無いし、いいよ、なんでも。でも、仕事量の増えてる朱城さんには、謝っといた方がいいかもよ?」

 息を吐くように嘘をついた八幡君に、厳しい突っ込みが二名から入った。味方なし、とは可哀想だな。

「その、スマン」

「え、そんな、いいよ。私、好きでやってるようなものだし」

 あの仕事、いい時間つぶしだから、無いと困るっていうね。なんか悲しい。

「まあ、座って、自己紹介でもして待ってろ。こんな時間だが、お茶入れてきてやるから」

「「あ、はい。ありがとうございます」」

 千寿さんと共に、お礼を言いつつ、適当なところに座る。そう言えば、畳に座るのって、先生の家に来たときくらいだな。

「じゃー、自己紹介でもしますかー」

「不動さん、少し待ってくれないか。朱城さん、いきなりこんなこと言ってすまないが、キミ達に、幽霊がついているのだが……」

 不動さんが、話そうとしたとき、眼鏡の先輩が、こちらに対して、話を切り出してきた。恐らくは、瑠璃ちゃんのことだろう。

「この子のことですか?」

 そう言って、瑠璃ちゃんを指差す。浮いてる瑠璃ちゃんは、笑顔でブイサインを眼鏡の先輩に向ける。

「……キミも、幽霊が見えるのかい?」

「少しだけ、ですけど。瑠璃ちゃんは、いい子なんで、大丈夫ですよ。私たちや、門戸先生の友達ですし」

「そうか。なら安心した。変なことを聞いてすまなかったね」

 少し驚いたが、得心いったという様子の先輩。この人は、見たままのイケメンなのかもしれない。あの、残念な人や、不憫な人と違って……

「んじゃあ、自己しょーかいといきますかー!」

「おー!」

「声が小さいぞっ!」

「夜の住宅街だから、静かにした方がいいだろう……」

 ああ、この人は突っ込みなのか…… 前言撤回。この人も不憫に分類されるらしい。大変そうだな……

「むぅ、それもそうだね。じゃあ、まずは私からいこうか。みなさんご存知、図書委員長の不動アカナです。クラスは、二年三組ね。趣味はゲーム、好きなものは怪談、特技は人の名前を覚えることかな」

 中々羨ましい特技だ。怪談が好きなのは、いただけないけど。

「よしじゃあ、私に関して、補足説明がある人!」

「はーい。実は孔雀く「よし、アイゼン、表へ出ようか」

 何か言い出したアイゼン先輩を制して、スクっと立ち上がる不動先輩。その目のハイライトは、消えているように見える。

「じょ、冗談だって。コホン、じゃあ、座ってる順番的に、次はぼくだよね。図書委員のラガージャ・アイゼンです。ドイツとのハーフだけど、日本育ちだから、ドイツ語とか全然わかんないので、聞かないでね。クラスは、二年二組だよ。じゃあ、ぼくに関しても、補足説明があるの人はどうぞー」

 相変わらず、少年にしか見えない先輩だ。私もよく童顔って言われるけど、一歳年上の先輩のが、年下に見られてもおかしくない気がする。

「……実は女」

 ニヤリと、しながら、不動先輩が呟いた。

「「え!?」」

「いやいや違うからね! ぼくは男の子だから! もう、やめてよ、変なこと言うのはさっ!」

「仕返しだよ、仕返し~」

 なんか、じみーな応酬をしている先輩方だった。仲がいいからこそ、出来るんだろうなぁ、いいなぁ。

 それにしても、男の先輩二人が、直ぐに凄く分かりやすいリアクションをしてたけど、どうゆうことだろう?

「……僕の番、でいいかな? 僕は、孔雀麻雄李。図書委員の二年だ。クラスは、二年四組。他に言うことは、無いな。僕も、後は補足説明で」

 眼鏡の先輩、もとい孔雀先輩は、それだけで自己紹介を切り上げた。

「孔雀と言えば、幽霊が見えることだよね」

「あとは、ノリが悪いとかかな?」

「あー、確かにノリが悪いよね~」

 なるほど、幽霊が見えてノリが悪い眼鏡の人が、孔雀先輩、と。頑張って覚えるぞ。

「……散々な言われっぷりッスね。で、次は俺ッスか。俺は、歩擲楓賢ッス。図書委員の二年ッスね。クラスは、二年一組。俺も、後は補足説明で」

 なるほど、大柄の先輩は、歩擲先輩か。こんな珍しい苗字なのに忘れるってことは、私はいよいよもって、名前を覚えるのが苦手らしい。

「幽霊が見える、怪力、以上」

「それだけッスか!?」

 補足説明は、例によって、不動さんがバッサリ斬り捨てた。でも、わかりやすくて、いいんじゃないかな。それにしても、霊能力者多いな、この図書委員。

「……お、もう俺の番か。えーっと、図書委員所属らしい、一年の八幡龍樹だ。まあ、なんというか、俺も幽霊は見える、一応。あ、一年五組な。んじゃ、先輩方を習って、後は補足説明で」

