初依頼
シヤンセルという魔獣は鹿の体に犬の頭部が二つくっついている奇妙な姿の魔獣だ。
生息地は広く、セルレーム大陸全土に分布していると言われている。
シヤンセル単体では大して強くないが、基本的に群れで行動しており連携して狩りを行うことで知られている。
そして魔獣なので並の動物とは違い、魔法が使える個体も存在するのが厄介だ。
ルイたちは今、そのシヤンセルの群れを討伐すべくオルゼスの街から離れた森の中を散策していた。
「何であーしが前衛なのかなぁ」
現在パーティーの先頭を歩いているのはエリーゼだった。
巨大な剣を担いでいるにも関わらず軽々しい足取りで道なき道を進んでいる。
「どこからどう見ても君は前衛だろう。戦士っぽいじゃないか」
「そうだけどさぁ、普通男の子が前を歩くよねこういう時。何でルイルイは真ん中でセリカっちは後衛なの」
基本的にパーティーの陣形としては戦士職の者で魔法職の者を挟むのが基本となっている。
なので殿を務める者も戦士職でなければならないのだがルイは今現在、金髪ギャルとメイドに挟まれた状態で移動していた。
「この中でまともに魔法を使えるのが僕だけだからだ。セリカは魔法を使えないし君も不得意だと言ってたじゃないか」
「そうだけどさぁ」
何か不満ありげな様子のエリーゼだったが、渋々前を歩いていった。
エリーゼを前に歩かせながらルイはその姿をまじまじと観察していた。
(まるで隙だらけだな、周囲を全く警戒していない。素人丸出しだ……だが妙なものだ。こいつからは強者の気配を感じる)
それは武器から放たれる禍々しい気配がそう思わせるのか、それともエリーゼが何か特別な力を秘めているのか。
戦闘になればそれが見えてくる。
ルイはそのときを見逃さまいと待ち構えていた。
「御坊ちゃま、周囲に魔獣の群れが」
背後でこっそりとセリカが教えてくれる。
複数の使い魔を使役してセリカは周囲を偵察していたのだ。
ルイの気配探知魔法にも複数の反応があった。既に囲まれており、向こうはこちらを観察している様子だった。
来るな、というルイの予感と同時に魔獣の群れが飛び出してきた。
先制を取られてもルイは自動防御が発動して簡単に攻撃を防ぐことが可能だし、セリカは事前に攻撃が来ることを予期していたため対処は容易だ。
さて、エリーゼはどう動くのかとルイは飛びかかってくるシヤンセルに対処しながら冷静にその動きを観察した。
シヤンセルの奇襲に驚いたように目を見開くエリーゼだったが、その反応とは裏腹に動きは驚くほど素早かった。
飛びかかって来たシヤンセルを身を翻して躱したエリーゼは背中に背負った大剣を抜いた。
「いきなり出て来ないでよね!」
そしてシヤンセルの犬顔に強烈な一撃をお見舞いし、その顔面をぐちゃぐちゃに砕いた。
「ほう、思ったよりも動きがいいな」
と観察していたルイが思わず感心してしまう程には良い動きだった。
シヤンセルはエリーゼに噛みつこうと次々に襲い掛かって来たが、エリーゼはひぃっと短く悲鳴を上げならも的確に捌いていく。
「感心してないで戦ってよ!」
と泣き言を言いながらもエリーゼは大剣を軽く振り回して応戦していた。
「ああ、分かってるよ」
ルイはメティス・エペを形成し、戦いの流れを肌で感じ取った。
ジェイドとの戦いで発現したこの流れを感じ取る能力は、かなり感覚的な能力でありルイ自身まだこの力の全容を把握し切れてはいない。
ルイは集中してシヤンセルの群れの流れを辿って行った。
事前に得た知識ではシヤンセルの群れには必ずリーダーが存在しており、それが指示を出していると言われている。
群れの動きの流れを辿ればリーダーの位置を把握出来るはずだ。
「流れの中心が見えた、三時の方向に群れのリーダーがいるぞ。エリーゼ、援護してやるから倒しに行くんだ」
「え、あーしが行くの!?」
「前衛だからな。安心しろ、君が死ぬことはない」
そうこうしている間にもシヤンセルの群れは襲い掛かってくる。
躊躇している暇はないと理解したエリーゼは仕方なくその方向へ向かうことにした。
「死んだら呪うからね!」
ルイはエリーゼに遠隔で自動防御の術式を付与し、メティス・エペの能力で群れの流れを読み、魔法で援護することにした。
「天翔る竜の紋様、天地は翻り雷光は疾走し駆け巡る……フルメン」
完全詠唱による雷撃魔法の発動で、ルイは上空に雷雲を発生させた。
そしてエリーゼの行手を阻む魔獣を先回りして一つ一つ仕留めていく。
突然の落雷に驚くエリーゼだったが、魔法による援護だと気が付きそのまま走り抜けた。
そしてエリーゼの目に群れのリーダーらしきシヤンセルの姿を見つける。
その二つの犬顔に似合わない鹿の角を生やしたリーダーのシヤンセルは迎撃体制に入り、その二つの口から火球を放ってきた。
これが恐らく主シヤンセルの固有魔法なのだろう。
「解放、ヴィオランテ」
エリーゼのその言葉と共に大剣に施された封印が解除される。
姿を現したのは禍々しい気配を放つ処刑人の剣だった。
その剣の真の姿を解放したエリーゼは剣に振り回されるような奇妙な動きで火球を回避し、主シヤンセルに接近する。
