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第九話『悪魔の瓶』

 放課後の図書室。家に帰ってもやることがない私は、本を読んで時間を潰していた。ちなみに、今日の当番は私ではなく、図書委員の一年生、水月さんがやっている。

 チラッと、貸し出しカウンターの方を見れば、やや短い黒髪に、中性的な顔立ちの水月さんと目が合った。

 にこっ。

 そんな擬音が合いそうな、爽やかな微笑みを向けられた。女の子にモテそうな人だなぁ、女の子なのに。

 しかし、彼女の爽やかさに比べて、私はどうだろう。今笑顔を向けられて、咄嗟に返すことも出来ず、なんか気持ちの悪い笑みを返してしまっただけじゃないか。

 ちょっと恥ずかしくなり、本の影に隠れてしまったし、もう、本格的にダメな気がする。

「はぁ……」

 自然とため息が出る。最近、少し友達が増えて、いい気になってたけど、別に私のコミュニケーション能力が上がったってわけじゃないもんな…… てか、そんな三、四日でぐぐぐっと上がっても怖いけど。

 ああ、二人っきり図書室気まずいなぁ。そんなことを考えているとき、

 ブブブ……ブブブ……

 私のポケットに入れてある携帯が鳴った。これは、メールの着信かな。取り出して、開いて、確認してみると、

『From:八幡龍樹 件名:なし 本文:たすけてけれ みずきが辺だ』

 八幡君からのメールだった。入力ミスと変換ミスがあるけど、そんな焦るような何かがあったんだろうか?

 それにしても、千寿さんのことか。さっきまでクラスで会ってたときは、何もなかったようにも思うんだけど……

 ひとまずは、『どうしたの?』と返信して待つことにする。すると、すぐに、ブブブ…… と携帯が震えた。

『From:八幡龍樹 件名:まだ学校にいるなら会って話したい 本文:なし』

 内容は伝わるけど、まさか件名に打ち間違えるなんて、よっぽどなんだろう。『図書室にいるよ』と送って、来るのを待つしかないか。

 そうして、私が最後に返信してから、二、三分経ったとき、

 バン!