 八幡君が、若干どころではなくダルそうに自己紹介をした。さて、この場で八幡君の自己紹介に補足説明が出来そうなのは……

「……実はホモ」

「「っ!」」

「よし瑞希、表に出ろ」

「そーゆー噂があるのは、事実じゃん!」

「その噂自体は、事実無根じゃねーか! 流した奴マジ許さねえ……」

 ……なんとなく、瑠璃ちゃんと視線が合った。瑠璃ちゃんの視線は、どうしようもないくらいに泳ぎまくっていたけど。

「で、ホモキチが終わったから、次は私ね」

「ホモキチってなんだよ! いい加減怒るぞ!」

「私は、新聞部一年の千寿瑞希です。よろしくお願いします。クラスは、一年二組、朱城さんと同じクラスですね」

「スルーかよ! 泣くぞ!」

 ポンッと八幡君の肩に、瑠璃ちゃんが手を置いて、悟ったような目つきで、首を横に振った。そして、幼女に慰められえたことに、何かを諦めたらしい八幡君が、ガックリとうな垂れた。

 ……いやいやいや。いいことした、みたいな顔してるけど、全部瑠璃ちゃんのせいだからね?

「じゃあ、私も、後は補足説明で」

 本当に、そんな様子を完全スルーして、千寿さんは自己紹介を切り上げた。

「……脅迫・盗聴・窃盗・ピッキング」

「ほう、そんなに全校中にホモとしての名前を轟かせたいと?」

「……ごめんなさい」

 そうか、今まで何度か見たやり取りは、こうゆうことだったのか。うわー、瑠璃ちゃん罪深いわー……

 あれ? もう私の番? もしかして、トリ? うわー、……うわー。

「えっと、図書委員一年の、朱城ソラです。一年二組です。幽霊は、少し見えます。あとは、補足説明で……」

 よし、他の人を習って、なんとか切り抜けたぞ。仲良しの少ない私には、余り苛烈な補足説明は来ないだろう。

「やたらイケメンの親戚がいる、とか?」

 おっと、いきなりあまり突っ込まれたくないところにパスが来たしまったぞ。あの破壊神のことは、なるべく隠していたいのに……

「……まあ、いるね」

「何それみたい! 今度会わせて!」

 そして、不動先輩が食いつくっていうね。なんだろう、私としては、凄く会わせたくない……

「あとは、やたら怖がりとか?」

「……まあ、そうだね」

 最近は、若干マシになったけど。瑠璃ちゃんとか、ゼロさんのおかげで。

「……はい、みんなありがとう。これで全員終わりかな?」

 無言になったところで、不動さんが、再度仕切りなおしてくれた。でも……

「……あの、幽霊の子たちにも、自己紹介を、させてあげてください」

 そう、瑠璃ちゃんと、てけ子さんの自己紹介がまだだ。不動さんとアイゼンさんが幽霊を見れないのなら、霊子計を使えばいいし。

「おっと、これは失礼。私まだ見えないもんでさー」

「千寿さん、さっきのアレ、三人で見てもらっても、いいかな?」

「うん、いいよ。先輩、先輩、これ使うと、幽霊が見えるみたいですよ」

「え? マジで? うわ、すっげー!」

「え? ホント? ぼくにも見せてよー。……あ、ホントだ、すごーい!」

 霊子計を持ったまま、ズリズリと畳の上を移動して、不動先輩とアイゼン先輩の間に移動した千寿さんは、両側からその手に持った霊子計を覗き込まれていた。

 視線の先には、ちょっと照れた様子の瑠璃ちゃん。人数増えると、照るんだ…… 意外だ……

「えっと、じゃあ自己紹介するね。瑠璃です。八歳のイタイケな少女です」

「ダウト!」

 思わず叫んでしまった。なんだろう、最近、咄嗟に突っ込んでしまう……

「特技はバリヤー、嫌いなものは塩、最近悔しかったことは、UFOが見れなかったことです」

 う、うわぁ、最初のこと、結構引きずってるー! 確かに、あんなところにUFOが、みたいな嘘ついたけどさ。いいじゃん、水に流そうよ。私だって、いや私なんて手足引き千切られそうになったこと水に流してるんだから……

「じゃあ、後はほそくせつめい? で」

「……マセガキ」

「あ、うん。その一言で、全部片付くね……」

「え? え? どゆこと?」

 何か言おうかと思ったけど、八幡君の呟きで、本当に全部の説明が出来た。本人はわかってないけど、まあ、いっか。

「じゃ、次はてけ子か」

 八幡君は、肩の上から、手のひらの上に、何かを移動させる動作をしながら、そう言った。彼女(?)に関しては、私も見ることが出来ないので、霊子計組の後ろに移動して、見ることにした。

 久しぶりに覗いた霊子計の先の、八幡君の手のひらの上には、手のひらサイズのセーラー服の女の子が乗っていた。下半身は無いようすだし、どうやらてけてけだったのだろう。

「キー!」『はじめまして、てけ子と、命名された者です』

 凄いぞ霊子計、まさかあのよくわからない“キー”を翻訳して表示してくれるなんて!

「ねぇ、これ、音読した方がいいかな?」

「そうなんじゃないですか? タツキチも、“キー”ってのを完全に把握してるわけじゃないでしょうし」

 というわけで、てけ子の発言は、霊子計が訳して、不動さんが音読する運びとなりました。

「キー」『本名は当然ありますが、長い間てけてけと呼ばれているうちに忘れてしまいましたので、てけ子と、お呼びください。歳は、享年十六歳だったように思います』

 とりあえず、“キー”に込められた意味長っ!

