喪5 片づけよう
喪5
「■■、かわいいね。ずっと僕のそばにいてよ」
「おい、■■。お前の席は俺の隣に決まってるよな」
「■■ちゃん、お菓子いっしょに食べよ!」
「■■さん。私とこの本について語り合いませんか?」
「■■……。これ、やる」
ひは。
ここが理想郷!
楽園よ!
あたしが一番輝ける場所なのね!
ロイ、すぐ行くわ。あ、レ二―。待って。そんな強引に……。ミル君、いただきます。おいしいわ。はい、お返し。あーん。セイジさん。やっぱり、あたしと本の趣味、合うのね。オルト、ひは。素直じゃないんだ・か・ら!
ここは万象の理。
代償を払えば、あらゆる願いが叶い、イメージが形となる場所。
「ああ、あたしの、た、ためだけの、いいイケメン空間、さ、サイコー!」
あたし、このために生きてきたのね。
代償? 伸びっぱなしだった髪を切ったわ。女の命? 命ぐらい投げ打ってやるわよ! どうせまた伸びるもん。
「■■。おいで」
「■■。来いよ」
「■■ちゃん、おいで?」
「■■さん。どうぞ」
「■■……(腕を広げる)」
「みみみんな、あ、あたしを、だ抱きしめてえ!」
思い余って飛びこむ。
そして、顔面からお布団にダイブすることになった。
五人のイケメンの姿が水面に移った虚像みたいに揺れて、そのまま消えてしまった。
そう。虚像。
あたしが作り上げた偽物。
ひは。そうよね。髪が代償じゃ、幻が精一杯よね。
いいの。嘘でもいいからちやほやされたかったの!
何よ! あたしが馬鹿みたいっていうの? 同じ状況にだったら誰だって同じような事するでしょ!
……ふふ。これ、目が覚めた後の虚脱感、半端ないわー。
「……はあ、皆。どうしてるかな」
もそもそと起き上がって、黒の平原にポツンと敷かれたお布団の上で、座り込んだまま思い浮かべる。
五人の友達のことを。
あれからどれぐらいの時間が過ぎたのか。
この世界にいると、時間という流れからも取り残されているような感覚で、意識しないとどんどん過去へと流れていってしまう。
世界を覗き見るぐらいなら、代償というほどのリスクは要らない。
でも、こちら側で意識を取り戻して、皆の様子を見てからは望んでないのよ。
だって、みんな怒ってたし。
悔しがってたし、泣いていたし。
あたしなんかのために心を痛めていた。
それを見るのは本当につらくて、ずっと逃げている。
「ちょ、ちょっと、みみ見て、みようかしら」
緊張する。
でも、ここでずっと一人なのは寂しい。
寂しくて気が狂ってしまいそうになる。
ちょっと仮想ハーレムで癒されたくなるくらい。
でも、もうハーレムプレイは色々とやってしまったし。
結局、一番安心できたのが、再現した愛用のお布団だってわかったし。あー、いつもあたしを包み込んでくれるお布団。
あなたがあたしの運命の人だったのね。
すがるような気持ちでお布団を被る。
でも、やっぱり怖いから。少しずつ見てみよう。
「じゃ、じゃあ、あああたしの、へ、部屋から」
震える指先で空間を撫でると、そこに方形の窓が開く。
懐かしい風景が見えた。
あたしがずっと寝ていた部屋。
変ってない。
定期的に掃除されているのか、綺麗なままだった。
あ、本物のお布団も発見。
時間は、あたしが消えてからちょうど一年ぐらい。
村が変わらず残っていて、嬉しかった。
皆はどこかしら。
前線ならバジス大陸でしょうけど。
始祖の気配を追ってみると、すぐに反応があった。
あら。近い。すごい近いところに一人、いる。これって村の中よね? こっちに近付いている。
それが誰か確認する前に扉が蹴破られた。
『入るぞ』
いや、入ってから言うのもおかしいし、蹴破るのもおかしいでしょ。
ずんずんと勝手に入ってきたのは眉間に深いしわを刻んだ青年。
線の細い体つきだけど、弱々しいという印象はない。まるで刃物みたいな鋭さが、視線や動きの端々にある。
「……反抗期」
