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魔法書を作る人  作者: いくさや


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喪4 気を付けよう

 喪4


 ひは、ひひははは、ひはへ。

 ひははははははは。

 くひ。

 ひ、ひはは。


 ごめんなさい。

 ちょっと笑いが止まらなくって。

 少しね。新しい世界が開けたというか、ね。

 あたしも大人の階段をひとつ上っちゃったのよ。


 今、あたしは男にパイオツを揉まれているわ!


 あ、もう! 大胆なんだから!

 そんなに激しく求めないで。大丈夫。逃げたりなんてしないわよ。

 ふふ。いい子ね。そうよ。慌てないで、ね?

 お姉さんが、色々と教えてあ・げ・る!

 ひは。初体験だけど!

 こういう時は年上がリードするものよね! 


「■■ねーちゃ!」

「いいい、痛いわ! だだダメよ! た、叩いちゃメッ! めめ、メッよぅ!」


 ええ。

 エル君とヒーちゃんの子供のエリド君(もうすぐ2歳)にだけどね。


 いいじゃない!

 異性に触られたの初めてなんだから!

 もう、ちゃんと責任とってよね、エリド君!

 歳の差婚、上等よ!


「■■ねーちゃ! ■■ねーちゃ!」


 エリド君、あたしのこと大好きね。

 もう。幼児まで魅了しちゃうなんて、あたしって本当に罪な女。


「だ、だだ、だから! そそそんなにお胸を、た、叩かないで! ね?」


 あたしの胸部装甲をバシンバシンと両手で叩くエリド君。

 子供の力なんて大したことないけど、子供だからこそ手加減もなくて、地味に痛いのよ。

 あれかしら。ヒーちゃんとの対比なのかしら。いくら痩せてるあたしでも、ヒーちゃんと比べたら負けてないから珍しいとか?


 と、考えている間もエリド君は手を止めない。

 ドンダンドンダンと太鼓みたいに叩きつつ、とってもご機嫌だった。

 あたしがどんなにお願いしても、叩くのをやめてくれない。


 ダメよ。理屈じゃないわ。

 本能のままに衝動を発散する野獣なのよ。


 説得は諦めて、救援を求めることにした。


「そ、そこ! いひゃ! めめ、目を逸らしてないで、んん! たた助けてよ!」

「ごめん。わかった。待ってて」


 椅子ごとこちらに背中を向けて、壁を見続けていたショタがようやく立ち上がる。


 線の細い青年。

 見た目は少年とも間違えられる童顔と合わせて、十代と主張しても信じられそう。

 明るめの茶色い髪は目が隠れるほどに長い。

 やたら高そうなスーツを着ているのは趣味なのかしら?

 第四始祖レリックこと、ショタ。


 ショタはあたしの膝の上に鎮座したエリド君を抱えあげて、引き離してくれた。


「エリド、こっちに、おいで?」

「■■ねーちゃ! やー! レリ、やー! ■■ねーちゃ! まー!」


 エリド君は不満そうにショタの顔面をうにーと押し続けている。ひは。不細工。

 別に嫌われているわけじゃないと思うけど、エリド君は女好きよね。エレ君も抱っこするとすぐに泣かれると落ち込んでたし。

 でもね、エレ君。それはエレ君の抱き方も悪いと思うの。二年経ってもすごい緊張して、ガチガチだから子供も不安になるわよ、あれじゃ。

 その点、武器を振り回すヒーちゃんは危なげないから、どちらを選ぶといえば決まっているわよね。


 ちなみに、つっくんは近づくだけで泣かれる。

 反抗期? 泣かれるのが怖くて近づかないわよ。遠くから様子を見るだけね。

 ショタは見た目は柔らかいし、付与魔法でいくらでも体を強化できるから男どもの中では一番子守りが上手い。

 だから、今日みたいにエレ君もヒーちゃんも前線に出ている時は、エリド君の面倒を見たりする。


 けど、エリド君を連れてあたしの所に来るのは珍しい。というか、初めてよね?

