81 超越
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「おおおっ!」
「らあっ!」
何度目の激突か。
拳と爪がぶつかり合い、衝撃波と共に弾かれる。
武王に少しでもダメージを与えようと試行錯誤した打撃は今まで以上の威力を内在していた。
竜の膂力と原書の強化を相手に50倍の強化魔法で互角。
すっかり地形の変わってしまった風景の中で僕たちは再び睨み合う。
同じ場所で戦っているせいで、数えきれないクレーターと地割れが幾重も重なって地面がどんどん沈み込んでいくのだ。
既に浅めの渓谷と言ってもいい有様である。
そんな中で両者ともに荒い息を吐き出した。
「頑丈、すぎだろ」
「こっちの、台詞だ」
ルインは空に上がらなかった。
肉弾戦で挑む僕を爪と牙と尻尾で迎え撃ってくる。
激突の度に破壊を周囲に撒き散らすこと20分。
変に互いの武力が拮抗してしまって戦局が膠着していた。
こうなれば1度距離を取って戦法を変えるのがセオリーだけど、全て超えるという発言がルインの心にも火をつけてしまったのか空に飛ばないし、僕もバインダーに手を伸ばす気になれない。
ここで引いたら負けという認識があった。
まあ、意地になっているだけなのだけど。
こいつ相手に退くなんか嫌なのだから仕方ない。
単純な力ではルインが勝っているものの僕には技術がある。師匠の教えを元に、この3週間で武王相手に実践レベルまで習熟した武技を振るって力の差を埋めていた。
とはいえ、勝負は少しのミスであっさりついてしまうだろう。
ルインの攻撃が直撃すれば大ダメージは避けられない。
僕にだってワンチャンスで戦局を決める一打を用意してある。
さて、僕の強化が切れるまであと10分ほどだろうか。
仕切り直しは嫌だな。
(勝負に出よう)
同じ脳筋でも経験豊富な武王には効かなかったけど、幼い印象のルインならいけるはずだ。
深く腰を落としてルインの攻撃を真っ向から拳で迎え撃つ。
拳と爪が相殺される。
2撃、3撃、4撃、5撃、6撃と重ねていって、地盤の方が耐えきれずに崩れていく中、10撃目に合わせてルインの爪撃の下を踏み込みながら潜り抜けた。
激突を想像していたルインは大きくバランスを崩して前のめりになる。
(かかった!)
踏み込みの足に全ての重心を乗せる。
爪先から踵を捻り腰から肩へと伝達する。
生み出されたエネルギーを肘に乗せて突き上げる。
肘が倒れ込んできたルインの胸を撃ち貫いた。
強化の装甲に1点から全体へと亀裂が一瞬で広がって硝子のように砕け散る。
原書の強化を破るにとどまらず打撃はルインの骨を砕き、確実にいくつかの臓器に損傷を与えただろう。
ルインの口蓋から大量の血が溢れだす。
「んだ、今の……」
掠れた声は聞き取りづらかったけど、今の技のことを聞いているのは予想できた。
「リモンチョウチュウっぽいもの」
や、漢字とかわからないし。見様見真似だし。
一応、武王にイメージを伝えたらこんな感じかと実演してくれた。
あの人、聞いただけで堂に入った八極拳とかやってみせたんだけど、もうつっこまない。あれはそういう生き物なんだ。
魔法じみた武技を扱える武王ならあちらの世界の武術も使えるのではと思って試してもらって、お返しにこの技だけは教えてもらったのだけど、想像以上にうまくいったようだ。
僕の場合は強化魔法のおかげだけどね。
頭上のルインを見上げながら笑って見せた。
「もう終わり?」
「ざっけんなあ!これぐらいで負けらんねえんだよ!」
吐血混じりの絶叫を上げてルインの目に闘志が戻る。
確実にダメージの残る体で翼をはためかせた。
生まれた風圧を種族特性で制御して一気に上空へと飛び立つ。
僕の最後の一撃で渓谷というかただの深い穴になってしまった地の底から見上げるとルインが睨んできていた。
そうだ。これぐらいで諦められては困る。
全てを超えると僕は言ったんだ。
まだルインの全てじゃないだろう。
「『原書:召喚術式・金属!全頁解放!』ぶっ壊せえええっ!!」
完全版の全頁解放か。
以前は無数の刃が出現したけど、今度は高層ビルほどもありそうな捻れた槍が出現した。
どう考えても個人を標的に使う魔法ではない。山さえ削り飛ばしそうな迫力がある。単純に槍の一撃というわけでもなさそうだ。
(着弾後に大量の刃物をばら撒くぐらいはあるかな?)