第五始祖ロディこと、反抗期。
反抗期は部屋の中央に立つと、こちらを睨みつけてきた。
まさか見えているのかと驚いたけど、偶然みたい。すぐに視線が他へ移っていく。
『おい。■■。聞こえてたら返事しろ』
びっくり。
反抗期はあたしが見えていない。
今の人の中に万象の理を認識できる人はいないから。
始祖であっても、あたしが用意した経路から権限を繋げているだけ。本質には辿りつけない。
だから、全くの偶然で、あたしがこうして覗きこんだところに、声をかけてきたのよ。
ちょっと、反抗期。
あたしが見てたから良かったけど、それって完全に痛い人だからやめた方がいいと思うわ。
そんなあたしの心配を知るわけもなく、反抗期は何度か部屋を見回しながら呼びかけてくる。
応えることはできない。
あちらがわに直接、干渉するとなれば多大な代償が必要になる。
これからあたしがやるべきことを思えば、限られた代償を使うわけにはいかない。
『見てるような気がするんだがな……』
鋭いわね。
感心していると、反抗期はとんでもない蛮行に出た。
『返事をしねえなら、部屋を調べるからな』
「ひは?」
反抗期が視線を床に落とす。
途端、反抗期を中心に五層の円が光り輝いた。
流れるように円の内側を術式が埋めていき、無数の矢印が乱舞して、最終的にはその術式と矢印が線となって図形を描きだす。
『崩落位――歩測圏』
法則魔法。
術式を展開した周囲に一定の法則を施行する魔法。
反抗期が放った魔法陣が部屋を包み込むと、一斉に家具がバラバラになった。
テーブルが、椅子が、ベッドが、棚が、箪笥が、部品単位に分解されて、落ちていく。
部屋に家具だった残骸と、その中身が散乱した。
「ひはー!?」
ちょっと、反抗期、なにしてるのよ!
あたしの悲鳴なんて聞こえるはずもなくて、バラバラになったベッドからお布団をひっぱりだしている。
「ひは! やや、やめて! お、お布団を、ら、乱暴にしないで!? ああああたしのお布団! あ、そそ、そんなにしたら、な、中身、出ちゃうぅ!」
反抗期はベッドの残骸をまとめると壁際に移動した。
「って、どど、どこ見てるの! そそそそこって、た、箪笥! あああたしの、ふ服、服が入って……ひひゃあ! ああ、あんたの持ってるの、しょれ、あたしの勝負パンツよ! この変態! 変態! 変態!」
黒いレースを手に取った反抗期。
って、なんでそれで床を拭くのよ! 雑巾!? あたしの勝負パンツ、雑巾なの!?
ひはっ! 最後はポイ捨て!?
あたしが使うことのなかった宝物の末路に目を奪われている間に、反抗期は次の獲物にくらいついていた。
棚の残骸。そこ。その棚。あたしが特注で作ってもらった棚。隠し戸のあった棚。
『……私小説、か?』
「ああああ、あたしの、もも妄想日記いいいいいいいっ! やめて! 見ないで!」
『暗号の可能性もあるな』
「ななないわよおおおおおおっ! な、ないから!」
『自分のことを傾国の美女と表現するのはどういう意味なんだろうな。実在と非実在の人物、それから似て非なる奴もいる、か。面倒な暗号を考えやがる』
「よおまああないでえええええっ!!」
読まれたわ。
二度も読み返されたわ。
ありもしない暗号を解読するために。
わざわざ声に出して。朗読までされた。
『ふん。ただの妄想か。時間を無駄にしたな』
「ひは。こ、この、反抗期、にゃ、にゃににょ。かか、勝手に。ひは。ひはは。ひぐ。ぐすん。ああ、あたし、ぐうううう、くすん。いいじゃ、いいじゃない。に、日記、で、ぐらい。ゆ夢見たって。びえ。びえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんっ!」
お布団を抱きしめたまま泣き腫らすしかないじゃない。
反抗期、許さない。反抗期、許さない。反抗期、許さない。
乙女のささやかな趣味を踏みにじった怨み、はらさでおくべきか!
