後日譚32 帰り道
短めでごめんなさい。
でも、昔はこれぐらいの文量だったの。
最近は間隔が空いちゃうから多めに書いていたんだけど……。
後日譚32
長い旅になった。
竜の隠れ里から人目を忍んで旅すること二ヶ月。
僕とリエナだけならいくらでも早く帰れたけど、十人の魔人を連れての旅は難航した。
まず、人に見つからないように夜間の移動が主になり、できるだけ集落を避けての旅路になったためだ。
本来なら半年ぐらいかかってもおかしくない条件だったけど、リエナに周辺の気配を探ってもらって、要所の通過や旅装などをスレイア・ブラン両国の首脳に協力してもらったおかげで、この程度の期間で済んだのだ。
いや、さすがにこの人数を『空間跳躍』するのは難しい。人数よりも魔人と異界原書の関係性が難点になって、正確な移動ができるか不安があった。
かといって、全員で五十倍の強化付与ダッシュをするわけにもいかない。
制御を誤って自爆するのが目に見えていたし、ちゃんと走れたとしても大地へのダメージが大きすぎる。魔の森で発生しかけたスタンピードばりの異様を曝すわけにもいかないし。
全員を抱えて走る? それこそ目撃されようものなら確実に都市伝説入りだ。
結界+ドライブシュート? 僕にラクヒエ村をクレーターだらけにしろというのか。いや、お母さんとかおじいちゃんが打ち返しそうな気もするけれど。
とにかく、穏便でもいいじゃない。たまには。
うん。普通に旅をするのもいいものだったよ。
事件が起きているわけでもなし。焦ることがないのが最高だ。
景観を破壊することなく、楽しめたし。
各地の郷土料理とかも堪能できたし。
途中で僕たちを心配して旅に出ていたおじいちゃんとも合流できたし。
「おじいちゃん……」
「おお、シズ!」
僕は喜色満面のおじいちゃん相手に引きつった笑顔しか返せない。
ブランと王都の中間にある地方領主の直轄地。
三年前から両国の交流が盛んになって、行き交う商人が集り、比例して加速度的に賑わうようになった都市。
旧来の建物と新市街が別れた独特の街並み。
その狭間の広場。
五十人近い傭兵らしき男たちが折り重なるように気絶していた。
薄汚れたスーツの青年が五体投地ばりに地面にめり込んでいた。
目をキラキラと輝かせた平民たちからの注目はその男に集まっていた。
銀色のバインダーをぱたんと閉じた老兵と目が合った。
「おじいちゃん……」
思わず繰り返してしまったけど、やはりおじいちゃんだ。
どうしてこんな所にいるのかわからないし、ここで何が起きたのかも知らないけど、こんな光景の中心人物になるのは、世界広しと言えどもうちのおじいちゃんしかいない。
相好を崩して早足でやってくるおじいちゃん。
「シズ、無事だったか!」
「うん。無事だよ。無事だけどさ。僕は」
かなり無事じゃない人たちが他にたくさんいると思うんだ。
「どうして、おじいちゃんがここに?」
「噂で何やらシズたちが面倒に巻き込まれたと聞いての。手助けに行こうとしてたんだよ」
「それは、ありがとう」
気持ちはありがたい。だけど、周囲の状況を忘れて僕たちに掛かりきりにならないで。
街の人達がぽかんとしているから。それと倒れた人たち、何人かやばい感じで痙攣してるけど、治療がいるんじゃないかな?
視線で現状について問いかけると、おじいちゃんは肩をすくめてみせた。
「ふむ。新興商人が傭兵を使って地上げをしておったのを見てな。ちょっと懲らしめたんじゃよ」
ちょっと?
うん。まあ、ちょっと、なんだろう。
横倒しの起立した姿勢のまま、綺麗に地面に埋まっている青年(多分)はトラウマレベルの体験をしているだろうけど。
おじいちゃんの基準ならちょっとなのだ。
気絶する傭兵たちは悲惨な光景でありながら、その実、傷ひとつ負っていなかった。どうやら酸欠か何かで倒れているらしい。
一体、何をどうすればこうなるのか。
おじいちゃん、本当にトラブル体質だよね。
それも火種の方から勝手に近づいて来るタイプの。
おじいちゃんが国内を巡回するだけで、悪党が入れ食いになるのではないだろうか。
そんなおじいちゃんが旅に出る理由のほとんどが僕のせいなので、申し訳ないような、国家の治安維持に貢献しているような複雑な気持ちになる。
「シズも一緒」
僕の内心を読んだリエナの一言に何も返せない。
うん。血筋なんだよ。きっと。
でも、僕の兄姉はそんなことないんだよな。
いや、お母さんとおじいちゃんも村にいる分には何もないんだから、もしかしたらラクヒエ村には我が一族の体質を中和する特殊な磁場でも出ているのかもしれない。
僕が一族の不思議に想いを馳せている間に、おじいちゃんは後処理を終えていた。
町の人から謝礼を差し出されても固辞して、感謝の言葉だけ受け取って、遅れてやってきた領主軍の兵に商人や傭兵のことをくれぐれも、と任せて僕たちに合流する。
いや、釘を刺すまでもなく兵たちは最敬礼だし、犯人たちは一生モノのトラウマを植え付けられているから大丈夫なんじゃないかな?
というか、お礼を言ってきた娘さんのおじいちゃんを見る目、恋しちゃっているような気がするんだけど……気のせい。気のせいに違いない。僕、鈍いし。きっと、そう。
元から長居する予定のなかった街なので、僕とリエナは食糧の補充を手早く済ませて馬車に戻った。
「ふむ。魔人、か」
「……なんだよ」
街の外で馬車に隠れていた同行者を紹介しても、おじいちゃんは落ち着いて話を聞いてくれた。
他の魔人を庇うように先頭に立つリゼル。
おじいちゃんはひとつ頷くと、リゼルの頭に手を置いた。
警戒して気が立っているリゼルだったけど、あまりにも自然な動作だったために反応さえできなくて、驚きに固まっている。
「昔のシズを見るようで不思議な感覚じゃの」
まあ、何故かリゼルの奴は僕の色違い姿ばかりだから、身内としては妙な気分にもなるだろう。
やめるように注意しているけど、一向に言うことを聞いてくれない。結局、弟子になるとは言わないしな。まあ、信頼してもらうしかない。そこは僕が頑張らないといけないところだからいい。
おじいちゃんはリゼルの容姿が不快ということはないのか、優しく笑いかける。
「苦労したようだの。これからのことは村で話し合わねばならんが、儂もできる限り協力するからの。頑張るんだぞ?」
「……うん」
うわ。あのリゼルが素直。
僕にはあんな返事、しないのに。
威圧感とは違うんだよな、きっと。
単純な威圧なら僕だって負けてないはずだし。
これが人生経験の差なのだろうか。
おじいちゃんにちょっと嫉妬。いや、こんなんじゃ駄目だ。参考にしよう。
それから更に一ヶ月。
ようやくラクヒエ村に到着した。
ちなみに、そのわずか一ヶ月の旅程で小規模な盗賊団が壊滅し、一人の領主が急に引退をしたりしたけど、それは別の話ったら別の話。
本当に知らないんだよ。
町に立ち寄って、外で野宿して、起きたら問題が解決してたから。
結論として、おじいちゃんは野放しにしちゃダメだ。
僕はその事実を胸に刻んだ。




