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魔法書を作る人  作者: いくさや
ブラン編

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79 修行

 79


 鍛錬場所は初日でも使った闘技場。

 観客のいない闘技場は普段なら新兵の教練に使われるそうだけど、今回は貸切にしてもらった。

 なにせ、国民は僕が武王にも勝る武人として認識されているのだ。

 下手な場所で現場を見られると国民の士気にも関わってくる。


 武王は容赦なかった。

 そもそも強化していない僕ではブラン兵の強めの人にも苦戦する。

 その最強に位置する武王の武技は格が違った。


 回避と防御に専念すれば戦いにはなるものの、詰将棋のように選択肢がどんどん削られていって数手で逃げ場を失うことになる。

 なんとか受け流したり、受け止めたりしても段々とダメージが蓄積。

 武王の動きについていけなくなったところで強烈な一撃をくらってKOだ。

 無手の武王に対して僕は白木の杖を使っているのに完敗。

 殴られ蹴られボコボコにされて撃沈してはリエナの回復魔法で復活して再挑戦。

 これでまだ手加減しているというのだから呆れるばかりだ。


 最初の数日は技を盗む以前に何が起きたのかもわからなかった。


 不意に死角から襲い掛かってくる接近。

 0距離から岩をも砕かんばかりの豪打。

 打った方がダメージを受ける剛体。

 打撃が飲み込まれるような受け流し。

 防御の上から貫いてくる拳。

 無作為のようで意味を持って放たれる連打。


 大声で笑いながら遠慮なく殴りかかってくる。

 怖いから。子供が見たら泣くから。


「どうしたー?俺を本気にもできねえと話にならんぞー?」

「この野郎っ!」


 時折、馬鹿にするようなことも言ってくる。

 これが奮起させるための言葉ならともかく、心底本気で馬鹿にしているのが丸わかりで悔しくて休んでいられない。

 で、またボコボコになると。


 ボコられているうちに見えてくるもあった。


 たとえば気づかぬうちに間合いを詰めてくる方法。

 あれは僅かな挙動などで意識や視線を一方向に誘導して、誘導に囚われたところを無挙動の歩法で高速接近してくるものだろう。

 どれかひとつだけなら気づけるけど、複合することで間合いを詰められるまで認識が追いつけなくなる。

 理屈ではなんとなくわかるけど、実現するにはどれだけ技量がいるのか。

 道のりの遠さに気が遠くなる。


 見学のリエナはうんうんと頷いている。

 あれ見ただけでわかるの?

 わかるんだ……。


 同じく見学のレイア姫は声援を送ってくれる。

 その声には応えたいところだ。

 ところなんだけど、君のお父さん、ちょっと人間やめてるからねえ。ぶっ倒せって言われても難しいんじゃないかなあ。


 王様としての仕事はないのか疑問だったけど、ヴェルがそういう仕事は受け持ってくれているそうだ。というか口出しすると邪魔になるそうで、武王は兵を鍛え、鼓舞し、戦場とあらば先陣を切ればいいという。

 それ王様の仕事じゃないと思うんだけど。

 でも、ヴェルからは武王を独占して喜ばれた。普段、どんなことしてんだよ、この人。


「ははは!始祖はちっとも強くならんな!」

「あんたがおかしいんだよ!人体どうやって鍛えたってなあ、殴られて『ガン』って音が鳴るわけねえから!」


 杖で打ったのに跳ね返されたのだ。

 本当に鉄でも殴ったような音と感触がしたよ。

 マンガで見た硬気功という奴だろうか。この人なら有り得そうで怖い。


「ほらほらほら!いつでもかかってきていいぞー!」

「すぐに泣かせてやる!」


 実にイキイキしてやがる。

 この人相手に遠慮は一切不要だと思ったのか、気が付けば僕は敬語を使わなくなっていた。

 立場的には僕は王様よりも上なので問題ないし、この国では誰も気にしないようだ。


 回復魔法のおかげで怪我は治るし、体力も尽きない。

 武王の都合がつく時はずっと戦い続けた。

 1日に100手は仕合う日々。


 というか悔しいので一本ぐらい取りたくてぶっ続けで襲い掛かったりもした。いくら武王でも消耗すれば隙ができるだろう、と。

 結果から言えば甘い考えでした。

 武王の奴、無休無補給で半日も戦い続けやがった。どうも体の造り自体が戦闘に特化しているのか常人の範疇に収まらない。

 つまり、半日間ずっとボコボコにされていたわけだけど。

 知ってる?回復魔法じゃ怪我と体力は戻っても精神は癒されないんだよ?


 さすがに戦っているだけではない。

 ルインは必ず再襲撃してくるだろう。

 竜のプライドは高い。

 僕にあれだけ傷つけられてそのままにしておけるはずがなかった。

 前回のルインの戦いから対策を練る。

 こういった点では武王は役に立たない。

 あの人、本当に本能で戦っているので対策とか考えないのだ。


 なので、武王にはある方針を伝えておいた。

 ルインがプライドを傷つけたように、僕にもこのままにしておけない瑕疵がある。


 そうして1週間が過ぎ、2週間も抜け、3週間の終わりが見えた頃。

 再びブラン首都に警報の鐘が鳴り響いた。


 その時も僕は武王と打ち合っていた。

 レイア姫がすぐに僕のバインダーを持ってきてくれて、リエナが回復魔法をかけてくれる。


「来たか」

「じゃあ、後は決めたとおりに」

「おう。かっこいいところ見せてみな」


 ガツンと乱暴に拳をぶつけ合う。

 すっかりブランの国風に馴染んできてしまったな。

 まあ、たまには悪くないと思ってしまうあたり重症だ。


 すぐに前回と同じ結界を展開した。

 武王は装備を従者から受け取ると身に着けながら一足先に北の門へと向かって行く。

 僕はちょっと別の場所からだ。


「……シズ」

「リエナは待機ね」


 ルインが妄言の通りリエナを狙ってくる可能性があるのだ。

 前に出すのは精神衛生上よろしくない。

 リエナはかなり難色を示したものの、最終的には受け入れてくれた。


「大丈夫?」

「うん。平気」

「そうだ!先生は強いからな!」


 レイア姫は相変わらずキラキラの目で僕を見上げてくる。このひと月近く情けない姿を見せてばかりだったと思うのにどこを尊敬するというのか。


「まあ、武王にはやられっぱなしだったけどね」

「父様にあんなに挑んだのは先生だけだ!」


 あ、そういうところ。七転び八起きどころか百転び百一起きぐらいしたからなあ。

 師匠も僕の性根はぼろくそに言っていたけど、根性だけは褒めていてくれたもんな。だてに中学3年間いじめられ続けたのに皆勤賞取ってないよ。

 武王がイキイキしていたのもその辺りが理由なのかな。


「少しはましになってるならいいけどね」


 実際、濃密な特訓は積んだけど強くなれたとは思わない。

 そんなに簡単に鍛えられるなら誰も苦労しないから。


 でも、強がりではなく体が軽かった。

 気持ちの持ちようだろうか。

 今まで気づかないうちに色々と抱え込んでいたのだろう。

 前回のような怖さとか、不安がなくなったわけじゃない。

 やはり、失敗は嫌だし、大切なものが傷つくのも失われるのも怖くて震えそうになる。

 九死を体験した原書の刃の群れも忘れられない。


 それでも、西の空から高速で飛来する輝きを見据えて言える。


「じゃあ、勝ってくるよ」

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