「落ちろおおおおおおおおっ!!」
ルインの叫びに魔法が発動する。
さて、こっちも迎撃だ。
相手が原書だろうが魔神だろうが関係ない。
僕の最強は絶対に負けないのだから。
「牢獄よ来たれ。
其は法により守られ、
其は傷つけど癒される。
檻を8元は相克しながら蹂躙する。
彼の祝福が皆を導くだろう」
詠唱を終える。
巨槍は高速で飛来してくる。
それでも恐れることは何もない。
「レグルス」
緋色の檻が長大な槍の全て捕えた。
5種の魔法が渦巻く空間全て、塵のひとつまで蹂躙する。
発動から終了までの時間は短かった。今回は対象範囲が広かったので仕方ない。
それでも、後には何も残らない。
完全消滅。
空気まで消失した空間に流れ込んできた大気が強風となってルインの巨体を飲み込んでいた。
僕はバインダーから6枚の魔造紙を取り出し、ルインがなんとか浮遊状態まで戻るのを待つ。
ルインは荒い息をつきながら僕を訝しげに見てくる。
「……てめえ、なんでいま攻撃してこなかった」
「最初に言ったよ。全てを超えるって。強化の付与原書、金属の召喚原書、次はお前の種族特性の番だ」
さて、今回は前回の戦いを参考に作戦を練ってきた。
ルインの種族特性、流体制御は遠距離からのエネルギー攻撃に対して天敵と言ってもよい能力だろう。
あの『流星雨』さえ凌ぎきったのだから凄まじいものだ。
だけど、そんな都合のいい能力なんて存在するわけがない。
師匠だって命を賭けて種族特性を使ったのだ。竜族だけが特別なんのリスクもないとは思えない。
必ず限界がある。
そして、心当たりもあった。
「ルインの鱗さ、綺麗な銀色だよな」
「何を、言って」
「でもさ」
戸惑うルインを遮って言ってやる。
思い出すのは僕の『流星雨』を受けて撤退するルインの姿。
「この前、最後はくすんでたのはどうしてかな?」
「てめえ!」
おそらく竜族の流体制御の源は鱗だろう。
原理は不明だけどエネルギーの供給源であることは間違いないと思う。
それでも無尽蔵ではない。
消耗すれば使えなくなる。
「武王から生け捕りにするよう頼まれてるんだ。死なないでよ?」
ルインが選ぶのは何かな?
先制?ああ、そうだろうね。そういう性格なのはもう知ってる。
知ってるから準備できてるんだ。
6枚の内の1枚を発動させる。
「いけ。『封絶界――積鎧陣』」
50倍の結界がルインの爪も牙も炎も阻む。
原書の支援を失えば破れるはずがない。
そして、僕は用意していた魔造紙を見せた。
20倍の『流星雨』が5枚。
大丈夫。今度はちゃんと首都からも距離を取っているし、範囲も狭く設定してある。
「何枚耐えられるかな?」
竜の顔が引きつったのがわかった。
僕はニコリと笑って最初の『流星雨』に杖を振り下ろした。
1枚目は無事。
2枚目から銀色が曇り始めた。
3枚目で前回と同じくらいくすんでしまった。
4枚目で全身から煙を上げて痙攣するだけになった。
蒸気の噴きあがる地獄絵図のような中で地面に埋め込まれた巨体を見下ろし、5枚目をどうしようかと考えたけど、おいしい竜の丸焼きができそうなのでしまっておいた。
気を失っているルインを見上げて少し考える。
原書2冊と種族特性は打破してみせた。
これで完勝と言えるだろうか?
……うん。決めた。
結論が出て僕はルインを残して20倍強化を掛けて結界を解除。
灼熱のクレーターから竜を置き去りのまま脱出する。
「いけ。『水・瀑布・静麗歌』」
20倍の水の属性魔法をクレーターに注ぎ込んだ。
急速に冷却されていくクレーターはやがて水で満たされて湖となった。
その中央辺りからゴボゴボと泡が出てきて、次第に大きくなっていくと、盛大な水柱が上がった。
虹のヴェールが掛かる中に出てきたのは溺れかけたルインだ。
「て、めえ、は、……」
「ほら。早く上がりなよ。決着をつけよう」
息切れするルインに僕は湖岸から手招きした。
やっぱりこの人に事前情報と準備期間を与えちゃダメですね。
処刑用BGMが流れるだけです。