 大きな音と共に、図書室の扉が勢い良く開けられた。そこにいるのは、息を切らした様子で、制服の上着を脱いで手に持ち、Tシャツ姿になっている、八幡君。

「はぁ…… はぁ…… 朱城、いるか……?」

「いるけど…… どうしたの……?」

「どうしたもこうしたも……」

 八幡君は、言いながら私のほうに来ると、乱暴に椅子を引いて、私の向かいに座った。

「あれ、キミって、たしか図書委員の八幡君、ですよね? とうとう働く気になったんですか?」

 八幡君が入ってくる様子を、貸し出しカウンターで見てた水月さんが、口を開く。そっか、水月さんって、ちゃんと名前とか覚えられる人だったっけ。

「ああ?」

「……八幡君、怖い。それ、怖いから」

 それどころじゃない、とでも言いたいように、水月さんを睨みつけるのは、止めて欲しいなかな…… 私も萎縮しちゃうし……

「チッ。……まあ、今の状況をなんとかしてくるんだったら、図書委員の仕事でも、なんでも、やってやるよ」

「本当ですか? ところで、今の状況、というのは一体?」

 私が萎縮してる一方で、水月さんは、気にも留めない、といった感じだった。なんというか、芯の強い人だなぁ。

「てか、てめー誰だよ?」

「私ですか? 一年四組の水月マコトです。見ての通り、図書委員です」

「ふーん、まあ、なんでもいいけどよ。それより」

 本当にどうでもいい、そんな様子で、八幡君が話を切り替えようとしたとき、開け放たれたままの図書室の扉の外から、声が聞こえてきた。

「タツキチみーつけた」

 それは、妙に甘えたような、そんな千寿さんの声だった。声の主は、扉の外でそう言った後、ダッシュで、部屋に入ってきた。

「げっ! もう追いついてきやがった。くっそ…… どうすれば……」

 八幡君は、何故か逃げようとして、立ち上がっていた。しかし、図書室の出入り口は一つ。いくら図書室が広いとはいえ、やや行動が遅れた八幡君に逃げ切れるはずもなく、

「えへへー、つっかまーえた!」

 ぎゅむ、っと抱きしめられて、捕まえられてしまっていた。

「あの、八幡君、いちゃつくのなら、他のところでやってもらいたいのだけれど……」

 白けた視線を八幡君に送る水月さんが、そう言った。まあ、実際、いちゃついてるようにしか、見えないから、仕方ない。

「ばっ、ちげえって! これが異常事態なんだって! あーもー暑苦しい! 瑞希、お前は引っ付きすぎだ! 離れろって!」

「タツキチィ~」

「うぜえ!」

「これが、デレってやつか…… 恐ろしい……」

「絶対違うだろ! 普通、絶対こんな急激なデレはないだろ! そんなこと言ってないで助けてくれよ、朱城!」

 ま、普通に考えて、デレとかじゃなくて、異常事態だよね。面白そうだから見てたかったけど、助け求められちゃったし、なんかしてみるか。なんとかなりそうな気は、全くしないけど。

「ほら、千寿さん、人の目の前だし、離れよう? ね?」

「やだ!」

「どうやら、私には無理みたい……」

「諦めるの早すぎだろ! ああもう!」

 ……五分後。

「ふう。とりあえず、これが限界ですかね」

「水月さん、ありがとう。……八幡君も、お礼言った方がいいよ?」

「……いや、これ、あんまり解決になってないだろ……」

 私たちの目の前には、椅子に座った八幡君と、隣の椅子に座りつつ、その腕にしがみつく千寿さん。

 水月さんの恐るべき交渉術によって成し得たのは、ボディへの抱きつきを、腕への抱きつきに変更する、という離れ業だった。さすが水月さんだ。私なんかとは大違い。

「それでさ、八幡君。一応は落ち着いたわけだし、話を聞きたいんだけど……」

「そうですね、話を聞かないことには、これ以上はどうしようもないと思います」

 水月さんと二人で、いちゃつくカップルの向かいの席に座る。さて、一体何が起きたのか…… 水月さんの必死の交渉の間に、霊子計で見た感じだと、千寿さんの干渉力が一万近い数字になっていたから、何か明確な原因があるのは間違いないだろうし。

「ええと、なんだっけか、ああそうか。……俺も確信があるわけじゃないんだが、実際見てもらうのが早いか……」

 ゴソゴソ……

「やんっ」

 千寿さんのブレザーのポケットに、おもむろに手を突っ込む八幡君。……いや、もう突っ込むまい。

「原因は、多分これだ」

 千寿さんの色っぽい声の後取り出されたのは、一つの瓶だった。大きさは、牛乳瓶より少し大きいくらい。不透明なガラスで出来ているため、中はわからない。そして表面は、オレンジの光のような模様が常に揺れている。中に火のついたロウソクを入れておいたら、こうなるのではないか、といった感じだ。