 そんな疑問が浮かぶけど、それより先にまずは。


「も、もう。ここ子守りを、た頼まれたなら、ちゃ、ちゃんとしてよね」

「ごめん。エリドが、■■の、名前を、連呼して、止まらない、から」


 切れ切れの台詞。

 男なんだから、しっかりしてよね。

 つっくんと同い年なのに情けないわよ。

 お前が言うな? いいのよ、女の子はちょっと頼りないぐらいの方が魅力的に見えるのよ! あたし、魅力的、よね?


「■■ねーちゃ……」


 あ、エリド君が寝ちゃった。

 あんなに暴れてたのに、急に寝ちゃうなんて。子供って本当にいつも全力なのね。

 ふふ。寝入る時まであたしを呼ぶなんて。いいわよ。夢の中であたしに存分に甘えるといいわ!


 腕の中で大人しくなったエリド君を抱え直して、ショタが椅子に座る。

 やっと、落ちついたわ。

 エリド君、部屋に入るなりよちよち歩きでベッドにダイブしてきたから。


 季節は真夏。

 体温の高いお子様とのスキンシップはさすがにきつかったわ。


「あー、いい、痛かったわ。は、はれてない、かしら」


 胸を撫でながら呟くと、ショタが真っ赤になって俯く。

 ひは。初心なんだから! そういうのが年上のお姉さまの心をくすぐるのね! 都で襲われまくってるんでしょ!

 ショタは上目づかいであたしの胸をのあたりに視線を送ってくる。


「な、なによ。ちち、チラチラ、みみ見たりして。ここ、この、エロスケ! おっぱいマニア!」

「違うよ。違う。そう、違うんだ。怪我、してない、かなって」


 むっつりめ。

 今の視線には欲情の色があったわ。あたしが言うんだから間違いない。

 見られ慣れてる女って、視線に敏感なんだからね! 村中の人があたしを見るんだから!


「けけ、怪我、してるなら、どどどうするつもり?」

「それは、治療、とか」

「どどど、どうやって?」


 胸を、治療する方法。


 カチンコチンに固まって、停止するショタ。

 ひは。野獣がもう一匹!

 ショタの想像の中であたしどうなっちゃってるの? さすられてるの? 


「それより!」


 急に大声を上げて、話題を変えようとするショタ。

 大きな声を出し慣れてないから、加減がへたくそよね。わかるのよ? あたしなんて人と話すのに慣れてないから、五人の例外以外と話す時なんて『何を言っているかわからない』って困られるぐらいなんだから! あたしの目は誤魔化せないわ。