「キー……」『それで現在ですが、八幡龍樹さまのお供をしております。彼は、私が命を狙ったにも関わらず、倒した私にトドメを指さなかったばかりか、あまつさえ可愛いとまで言ってくださいました。私は、この御心の深さに感動して、彼に付き従っているのです』

 さっき言ってた下僕ってのは、あながち間違いじゃないらしかった。

「いやまあ、タツキチ、いい奴だけどさ。付き従ってても、多分良いことないよ?」

「キー」『それでもいいのです。……惚れているのですから』

これだけは、不動さんは音読しなかった。現在の状況は、八幡君以外が、物珍しそうに霊子計を覗いている。

「……あれ? これ、千寿さん、ライバルじゃない?」

「ライバルだよね」

「ライバルだねっ」

「ライバルだな」

「ライバルッスね」

「らいばるだねー」

「ちっがーうからっ! なにみんなして口を揃えて! 違うからねっ!」

「ん? なんだ? 何が出たんだ?」

 真っ赤になって否定しちゃって、なんか千寿さん可愛いな。……そして八幡君は不憫じゃなくて自業自得な気がしてきた。全く。

「おー、おー、お前ら騒いでどうした? 夜中なんだから静に騒げよー」

 皆が白い視線で八幡君を見つめて呆れていると、大量のお茶を載せたお盆を抱えた先生が帰ってきた。結構掛かってたのは、湯飲みから湯気が立っていることから、お湯を沸かすのに時間が掛かった、とかだろう。

 先週末以来、少し緑茶に嵌っているらしい先生の淹れたお茶を飲んで、ひとまず騒ぎは収束した。

 時刻はもう零時近くだった。……ひょっとして、先輩方も泊まっていくのだろうか?


 ***


「ぐっ…… 何故Cランク霊体が…… そうか、貴様の異能は、使役か……」


 ***


「……ねぇ、そらっち。お風呂、一緒に入らない?」

「え? ……え?」

 お茶を飲み終わって少ししたとき、千寿さんに、こそっと、そんなことを言われた。これは、なんか、アレで、アレな、展開だろうか? 八幡君のことをホモホモ言っておいて、自分は、みたいな?

「そらっち、自分の体抱きしめてズリズリと逃げていかないでよ…… 別に他意があるわけじゃないよ…… ホラー映画とか見た後とかって、シャワー浴びるのなんか、怖いじゃん…… そーゆーことだから……」

「あー、うん。わかる、気がする。なんか気になっちゃうよね、後ろとか。……そうゆうことなら、いいよ。一緒に入ろう」

 まあ、私も、それ聞くと、一人で入るの怖いし。

「え? なに? 朱城さんと、千寿さん、一緒にお風呂入るの? 私も混ぜてよー」

「いいですよ。ね、そらっち?」

「うん」

 そういえば、姉妹が居ない私にとって、複数人でお風呂入るのって、修学旅行とか以来だなぁ。

「おいおい、うちの風呂、そんなに広くないぞ? 大丈夫か?」

 そう言われて考えてみれば、広いから勘違いしがちだけど、普通に一般家庭なのだから、三人で入れるほど、お風呂は広くないのか。

「大丈夫ですよ、私もそらっちも、先輩も細めですから」

「だとしても、三人だと、湯船に全員入れるかどうかすら危ういぞ? どうせなら、みんなで銭湯にでも行くか?」

「……まだ開いてますかね?」

「確か、二時までやってたはずだ。近所の風呂なしアパートの大学生が、夜中に結構来るとかで、営業時間延びてたからな」

 凄く良心的な銭湯だな。そういえば、銭湯行くのも、凄く久しぶりだな。

「それなら、行こうよ。孔雀たちもいいよね?」

「うん? ああ、構わないが」

「よし、じゃあ、みんなで銭湯レッツゴー!」

 おもむろに立ち上がった不動さんの主導で、我々八人+幽霊二人は、銭湯に向かうことに為った。お風呂セットは、先生の家に全部借りで。


 ***


「完全に逃げられたか、面倒だな。だが、Cランク霊体を捕獲出来たのは僥倖か……」


 ***


 先生の家から歩くこと十分と少し。着いた銭湯は、松の湯という普通の銭湯だった。横にコインランドリーがあるので、家に洗濯機のない大学生は、かなり重宝しているのだろう。

 銭湯の中は、比較的年代を感じさせるものの、かなり綺麗に掃除されていて、涼しく、いい感じだった。

 番台で、高校生料金の300円を支払う。結構する気もするが、毎日のように来る人には、フリーパスがあるという親切設計らしかった。

「じゃ、一時間位した後で、またここでなー」

「「「はーい」」」

 女子三人で、先生の取り決めに返事をし、女の湯の方へと進む。

「老師にてけ子、てめーらは向こうだろっ!」

 ポイっと、てけ子を頭の上に乗せたであろう瑠璃ちゃんがこちらに投げ込まれてきた。こうゆうネタって、男が女湯に来るって感じじゃなかったっけ? いやまあ、リアルにやられたらドン引きだから、やられても困るんだけど。