 もちろん、瓶の蓋は、コルクで硬くしめられているので、中で何かが燃えるはずはないのだけれど。

「……これは?」

「悪魔の瓶、ってやつらしい」

 瓶を机の上に置きながら、そう語る。

「なんでも、持ち主の願いを叶えてくれる、とかいう怪しい瓶、らしい」

「……にわかには、信じられませんね、そんな話」

 私だって、そうだ。マンガとかでそーゆーアイテムは良く出てくるけど、実際にあるわけがない、と思う。でも、あんな人(ゼロさん)もいるくらいだしなぁ……

「……えっと、それが本当だとして、なんで千寿さんが?」

「買った、とか言ってた。嬉しそうにそのことを話してたのが、昨日のことだな」

 千寿さん、大丈夫かな…… そんな話を信じて、怪しい物を買っちゃうとか、不安になる購買意欲だな……

 私と水月さんの、変なものを見る視線が、千寿さんに向く。それに気付いたのか、八幡君が、フォローをいれだした。

「……なんでも、一円で、投売りされてたらしい。願いうんぬんはともかくとして、色とかも面白い瓶だし、買ってみたんだとさ」

「……随分、安いんですね」

「……そうだね。そんな、願いが叶う物が、安いってことは、裏があるとか……?」

 無料より怖いものはないとは言うけれど、一円も、十分に怖いラインだ。

「……一応、瑞希から逃げ回る間に、調べて見たんだが、これの所有者のまま死ぬと、地獄に落ちるらしい」

 地獄か…… ゼロさんは、天国とか地獄とか、そんな話はしてなかったし、本当にあるのかな…… 私が信心深くないからか、大して強力な代償にも聞こえないけど……

「……それだけですか?」

 私と同じ感想を抱いたのか、水月さんが聞いていた。まあ、それだけ? とも思うよね。

「これの所持者だと、そのうち毎晩のように地獄の業火の夢をみてうなされるってのもあるが…… それだけじゃなく、まだある。叶えてくれる願いは、不幸な形で叶う、らしい」

「どううゆうこと?」

「例えば、金が欲しいって願うだろ? そうすると、自分の親が死んで、相続金が入る。みたいな感じ、らしい。胸糞悪りぃ話だぜ……」

 神妙な顔つきで、語る八幡君。確かに、気分のいい話ではない。結果的には、叶っているが、それで喜ぶ人は、悪魔に魂を売ってしまっている。これは、最悪に意地悪なアイテムのようだ。

「……そんな物騒なもの、捨てちゃった方がいいんじゃない?」

「捨てても、いつのまにか手元に戻ってくるらしい。これを手元から無くすには、他の人に譲渡するしかないらしいんだ」

「……なるほど」

 怪談とかで、よくある設定だな、捨てても戻ってくる。どうゆう原理なのかはわからないけど、売り続けたら、お金にならないかな? とか、思ってしまう……

「話を戻すが、この瓶の細かい効果を知らない瑞希が、何かを願って、こうなったんじゃないか、って俺は睨んでる」

「……うーん。意地悪な形で叶った願いかぁ…… どうしたらいいのかな……」

 そんな、悪魔さんの叶えた不思議パワーをどうにかできるような力は、私にはないし、それは水月さんも同じだろうし……

 しかし、私が、腕を組みつつ、困っている横で、水月さんは、何かを閃いたようだった。

「とりあえず、千寿さんの問題でしたら、元に戻してくれ、と願えば解決するのでは?」

 ああ、そうか。別に願いが一つってわけじゃないんだから、そうすればいいんだ。悪魔にお願いするのは怖いけど、それしかないのかもしれない。

「……俺もそれは考えたんだが、所有者しか願いを叶えられないらしい。瑞希はこんな状態だから、そんな願いは聞き入れてくれないだろうし……」

 あれ? この考えに至らなかったの、私だけ? っと、そんなことより、さっき譲渡とか言ってたし、

「……千寿さんに頼んで、瓶を譲ってもらう、ってのはどうかな?」

 これで、八幡君が、所有者になって、願いを叶えれば、もしかしたら、全部解決、何じゃないかな。地獄うんぬんは置いておけば。

「この瓶の譲渡条件は、売ることなんだ。だから、無理だ」

 八方塞、そんな様子で、俯きつつ、そう呟いた。売り買いが無理って、ことは……

「……ものすごく高い、とか?」

「逆だ。買ったときの値段より、低い値段で売らないと、譲渡されたとみなされないらしい」

「以下ですか? 未満ですか?」

「未満だ……」

 辺りを沈黙が包む。えっと、千寿さんが買ったときの値段はたしか、一円だっけ。一円未満って、銭とか、厘とか? 日本円として流通してない、なぁ。確かに、無理だ……

「……調べた感じ、大昔は凄まじい高額で取引されていたらしく、多くの権力者を生んだ、とか言われていたけど、今じゃこの値段だ。売ることの方が難しい、というか、無理なんだ」

 ということは、最初から、いずれ最後の一人が決定し、絶対に地獄に落ちる、と決まっていたのか。最後の方は、安くて胡散臭い瓶を、騙しての売りつけること必死だったろう。悪魔は、この騙しあいを、見てほくそえんでいるのだろうか…… 悪趣味だ……

