スカウト
ある夜、満天の星空の下で舵を取るキャプテン・スカロの隣に腰掛けていると、彼はいつになく真面目な、どこか遠くを見るような顔で僕を見下ろしてきた。
「……なぁ、カースよぉ。お前、このまま本当に『海の男』になっちまわねえか?」
「え……?僕が、海賊に?」
唐突なスカウトだ。
僕の歌は相当気に入られていると感じていたけれど、ここまで買っていてくれたとは。
「ああ。お前の度胸と頭の回転の速さ、それにあのゼンセ仕込みだかっていう美味い飯、何よりその『世界一の歌声』があれば、俺の下で副船長、いや、いずれは一隻の船を率いる立派なキャプテンにだってなれるぜ」
スカロは愛用のラム酒を煽ると、言葉を続ける。
「女王陛下の宮殿なんてな、陰気臭くて退屈なだけだぜ?くだらねぇ法や掟に縛られず、この広い海を自由に生きる方が、お前にはよっぽどお似合いだと思うんだがな」
スカロの言葉は、ただの気まぐれな冗談には聞こえなかった。
家柄も、背負わされた売国奴の汚名も、カストラートとしての呪われた宿命すらも関係ない。
ただ己の実力と、信じ合える仲間との絆だけで生きる海の世界。
それは、家族と友人に裏切られ、すべてを失った僕にとって、ひどく魅力的で甘美な響きだった。
『ちょ、ちょっとカース!揺らいじゃダメよ!?「大航海時代・海賊ルート」もめちゃくちゃロマンあるし、外伝のifストーリーだったら大人気間違いなしだけど、あなたにはお母様を救うっていう絶対的な目標があるでしょ!』
脳内の『私』が、焦ったようにツッコミを入れてくる。
『あと実家のあのクソ泥棒弟に極大のざまぁを一太刀浴びせるまでは、こんなところで寄り道してられないわ!ドロップアウト、ダメ!絶対!!』
((ふふ、分かっているよ『ミーナ』。スカロやみんなのことは大好きだけど……僕には、まだ果たすべき責任があるからね))
僕はスカロを見上げ、年相応のいたずらっぽく、しかし芯の通った笑みを浮かべてみせた。
「最っ高に魅力的な誘いだね、キャプテン。でも、ごめん。僕の歌はまだ、あの国に残してきた仇敵たちに突きつけるべき『破滅の讃美歌』を歌い終えていないんだ」
「……ケッ、本当にお堅いお坊ちゃんだ。まぁ、そう言うと思ったさ」
スカロは呆れたように苦笑しながらも、僕の頭を大きな手でぐりぐりと乱暴に、だけど愛おしそうに撫で回した。
「あーあ、仕方ねえ。だったら、きっちりブリタニアの港まで送り届けてやるよ。その代わり、女王陛下にまみえるその直前まで、俺たちのためにその極上の歌を聴かせ続けろよ、幸運の天使さま?」
「うん!もちろん、喜んで!」
夜霧の彼方、目指すべきブリタニア諸王国の島影が少しずつ、だが確かに見え始める。
僕たちの歌声と笑い声は、白波を割りながら、新たな運命の舞台へと向かって力強く進んでいくのだった――。
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