「アイゼンも…………っと、すまない、キミは、普通にこちらだったな……」

「孔雀くん!? 普通もなにも、ぼくは男湯一択だよっ!?」

 なにやら、男湯組が騒がしく、脱衣場に入っていった。全く、それに比べて、女子組の静さといったら、

「前々から思ってたんだけど、そらっちって、地味に胸デカイよね」

「……そうだよね、一年先輩の私より大きい気がするもん」

「キャラ被り、自分で飛べないわけ? なんか乗せてるの嫌なんだけど?」

「キー……」

「……まあ、無理ならいいけどさ」

「……先輩、後で揉んでみません?」

「……いいね! こりゃもう、こっそり、もしくは堂々と揉んじゃうしかないね!」

 この様だよ。このメンツで、静かになるとか、まあ無理ですよね。

「とりあえず、指差しながら人の胸見てどうこう言うのは失礼じゃ……」

「うるせー、この巨乳!」

 ガラガラ……ピシャッ! 凄まじい勢いで服を脱いで、それだけ吐き捨てた千寿さんが、脱衣所から中へと入っていった。

「そうだ、この貧乳の敵め!」

 ガラガラ……ピシャッ! もう一人、同じようなことを吐いて、中に駆け込んでいった。私が、何をしたって、言うんだ……

「……おねーさん、ないわー」

 そして何故か、小学生女児にまで否定される始末。なに、これ。私、そんなに胸大きくないのに凄い巨乳みたいな扱い受けてる…… 不思議だなぁ……

「はぁ…… 私も入るか……」

 何故か入る前から激しく疲れてしまったが、気を取り直して、浴場に入ることにした。

 ガララ……ガララ…… と、静かな音を立てる、ガラスの扉を通り、浴場に足を踏み入れる。中は、普通の銭湯と言った感じで、ご丁寧に湯船の向こうには富士山が描いてある。時間帯のせいか、人は私たち以外にいないようだ。

 入って直ぐ傍にあった椅子と桶を取って、先に行った二人が並んで身体を洗っている場所の隣に行く。

 椅子を置いて腰掛け、身体を洗い出すと、隣にいる千寿さんが、話掛けてきた。

「ねえ、巨乳っち」

「……千寿さん、私今まで、“そらっち”ってあだ名のこと、凄く微妙だなって思ってたんだけど、たった今、あれが最高のあだ名であったということを認識したよ」

「あ、そう? やっぱ私センスあるのかもね!」

「……うん、そうだね、だから巨乳っちは止めてね。でさ、何か言いかけてたけど……?」

「ん? ああ、髪長いと洗うの大変そうだなぁ、って思っただけ」

 大変といえば、大変なのかな? 短くしてた期間がほとんど無いから、いまいちわからないけど。

「慣れ、じゃないかな? そんなに気にしたことなかったけど……」

「ふーん、そういうもんかぁ」

「なになに? 髪の話?」

 千寿さんの横から身を乗り出して、身体を洗い終わったらしい不動さんが会話に参加してきた。

「そういえば、先輩も、髪短いですね。そらっちみたいな綺麗な黒髪ロングって、どう思います?」

「私さー、昔伸ばしてたけど、洗うのと乾かすのが面倒で、すぐに短くしちゃったんだよねー」

 やっぱり、元々短い人が、伸ばしてみると面倒に感じるものなのか。

「あとは、地毛がかなり茶色いから、綺麗な黒髪は憧れるかも」

 不動さんの茶髪って、地毛だったんだ…… ずっと染めてるものだと思ってた……

「やっぱ憧れますかー。今度統計取って記事にしてみようかな。黒髪ロングに憧れる人の数とか、黒髪ロング好きの男子の数とか」

「お、いーんじゃない? 出来たら、多分見るわ~」

 黒髪ロング好き、多かったらなんか嫌だなぁ。狙ってるみたいな感じになりそうで……

 さて、そうこうしているうちに、身体も洗い終わったし、椅子と桶を戻して、湯船につかろうかな。そう思い、三人で浴場を歩いていると、不意に、男湯の声が聞こえた。

「歩擲くん、凄く、大きいね……」

「「「!?」」」

 あまりの内容に、全員固まって、壁の方を見つめる。なんだろう、今の、聞いちゃいけないような内容じゃなかった?

