第28話
◇ ◇ ◇
「ねぇ、ダイナ」
「なんだ、アルカナ。式の打ち合わせやその前の宴の話はもうしただろう」
練武場で軽く訓練をしている時の話だ。
お忙しいはずのアルカナ様とやらが、何やら神妙な表情をしてやってきた。
「わかっているでしょう。カメリアのことよ」
「……ああ」
……ここ数日。正確にはこの間冒険者酒場に行って帰ってきた後の話だ。
それから、カメリアの様子がどこかおかしい。
何かを考えている、思いつめていると言ってもいい。
とにもかくにも、元気がない。
その前は、それなりに楽しそうにやっていたというのに。
「わかってるの? 今、本質的に彼女の味方になれる人はあなたしかいないのよ」
「だが、俺は……」
「負い目があるって? 彼女よりそんなことの方が大事なの?」
それは、そうだ。
負い目がある。だから深くまでは接しづらい。
これは俺の我儘であり、あいつには関係ないことだ。
「ルピガナに様子を見させているけれど……。やっぱり、彼女にとって根っこから心を許せる相手ってのはあなたぐらいなのよ」
アルカナが言うならそうなのだろう。
俺よりも、こいつの方が遥かに人を見る目がある。
「……だが」
「だがもへったくれもないでしょ。あなたが今しているのは、ただ逃げているだけよ」
その通りだ。
俺はまた怖くなって、逃げている。
向き合わなければならないと理解していても。
十年間で幾ら強くなったとしても、心の方は何も成長できていないままだ。
「一度、しっかりと向き合うべきよ。あなたたちは」
「……十年前、俺は村を出るべきではなかったんだろうか」
これも、ずっと考えていたことだ。
カメリアが今の調子になって、より考えるようになった。
俺が夢を諦めて、村から出ないでいれば。
その可能性を考えないことはなかった。
「過去の出来事をもしもで括るのは嫌いよ。不毛だもの」
「不毛、か」
「ええ。いくら悔やんだって戻ってくるものは何もないわ。失った人も、失った時間も、失ったものも、何一つとして」
ならば、次は失わないように最善を尽くす方が良いと、アルカナは断言する。
こういうところは羨ましいと思える。
アルカナは強い。ひとえに、失ったものを直視できる強さがある。
俺は、まだ直視しきれていない。
頭では理解しているんだ。
だとしても、あいつに拒否された瞬間。
俺には、何も残っていないという事実が恐ろしい。
わかっている。わが身可愛さの甘えだ。
「あなたは子供ねぇ」
「お前も年はそう変わらないだろう」
「そういう意味じゃないわ。精神的に未熟って言いたいのよ」
精神的に、未熟。
確かに。心の方はまるで強くなった気はしない。
十年前から、ずっと同じままだ。
「まあこの十年間、人間関係放置してずっと戦いばかり繰り広げていた弊害かもしれないわね」
「――何もかもが間違っていたということか」
「忌憚なく言うのであれば、そうね。あなたは間違い続けてる」
続けてる、か。
痛い言葉だ。
「……なら、どうすればいい」
俺が知っているのは、戦場での心得だけだ。
敵との戦い方だけだ。
村でも怒られた。カメリアに酷いことをしたのだと。
であれば、どう償えばいい。どう向き合えばいい。
その方法は、どこで学べばよかったんだ。
「正解があるわけじゃないのよ。人と人との付き合い方にはね」
「なら、お前ならばこういう時どうする」
少なくとも、俺が自分で答えを出すよりかはまともな答えが聞けるはずだ。
そして、それは少なくとも一定の正しさを持っている。
「自分で考えなさいよ」
「それでは、余計にカメリアを傷つけるかもしれない」
少なくとも、俺はそれで傷つけている。
実績があるのだ。なら、俺は俺の判断を信じない。
深く、深くため息を吐かれた。
呆れた、という言葉が聞こえてくるような程に深く。
「だから、言葉を尽くしなさいって言ってるのよ」
「言葉を尽くすとは、どういうことだ」
「お互いに、言いたいことを言い続けるのよ。ありていに言ってしまえば、喧嘩しなさい」
喧嘩、だと?