 しかし、最後の一人が何も知らない千寿さん、というのは酷い話だな…… なんとかしたいけど……

「なるほど、大体理解しました。それで、八幡君は、この打破できない状況に困って、朱城さんに相談しに来たというわけですか」

「ああ、そうだ」

 頼ってもらえるのは嬉しいけど、どうしたらいいのか、私にもわからない。かろうじて見えた突破口は、一円より安く売る、かぁ……

 それから、全員で黙り込んで考える。一円=百銭=千厘か…… うーん…… タイムスリップでもすれば、銭も厘も流通してるのに…… ゼロさんなら、出来る、かなぁ……

 いや、タイムスリップしなくても博物館に行けば、一銭玉とか、置いてあるか。でも、こんなことのために貸してくれるかどうか……

 一円より安い、一円より安い…… 一円安…… 円安……? いや、今は円高か。輸出が大変らしいし…… っと、

「そうだ! わかった!」

「ど、どうした朱城、急に大声出して……」

「わかった、って何がですか?」

「一円より安く売る方法! 外国の通貨を使えばいいんだよ! 今、円高なんだから!」

 確か、今朝のニュースでは、1ドル=81円とか言ってたはずだ。だから、1ドルの百分の一の1セントなら、0.8円だ。これなら、一円より安い。

「たしかに、それで解決ですね。八幡君、その瓶の売り買いは、日本円でなくても大丈夫ですよね?」

「ああ、問題無いはずだ。元は海外にあったものらしいし」

 よし、これでほぼ解決だ。あとは、1セント硬貨をどこかから調達出来れば……

「まあ、それはわかったんだがよ。誰か、海外の、一円より安い通貨持ってんのか?」

「「………」」

 まあ、普通に考えてありませんよね。高校生だもん。日本円ですら、そんなに持ってないのに、ドルとかセントとか、持ってるわけが無い。

 銀行は、この時間、もう閉まっているだろうし…… と、私が考えていると、隣の水月さんが、ポンっと手を打ち、口を開いた。

「あ! ありますよ、確か1セント硬貨でしたけど。ちょっと待っててください」

 言いながら、水月さんは、制服の胸ポケットから、御守を取り出した。それは、いわゆる神社に行けばもらえる、普通の御守で、書いてある文字も“御守”だけという中々ストイックなものだった。

「……なんで1セント硬貨なんて持ってるの?」

「……ええと、よく西部劇などで、胸ポケットの1セント硬貨がなければ死んでいた、なんてシーンがありますよね? お恥ずかしい話しながら、あれに憧れて1セント硬貨を御守に入れて持ち歩いてたんですよ」

 ははは、と笑いながら、御守の紐を解き、中から硬貨を取り出す。その手の平に出されたのは、なるほど確かに、見覚えの無い硬貨だった。

 全体的に、十円玉に似ているが、大きさは少し小さいように思う。十円玉より明るめの色合いをしたその硬貨には、凛々しい男性の、右を向いた横顔が描かれている。たしか、リンカーン大統領、だったかな。

「はい、八幡君。これを君にあげます。御守も、こんな形でも役に立てたことを、喜ぶと思いますし」

「……いいのか?」

「ええ。実際、ただの1セント硬貨ですから、0.8円ほどの価値しかありませんし、気にしなくていいですよ」

「……ありがとう。この礼は、いつか必ずする」

 八幡君は、受け取った1セント硬貨を握り締めながら、千寿さんの方に向き直った。さあ、後は瓶を買い取って、願いを言えば、解決だ。

「……瑞希、その瓶を、俺に売ってくれないか?」

「えー、どうしよっかなぁー」

 腕にしがみついたままで、甘えたような声を出す千寿さん。なんか気になると思ったら、これ幼児退行、なんじゃないか? 昔みたいに~とか、願ってしまったんだろうか?