「……不動先輩、これは一体……?」

「……いやー、私の与り知るところじゃないかなー……」

 二人ともドン引きだった…… この二人ドン引き具合とやり取り的に、これって、もしかして、その、ホモホモしい感じの何かなの? うわー、うわー……

「……肩幅。これなら、ぼく一人くらいなら、簡単に乗れるんじゃない?」

 よかったー、ホモホモしい感じじゃなくて、よかったー。主語って凄く大事。

「どうせ、こんなオチだろうと思ったよ!」

「まあ、そうですよね……」

「……現実問題として、銭湯ですし、妙なことは、ないですよ、きっと……」

 さっきは一瞬、元気を無くした不動さんと千寿さんだったが、持ち直したようだ。さっさと椅子と桶を片付けて、気を取り直して湯船につかる。

「はー、みんなで銭湯ってのいいもんねー」

「そうですねー、湯加減もいい感じですしー」

「……私に取っては、ちょっと熱いけどね。でも、いいね、銭湯」

 入れないほどではないにしても、熱かった。うちのお風呂の設定温度がやや低めだからかもしれない。世間的には、これが普通なのかなぁ。

「そらっちー、江戸っ子は、熱い風呂に入らないとじゃないー? これくらいで熱いとか言ってたらダメだよー」

「いや、私江戸っ子じゃないから…… そもそもここ、埼玉だし……」

「てやんでぃ」

「……それ、時代劇とかでたまに聞くけど、どーゆー意味なの?」

「しらない。私も江戸っ子じゃないし」

 まあ、埼玉県在住で江戸っ子だったらビックリだけどね。しかし、にわかにも程があるでしょ、江戸弁…… もう会話グッダグダじゃん……

「あぁん、痛いよ、八幡くん…… もっと優しく……」

「「「!?」」」

 またもや、男湯から、そしてアイゼン先輩の声だった。またまた三人揃って硬直して、男湯のある壁の方を見る。これは、一体……

「……タツキチ、まさか、そんな、ガチの……」

 そして、数秒後、何かを理解してしまった千寿さんが崩れ落ちる。前にも見たことがあるような光景だ。瑠璃ちゃん、まさかの的中?

「私もうアイゼンが受けなのか、攻めなのか、わからないよ……」

「先輩!? そこですか!? 今重要なのそこですか!?」

 思わず声を荒らげて突っ込んでしまったが、それ以前に、友達を受けとか攻めとか言っちゃだめだと思う。よくは知らないけど。

 三人そろって混乱していたら、今度は八幡君の声が聞こえてきた。

「いや、つい親父の背中流してる癖で…… すみません」

 よかったー、受けとか攻めとか、そーゆー系じゃなくて、よかったー。前後の状況、凄く重要。

「……まあ、そんなオチですよね」

「よかった、タツキチがガチでホモだったらどうしようかと……」

「うん、そうだよ、アイゼンが受けとか、わかってないよ」

 一人、変なことを言っている人がいるけど、まあいっか。それにしても、精神的に疲れるなぁ、男湯の会話。

「あれー? おねーさんたち、おつかれ?」

 風呂に入って疲れる、という奇妙な状況の私たちの頭上に、銭湯の富士山からスルっと出てきた瑠璃ちゃんが声を掛けた。

「あ、瑠璃ちゃん。そういえば姿が見えなかったけど、何してたの?」

「ぼいらー見てた。おもしろかったよ」

 この子の趣味、渋いな……

「ねー、もう飽きちゃったし、そろそろ出ようよー。あたしお風呂は入れないからツマンナイんだよー。男湯行ったら、五人中四人見える人だから追い返されるし……」

「そんなことが…… じゃあ、私少しのぼせてきたし、一緒に先出てようか?」

「うん!」

「先輩、千寿さん、私先上がってますね」

「「はーい」」

 二人の返事を聞きつつ、浴槽から上がる。先に上がるんだし、ゆっくり髪乾かしてようかな。


 ***


「……以上でAR01からの報告を終了する。ふむ、異能者、いや物理現象干渉者(イレギュラー・マスター)か。この話、事実だとすれば、厄介な事になりそうだな…… さて、そろそろ本格的に修理をしなければ、終わらないかもしれんな!」


 ***


「ふう、さっぱりしたー、そらっちお待たせー」

 私が待合室で瑠璃ちゃんとしゃべって待っていると、男性組と女性組がほぼ同時に出てきた。

 ちなみに、私が外で瑠璃ちゃんとしゃべるときは、携帯を耳にあてて、電話している振りをする。これなら、霊が見えない人に独り言と思われないから。昨日までは霊子計を使っていたけど、あれも電話に見えなくも無かったし。

「んじゃ、帰りますかー」

 先生の号令に、男性組は無言で頷く。なんだろう、心なしか疲れてる気がするけど……?

「何か、あったの?」

「え? ああ、そらっちが出たあと、男湯の会話で愕然とさせられたのが悔しかったから、男湯に聞こえるように、こっちも変に聞こえる会話をしてやろうって思って、やってた。ね、先輩?」

「そうそう。私のセクシーボイスが火を吹きまくった、ってわけさー」

 なんとアホなことを…… 先に上がっててよかった……

「それ、すごくききたかったー、もうちょっとがまんしてお風呂の方にいればよかったー」

 頭上では、私と正反対の感想をもらす小学生女児。この子、もうダメだろ、いろいろとさ…… 

 そんなアホな話を聞きつつ、先生宅への帰路に着く。時計を見れば、もう一時を回っていた。そろそろ、眠いな。

 道を見れば、もう先ほどと違って、人にすれ違うこともめっきり減っていた。そんな感想を抱きつつ、歩いていると、十分ほどで先生の家に帰ってこれた。

「じゃ、お前ら、もう遅いからさっさと寝ろよ。男はこの部屋な。女子は、向こうの離れに三人くらいが寝るのに丁度言い広さの部屋があるから、そっちに移動な。くれぐれもおかしな事はするなよ? 俺の首が飛ぶ」

 さきほどの部屋に着くと同時に、先生がそんなことを言った。

『はーい』

 全員そろって、綺麗な返事をする。まあ、割とみんなヘタレっぽいし、女子は大丈夫なんじゃないかな。男同士は知らないけど。

 さて、その後、荷物を纏めて、先生に付いていって移動した先は、比較的小さな和室だった。

「じゃあ、そこの押入れに布団は入ってるからな。俺は自分の部屋にいるから、何かあったら電話くれ。んじゃ」

「「「ありがとうございます」」」

 ホントに良い先生だ。生徒と幽霊を九人も急に泊めてくれるんだから。しかも、男女をちゃんと分けるっていう、先生らしさもあるし。

 さて、私はもう寝たいなぁ。

「さて、じゃあ布団敷いちゃいますかー!」

「わーい!」

 ……うん。布団敷くだけで、このテンションはおかしい。この人たち、寝ないんじゃないか?