こうなったらあたしの残りの頭髪全てを代償に、反抗期に裁きの鉄槌を下してやるううううううううっ!
お布団の中から窓を覗くと、いつの間にか部屋が片付いていた。
しっかり仕分けられて、綺麗にまとめられている辺り、神経質なところが魔法にも出てるわね。
『ちっ、どいつもこいつも未練たっぷりでケリつけられねえとは情けねえ』
あ、片づけに来てくれたのね。
でも、好き放題したのは許さないわ。絶対よ。
『……これだけやっても、反応ねえのか。■■、お前、本当に行っちまったんだな』
う。
誘い受けだったのね、反抗期。
危なく誘い出されるところだったわ。
片付いてしまった部屋に立ちつくす反抗期。
『聞こえてるなら、俺の文句ぐらい聞け。お前が勝手にいなくなりやがったせいでこっちは大荒れだぞ』
自然と反抗期の言葉に合わせて、皆の姿を求めてしまう。
『エレメンタルは自分の義務だとかほざいて、模造魔法にかかり切り』
エレ君が渋面で模造魔法を広めようとしている。痩せた、というか、やつれている。深い目の隈。ちゃんと眠ってるのかしら。
『ヒルドは落ち込んだまま』
ヒーちゃん。ちっとも笑ってない。そんな顔、似合わないのに。
『ツクモは行方知れず』
つっくんは、どこかしら? あ、辺境の谷にこもっちゃったの。周りのこれ、全部彫刻? ううん。召喚魔法で作ったのね。
『レリックの野郎に至っては戦闘狂だ。あの臆病者が魔神を殴り殺したんだぞ。おかげで山脈ができちまったがな』
魔物の死骸を踏みにじるショタ。……ちょっと、変わりすぎ。あなた、そんな荒んだ目しないでよ。
『お前、肝心なことをわかっちゃいなかったんだな』
「ごめん、なさい」
そんな言葉しか出ない。
見るべきじゃなかったのかもしれない。
でも、これが最後だもの。
やっぱり、知ろうとしなかったら、後悔してたわね。
まだ何事か呟いている反抗期の映る窓を閉じる。
ちゃんと最後まで聞くべきかもだけど、決意が緩んじゃいそうだから。
一年でエレ君が模造魔法の有用性と普及法を確定してくれたから。不測の事態があった時のために待っていたけど、もう大丈夫よね。
居心地の良い布団から出て、何もない空間に一人立つ。
今から魔族の正体を調べる。
既にあたしは万象の理に在る者。
決意さえしてしまえば、すぐにでも答えに届く。
「万象の理、教えて。魔族の正体を」
きっと、これ以外に知る術はない。
万象の理を用いる際、他に代替の効かない願いの代償は大きくなる傾向にある。
「代償は、『あたしと始祖たちとの繋がりを断つこと』よ」
大事なものこそ代償に適している。
黒い空間を波紋が揺れて、広がり、あたしの元に収束した。
試しに先程のように窓を開こうとしても何も起きない。
関係ない場所や人のことならいくらでも知ることができるけど、皆のことだけはあたしに届かなくなってしまった。
胸に穴が空いたような空虚感を埋めようとするみたいに情報が流れ込んできた。
「……汚染領域。魂の上書き。異世界の理」
こんなのわかるわけないじゃない。
そして、どうしようもないじゃない。
どんなに魔物を倒しても、世界中から一匹残らず滅ぼしても、異世界の理が繋がっている限り、近くの生命が魂を上書きされて、魔物となってしまう。
色んな可能性を考えていたけど、最悪の部類だった。
やっぱり、始祖の力では魔族を排除することは出来ないのね。世界の終わりを引き延ばすだけ。
「じゃあ、どうにかしないと」
あたしは覚悟を決めて、次の計画を考え始めた。
きっと、最大の代償を求められる願いを形にするために。