「頼む……」

 ふざけている感じの千寿さんに対して、頭を下げ、必死な様子の八幡君。やっぱり、中のいい人が急に変わられたら、辛いのだろう……

「じゃあね、ちゅーしてくれたら、いいよ」

「「「なっ……!」」」

 なんと、大胆な…… 本当に幼児退行だとしたら、末恐ろしいにも程がある……

「お、おい瑞希、目を瞑って、顔をこっちに突き出してんじゃねーよ。いや、マジで……」

 必死に、千寿さんの肩を掴み、なんとか押し戻そうとする八幡君。まあ、嫌かどうかは別として、急にそんなこと言われたら、焦るんだろうな……

「八幡君、神聖な学び舎で、そうゆう行為に及ぶのは、どうかと思いますよ?」

「いや、俺が言い出したことじゃねーだろ!」

「……やっぱ、告白が先、じゃないかな。こうゆうのは」

「そーゆー問題でもねーって!」

 お互い必死の形相で、水際の攻防戦を繰り広げるいちゃいちゃカップル。なんかなぁ、これを助けなきゃいけないのが馬鹿らしくなってくるよなぁ……

「しかしまあ、非常時ですし、いいんじゃないですか? ちゅーしてしまえば」

「……あ、でも私たちの目の前ではやめてね。向こうの影でしてね」

「え、あの、え? マジで……?」

「「マジで」」

「……はい」

 千寿さんの唇で、千寿さんが助かるなら、それはそれで、自業自得ってことで、いいんじゃないかな。千寿さんの本心的にも、自“得”ではあるだろうし。しかし、高校生って、進んでるんだなぁ。私、恋愛とか、縁が無いからなぁ……


 五分後。

「……なんとか、瓶、ゲットしたぞ……」

 やたらとげっそりした八幡君が、千寿さんを腕に抱きつかせたまま図書室の影から帰ってきた。

「……ということは、したんですね」

「うわー……」

 とびっきりの白い視線を彼に向ける。しかし、五分も掛かった、ということは、彼は相当にヘタレなんではないだろうか。

「タツキチィ、どこにとは言わなかったけど、でこちゅーってどうなのさー?」

「「あ、間違いなくヘタレだ」」

「うるせーーーー!!!」

 さて、ヘタレ君は置いといてと。千寿さんがまだしがみついている、ということは、まだ願いは言ってないのだろう。

「あとは、願いを言うだけ、といったところですか?」

「ああ」

「……じゃあ、早く願い事言っちゃおうよ。千寿さんが可哀想だし」

「……どーゆー意味だ」

 別に、他意はないんだけどね。自分が自分じゃないままって、後で知ったら、すごく嫌だろうし。

「……じゃあ、言うぞ」

 戻ってきて座りなおした八幡君は、瓶を両手で持って、真剣な顔でそう言った。ここから先は、誰も茶々を入れない。

「瑞希を、昨日までの、元の瑞希に戻してくれ!」

 力強い叫びの後、瓶が眩いオレンジ色に輝いた。これは、叶った、ということなのだろうか? そんなことを思う間もなく、ふら、っと千寿さんが、倒れそうになる。

「っと」

 すぐさま、今度は八幡君が、彼女を支えるように抱える。見たところ、意識が無くなったように見える。

「だ、大丈夫?」

「寝てるだけ、みてーだな。全く、人騒がせなヤローだ……」

 よかったぁ…… 寝てる、ってことは、あの干渉力が消えたことによる反動とかで、一時的に気絶してるだけ、とかかな。

「ふふ、そうですね。これは、彼女にとっても、私たちのとっても、全部悪い夢だった、ということにしておくのが一番ですね」

「ああ、そうだな。瑞希は、このまま俺が、どっかテキトーな人のいない教室に運んどく。一応、起きるまで見ててやるかな……」

「それがいいよ。まだ、何があるかわからないし」

「ああ。世話になったな」

「いえいえ。友達、だもん」

「あー、そうだな」

「もちろん、八幡君も」

 似合わないことを言ったのは、わかってる。でも、八幡君もまんざらでもなさそうだった。その証拠に、私には返事をせずに、照れくさそうに、プイっと視線を外して、千寿さんを負ぶって、出て行ってしまった。

 さて、これで今回も一件落着。また、退屈な時間つぶしを再開するとしますか。

「では、私も通常業務に戻りますかね」

 私が読みかけの本に手をつけたとき、隣の水月さんも立ち上がり、微笑みかけながら、貸し出しカウンターに向かっていった。

 これぞ平和な図書室。人はこないが、困り事はくる、なんてジンクスが生まれないことを祈るしかないな。

 あれ、何か忘れてるような……

「あ、あの瓶……」

 まあ、八幡君が持ってる分には、大丈夫か。恐ろしい効果も、自分自身で知っていたのだし。まずそうだった、そのうちゼロさんに見てもらえば、いいのだから。


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