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魔法書を作る人  作者: いくさや
後日譚

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後日譚39 結婚式

連続投稿2話目です。

よろしければ前話もご覧ください。

 後日譚39


 二人で式場である広場前の集会場に入る。

 広場から見えない裏口からの入場というのは前世の結婚式とだいぶ趣が異なっていた。

 結婚式自体は家族など身内だけの内々のもので、友人知人からの祝福は披露宴でと明確に分けられているらしい。


 式場は至ってシンプル。

 正面に立会人の長老。

 左右の席に両親。

 綺麗に片付けられているものの、特別な飾りつけもない。中央に丸テーブルが用意されただけ。

 楽曲が奏でられることもなく、全員が無言でとても静かだ。


 それにしても、あんなにはりきっていたおじいちゃんがいないのだけど、大丈夫だろうか?

 一人だけはぶられたとかだったら、『風神』のふたつ名の意味が実践されてしまいそうなのだけど。


 心配事ができてしまったけれど、今は儀式に集中しよう。

 テーブルを挟んで長老の前に並ぶ。

 机上には二枚の用紙と筆とインク。


「今日、この善き日、二人の婚姻を、ラクヒエ村長老ヨナクが立ち会う」


 長老が宣誓を始める。

 うわ、緊張がぶり返してきた。深呼吸するわけにもいかないので、頭の中で平常心、平常心と繰り返し唱える。


「汝、リエナ。ラクヒエ村、バスティアの子」


 新婦からなんだ。

 実は細かい作法は聞いていない。なんでも経験者のお父さんとかラクからは宣誓に、『誓います』と答えるだけらしいのだけど。


「『魔王殺し』『魔神殺し』『聖槍』『黒の守護壁』『雷猫』『第八始祖大好き』のリエナ」


 危うく噴き出しかけた。

 何故にふたつ名!? というか、いつの間にリエナにもふたつ名とかできてるの!? 特に最後のなに!? それってふたつ名なの!?

 ちくしょう! つっこみどころが多すぎて対処できない!

 それにしても『聖槍』とかちょっとかっこいいなあ。


 ぐんっとギャラリーたる家族を見れば、どことなく居た堪れない空気だった。


 後から聞いた話だと、普通の人なら最初の『○○の子』だけ。

 ただし、何かしら偉業を為した人間はそのふたつ名を誓約に込めるらしい。本来は名誉なことなのだとか。

 しかし、僕とリエナの場合だと有名になりすぎたせいで、ちょっと普通じゃないふたつ名まで得てしまっている。

 そんなの素直に読み上げなくてもいいだろうに。夫婦になる二人に隠し事なんてない方がいいから、ちゃんと全部読み上げるとか、そんな考え方なの?


 だけど、リエナは平然としたものだ。なんてことない、とばかりに頷いている。


「ん」

「夫を愛し、力を合わせ、良き妻となり、良き母となり、良き家庭を築くことを誓うか?」

「はい。誓います」


 うん。嬉しい。嬉しいんだけど。

 ふたつ名のせいで素直に喜べない!


 動揺を収められないうちに長老の視線が僕に向けられてきた。

 その目に若干の同情の色を読み取ってしまって、ああ、回避不能なんだなと諦めがついてしまった。

 いいさ。もう慣れたことだ。物騒なふたつ名の何が悪い。家族だって、師匠だって、そんなのばっかりだったじゃないか。僕だけがおかしいわけじゃないよ。


「汝、シズ。ラクヒエ村、ロイドの子」


 長老が大きく息を吸う。

 胸がひと回り膨らんだのではと疑うほど空気を溜め込み、


「『災厄』『貴族の災厄』『王都の救世主』『天災』『魔王狩り』『第七始祖の愛弟子』『第八始祖』『黄昏の消滅』『崩壊御子』『愛猫』『色狂い』『夜の帝王』『シズ湖伝説』『竜を屈服させた者』『武神』『幼女虐待』『天変地異』『魔神狩り』『魔族の天敵』『世界を救った者』『始祖ハーレム』『名を奪われる者』『大陸蹂躙』『大地の天敵』のシズ」


 一気に言い切った。


 ……………………………………………………………………………………増えてんじゃねえよ!!!


 死んだことになってるのになんで増えるんだよ!

 っていうか、結婚式に『愛猫』『色狂い』『夜の帝王』『幼女虐待』『始祖ハーレム』が酷過ぎる。およそ結婚式で口にされるはずのない単語の羅列に頭が痛くなりそうだった。

 いや、大元は僕なんだけど。

 長老はよくノンブレスで言い切れましたね。しかも、カンペなしで。練習したんですか?


 返事したくない。

 してしまえば、今まで周囲が勝手に言っていたことさえ受け入れてしまうようだから。

 だけど、ここで応えなければ宣誓は進まない。

 じっと隣から見上げてくるリエナの視線を頬に感じたところで、わずかな抵抗の意識はあっさり折れてしまった。


「……はい」

「妻を愛し、力を合わせ、良き夫となり、良き父となり、良き家庭を築くことを誓うか?」


 それ、あんなふたつ名持っている人間が誓って説得力あるの?

