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第12話

 ◇ ◇ ◇


「事前に伝えておくが、お前に拒否権はない」


 村から少し離れ、他の連中――特にカメリアには聞かれない位置で、ヒッポを脅す。

 今回の作戦の第一関門はこいつがしっかり動くかどうかだ。

 下手を打たれれば、それだけで面倒なことになる。


「……妹が、捕まってるんです」

「そうか。何歳だ?」

「今年で十になるはずです」


 よく見れば、腕が小刻みに震えている。

 この震え方は恐怖ではない。悔しさだ。


「あなたなら、助けられますか? 助けて、くれますか?」

「お前の働き次第だ。お前が作戦通り動いたならば――人質の無事は保証しよう」


 これはこの場をやり過ごすための嘘ではない。

 人質を傷つけさせる前に制圧できる自信がある。それだけだ。

 こういう時には単純な事実を言うのが一番良いと、経験則で知っている。

 冒険者時代には気休めを言う奴らがいたが、決まって相手を不安にさせていた。

 ようは、自信があることを言えばいいのだ。それが最善だと、俺は学んだ。


「僕の、働き次第……」

「そうだ。俺の推定だが――まだ各地のメンバーを集めている段階だろう。全員は揃っていないはずだ」


 数日滞在させるという事実がそれを物語っている。

 その数日の間に召集しきる公算なんだろうな。

 なら、数も少ない。余裕だ。


 もっとも、緊急時を思えば主要な武力要因は集まっているだろう。

 残っているのは、村の占領後処理をする面々だろうか?

 なんだっていいか。どうせ、全員殺せば済む話だ。

 いや、人質が複数いれば、そいつらを種に駒にしている連中の居場所を吐かせなければならないか。なら、親玉だけは生きて捕まえないとだな。


「ようは、向こうのアジトさえ判明すれば、全て俺が解決してやる」

「信じて、いいんですか……?」

「信じる? おかしなことを言う奴だ」


 信じるかどうかなど、どうでもいい。


「お前の選択肢は二つ。俺の言うことに従って盗賊どもを皆殺しにするか、しくじって俺に殺されるかだ」


 この世にあるのは現実だけだ。

 そして現実問題、俺は強い。俺ならばできる。

 他に、何が必要となる?


「……ははっ」

「何がおかしい」


 不思議なことに、こいつは笑ってみせた。

 この期におよんで、だ。


「いえ、少しだけ、面白くなってしまって」


 先ほどまで見せていた怯えた瞳はどこにもなく。

 こいつの瞳には、戦士の灯が宿っていた。


「会ったばかりですが……あなたが言うなら、やってみようって気になれる」

「ならば、作戦実行だ」


 ◇ ◇ ◇


 ついにツキが回ってきた。

 そう断言できるのは、巨大な仕事が回ってきたからだ。


「いいねぇ。ガキを一人仕込んでおいた価値があったってもんだ」


 俺ら、盗賊団バンディッツライクからすれば、今回の大仕事を成功すればしばらく食い扶持に困らねぇ。

 それどころか、あの村の村長の娘、カメリアと言ったか。

 あいつを攫えば、他の四か所の村にも影響力を出せる。

 最高の場合、五か所の村を占領できるわけだ。

 そうなれば、もう盗賊稼業なんてしなくても良くなるかもしれない。


「誰だか知らねぇが、本当にあいつを傷物にしてくれた奴様様だぜ!」


 遠目から見たことがあるが、あんな器量よしを拾わねぇ奴はいねぇ。

 遠回しに悪い噂を流したりもしたが、結局は傷物でなければこうはならなかっただろう。


「こんなに酒がうめぇのも久しぶりだ」


 こんな少しずつ広げた洞窟拠点ともおさらばできる。

 各地に人員を広げて、統率して、地道に稼ぎを蓄積する意味もなくなる。

 俺ら全員が普通に安定して暮らせるだけの土地と畑が手に入るんだ。

 領主の貴族なんざ、税が収められれば村に誰が住んでようが気にしやしねぇ。


「明るい未来が待ってるぜ……なんてな。ぎゃははははあはは!」


 笑いが止まらん。

 ――そして、違和感に気が付いた。

 俺の笑い声が洞窟内に響いたんだ。


 他の連中も、決起前で騒いでるはずだ。

 なんだ、もしかして、誰かふざけすぎて場をしらけさせたか?

 もしもそうならしょうがねぇ。頭領として、一発笑いを作ってやるか。


 そう思い、俺の部屋から出て大広間に移動する。

 ――そして、酔いは()めた。


「な、なんだこりゃあ!」


 大広間は血で染まっていた。

 先ほどまで飲んで騒いでいたはずの連中の首と胴体が離れ離れになって殺されている。

 いや、問題はそこじゃねぇ。

 死んでること自体も問題だが、そうじゃねぇ。


 どうして俺はこんな惨劇になるまで気づけなかった?

