【第一幕】
高校時代の三年間離れて冷静になったことで、やはり雅は芝居が好きだという結論に達した。
このまま止めたくない。……忘れられない。ステージでしか得られない高揚や満足感が。
そのため、学内にいくつもある中で見学して一番自分に合っていると感じた演劇サークルに入部したのだ。
特に気にしてはいなかったが、規模は大きい方になる。
当時三年生だった脚本と演出担当が、学生演劇界隈ではかなりの有名人だったらしい。
祠堂 リュウ。非常に有能で、しかしその能力を凌駕するほど傍迷惑な個性の持ち主ではあった。
新入生歓迎会は、何故か部室で催された。
もともと外で飲み会はあまりしないサークルだ、というのは入部してみるとすぐにわかる。
二か月に一回は公演を打つため、その準備や稽古で時間が取られるのが大きいのか。
「副島くん、経験者?」
「劇団入って演技とか学んでたか、って意味ならNO」
たまたま隣の席だった男子に問い掛けた雅に、彼は気軽な口調で返してくれる。
自己紹介は一通り終わって、すぐ傍のメンバーの名前だけは覚えていた。
「高校の演劇部には所属してたけど、あんま活発なとこじゃなくて文化祭で『劇』やるだけみたいな。俺は一応脚本担当で……」
「脚本!? すごいじゃん!」
雅の感嘆に、彼は苦笑し肩を竦めて見せた。
「いや、ホント名前だけ。実際には他の部員と変わんなくて、役も裏方も普通にやってた。演目は結局、顧問の独断と偏見で全部決まってんの。俺の書いたもん碌に見もしねえんだよ」
「あー、あたしは部活ってやったことないけど顧問の先生によって全然違うらしいね。運動部とか極端だって聞いたな」
中学は劇団の活動、高校はそれこそ受験勉強で、学校の部活には参加する余裕などなかったからだ。
「生徒は教師が成果出すための駒としか思ってないんじゃねえの? 今更だけど自己流では中学の頃から書いてたし、文芸部の方がよかったかもな。だから大学では脚本と演出やりたいんだ、俺」
淡々と、しかし熱を帯びた口調で語る同輩が少し眩しかった。彼の手にはアイスコーヒーを湛えたカップ、雅は烏龍茶だ。
泥酔して割る学生がどの学年もかならずいるから、と食器はすべて無粋な樹脂製だった。
手元がおぼつかなくて落とすのは仕方がない。不可抗力でしかないだろう。
しかし演劇論を戦わせるうちに頭に血が上って床に叩きつける、ましてや投げつけるまで行くと、周りにも危害が及びかねないからだ。
加えて歓迎会の場では、新入生だけではなく十代の学生は全員アルコール禁止が徹底されていた。
普段はともかく、と言ってしまうのはまずいにしろ、新歓時期の学内の飲酒は大学側の監視が厳しかったらしい。
「見城さんだっけ? あんたは?」
「中学までは劇団でやってた。高校は勉強に集中したくて辞めたんだ。……どうしても桂銘大学来たかったからさ」
勝手に零れて出る言葉。
無意識に見栄を張っている己が堪らなく情けなかった。そんな前向きな理由ではない。
単に挫折して逃げ出しただけの負け犬に過ぎないのに。
「聞いた感じ、やっぱ本格的にやってた奴が多いみたいだな」
雅の内心の自己嫌悪など知る由もなく、軽く頷く郁海。
最初に顔を合わせたとき、現実離れした美しい容貌に目を奪われて逸らせなかったのは記憶に刻み込まれている。あまりにも綺麗すぎて逆に引いてしまったくらいだ。
身につけているものはごく普通で、他の男子学生と何ら変わりはない。それがかえって類稀な素材を引き立たせているとさえ感じた。
──何こいつ、男なのにこんなのってあり? 当然だけどノーメイクなのに。
劇団にいた時に、演技の参考にとアドバイスされて始めた人間観察。
もうすっかり習慣になってしまい、無遠慮に見つめないことにだけは気を配っている。
その時もあからさまにはならないように、さり気なさを装い彼の頭の先から机に隠れている部分以外にさっと視線を走らせた。
赤味がかった茶髪がまず目に止まる。瞳も赤茶で、頭頂部のあたりも染めている感じではないから天然の色だろう。
雅の緩い天然パーマとは違って、風にそよげばサラサラと音がしそうなストレートの艷やかな髪。
大学入学を期に、高校までの校則では禁止されていたことをすべて試した。せっかくの期間限定の自由を余さず満喫してみたくて。
個性を発揮すべく、焦げ茶の髪を金に染めてピアスも含め自分に似合うと自負する好きなファッションを楽しむのが嬉しかった。
そんな雅とは対局の、すべてがありのままでいて一際目を惹く、彼。
身長は、その時は座っていたから正確には推し量れなかったものの、雅とほぼ同じだとのちにわかった。
すぐ隣の椅子のため至近距離で見ると、くっきりした二重瞼で長い睫毛に縁取られた瞳が煌めいている。
「煌めく」なんてまず日常で出会うような人間に、……ましてや男に使う表現ではない。
肌も滑らかで陶器のようだ。この年頃の男など、もっとざらついて脂っぽいのが普通ではないか?
眉の形も鼻筋も、あとで思わず「何もしていないのか」と確認してしまったくらい整っていた。
「別になんも。手間暇掛けるほど自分の顔にキョーミねえし」
──いやホント失礼だよな、あたし。そんなつもりなくても「あんた、顔弄ってんの?」って訊いてるのも同然じゃんか。
屈託なく答えてくれた郁海に、自分の問いの意味に気付いて冷や汗が出そうだったのもよく覚えている。
これが『美貌』というものだ、と形にして見せつけられた気がして、雅は逆に身体の力が抜けた。
過ごしてきた環境柄、所謂「美人やイケメン」など、表現が悪いのは承知で掃いて捨てるほど周囲にいた。
その雅でもリアルでここまでの美形にはお目に掛かったことなどなかったのだ。
あの衝撃は、多少のことでは忘れられるものではない。