 布団を敷いて、パジャマに着替える。さて、これでもう私たち全員は完全に寝る体勢になった。

「じゃーん、あたしもパジャマになってみましたー」

「キー!」

 いつのまにかコスチュームチェンジした幽霊ズも、部屋に来ていた。幽霊の着替えってどうなってるんだろう? まあ、どうせ便利な仕様なんだろうけど。

「さて、一応電気消そうか」

「……一応って?」

 基本的に率先する先輩の発言に、すごーく気になる部分があった。もしかしなくても、

「え? しばらくお話とかするでしょ? この状況なら」

「……やっぱり、すぐには寝ないんですね」

「てゆーか、そらっち寝る気だったの?」

 むしろ驚かれた。あれー? 日頃から早寝なの私だけー? しょうがない、寝る気が無いなら、二人のためにカバンにしまった霊子計出すか……

 ぼふっ! ぼふっ! 私がカバンをごそごそしている横で、川の字に敷いた布団に、二人が倒れ込んでいた。

「しゅじょーさん、電気消すの任せたー」

「任せたー」

 もはや二人は、立ち上がる気すらないらしい。確かに、部屋の電気は少し遠いところにあるから、任せたいのもわからなくは無い。

「瑠璃ちゃん、電気消してー」

 だから、霊子計を枕もとに置き、もそもそと布団に入りながら、そんなことを言ってみる。ぶっちゃけ、私だって暗い中自分の布団を手探りで見つけてもぐりこむのは面倒なのだ。

「あたし、物触れないんだけど……」

「じゃあ念力で」

「おお! 確かに、それならスイッチ押せる!」

 この子は、もっと自分の能力について知った方がいいように思う。ていうか、電気も念力も無茶振りだったのに、なんとかなるんだ……

 パチ、っと部屋の明かりが落ち、いよいよもって、真っ暗になった。幽霊って凄いなぁ。

「そらっちー、起きてるー?」

「寝てます」

 正確には、寝たい、だけど。

「いやいやいや、それ起きてるでしょ!」

 まあ、電気消して五秒経ってないし、そりゃ起きてるよね、聞くまでもなくさ。定番だとしても、その質問、早すぎるよ……

「うん、まあ、起きてるけど……」

「なんか話しよう、怖い話とかしよう」

「……ぐー、ぐー」

 さ、寝たふり寝たふり。お寺で夜中に怖い話とか、寝れなくなるの確定なことには、付き合わないのが一番。

「先輩! そらっちが冷たいです!」

「ふ、千寿さん、大丈夫よ。ここは私の真の力を見せるときのようね。じゃあ、はじめるわよ、第一回! 暴露上等恋バナ大会~!」

 えー………… 真の力、話題変更ー…?

「先輩、つまり、どうゆうことですか?」

「つまり、朱城さんが突っ込まざるを得ないような話をすればいいってことよ。恋する乙女が五人も集まってるんだから、ガールズトークしたっていいじゃない!」

 私、多分、そんなにツッコミじゃないよ…… って、うん?

「……私、特に恋とかしてないんですけど。それに、恋する乙女の、五人中二人が幽霊って……」

「ほら釣れた!」

「先輩さすがです!」

 くっ…… そうゆうことか…… まんまと釣られた…… でも、もう寝る。これ以降は一切突っ込まないぞ……

「じゃあ、まずは千寿さんから、恋バナ、というか、好きな人とか、言っちゃってー」

「え? 私からですか? そうですねー、やっぱり、ゼロさんですかねー」

「八幡君じゃないのっ!? てか、よりにもよって、あの人!?」

「そらっち。ナイスツッコミ!」

「うっ……」

 またもや、まんまと釣られたよ…… 川の字で、真ん中の私を挟んで、突っ込みどころまみれの話をされるくらいなら、起きてようかな……

「……ところで、千寿さん、実際のところ、八幡君とはどうなの?」

「お、朱城さん、良い質問だねー。どうなの? どうなの?」

「へ? い、いや、ほら、あれはただの幼馴染デスヨ?」

 聞いてみたいことを、ストレートに聞いたところ、千寿さんは、ぎこちなく答えを返してくれた。いつもハッキリしてる千寿さんらしくもない。これは、ひょっとしなくても、マジなんじゃないかな?