 つっこみそうになる自分を必死に御した。


「はい。誓います」

「よろしい。ここにシズとリエナの宣誓を聞き遂げた。誓約の書に記名を」


 用紙の内容に目を向ける。

 どちらも今の宣誓と同じ文面だ。ご丁寧に長すぎるふたつ名が全て書かれていて凹みそう。

 まあ、ここまで来たらもう何も怖くない。行けるところまで行ってやれ、だ。


 順番に署名したところで長老は僕の署名した用紙を器用に折りたたんでリング状にする。続けてリエナの方も同様に仕上げてしまった。

 それぞれに誓約書でできたリングが渡される。

 紙で作ったリングでは耐久力に問題がありそうなんて不安だったけど、実際に触ってみると意外に脆さは感じなかった。

 どうやら用紙もただの紙ではなく、特殊な素材のようだ。

 考えてみれば、この世界では魔造紙のために紙の研究が千年も熱心にされていたのだから、こんな紙があってもおかしくはないのか。


「指輪交換を」


 えっと、薬指でいいのかな?

 どうも日常的にはつけるものではないようで、他の既婚者がつけている所を見たことがない。

 僕が戸惑っている間にリエナは僕の左腕を取って、人差し指につけてしまった。どうも指の指定とかはないらしい。単純にリングに合う指でいいみたいだ。

 僕もリングが合いそうな指を探してみると、人差し指辺りがぴったりだった。


「お揃い」


 リエナが満足そうなのでもちろん文句はない。


「では、両家族。二人の結婚を認めるなら、承認として、新郎新婦に、祝福の品を」


 今まで無言だった両親が立ち上がる。

 お父さんとお母さんがリエナの前に、お義父さんとお義母さんが僕の前に。

 僕に差し出されたのは銀色の鈴が、リエナの手には若木の枝を芯に束ねられた花束が、渡された。


「両者の宣誓と、両家の承認を、立会人が保証し、二人の結婚を認めるものとする」


 その言葉が式の閉幕だった。


 これで僕とリエナは夫婦だ。


 二人顔を見合わせると、自然と笑顔が浮かんでしまう。

 締まりのないニヤケ顔にならないよう気を引き締めようとするけど、ちょっとこれは難しいな。


「おめでとう」「二人ともよかったわね」「うっ、ひっく、リエナ、幸せに、じばばぜに……」「リエナの夢、叶ったわね」「祖父として、二人ともおめでとう」


 と、内輪で話すのも僅か。

 五人に広場側への扉に誘導される。


 格式ばった結婚式はここまで。

 広場で行われる披露宴は賑やかになるだろう。

 左右の扉にそれぞれ手を掛けた両親たちが、準備はいいかと目で聞いてくるのに頷く。


 ばっと扉が開かれた。

 眩しさに目を細めつつ外に出た瞬間だった。


 大音量で音楽が流れ出す。


 笛と鐘と太鼓が。

 明るく、賑やかでありながら、どことなく厳かな曲調。

 見れば村の若者――僕とリエナの同年代の友人たちが演奏していた。

 力強く太鼓を叩いているラクと目が合うと、してやったりというふうな笑顔を向けてくる。

 まるでそんな用意をしている風ではなかったのに。いつの間に練習してたんだと言えば、僕とリエナが帰還の報告に世界中を回っている間だろうか。


 音楽に促されるように足を踏み出せば、広場へ続く道の両端に大量の花びらが敷き詰められていることに気づいた。

 これは樹妖精の里の大樹の花だ。

 道の先、村人たちと混ざって拍手しているリラとミラとシーヤさん。そして、折角着替えたドレスを花弁塗れにしたレイア姫とルインの二人。樹妖精が用意した花弁を、みんなで撒いたのかな。

 ああ、あの短時間でよくもこんな準備をしたものだと感心してしまった。


 けど、それだけじゃなかった。

 僕たちが通り過ぎた先から花弁が空へ向かって舞い上がっていく。

 道を歩く僕たちには僅かな空気の流れさえ感じられない。

 なのに、花弁の幕が風に乗って空へと運ばれる様は壮大だった。花弁は村中に降っていく。まるで粉雪のように、柔らかに、止め処なく。


 こんなことできるのは世界中でただ一人。

 『風神』のふたつ名は伊達ではない。まさに風を支配する神にふさわしい精密な魔法行使。おっそろしいことに、これはきっと極大魔法だ。本来なら威力の倍増を狙うところに、範囲と精緻な操作を成し遂げている。

 広場の中央で、感極まって男泣きしているおじいちゃん。


 リエナと腕を組んで、花びらの回廊を抜ける。

 花弁の雪が降る広場には皆が待っていた。

 ラクが三つ太鼓を叩いて、全員の前に立ったルネとクレアが手拍子を合わせる。

 それを合図に、


「「「「「結婚、おめでとう!!!」」」」」


 たくさんの祝福の声が重なった。

 更にバラバラながらも皆が言葉を届けてくれる。


 あー、これは仕方ない。

 いつ以来だろうか、僕は頬を伝う涙の感触に納得した。

 嬉しくて零れる涙はどうしようもない。


 隣でリエナも泣いていた。

 ああ、こんな状況でもリエナの泣くところを人に見せたくないなんて考える僕もどうかしている。

 なんとか泣き止んでもらって、それまで泣き顔を隠せるようにする方法。まあ、このシチュエーションならひとつだけだろう。


「リエナ」

「ん」


 僕は顔を上げたリエナにそっとキスをした。

地味婚だと思いました?

いや、まさか。はりきった友人たちが許すわけがありませんよね。


想像以上に長くなった後日譚もここまで。

でも、披露宴の様子は来週更新します。


あ、本日書籍2巻が発売しました。

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