 酒に酔っていたから? 酔っていようが戦闘でドンパチしてりゃ流石に気が付く。

 つまり、いや、ありえない。

 現時点で三十四人集まってたんだぞ。

 それが、()()()()()()()()()()()だなんて、あり得るわけがない。


 中には戦闘がメインの奴だっていた。

 武闘派は真っ先に召集をかけたからな。そいつらが、何もせずに殺された?

 あり得ない。が、目の前の光景はあり得ないことがあり得ている。


「――逃げだ」


 これまで盗賊として生きてきた、俺の勘が言っている。ここは逃げだと。

 幸いにも、他の奴には教えていない秘密の隠し通路が俺の部屋にはある。

 そこから逃げれば、例え洞窟の出入り口を抑えていようが逃げられる。


 俺さえ生きていれば幾らでもやり直せる。

 ちまちませこかろうが、幾らだろうと、俺さえ生きていればいい。

 そうして部屋へ戻ろうと振り返った瞬間――視界の端に、銀色に輝く光が見えた。


「動くな」

「――はは、冗談だろ?」


 気配すら感じなかった。

 足音すら聞こえなかった。

 首筋に剣を突き付けられるまで、どこにいたかすらわからなかった。


「お前がこの盗賊団の頭領だな?」

「……」


 考えろ。ここから切り抜けられる方法はあるか?

 あるわけない。

 明らかに次元が違う。

 後ろから感じる圧力が、圧倒的な実力差を教えてくれている。


「違うなら、他の連中と同じ末路を辿るだけだが、いいか?」

「そうだ! 俺がここの頭領だ!」


 せめて声を張り上げる。

 まだ生き残りがいて、人質部屋の人質を捕まえればまだワンチャンスある。

 そんな俺の浅はかな考えなど打ち砕くように、鼻笑いが聞こえた。


「無駄だ。お前以外は全員殺した。人質も、既に解放した後だ」


 嘘だと言いたかった。

 だが、こいつの声色から察するに、全て事実だ。

 ここまで俺を生き延びさせてきた直感が全力で叫んでいる。

 ――こいつには逆らうな、と。


「……待て、その声、聞き覚えがあるぞ」

「ふむ?」


 まさか。まさかまさかまさか。

 いや、そんなはずはない。こんな辺境の地に来る理由がない。

 中央で名を馳せた怪物が、なんでこんなところにいる?


 確かめられずにはいられなかった。振り返らずにはいられなかった。

 俺の想像通りなら、こいつは俺を生かすつもりだ。

 でなければ、俺の首はとっくに胴体からおさらばしている。

 そして……最悪なことに、俺の予想は合っていた。


「……っ。ダイナ、“誓わずの騎士”のダイナか!」

「ほう、俺の名前を知っているのか」


 少しでも中央付近の情報を知っていれば、知らないはずがない。

 ここ数年、領都付近を騒がしていた怪物。

 通常、騎士っていうのは貴族か国家か、何かに誓いを立てて初めてなれるものだ。

 ただ功績や家柄が良ければいいってわけじゃねぇ。


 それを、こいつは、功績の数と武力だけでその地位を認めさせた。

 騎士という首輪をつけなければ、あまりにも危険だと。

 騎士という称号を与えなければ、あまりにも影響が大きすぎると。

 平民でありながら、貴族連中に認めさせた、正真正銘の怪物だ。


 故に、その異常さに畏怖と軽蔑を込めて呼ばれる二つ名が誓わずの騎士!

 

「ならば話が早い。お前の選択肢は二つだ」


 こいつの発言は、もはや死刑宣告に近い。

 俺ら常人に、抗う術なんて、どこにもない。

 どこの世の中に、町を壊滅させる怪物を、単身無傷で殺し切る怪物に抗おうと思う奴がいる?

 いるとすれば、それは狂人でしかない。


「情報を吐くために俺に連行されるか――ここで仲間と同じく屍になるか、だ」


 俺は、狂人にはなれない。

 ああ、畜生。

 最後の酒になるんだったら、もうちっとばかし上等な酒を飲んでおくべきだった。

 勝利の美酒だと、取っておいた奴は、もはや俺の口には入らないだろう。


「……わかった。投降する」

「賢明だな。せいぜい、最後までその首が繋がっていることを祈るんだな」


 こんなやつに命を預けるぐらいなら、さっさと警邏に捕まってた方がましだ。

 ちらりと床に転がっている死体を見る。

 どいつもこいつも、死んだことにすら気が付いてねぇような面で首が転がってやがった。

 本当に、どうしてこんなやつがこんなところにいやがるんだ。


 ああ、今日は本当に、最悪の日だ。

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