無闇に角を振り回して攻撃しようとしたシヤンセルだったが、あっさりと背後に回られてしまいそしてその首を処刑剣によって斬り落とされた。
「やった……」
上手くいったとエリーゼはホッと一息吐き、解放した剣を元に戻そうとしたとき、異変が起こった。
「何……やめてよヴィオランテ、あーしの言うこと聞いて」
群れのリーダーであるシヤンセルを失ったことによってシヤンセルの群れは瞬く間に散り散りに逃げ去って行ったので盗伐すべき魔獣はいなくなったが、エリーゼはその大剣を納めることが出来なくなっていた。
「セリカ……あの剣はやはり」
「はい、魔剣か或いは呪剣の類いですね。どうしますか、使用者を殺せば暴走は止まりますよ」
「いや、それは駄目だ。エリーゼを助けた方が面白い」
ルイは折角出会えたの魔剣の使い手を殺してしまうのは勿体ない気がした。
それにあの魔剣にはとんでもない力が宿っている予感がルイにはあった。
「ルイルイ、セリカっち逃げて!」
エリーゼはギクシャクとした動きでルイたちに迫ってくる。
メティス・エペを使い応戦したルイは、エリーゼの打ち込んでくる力の強さに驚いた。
「僕が押されている……」
力で負けると悟ったルイは力を流して回避する方法をとる。
だがエリーゼはあり得ない速度で追撃してきた。
強い……とルイは感じた。
近接では確実に上を行かれている。
昨日倒したジェイドと比べれば魔剣に身体の自由を奪われたエリーゼの方が明らかに強さは上。
「ごめん、ルイルイ。あーしはやっぱり……」
エリーゼは大剣を解放することのデメリットを知っていた筈だ。
なのに何故この場で解放してしまったのか。
無論、その状況に追い込んだルイが間違いなく悪い。
ルイはわざとエリーゼの素の実力よりも強い群れのリーダーをぶつけたからこの状況に陥っているのだ。
ルイは攻撃の流れを掴み取り、エリーゼの剣戟をすべて受け流した。
魔剣はこのままでは埒があかないと判断したのか、ルイと距離を取って周囲に生えている大木を斬り倒し始めた。
この大木に挟まれて仕舞えばいくらルイといえど命を落とす可能性が高い。
だがルイは敢えて大木を避けようとはしなかった。
照準は常に相手の方に向いており、眼を逸らさず、気を逸らさず、小手先の策を咎めるべくルイは大木を斬り刻む大技を放った。
「闘神戦技、ソニック・ブレード」
超速で振るわれる魔力を帯びた斬撃は音速で飛翔して遠距離の対象を切断する。
ルイの斬撃は大木を貫通し、その後ろにいたエリーゼにまで届いた。
「ちょっと、マジで殺す気!?」
魔剣によってその攻撃を防ぎながらも身体に伝わってきた衝撃が尋常ではないことからルイが本気で今の攻撃を放ったのだと感じたエリーゼは血の気が引くような思いをしていた。
「すまん、思ったよりも強くてな。半端に手加減したのではこちらがやられる」
そう言いつつルイはバラバラに斬り刻んで宙に浮いた丸太をエリーゼに向かって蹴り飛ばした。
それを避けたエリーゼ、もとい魔剣ヴィオランテはお返しと言わんばかりにその刀身に邪悪な魔力を纏い、そしてそれをルイに向けて放った。
「避けてぇ!」
刀身から放たれた光刃は直線的な軌道を描いてルイに直撃し、その瞬間爆発と共に土煙が舞った。
「そんな……あーしの所為でルイルイが」
エリーゼの胸中に後悔と罪悪感が募っていく。
彼の誘いに乗らなければ傷つけることはなかったし、命を奪うこともなかった。
「やっぱりあーしは……」
と、その言葉を言いきる前に自分の身体が見えない力で拘束されていることに気がついた。
「そんな簡単に死ねる程柔な身体じゃないんでね」
土煙が晴れるとルイは無傷の状態で立っていた。
右手を前に翳して何かを掴む様に手を握っており、彼の顔の左側の眉から頬にかけては奇妙な紋様が浮かんでいた。
「すまんなセリカ、戦闘態に成らざるを得なかった」
今、正にエリーゼの動きを止めているのは戦闘態になったルイの能力によるものだった。
「このままエリーゼと魔剣の繋がりを一時的に分離する……いくぞ」
メティス・エペの能力により魔剣とエリーゼの魔力の流れを掴んだルイは戦闘態の能力によって魔剣がエリーゼを操っているメカニズムに干渉して引き離すことにした。
「驚いたな、この魔剣はまるで生き物の様だ。自らの力で魔力を生成している。これは……」
魔剣の魔力に深く触れたとき、ルイは魔剣の中枢に眠る者の姿を幻視した。
(このヴィジョンは、人間……若い女だ)
その女の姿はぼやけてはっきりとは見えなかったが、何かを伝えたがっている様なそんな気がした。
だがこれ以上魔剣に深く干渉するのは危険だと判断したルイは素早く作業を終わらせ、エリーゼと魔剣の繋がりを一時分断することに成功した。
「僕は魔王城にいた頃、幾つもの魔剣に触れてきたがこんなのは初めてだ。この魔剣は生きている。強い意志が宿っているんだ」
恐らくはその意思が今回エリーゼを操ったのだろうと推測出来た。
「エリーゼ殿は気を失った様ですね。どうしますか御坊ちゃま」
「取り敢えず宿に戻ろう。ギルドに寄るのはその後だ」