 さて、そうなれば、ここぞとばかりにたたみかけるしかないな。

「……夜の学校で二人っきりで何してたの?」

「え? そ、それは、その…… 取材の手伝いをさせてただけよ!」

「あたし、見てたけど、手とか繋いでたよねー」

「それはタツキチが、勝手に……」

「キー」『最初、四階の廊下で私から逃げるときは、瑞希様の方から手を取っていたように思いましたが?』

「いやそれはその…… ってかあんた、デジカメのフラッシュで目が潰れてた割りに、よく見えたな!」

 意外とよく観察している幽霊組のおかげで、どんどん情報が出てくる。この二人には隠し事出来ないな……

「ほらほら、吐いて楽になっちゃいなよー。私は全く知らないけど、夜の学校で二人なら、いい雰囲気だったんじゃないの?」

 暗くて分からないが、きっと今の不動先輩は、凄くニヤニヤしているの違いない。

「べ、べつにそんなことは……」

「キー」『……非常に不本意ですが、いい雰囲気でしたよ。お化け屋敷でいちゃつくカップル的な意味合いで』

「……いや、命の危機で、単にビビってただけだから、その辺は本気で覚えてない」

 最後、てけ子さんが、微妙に外してしまったせいで、千寿さんは、冷静に戻ってしまった。これで状況証拠ラッシュは終わりか。

「でもさー、あたし思うんだけど、あいつ、かなり良い奴じゃない?」

「キー」『そうでしょう。私から逃げるときも、瑞希様を守るために、躊躇い無く自らを囮にするようなお方ですよ。非常にカッコイイと思います』

「……確かに、人体模型倒したり、一人で囮になったり、いっぱい助けてくれたし、ちょっとカッコイイかな、って思ってはいるけどさ」

「……で、好きなの? 嫌いなの?」

 少しずつ、本音が見えてきた千寿さんに、核心を聞いてみる。普段の私なら絶対に聞かないようなことを聞いているのは、夜中だから、お泊りだから、というだけではないだろう。

「えっと、その、まあ、なんというか、あー、まあ、その、好き、だけど…… 絶対言わないでよ!」

「うん、言わない言わない。もう、なんかもう、満足した。お腹いっぱいです。ありがとうございました」

「これで、私も、これからはしばらくは、二人を見ながらニヤニヤ出来るわー」

 最後、超小声だったけど、バッチリ聞こえたし、もう、聞かなきゃよかったってくらい満足だ。

「いやー、青春ですなー」

「キー」『全くですねー』

 そして頭上では、一気に老け込む幽霊二人。てけ子さんの通算年齢は知らないけど、瑠璃ちゃんは若いくせに……

「さて、じゃあ次は、てけ子いってみようか」

「キー」『好きな人? 八幡龍樹様一択です』

「……もうこいつの名前でれ子でいいんじゃないかな」

 ぼそっと、さっきの反動でうな垂れる千寿さんが呟いた。こうやって、変なあだ名が生成されていくのか……

「よし、じゃあ次は、瑠璃ちゃん? だっけ? どうかな?」

 不動先輩は、凄い勢いでデレてるてけ子を、形式的に聞いただけであっさり飛ばして、瑠璃ちゃんに標的を変えた。でも、私も瑠璃ちゃんの恋の話とか、気になるな。

「えー? あたしぃ? あたし、高校生とか、子どもじゃなくて、もっと大人が好みだしぃー」

「お前いくつだよ!」

「そらっち、突っ込むのそこじゃないよ。つまり、門戸先生が好きってことでしょ?」

「うっ! ……ま、まあ、そうだね。あたしが好きなのは、一幸おじさんだよ」

 最初、一瞬詰まったものの、腹を決めたのか、堂々と語り出す瑠璃ちゃん。そういえば、瑠璃ちゃん側からは、友達、とは言ってなかったような……? そうゆうこと、なのか?

「やけにあっさり認めるんだねー、幽霊ってこーゆーもんなの?」

「どうなの、そらっち?」

「……いや、私が知るわけないでしょう」

 しかし、なんで千寿さんや瑠璃ちゃんは、よくわかんない話を私に振るんだろう。こんなに怖い話が嫌いな私が、幽霊に詳しかったら、ビックリだよ。私自身が。

「ふーん、まあ、そっか。じゃあ次は……」

 不動先輩は、瑠璃ちゃんがあっさり認めたことは割りとどうでもいいのか、周囲に視線をめぐらせて、ターゲットを探している。さて、これまでで話していないのは、後二人。私に回せれても困るから、先手を打つしかない。

「先輩ですね」

「つまりそらっちは、トリを飾ると言うんだね。期待しておこう」

「あ……」

 そうか、ここで先輩が先だと、私、トリじゃん。私、大して面白い話も持ってないのに、トリとか、厳しすぎるんだけど…… もうこうなったら、先輩が話してる間に考えるしかないな。この状況を切り抜ける術を!

「で、結局私なんだっけ? 私の好きな人かぁ。居ないかなぁ」

「「ダウトォ!」」

 思わず叫んでしまったが、ここまで来て、三人にも話させといて、それは無いわー。もう、先輩とは思えない所業だった。

「え? え?」

「いやいや先輩、あれだけイケメンの多い図書委員に所属しておいて、それはないでしょ、それは」

「……そうですね。あの三人の中なら、誰なのかくらいは、しゃべって欲しいです」

「えー? マジでぇ……」

 さすが我らが委員長、自由すぎる。なんで、人にしゃべらせておいて、自分はしゃべらないつもりなのだろう。いや、私もまだしゃべってないけどさ。

「ちなみに、そらっち的には、誰?」

「え? ここでなぜ私? うーん……、名前忘れたけど、あの大きい人かな」

「え? そらっち、ホモ?」

「……おかしくない? ねえ、おかしくない? 私、女だよ? なんで男の人を上げたのにホモ扱い?」

「いやほら、あの体格だし、ホモに好かれてそうだなぁって思ってたから、つい……」

「偏見過ぎるよ! あの先輩が可哀想だよ!」

「いやー、そらっち可愛いなぁ~」

「なぜ急に!? 流れが見えないよ!?」

「なんか、涙目になりながら、必死で突っ込んでる姿が、こう、そそる!」

 ガバッ! ドサッ!