アルカナは言いたいことをは言い切ったと言わんばかりの顔だ。
この、喧嘩しろというのが本質的な部分なのだろう。
だが、喧嘩とはどういうことだ。
「あなたたちは両方とも、言いたいことがあっても相手と自分の両方の関係を考えて言えずにいる状況なの。わかる?」
「……ああ」
俺は少なくとも、自分可愛さに。
カメリアも、そういうところがある。
あいつは俺が自分でも気が付けない程細かいところに気が付ける奴だ。
なら、言いたいことの一つや二つあるだろう。
それを言わないってことは、どうせ、俺の事を考えてとかそういう事なのだろう。
あいつがそう思っていることを聞き出すのは恐ろしい。
だとしても、それをしなければ前には進めない。
「ならもう感情的に全て吐き出してしまいなさい」
「それができれば苦労はしない」
「ならできるように苦労しなさい」
間髪入れずに言い返される。
アルカナの言葉には、既に怒気が含まれている。
「もう一度言うわよ。今、彼女が頼れるのは本質的にあなたしかいないの。同郷のあなたしかね」
「お前にも、随分と心を許しているだろう」
「そうかもね。でも、それは実績からくる信頼であって、側にいて心が休まるわけじゃないわ」
むしろ、心の平穏を邪魔する存在ですらあると、アルカナは自称する。
俺にはわからない感情の機微だ。
戦場では、あまり心を動かす行為自体が邪魔だった。
一瞬の気の迷い、一瞬の意識の揺れが生死を分けるからだ。
……アルカナに、未熟と言われても仕方がないな。
成長させようとも思っていなかったのだから。
無様で愚かだな、俺は。
「次の歓迎会、祝宴にカメリアも参加させるわ」
「おい、それはどうなんだ」
「ドレスを着せて、私に所縁がある子のように見せかける。それだけで、このアルカナ様の悪名を知っている奴は近づかないでしょう」
――個にして群の二つ名を冠する、このアルカナ様を知らないだなんて言わせない。
そう、こいつは言い切った。
そうだ、こいつも特出戦力の一人だ。
そんな奴が気にかけている人物となれば、迂闊な接触は身の破滅を招く。
事実、過去にアルカナが特出戦力として数えられるようになった理由として、領地戦を単独で制覇したことがあげられる。
貴族の名誉と領地という実を賭けて行われる、文字通り領地そのものを上げて行われる戦争である領地戦で、ただ一人で相手の軍を圧倒したのだ。
即ち、こいつを敵に回すということは、自領を危機に晒すことに直結する。
俺でさえ、まともに戦いたいとは思わない。
こいつほどの物量と質で圧倒されれば、先に体力切れするのは俺の方だ。
「機を見て、二人きりになれる時間を作ってあげる。その時に、せいぜい二人で話し合いなさい。私にできるのはそのぐらいよ」
「……すまない」
「謝罪じゃなくて、良い結果を示して感謝をもたらしてほしいわね」
あなたたち二人の仲が深まることが、私の利益にもなるんだからと。
冗談なのか、俺の気を軽くするためなのか、言い放った。
ああ、こういう気軽な言葉遣いが人との関係を良くするのだろうな。
あまりにも意識したことがない部分だ。
「だが、俺が抜けたとして宴はどうする。予定ではそんな余裕はないだろう」
「最低限のお目見えさえ終えればいいのよ。馬鹿王子にも話は通しておくわ」
元をたどればあの馬鹿のせいなのだしと、苛立ちを隠さずにアルカナは付け足した。
確かに、冒険者酒場に来てから様子がおかしくなったのだ。
カメリア一人では、あそこに来ることも考えなかっただろう。
もしかしたら……いや、考えても仕方がないことか、これは。
「本番はどうせ叙勲式なのだから。その前に顔だけ見せて終わりでいいのよ」
「そんなものか」
「ええ、そんなものよ。だから、あなたはカメリアの方に集中なさい」
それに、叙勲式の最中で抜け出して話がしたいと言えば。それだけ真剣であることが伝わるでしょう?
と、怪し気にアルカナは笑った。
少なくとも、このままではいけない。
そのぐらいは分かっている。
では、俺はどうすればいい?
言葉を尽くす? 喧嘩をする?
そんなやり方を俺は知らない。
知らない。からやらない、では済まされないのだろう。
このままあいつが傷つき続けるのならば、それこそ大問題だ。
十年前、俺のせいであいつを傷つけた時のように。
また逃げれば、同じことの繰り返しだ。
あいつが傷ついているならば、今度こそは。
どうにか、しなければならない。
例え、方法が思いつかなくとも。
結論としては、動くしかないのだから。
今の俺に、正しさなんて追い求めている余裕などない。