 あやしー。あやしー。あやしー。エロー。


 けど、あまりつっこんで騒がれては、エリド君を起こしてしまうかもしれないから追及はしないであげましょ。

 ショタは喉の調子を確かめるように、声のトーンを落とした。


「それより、■■、また、痩せてない?」


 今度は真剣な目だった。

 あたしは自分の腕を見つめる。


 毎日、見ていると自覚しづらいけど、何年か前と比べると細くなったような気がする。

 枯れ木のように細い手足。

 白磁の陶器よりも白い肌。

 最後に外へ出たのはいつ以来だろう。つっくんが作ってくれた移動椅子は布を掛けられたまま部屋の隅に置きっぱなしだ。


「ほほほ、ほら。さ、最近は、ああ、暑いから。しょ、食欲、ないのよ」

「冷やすよ」


 ショタが宣言するなり、エリド君を抱えたまま手を打ち合わせた。

 まるで空気が入れ替わったように、辺りの雰囲気が引き締まる。


「四方境域 示威顕現

 至冷招来 当意即現

 是、万象之理。其、祝福也」


 付与魔法。

 ショタ独特の感性で呟かれる言葉は意味を持つ。

 その言葉は世界に浸透し、使用者の意思を実現する。


 部屋に冷気が付与される。


 部屋を青い光が満たした。

 途端、部屋の季節が激変する。

 まるで真冬にでもなったような冷気が床から這い上がってきて、身震いしてしまった。

 あ、窓に霜が降り始めてる。


「どう? 涼しい?」


 わんこみたいに目を輝かせて、ほめてほめてと見つめてくるショタ。

 あたしはといえば、震えながら声を張るしかない。


「ややややりすぎよ! すす涼しい超えて、ささささ寒いわ!」

「くしゅんっ!」


 ほら、エリド君がくしゃみしちゃったじゃない。風邪ひいちゃうでしょ。

 一転して蒼白になったショタが再び手を打ち合わせる。


「四方境域 示威権限

 至熱招来 当意即現

 是、万象之理。其、祝福也」

「ままま待って!」


 制止の声は間に合わなかった。


 はい。わかってました。

 冷気付与から熱気付与へ。

 違うでしょ。魔法解除でしょ。どうして暑くするのよ。

 元から真夏だというのに、二段階上の熱気が部屋を満たした。


「どう!?」

「ああああ暑いに、き、決まってるでしょ!」

「やーあ! ひぐっ! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 ほら、エリド君が泣いちゃったじゃない。

 というか、このままじゃ脱水症状をおこしちゃうわよ。


 慌ててショタが魔法を解除する。

 そして、窓と扉を全開にして、部屋に残った熱気を風で流した。


 そこからぐずるエリド君が泣きやむまであやし続けて、ようやく落ち着いたのは三十分後だった。


 もう。ショタはいつもこうよ。

 普段は消極的だし、大人しいのに。時々、わけのわからない張り切り方をして大失敗するのよね。

 なんでかしら?



 ようやく、落ち着いた部屋。

 ショタは椅子に座ったまま激しく落ち込んでいた。

 重いわ。ショタの周りだけ暗い影が落ちてるみたいね。


 エリド君? あたしの腕の中で眠っているわ!

 もう、エリド君ったら。あたしの初めてをどんどん奪っていくのね。将来が楽しみ!