「わっ!」

 布団から飛び出した千寿さんが、私に覆い被さってきた。そして、

 ギュム……

 ……ぎゅむ? あ……

「む・ね・を、揉むなぁーーーーーーー!」

 ドシャァッ! っと、音を立てて、千寿さんを両手を掴み、隣の布団に押し戻す。それはもう、今まで出したことも無いような、力で。

「はぁ…… はぁ…… 急に、なにするの……」

「ぐっ…… いいじゃん、減るもんじゃないし…… 巨乳なんだから揉ませてよ……」

「……減りはしないけど、痛いでしょ! ギュム、なんて効果音がするほど揉んだら!」

「うっ…… ごめんなさい……」

「……まあ、いいよ。むしろ痛かったことより、貞操的な危機感のが大きかったから……」

 さっき、八幡君が好きって聞いたから、同性愛的なことはないだろうと思うけど、急に抱き疲れたら、普通に焦る。なんかもう、よくない方向で焦る。

「…………………え?」

「なんでもない!」

 なんだろう、友達同士の絡みのなかで、これくらいって、普通なの? わかんないなぁ。

「……いいなぁ、千寿さん」

「先輩!?」

 何を言い出しているんだろう、この人は。私、朝までちゃんと無事でいられるか不安になってきた。むしろ男子部屋に居た方が安全とか、勘弁して欲しい。

「で、先輩、決まりましたか? 答え。せっかくそらっちが身体を張って時間を稼いだんですから、スパッと言ってくださいよ?」

 え!? 今の絡み、そうゆう意味があったの!? なにこの、私の扱い。

「……そうだねぇ、あの三人の中で、強いてあげるんなら、……強いてあげるんなら、だからね、うーん……、孔雀、かなぁ」

 孔雀さんって、あの不憫っぽい眼鏡の先輩、かな。

「さて、私の綿密なる調査によりますと、以前、孔雀先輩はラブレターを貰っているそうです。この件に関して、なにかお話はありますか?」

「なっ! なんでそのこと千寿さんが知ってるの!? アイゼンしか知らないはずなのに! てか、入学して無いでしょ!?」

 千寿さんは予想以上の調査力を持ってるようだった。怖いな、秘密握られないように気をつけないと。あんなのが身近にいるんだし。

「……カマかけてみただけだったんですけど、まさか、本当とは……」

「……しかも、口ぶりからすると、送ったの不動先輩、なんじゃ……」

 どうやら、千寿さんは凄まじい調査力を持っているのではないらしい。だが、カマかけて、まんまと重要情報を手に入れてしまっていた。いやー、凄いなぁ……

 と、今重要なのは、そこじゃない、先輩のラブレターだ。

「「で、先輩、どうなんですか?」」

「うう、うぅ、……そうだよ! 私は孔雀にラブレター送ったよ! いーじゃん、好きなんだから! でも絶対言わないでよね!」

 それはもう、逆ギレのような告白だった。さすが我らが委員長、男らしい。

「言いません、言いません。もう、なんかもう、お腹いっぱいです。満足しましたから。ありがとうございました」

「そうです、そらっちの言うとおりですよ。なんか、満腹です」

 いやー、いいもの聞いた。高校生って、やっぱり青春なんだなぁ……

「で、ほら次は朱城さんだよ?」

 おっと、今聞きたくない言葉が聞こえたような……

「そらっち、私たちにだけしゃべらせておいて、自分は逃げる、なんてことはないよね?」

 あれ、これ、両サイドから、ガッチリホールドされて、逃げ場なし?

「え、やっぱ、私も、です、よね……」

「「当然!」」

 ……どうやら、私も腹を決めるときが来たようだ。しかたない。

「……えっと、私の好きな人は……」


 ***


「ふはははは! 行け! チビワン!」

「「「「「ふははははは!」」」」」

「おお! 我ながら驚くべき修理速度だ! これなら朝に間に合うな!」


 ***


 ところで、百物語をすると、よくないことが起きる、とは言われるけど、それは恋愛百物語(ガールズトーク)でも起きるみたいだった。

「ふぁーぁ…… 朝か、よく寝た、な……?」

 私が起きたとき、千寿さんや不動さんはおろか、男子組や先生まで寝ていたみたいだった。寝ぼけ眼で見た時計が表示している時刻は、九時。

 それは、一時間目が、始まる時間だった。いや、正確には、十分、始まっていた。まさかの全員寝坊、とは……

 ここまで間に合わないのが確定してると、逆に落ち着くのは何故だろう。そんなことを考えながら、私はみんなを起こして回った。

 さて、むしろ時間があるんだ。遅刻の言い訳を考えて、ゆっくり学校行くか……


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