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20,閃光

「閃光」雷鳴が響き、きらめく光が走る


茶髪頭の江藤が、店に入って来たと思った時には、もう飛び出していた。

カウンターの長髪髭の店員も近づいて来ていたので、沢田も慌てて続いた。続いたつもりだった、


怒声が飛び交う中、物凄い勢いで飛び出した春彦は稲妻の如く早さで江藤を殴り倒した。

横から助けに入った店員を、右足で一蹴して突飛ばすと、立ち上がって来た江藤に、右左右、更に左を下から入れて浮いたところに渾身の右と、電光石火の猛ラッシュで、江藤は崩れるように倒れた。


沢田は、稲光の如く走るその後ろ姿に見惚れていた、あっという間だった。

よく映画なんかで見るアクションシーンは実際の喧嘩には有り得ない動きで、目の前の春彦も映画などのそれとは違って、無駄のない地味な動きだけど、その爆発的な様は閃光と呼べ、まるで映画のワンシーンのようだった。


きっと、呑気にビリヤードをしていた様で、その実、球を一つ落とす毎に、そこに込めた怒りを溜めていたのだろう。


一つしか違わないといっても、相手は高校生だ、少なからずは中坊レベルっていうのはある。しかし、そんなものは春彦には関係なかった、怒りがそのレベルを越えたのかもしれない。よく知っていたつもりだったけれど、改めて春彦の化け物ぶりを知った。


江藤は立てそうもないが、長髪髭の店員は立ち上がろうとしていた、そこに有森が駆け寄って、脚で押さえつけて制止する。

「もう止めとけよ」

長髪店員が、目を見開いて有森を見上げるが、諦めた様子で頭を垂らした。


倒れている江藤を見下ろしたまま、仁王立ちしている春彦に近づくと、肩で荒く息をして、目は血走ったまま吊り上がり、今にも暴れ出しそうな怒気を含んだオーラを放っている。


「青野くん、青野くん」

呼び掛けに気付き、やっと我にかえる。

「青野くん、お疲れ」

「あ、お、おう」

 気の抜けた返事を返す春彦を見て、まるでさっきまでとは別人のようで、体格の差からしても、すぐに押し倒せそうに錯覚してしまう。


「それで、こいつらどうするんだ」

 倒れた江藤と、戦意喪失の店員を、有森が顎で指して言った。

「もう、どーもしねえけど」

 春彦は倒れている江藤に近づいて、目の前にしゃがみ込むと、茶髪の頭をゲンコツで小突いた。

「ううっ」と江藤が呻き声をあげた。失神はしていなかったようだ。


「おい、もう奥山真次郎にちょっかい出すんじゃねえぞ。どこで悪さしようと知ったこっちゃ無いけどよ、二度と川名に手え出すんじゃねえよ、分かったか・・・おい」

 反応が鈍い江藤の頬を軽く平手で叩く。

「それ、聞こえてるんですかね」

「おい、ロン毛、ちゃんと言っとけよ」

 春彦が、項垂れて座り込む長髪に髭の店員に向き直る。店員は堪らず視線を外した。


「おい、江藤を介抱してやれよ、このまま置いておけねえだろ、客だって来るだろうしよ」

 有森が気を回して、江藤を起こす様に促し、長髪店員は言われたままに肩を抱える様にして起こそうとするが上手く起こせない。


「ちょっと、沢田」

「ああ、はい、じゃあ、足のほう持ちますよ」

 二人掛かりで担いで、カウンターの奥のテーブル席まで運んで椅子に寝かせた。

「わ、悪いな」

 長髪店員が、申し訳ないと言うよりも、バツが悪そうにぼそりと礼のような事を言った。


「俺は今回、昔のよしみで顔出しただけだけどよ」

 有森が長髪店員に言うと、春彦が「頼んでねーよ」と口を挟む。

「もし、懲りずにまだ腐った事やるようだったら、今度は淵高が総出で潰しに来るからよ、よく言っとけよ」

「わ、分かったよ」と、長髪店員が唾を呑み込んだ音が聞こえた。


「か、格好付けてんじゃねーよ、有森よお」

 長椅子に横になったままの江藤が、消えそうな声を絞り出した。

「お、起きたっすね」さすがに意識が無いのは気がかりだったので、内心ではホッとした。

「腐ってて上等だよ、悪さして何が悪いよ、テメーらだってたいしてかわらねーだろうが」

「もう喋らないほうがいいんじゃないの」

「うるせーよ」江藤の声が次第に大きくなる。

「中坊のくせしてハチャメチャやってよ、お前らだって、どうせ中途半端な落ちこぼれだろうが、クズだなんだ言われて、蔑まれてよお。お前らも力任せに人殴って言う事聞かせてんじゃねえかよ、同じなんだよ、お前らも。不良が気取って綺麗事いってんじゃねーよ、コノヤロウ」

 長椅子からふら付く上体を起こして、力を振り絞る様に声を荒げた。


「金は力だ、集めて何が悪いよ、力で従わせて何が悪いよ、クズが這い上がるにはこれしかねえんだよ!」

 誰もいないビリヤード場の広いフロアに、江藤の叫びが響いた。

「もういいよ、江藤」

 長髪店員が江藤に肩をそっと抑えて言うと、その手を払い除けて他所を向いた。


「俺はまあ、落ちこぼれだから」 

 黙って聞いていた春彦が、ゆっくり口を開いた。

「不良って言われるのも仕方ねえけど・・・頭悪いから、不良がどうとか、こうとか、考えた事なんてねえよ。ただ、自分が格好いいと思った事してる、って、くらいの事だよ。でも、お前は格好悪いよ」


「・・・スカしてんじゃねえよ」

 江藤が小声で呟きながら、そのまま長椅子に背を倒した。

「あと、顔も悪い、気持ち悪い、陰険」

「ちょっと、ちょっと、青野くん台無しだから」

 悪口が次々出て来る春彦の口を塞いだ。


「さあ」と、空気を切るように言って柏手を打ち「戻りましょう、みん待ってますよ」と、店を出る様に促す。客は居なかったけれど、これだけ騒いだのだから、暗いフィルムが張られているとは言えガラス張りのところから覗かれたら通報されても可笑しくない。警察が来る前に撤収したかった。 


「腹へったなあ、マック行きたいなあ」

「奢らねえよ」

 出口の扉へ向かうと視界に入った。誰もいないと思っていたホールに、キューを抱えたまましゃがみ込む市村が、引き攣った笑顔をみせた。


ビリヤード店を出て、蒸し暑く薄暗い通路から駅前通りに出ると、急に明るい場所に出たので、一瞬目が眩む。夕暮れにはまだ早く、夏の日射しがしつこく残っている。



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