「……ごめん。ごめんよ」

「い、いいわよ。ショタが、へへ変なミスするのは、いい、いつものことじゃない」


 あれ? ショタがもっと落ち込んだわ。

 事実って残酷ね。


 結果は残念だったけど、あたしが暑さにまいっているのをどうにかしようとした気持ちはちゃんとわかっている。

 だから、言葉を続けた。


「ショタが、ああああたしのために、し、してくれたのは、うう、嬉しかったわ」

「……■■は、優しい、ね」

「ふふ普通よ」


 自己嫌悪から回復したショタが微笑んだ。

 年下好きにはたまらない表情でしょうね。


 けど、ショタの表情はすぐに陰ってしまう。

 心配そうにあたしを見つめてくる。


「■■、体調は、大丈夫なの?」

「か、変わらないわ。ももう、なに? そそ、そんなに変?」


 ショタがすぐに頷いた。

 ちょっと、変な女と即答しないでよ。

 文句を言おうとしたけど、ショタの思いの外、力のこもった目に見つめられて言葉に詰まった。


「魔族のことは、任せて」


 魔族との戦いは先行きが見えない。


 テナート大陸には誰も近づけなくなってしまった。

 あの大陸では今でも魔物が増えているはずよ。

 いずれ時間が過ぎれば魔王が生まれ、魔神が生まれ、再びバジスやアルトリーアに攻めてくる。

 もう大元を叩くことが出来ないのだから、せめてその時までに防備を用意しておかなければならない。


 そのために五人の始祖は日々を忙しく過ごしている。


「■■は、もう、何も、しないで」


 始祖権限を皆に渡した時と同じ目をしている。

 怒りや悲しみが混ざった、複雑な視線。


 あたしはその代償に自由に動く体を失った。

 そのことを皆はすごい怒って、怒って、怒りまくって、怒鳴られたり、泣かれたり、睨みつけられたりと、折檻されたのは忘れていない。


 皆、優しいから。

 あたしみたいな女のことも心配してくれる。

 構って、くれる。


「絶対に、なんとか、するから」


 ショタの手は握り締められて、震えていた。

 ああ。最近、皆してあたしの様子を心配しているのは、またあたしが何かしていないか、心配していたからなのね。

 本当に、いい人たち。

 あたしにはもったいないぐらいの友達。


 自然、笑みがこぼれた。


「ありがと」

「ううん。ごめん、一方的に、話しちゃって。あ、そろそろ戻らないと暗くなっちゃうから」


 ショタは真っ赤になって、早口にまくしたてる。

 眠ったままのエリド君を抱えて、早足で出て行こうとした。

 でも、部屋を出る前に少しだけ振り返る。


「じゃあ、またね」


 あたしは微笑みだけを返した。

 ショタが出ていく。付与魔法を使って、都まで超高速で走って帰っていく。




「……じゃあね」


 またね、は言えない。

 あたしは一人に戻った部屋の中で、空中に指先を躍らせた。

 もう、何度も試して、色々と加減も法則も掴めている。


 万象の理。

 この世界を構成する原点。

 代償を糧に願いを叶える法則。


 出来る事、出来ないこと。

 代償の程度。その指定。

 至る道程。

 全て、この部屋の中で知り尽くした。


「み、皆は、がが、頑張ってるわ」


 魔族を一度は滅ぼす程に。

 それでも魔族は復活した。

 始祖だけでは世界は救えない。


「でで、でも、足りないの」


 この場所からでは原因には至れない。

 今のままでは未来を守れない。

 いずれ、人類は滅びる。


 あたしなんかを大切にしてくれる、優しい、素晴らしい、人たちも、その係累も、子孫たちも、生きてはいけなくなる。

 そんなのは絶対に嫌。


 誰かが、どうにかしないといけない。

 でも、その誰かはあたししかいなくて。

 あたしなら、悲しむ人も少ない。


 だから。

 僅かな逡巡を置き去り、準備していた法則を完成させる。


「万象の理よ、応えて」


 世界の根幹に繋がる。

 あらゆる壁を突破して、無理を塗り替えて、辿りつく。


 痛みも、苦しみも、遥か遠い。

 生命の根幹が凍りついていた。

 呼吸のやり方も思い出せない。

 鼓動が止まる。

 もう進めない。進めば、終る。

 確信がある。


 ここが分水嶺。

 今なら、まだ戻れる。

 温かな、皆の笑顔が脳裏をよぎった。

 あの笑顔にもう一度会いたい。


 だから、行く。

 皆の笑顔を守れるなら、行くに決まってるじゃない。

 たとえ、そこにあたしがいなくなってしまったとしても。

 あたしのいない世界で皆が笑えるのなら。


「代償はあたし」


 決定的な言葉を告げる。

 歯車が動き始めた。

 決して、戻せない絡繰りが回り出す。


「第六魔法、模造魔法を作成」


 足先が透けて消えていく。


「原書を作成」


 透明化が胸まで上る。


「バインダーの製法を作成」


 指先がもう見えない。


「魔力を、作成」


 うまく言葉が紡げない。

 喉もなくなってしまっていた。

 もう自分の体はどこにも見えなくなっている。


 僅かな意識の断絶。


 気が付けばあたしは高い視点から全てを俯瞰していた。

 見覚えのある建物。

 あたしたちの村。

 そこから赤い光の粒子が広がって、世界を満たしていく。

 今までなかった法則が構築される。


 これで、大丈夫。

 模造魔法のことは手紙に残したから。

 後はエレ君たちがうまく使ってくれるわ。


 そして、あたしは万象の理へと辿り着く。

 現世の繋がりを失って、初めて昇りつける至高。


 全てがあって、何もない場所。

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